日常の終焉
「で、2人に話があるんだけど」
「はぐはぐむしゃむしゃはぐむしゃむしゃはぐんぐんぐ…」
「兄貴の話ってろくなもの無いからやだ」
姉貴は自分で作った飯に夢中。
俺と星実の分を合わせて2倍にしたくらいの食料が、みるみる減っていく。
一応俺らも食べ盛りの男子高校生のはずなんだけど…星実が少食であることを差し引いても、異常な食事風景だ。
いつものことながら、あの細身のどこにこれだけの栄養が…ああ、胸か。
「今日、こんなハガキが届いたんだけど…俺はこんなのに応募した覚えがないんだ」
リスみたいに頬張ってもぐもぐしてる姉貴を放置し、先ほど持ってきたハガキを3枚食卓に並べる。
「親父は単身赴任中だし、そもそもあんな仕事しか考えてないような人間がこんなのに応募するとは思えない。つまり、2人のどちらかのしわざなんだけど…怒らないから、心当たりがあったら正直に言え」
…母親は俺と星実を産んだときに亡くなったらしいしな。
男につけるのはどうなんだって小一時間くらい問い詰めたい名前を遺して。
「ふぁふぁふぃふぁふぃふぁふぁいふぁお(私は知らないわよ)」
「そうだろうね。姉貴がこんなのに応募するとは思わないし…面倒臭がるだろうから」
「僕も知らないよ」
「そんなわけないだろ星実なんだから」
「なんでそうなるんだよ!?」
「日頃の行いじゃない?」「日頃の行いだな」
姉貴はゲームの中じゃせいぜい中堅クラスだし、俺は誘われて始めてみたばかりの初心者。対する星実は現実生活ではこんなのだけど、ゲームじゃ頼りになるトップランカーだ。テストモニターがあったら申し込まないわけがない。
それに、何の断りもなく他人の名義で申し込むような奴も星実以外考えられない。おおかた、どれか1つでも当たったらそれに成り済ましてモニター生活を楽しむつもりだったのだろう。
「そんなに信じられないなら七星伝説開いてみてよ!ほら、《テストモニター当選おめでとうございます》ってページが出来て…え?なんでそんな連絡来てんの!?」
「やっぱり星実の仕業か」「星実ちゃん、嘘はよくないよ?」
「本当に僕じゃないんだってば!てっきり、兄貴の弁当箱をお姉ちゃんが子供のころに使ってたソーラームーン弁当と入れ替えたことかと思ったのに…こんな、身に覚えの無いことで責められるなんて!」
「…ちょっと待てやコラ。あれお前の仕業だったのか」
「ちぇっ、言わなきゃよかった…」
「あれのせいで、周りの連中が余計に距離を置くようになったんだがどうしてくれるんだこの野郎」
「まあまあ、今は夏休みなんだし、学校のことは後で考えよ?そんなことより、お姉ちゃんはテストモニターについての話がしたいな」
おかずの山と丼2杯のご飯を攻略し、冷蔵庫からデザートのバケツプリン(姉貴謹製)を取り出した姉貴が仲裁に入る。“そんなこと”で流すなと言いたいところだが、確かに今はテストモニターのことの方が大事か。
露骨にホッとしている星実を睨み付け、「後で覚えてろよ」と念を送った俺は姉貴の方に向き直る。
「はぐっ、考えてみたんだけど、あむっ、テストモニター引き受けても、ぱくっ、いいんじゃないかしら?…むぐむぐ」
「食べるか話すかどっちかにしろよ」
「じゃあ食べる」
「…やっぱ食べながらでもいいから話してくれ」
「ん、んく。ふぅ…えっとね、なんかこのテストモニターってやつ報酬が出るらしいのよ。ほら、ここに書いてあるでしょ?」
半分くらいに減ったプリンにスプーンを入れつつ、《テストモニター当選おめでとうございます》の項を指し示す姉貴。
なるほど、確かに報酬について書かれてる。“1人につき100万円、更に抽選で7名に黒毛和牛食べ放題”と。ゲームで遊んで大金が貰えて、しかも運が良ければ高級肉食べ放題か…
…胡散臭い。
旨すぎる話には注意せよ、だ。こんなの信じろって方が無理があるだろ。
「確かにそうだけど、詳細見てみるくらいはいいんじゃない?」
「まあ、それくらいなら…」
自分の端末を操作して詳細を開く。すると…
「あれ?なんでカメラが起動してるんだ?」
「私のカメラも動き出したんだけど…」
「僕も…」
カシャッ、カシャッ、カシャッ。
フラッシュ音が3回響くと同時に、視界が暗転した。