東雲家の残念な姉弟
「姉貴、起きろ!」
「むにゅ…あと5分……すぅ…」
「早く起きないと、昨日買ってきた春風屋のシュークリーム食べちゃうぞ」
「月詠ちゃんおはよう!今日も爽やかな朝だね!」
「何言ってんだよ、もう昼過ぎだぞ?」
「…爽やかな昼だね!」
…ハァ。
これが姉の東雲日向。二十歳の大学生。
黒蜜を流した様な美しい髪、きめ細かな雪肌、吸い込まれそうなほど黒々とした瞳、綺麗に生え揃った長い睫毛、すっと通った鼻梁、上品かつ艶やかな唇。この、男が十人いれば十人振り向くような美貌に加えて、すらりとした長身に溢れる母性を象徴するかのような豊かな双丘が…いや、もはや“山”だな、“丘”なんてレベルじゃないわ。
そんな、男の理想を体現した外見と、ゆるゆるふわふわした性格で、大学では大いにモテるんだとか。
大学のミスコンでは、友達に推薦され、歴史的大差で優勝したらしい…
…のだが、実の弟からしたらただの過保護でグータラで食い意地の張った残念な姉でしかない。
部屋は俺が定期的に掃除してやらないとゴミで溢れ返るし、服は洗濯してやらないと平気で何日も同じものを着続けるし、呆れるほどドカ食いするから食費は嵩むし、食い意地が高じて料理してくれるのはいいが、洗い物やゴミの片付けは押し付けるし…未来の旦那さんはさぞ苦労するだろう。
「やっぱ春風屋のシュークリームは絶品ね!何個でも食べちゃうわ」
「そーですか、そりゃようござんした」
「あら?もう無くなっちゃった…」
「は?確か30個くらい買ってあったと思うんだが…」
「シュークリームは飲み物だもん」
「…で、俺や星実の分は?」
「あ…さ、さーて、お昼ごはん作ろーかな!」
「逃げるな」
「な、何の事かなー?それより、星実ちゃん起こしてきてね!」
…ドジでオツムが弱いも追加で。
まあ、これでも料理してくれる分だけ、もう一人の家族よりはマシかもしれない。
―――――――
「星実ー、そろそろ起きろー」
「むにゃむにゃ…あと5年……くぅ…」
「いっそ永眠しろ!」
「ぐぼっ!?」
おっと、つい本音が。
「けほっけほっ…寝てる時にいきなり何しやがる!」
「なかなか起きないものだからつい」
「だからって腹パンは無いだろ!?」
「いや、膝を落としたんだけど」
「殺す気かー!?」
この騒がしい奴が東雲星実。
栗色のふわふわした癖っ毛に、ぱっちりした大きな瞳。
すべすべもちもちの肌、愛嬌ある小鼻、可愛らしいアヒル唇が特徴的な、推定身長150cmの――
なんて言ったら
「あんな美人な姉だけでなく、こんな可愛い妹もいるのかよ!羨ましい!俺と代われ!」
とか言われるんだが現実はそんなに甘くない。
「おい!聞いてんのかよ!この暴力兄貴!可愛い弟に膝喰らわせるとかどう考えてもおかしいだろ!!」
そう、この黙ってさえいれば可愛かったであろう生き物は、残念ながら男、俺の双子の弟なのだ。
俺と同じ高校2年生とは到底思えない童顔低身長に、声変わり済みとは考えられないほど高い…というか幼い声。女性風の名前(これだけは俺も他人のことは言えないが)もあって、初めて会った相手に年齢や性別を間違えられるのは日常茶飯事。
高校の文化祭では女装コンテストで断トツの支持を得たばかりか、続くミスコンも“男子代表枠”で出場し、自身の外見を生かしたロリータファッションとあざとい仕草で制覇してしまった逸材である。
おかげで、未だに告白してくる男子が尽きないらしい。星実自身にはソッチの気は無さそうだけどな。
「兄貴?おい、いい加減無視すんなよ!」
そんな見た目だけ美少女な弟だが、残念さは姉貴以上だ。
朝は当然のごとく起きないし、飯食ったらまた寝ようとするから手を引いて…酷いときはおんぶしてやらないと登校できない。
高校では授業時間を全て寝て過ごし、休み時間はクラスの女子連中に髪を弄られたりほっぺをつつかれたりして可愛がられる。
放課後はどこかの男子に呼び出されて告白されて振ってから、呼び出しがなければ大急ぎで帰宅して、飯の時以外は部屋に籠って七星伝説をプレイする。
いつまで起きているのかまでは知らないが、本人曰く
「一応、明るくなってきたら寝るようにしてるよ!」
とのこと。
まごうことなきゲーム廃人だよ。
こんな生活を送る星実にも、ゲーム以外に情熱を燃やす趣味がもう1つだけ存在する。
それは、「俺を辱しめること」だ。
「おい、兄貴!!」
「うるさい!…お前の!せいで!恋人も!友達も!出来ねーんだよ!!」
「はぁ!?逆ギレかよ!?…てか、他人のせいにするな!」
「男に言い寄られる度に俺を彼氏役にして断るから、男子は知らない奴からも頻繁に喧嘩を吹っ掛けられるし、女子には敬遠されてるんだぞ?
ミスコン制覇したときに、
『(女装は)兄に強要されるので』
なんて公衆の面前ででまかせ言いやがった恨みは一生忘れないからな!?」
「いや、兄貴って実は一部の女子に大人気だよ?」
「…マジ!?」
「うん。よく星実×月詠で…とかどっちが攻めで…とか言ってる」
「そんな人気は願い下げだー!!」
―――――――
ちなみに、非の打ち所の無い美貌の姉と、幼くも可愛すぎる容姿の弟を持つ俺だが、2人のパーツを、バランスを度外視した組み合わせで受け継いだ為か、イケメンに生まれることが出来なかった。
パーツは良い筈なんだがな…ある意味奇跡かも知れないが、虚し過ぎる。