属性判別ノ儀
酒場は、沈黙と緊張に包まれていた。
「ギルド“七星の絆”へようこそ!」
「3人来たぞ!これで転生者は49人だな!」
「『7を7回合わせた数の勇者が現れる』…予言通りならこれで出揃ったな!」
受付嬢の鈴のような声が響き、周りのNPC達が騒ぐ。
しかし、酒場を包む緊張を打破するには至らない。
テストモニター全員の属性が判明するまで酒場から出られないと言い渡され、プレイヤー達の不満が高まっているのだ。
彼らはその不満をぶつけるかのごとく、最後まで現れなかった3人を睨み付ける。だが、その硬質な視線はすぐに驚きに塗り替えられる。
「転生者の方々ですよね?お三方にはこれより『属性判別の儀』を受けて頂きます」
「それじゃ私から行くねー」
「畏まりました。こちらの水晶玉に手を触れ、お名前をおっしゃってください。水晶玉の不思議な力で属性が判別され、能力がアンロックされます」
「はーい」
1人は、艶やかな黒髪が波打ち、女優やモデルでも霞んで見えるほど整った顔立ちに扇情的なボディライン。遠くからでもわかる黒い角と、これまた黒い大きな尻尾も、却って人間離れした美しさを演出している。
非の打ち所の無い美貌に、群衆は呼吸を忘れる。
「ヒューガ!」
「…はい、登録が完了しました。黒龍人族、ヒューガ、属性は土の3乗と火の3乗、あと闇の2乗ですね。凄いです!」
彼女の名前に、プレイヤー側がざわつく。
黒龍人族のヒューガと言えば、中堅どころの鍛冶屋の親父だったはずだ。
“七星伝説”は戦闘職だけでなく、あらゆる生産職にも就くことができる自由度の高いゲーム…とは言え、鍛冶と言えばドワーフの領分。故に彼は龍人でありながら鍛冶屋を営む変わり者として有名だったが、まさか女性…それもこれほどの美女だとは。
しかも付与された属性も素晴らしい。
本来属性はプレイヤー自身で選択・設定するものだが、テストプレイの為か属性は数も種類もランダムなのだ。
1属性しか得られなかった者が大半なのに、3属性、それも3乗2つに2乗1つは恵まれ過ぎている。
「それじゃ次は僕が行くね!」
元気な声と共に進み出た少女の姿に、ざわめきは更に大きくなる。
短めの栗色の癖っ毛と、これまた栗色の猫耳。そして“僕”という一人称の愛らしい幼女。この特徴を聞けば彼女を連想しないプレイヤーは居ない。
「☆ミ!!」
流れ星のマークで“ほしみ”と読ませる一風変わったハンドルネーム。
バトルスタジアム優勝常連の、“七星伝説”最強のプレイヤーだ。
この容姿に絆され、課金装備やアイテムを貢いだ男は数知れず。
無課金でありながら常に最新最強の装備を身に付ける彼女は、卓抜したセンスでそれらを誰よりも使いこなした。最上の装備に最高の技術、故に最強。
そのプレイングスキルからネカマ説が尽きなかったが、よもやアバターそのままの姿…いや、アバターをより一層可愛くした姿の少女だと、誰が予測しただろうか。
「…登録完了です。猫人族、☆ミ、属性は特殊属性の愛属性です!…こんな属性、私も初めて見ました」
特殊属性がどういったものかは不明だが、替えのきかない能力の可能性がある。そうでなくても最強のプレイヤーであり、しかもロリ美幼女とあっては勧誘も凄まじいものになるだろう。
既にスカウト達は互いを牽制しあっている。
熱い視線を注がれる2人の陰に隠れるように、最後の1人が水晶玉に手を翳す。
「ツクヨ!…あれ?」
「反応しないわね」
「お兄ちゃん、本名そのままだと芸が無さすぎてダメなんじゃない?」
「いえ、そのような制限は無いはずですが…」
美女、美少女に囲まれながら首を捻る青年は、決してイケメンとまでは言えないものの、確かにヒューガや☆ミの兄弟だとわかる見た目だった。
ヒューガそっくりの黒髪は短いのに艶やかで、血のように赤い唇もそれだけだとドキリとする色っぽさ。
ぱっちりとした目と可愛らしい小鼻は☆ミに似ている。でも瞳の色は栗色ではなく、ヒューガと同じ黒だ。
パーツの1つ1つはこんなにも素晴らしいのに、アンバランスな組み合わせのせいかハンサムではなかった。
彼は水晶玉に手を翳すどころか、べたっと掌を押し付けて「ツクヨ」を連呼してみるが、やはり水晶玉は何の反応も示さない。
「…それでは、転生前のお名前をお願い致します」
「はい、東雲月詠で(バシュッ)…え?」
突然水晶玉が消えた。
「水晶玉を破壊した…!?なるほど、貴方が予言にあった裏切り者…破壊神の使徒ですか。皆さん!この者を拘束してください!生死は問いませんが、出来れば生け捕りに!」
「「「「「応!!」」」」」
「え?何で?あーっと、抵抗はしないから暴力はやめてくれ…あ痛っ!殴ったり斬りつけたりしなくても捕まるから!抵抗しないから!乱暴はやめろっての!!…なんだこのクソゲーは!!!」
後ろ手に縛られ、床に叩きつけられた彼の髪は、見る間に白くなっていく。いつの間にか真っ赤に染まった瞳で恨みがましそうに周囲を睨み、連行されていった。
同期の転生者達も、暇つぶしにやって来た野次馬達も、彼の姉妹さえも、余りの急展開に傍観するよりなかった。
今日のところはギルド自慢の牢屋に収監するという。今まで1度も脱獄されたことの無い特別製だ。
しかしその翌日、酒場は「“破壊神ツクヨ”が脱獄した」とのニュースで持ちきりになっていた。