1:とある令嬢たちの証言
〈令嬢Aの証言〉
「――え、わたくしの婚約者について? 構いませんが……恥ずかしいから、あまり大々的に広めないでくださいね」
「――はい、そうですの。最初は彼のこと、全然意識してなかったんですけれど……図書館でよく顔を合わせるようになってから、あちらから話しかけてくださって」
「意地の悪い課題を仕上げなければならなくて、困っていたんです。資料のある棚は親切なご令嬢が教えてくださったんですけど、数が多すぎて、どれを使えば良いのか分からなくてね」
「そうしたら、彼が『どうしたんですか』って、丁寧に聞いてくれて」
「――ええ、図書委員だったそうですわ。本が好きで、当番でない日も入り浸っていたとか。教えてくれた資料は、とても役に立ちました」
「――ええ、ええ、勿論です。沢山面白い本を知っていらっしゃって、わたくしの好みの詩集も、見つけるたびに教えてくださるわ」
「気が付けば、彼とお話するのがとても楽しみになっていて……。ふふ、今ではあの柔和で優しい笑顔が、いつも恋しくて仕方ないんですの」
※※※
〈令嬢Bの証言〉
「無愛想な男性だと思っていたんです。でも、意外と優しい所があって……何て言うんだったかしら、相談に乗ってくださった方が、その、確かあれを、ギャップ萌えと」
「――ええ、家族にも良い顔をされなかった私の趣味に、理解を示してくださったのが大きいですね。その、昆虫の研究なんて、庶民の男の子みたいなこと、令嬢がするものじゃありませんって」
「彼だけは話を聞いてくれたんです。自分も小さい頃は夢中になったって。今も好きだけど、大きくなってからは、友人も使用人も皆嫌がるから、彼、言えなかったんですって」
「以前に何度かお見合いもしたそうなんですが、彼の集めた図鑑や標本を見ると、揃って顔を引きつらせて逃げてしまったそうなんですの。あんなに資料価値の高いコレクションなのに、失礼な人たち!」
「……ま、まあ、そうね。お陰で、私と出会うまで恋人も婚約者も持たずにいてくれたのは、すごく幸運だったと思うけれど」
「通りがかった男子生徒の一人と彼が、廊下でぶつかってしまって。私の目の前で起きたことだったから、彼がぶちまけた資料を拾うのを手伝ったの。そうしたらそこに、珍しい蝶のスケッチとメモ書きがあって。……あの時、勇気を出して話しかけてみて良かったわ」
「長く連れ添う身なのですもの、趣味が合うってとても素敵なことじゃありません? 彼の領地は大きな森がありますし、いつか私たちの間に子供が生まれたら、きっと元気に森を駆け回る子に育つだろうって――やだ、やめてくださいな! いつかの話ですってば、もう!」
※※※
〈令嬢Cの証言〉
「――そうなのよ! 彼、初めて会った時、嫌な貴族子息に目を付けられてたわたしを迷わず庇ってくれたの!」
「素敵よね、物語みたいよね! あの時の彼、すごく格好良かったわ……。『見知らぬご令嬢に、庭で絡まれて困っている方がいるから連れ出して差し上げて欲しいと頼まれて』って言ってたけど、それで本当に駆けつけてくださるなんて、とっても優しくて勇敢で誠実だわ!」
「――あら、玉の輿なんて考えてたのは、彼に出会う前までの話よ。今は違うもの。下手に身分の高い相手より、身分が近くて価値観や育ち方に差のない相手の方が、気も張らずに済んで良いかもなって思うようになったの」
「まあ、どれだけ価値観が近かろうと、今は勿論、結婚相手は彼しか考えられないけれどね! 無口で不器用で武骨で一本気で、以前慕っていた方とは全然タイプが違うけど、でも見も知らないわたしのために駆けてきてくれたのは彼の方なんだもの」
「婚約だって、もっと早く発表しても良かったのよ。あんなに凛々しくて逞しくて素敵な人なんですもの。もしも横恋慕なんてされたら、わたし我慢ならないわ!」
「まあ、彼は浮気なんてするような人じゃないけどね! 彼のお友達からこっそり聞いたんだけど、彼、わたしに告白するまで、毎日のようにお友達に恋愛相談してたんですって」
「愛されてるって思わない? ああ、もう、婚約式が待ち遠しいなあ!」
※※※
〈令嬢Dの証言〉
「あら、なあに? あなたも私の婚約者について何か文句があるわけ?」
「――そう、なら別に良いけど。話して差し上げるのは構わないけれど、あとで『ただの惚気だった』なんて文句言わないで頂戴よ?」
「――まあ、確かにそうね。彼の家は、うちよりずっと下級の貴族だわ。大した資産もないし、領地は田舎だし。私の才能と家格なら、もっと上の相手を狙えるはずだって、うちの両親にも随分と煩く反対されたものよ」
「でも、それがどうしたって言うの? 嫁いだ家に力がないなら、それこそ私の腕でのし上がってやればいいだけの話じゃない。あそこの領地は、開拓は進んでいないけど資源は豊富だし、あちらのご両親も素朴で真面目な人柄で、領民にも慕われているんですって」
「婚約許可のお願いを兼ねてご挨拶に伺った時も、お二人とも、とても親切にしてくださったわ。特にお義母様は、娘が出来たら一緒に料理をするのが夢だったって、早く卒業して嫁いできて欲しいって言ってくださるし……」
「……そうね。私、両親とはドライな関係だったし、性格もきついから、嫁ぎ先でうまくやっていけるのかずっと不安だったの。だけど、あそこなら頑張れると思うわ。彼も彼のご両親も、私、本当に好きだもの」
「――ええ、領地のことについては、彼も悩んでいたみたいね。一人っ子で親戚も少なくて、跡を継げる人間が自分しかいないから、自分が頑張らなきゃって、ひどくプレッシャーを感じてたみたい。私が産業の案を幾つか出したら、すごく必死な顔で聞いてるの」
「まあ、その、そうね……。知人に紹介されて領地運営のアドバイスを頼まれただけの身だったけど、それ以上に、私が彼を支えてあげたいと思うようになったのよ」
「平凡な人だわ。でも、私を見かけるたびに子犬みたいな笑顔で手を振ってくれるし、私の言うことは何でも真剣に聞いてくれるし――何より、賢しい女は可愛げがないなんて、彼は絶対に言わないもの」
「……嬉しかったのよ。私、彼と一緒になれるなら、どれだけ苦労したって後悔しないわ」
※※※
〈令嬢Eの証言〉
「――何よ! あんたもわたしがあの子にやったことでぎゃあぎゃあ言いに来たの!? あの程度の家格で侯爵家の方に恋慕するなんて、身の程知らずなあの子が悪いのよ!」
「……そ、そりゃあ、わたしだって、別にあの方とは恋人でも婚約者でもなかったけど……。名前も覚えて頂けてなかったけど……」
「で、でも、わたし以下の家格のあの子が、いくらヴァレンティーナの日だろうと、あの方に贈り物をするなんて図々しいわ! しかも最後にはさっさと乗り換えて、別の男性と婚約してるし!」
「……そ、そりゃあわたしだって、今はもう幼馴染と婚約しているけど……わ、わたしは最初から、あの方に好きになって頂こうなんて、本気で期待してたわけじゃあ……ちょ、ちょっとくらいしか、思ってなかったし……」
「……そうよ! あいつったら、幼馴染だからってだけで、いっつもわたしに意見ばっかり!」
「気弱な癖に、どれだけ怒ってみせても懲りないのよ! あの図々しい子の持ってたヴァレンティーナの日の贈り物を目の前で奪って踏みつけてやろうとした時だって、あいつが割って入ってくるから出来なかったのよ!」
「……まあ、そうね。確かに、あの子に色々嫌がらせしてたのがバレた時に、大事にならないように庇ってくれたのもあいつだけだったわ。気弱な癖に、わたしを叱りつけながら、あの子や先生たちに一所懸命頭を下げてるの」
「あの子が婚約したって話を聞いて、同じ頃にわたしとあいつの婚約が決まった時には、残念だったわねって思いっ切りあいつを笑ってやったわ。わたしなんかを押し付けられて、あんたはひどい貧乏籤ねって。だって、先輩方が噂しているのを聞いたんだもの。あいつが、その……わたしが苛めていたあの子のことを、ずっと好きだったんだって」
「し、嫉妬じゃないわよ! いい気味だって思っただけよ! わたしがあの方を諦めたのに、あいつだけ恋が叶うなんて腹が立つもの!」
「でも、そうしたらあいつ、違うって……ずっと好きだったのは、わたしの方だって……」
「……お、折れてあげただけなんだからね! 沢山面倒かけたから、感謝しても良いかなって思っただけなんだから! 侯爵家のあの方の方が、ずっと美しくて賢くて物憂げで、知的で優雅で素敵なんだから!」
「……でも、ただ、その……わたしがちょっと笑いかけてあげたら、あいつはすごく嬉しそうに笑うから……。それも悪くないかなって、思っただけって言うか……」
「はあ!? なんでそんなこと知ってるのよ!? あっ違う、嘘よそんな話! わたしが小さい頃から何となくあいつにだけは逆らえなかったなんて、そんなこと絶対にありえないわ!」
「べ、別に、あいつに恋しちゃったとか、そういうんじゃないんだからね! あいつに余計なこと言うんじゃないわよ!? どうせ調子に乗って、いつも以上にへらへら笑うに決まってるんだから!
……分かってますよ、みたいな生温かい目付きで見るんじゃないわよ! 馬鹿ー!」
※※※
――この他、『庭園での出会いに運命を感じた』『まさかあの人が初恋の人だったなんて』『全く駄目な人だと思ってた男友達に意外な一面を見つけて』『共通の秘密を持ったのが切っ掛け。詳しいことは内緒よ』など、種々の証言が寄せられている。
現在の婚約ラッシュがいつまで続くかは不明であるが、婚約した生徒が友人に婚約者の知人を紹介するケースも多く、出会いの場は確実に作り続けられている模様。
広報委員会は来月の特集記事のため、引き続き関連情報を集められたし。