ピアノレッスン
昼休みには大概ピアノを弾いている女がいる。
全体的に体育会的なノリのあるこの高校では、音楽室という存在自体ほとんどの生徒が気に留めていない。だから、彼女が弾いている事を知っているのは、いつも聴きにくる俺くらいだろう。
クラシックはよく知らないけれど、彼女の音楽は好きだった。退屈しない音だった。そして、ピアノと向き合っている彼女は、一枚の絵のようにやたらと馴染んでいた。とても自然で綺麗だった。
心地よい音楽が鳴り響く。生み出しているのは小さな少女の大きな手。白と黒の鍵盤の上を長い指が踊る。それはとてもとても面白くて綺麗な光景。
「あんたさ、ピアニストになるの?」
俺の中では既にピアニストとして認識されている女は、だけど笑って首を横に振った。
「ならないよ。なれない。手も小さいしね。ドからレまでしかとどかないんだよ」
「一オクターブ以上じゃん。充分じゃねぇの?」
「充分じゃないよ。個人的にはミまではとどきたいね。ピアニストには親指と人差し指の間を切ってる人もいるんだよ。少しでも広く開かせる為に」
「……マジすか?」
「マジす」
「グロいなぁ」
到底信じられないピアニストの裏事情を聞いて、つい間抜けな声を出してしまったら、なんとも楽しそうに笑われた。
白い長い綺麗な指。女にしては少し節くれ立っているけれど、なんてしなやか。その指を持ち上げて目の前にかざす。
「そこまでの情熱はないよ」
否定の言葉を吐き出して、冷めた目つきで自分の指を眺める。乾いた笑みを浮かべる。
だけど、その声には。紛れもない未練が、間違いなくこもっているじゃないか。
「親指と人差し指の間」
俺は彼女の左手を掴んで自分の口元へともっていく。
「俺が切ってやろうか?」
言って問題の場所を噛んだ。
別にあんたの諦めきれない夢を応援するつもりじゃないよ。ただあんたに触りたかったんだよ。本当はあんたのその綺麗な指が欲しかったんだよ。だけどそこに噛み付いたら汚れるような気がしたんだよ。だからだよ。
俺が指フェチになったのは、きっとあんたのせいだ。あんたとピアノのせいだ。