はい、腰に手当てて。 もう片方はピースして口元に。手の甲こっちに向けてね
「さてだ」腕組みをして仁王立ちする真白。
「はい」正座している勲。
沖波邸に帰り、さてシャワーでも浴びて寝る準備でもしようか。と思っていた矢先、真白に首根っこをつかまれリビングに連れ込まれる。床にぶん投げられ逆レ○プされそうな構図。しかし話の本題はそこではない。
「君には本気で男の娘を目指してもらう。そのための講習を今から行う」
「今から?」
「今から。時間は待ってくれない。イベントも待ってくれない。犯人も待ってくれない。いつ何時また私たちが襲われるかわからない。早めにスケープゴー、じゃないか、囮を完成させないと我々も安心して枕を高くして眠れない。あ、ちなみに私は北枕派ね」どうでもいい情報を挟んでくる真白。それよりなんか物騒な単語があった気がするのだが、怖くて聞き返せない勲。
「はぁ。で、僕は何をすれば?」夜も9時を回った。田舎者は徐々に瞼が重くなる時間が近づいてきた。
「まぁ焦るでない。直佑奈が来るはずじゃ。なに、悪いようにはせん」どこに売られるのだろうと心配になってくる。
「お待たせー、これでいいかな?」途中衣裳部屋に寄っていた佑奈が両手に衣装を抱えてリビングへ戻る。
「ああ、それにしたんだ。それならちょい見えしそうでしない感じだし、いいんじゃないかな」
「でしょ。ウィッグも被らなきゃいけないし、これならまずばれないと思うよ」
「だねぇ。しかもスパッツ履く辺り、佑奈いいチョイスしてるよ」グッと親指を付きだす真白。
「スパッツ?!?!」そんな声二人には届いていない。つかつかと勲の前に佑奈が歩み寄り両手に抱えた衣装を差し出し一言。
「着て(はぁと)」
あぁ忘れていた。これが今の自分に課せられた使命だった。東京の夜景できれいさっぱり忘れていた。この部屋に戻り再び現実に引き戻される勲。
「へぃ…」鼻水を垂らしながら有り難く衣装を頂戴し、「隣使ってね」とにこやかに佑奈に強制誘導される。見るとスパッツだけではなく、前回あれだけ心を惑わした女性用下着もあった。
「大丈夫、それ前に町村さんが履いたのですから。私のじゃないですからね」人差し指を頬に当て小首をかしげにっこりほほ笑む。こんな状況じゃなければマジで恋するコンマ0.1秒前なのにそうならないのはなぜだろう。自問自答しながらリビングを後にする勲。猫背になっている。
…10分後
「お待たせ、しました…」ガチャリとリビングと廊下をつなぐ扉が開き、勲のコスプレ姿がリビングに現れる。
「おおおお、予想以上だよ町村君!!」身構えていたカメラのシャッターを連射する真白。
「ひぃ!」といって、女の子ポーズで怖がる勲。完璧やん。
「可愛い! てか、私より似合ってません? なんとなく悔しい」ひがむ佑奈。
「いや、それはヅラが無いせいじゃないかな。ほらだってキャラとそう変わらない髪の長さしてるし。無理に被らなくて地毛でいけそうな感じする」
「それもそうですね。でも敢えてボリューム出すために被らないとダメですね。にしても羨ましいくらい綺麗な二重ですねぇ」分析鋭く勲の姿を上から下まで嘗め回すように見定める二人。
「あの、これって…」勝手に話を進められている勲だが、取り敢えず「これはなんジャロ?」と言う疑問だけは解決したいらしく質問する。
「艦○れの○鳳ってキャラ。これ今度のイベントで着てもらおうかなって。大丈夫、私たちもみんな同じジャンルでコスするから浮かない浮かない。ちなみに私は秋○洲と言うのをやる」チャキチャキ答える真白。
「いいなぁ。これ実は新作だったんですよ。先に着られちゃいました。でも似合ってるから許します」鼻息荒く佑奈が頷く。
「どうも、初めてもらっちゃって…」語弊を招くぞその言い方。
「じゃあこっちに座ってください。ウィッグ付けるのと化粧しますから」この時間だろうとお構いなし。全力で完成させに来る。すごすごと椅子に座り、なすがままにセッティングされていく勲。そんな化粧中の姿までカメラに収める真白。
「何そんなに撮ってるんです? なんか変なこと考えてません?」鋭さだけは一級品の勲。
「いや、別に」サラッと返す真白。
「まぁ別にいいですけど、外に出さないなら」出るんだなこれがー。
「目瞑ってください。シャドー少しだけ付けますから」佑奈にそう言われて目を閉じる勲。
「この後、何するんですか?」
「カメラ映えする仕草の講習をする。とりあえず一日だけになればいいけど、君には佑奈になり切ってもらわないといけない。だから細部まで似せる必要がある。そのための特訓だよ」
「なるほど。それならわかりました」渋々納得する。
「ちなみに、このキャラクターってどんなのですか。画像あれば見せてもらえますか」
「勉強熱心だね。ちょいまち」目を閉じているからわからないが、真白が何かごそごそ取り出している。恐らくノートPCかタブレットの類だろうと推察する。
「はい、目開けていいですよ」完了の合図が佑奈からある。
「ふう」
「お待たせ。これが君が成りきっているキャラだ」案の定タブレットだった。そのキャラクタを見て妙に納得する勲。
「なるほど。佑奈さんに合ってますねコレ」画像と佑奈を見比べる。自分のことは置いといて佑奈がこの衣装を着た時の姿を想像する。
「どういう意味ですか?」するとタブレットの向こうに膨れた佑奈がいる。
「え、あ。いや他意は無いけど。ゴメン、変なこと言っちゃったかな」取り敢えず謝る。
「いえ、ならいいんです」しぼむ佑奈。
(賢明な方はお気づきだろうが、胸)
「で、こっちが私のやるキャラね」画面をスライドして真白の着る衣装のキャラの画像が出てくる。
「……」また画像とキャラクターを見比べる勲。拡大して胸の辺りを見る。そして一言。
「真白さん。胸、ありますね」ジャイアンがのび太の顔面をグーした時のように勲の顔面が凹む。真白さんいい右持ってますね。
「最初はスク水着てもらおうと思ったんですけどね。ほら、○ーちゃんやってもらおうと思ったんです。さすがにマズいかなと思ったので止めました」
「あー、さすがにそりゃマズい。股間でばれる」
「ですよね。町村さんよかったですね、私たちに良識があって」真白がバシャバシャ写真を撮りつつ横にいる佑奈と会話している。そして勲にも話題を振る。
「はい、感謝しております…」想像しただけで黄泉に旅立ちたくなる勲。産んでくれた親に気持ちだけは土下座している。
「はい表情、硬い。腰、もうちょっと前に突き出して、くの字になる感じ」細かく指示を出す真白。既に何ポーズか変えているが、まだまだ慣れない勲。
「こ、こうですか?」ぎこちない笑顔と共に指示されたポーズを取る勲。
「そうそういいねー。体はオッケー、左手は腰を押し出してる感じで当てて。右手は顎に添える感じで」
「は、はい」言われるがままのポーズを取る。
「お、いいね。しばらくそのままね。笑顔だけは崩さないでね。目線はカメラに頂戴」四方八方から色々な構図で撮影する真白を目で追う。その目線は常にレンズの中にある。
「センスありますねぇ、町村さん」佑奈からお褒めの言葉を頂く。
「え、そうですか?」自然と笑みがこぼれる。
「今の笑顔いい! 佑奈もっと褒めて!」
「わかりました。えっと…、よっ東大生!」褒める部分が見つからなかったのだろう、事実だけ伝える佑奈。
「それは違うと思いますよ…」笑顔が苦笑いになる。
「ふむ、なかなかいいのが撮れた。いいよ体崩して」今のポーズでの撮影はひと段落したらしく、真白からお許しが出る。
「あー、これなんかいいね。屋外ならもっといいのが撮れるだろうな」
「この写真、試しにホームページに掲載してみます? 次回の衣装でーすって書いてもらって」
「ちょ、待った」とっさに止めに入る。
「大丈夫ですよ、私ってことで出すわけですし。バレませんよ」あっけらかんと話す佑奈と深刻な勲。開きがありすぎる。
画像チェックが終わり再び勲に目線を向ける二人。
「うーん…」
「うーん…」唸る二人。
「な、なんでしょう?」
「町村君、一つお願いが…」改まって真白が勲に依頼をする。
「はい」
「スカートめくってくれ」
「…、恥ずかしいんですけど」断りたいがはっきり言えない。
「前じゃない、後ろでいいんだ」そう言う問題ではない。
「私も、見たいです」
「…、二人とも何言ってるんですか?」
「スパッツに下着のラインが浮かんでるか見たいって言ってるんだよぉぉぉ!!」本音が漏れる真白。
「そうです、そこ重要なんです! このキャラの再現にはそこはかかせないんです!」超力説され気圧される勲。しかし即座に反論する。
「いや、仮に佑奈さんがこれ着てたとして、それはさすがにやりませんよね?」
「身内にだったらやります! 町村さんにだって見せてもいいです!」あぁ、職業レイヤーすげぇと負けを認める勲。
「わかりました。ちょっとだけですよ…」諦めてカメラに背を向ける。
「なんだろうね、この背徳感。男性が感じている気持ちってこういうのなんだろうね」
「ですね、なんか興奮してきました」二人とも鼻息が非常に荒い。
「では…」その言葉に合わせて勲がスカートの裾を手に取り徐々にめくっていく。
「じらすね、はよ」真白に急かされる。
「もう、どうなっても知りませんからね!」潔く一気にスカートをめくり上げる。
「!!!!」
「!!!!」
声にならない絶叫が聞こえた気がした。佑奈と真白の顔は見えないためどんな表情なのかわからない。しかしシャッター音だけははっきり聞こえる。
「あ、あの。いつまでこうしていれば…」たまらず聞くが答えは返ってこない。
「町村君、お尻のラインチョーきれい」
「お尻小さい。羨ましい…」また感動している佑奈の小さな声が勲の耳に入ってくる。
(あぁ、満足してくれているのかな。ならこんな思いをした甲斐もあったってもんだ)満足してくれているのだろう、そう感じ取った勲はちょっとだけスカートの裾を高く上げる。その行為にさらに背後の二人は反応する。もうどうにでもして。
非常に長い1分間が終わる。シャッター音もいつの間にか止んでいる。
「ど、どうでした?」顔を真っ赤にした勲が振り返り二人に問いかける。しかし答えは返ってこない。二人ともカメラの画像データを確認するために小さい画面に目をやっている。そしてしばらくの後、顔を上げて勲に告げる。
「家宝にします」
「家宝にするわ」
顔をこれでもかと言うくらい真っ赤にした二人がこの画像を国宝クラスに認定した瞬間。
「ありがとうございましたー」とちょい裏声で発しているのは勲。撮影ポーズの講釈が終わった後はカメラマンとの接し方と女の子の話し方講座。佑奈と真白曰く「完成度60%」と、出来立てホヤホヤのデス○イズヘルとアル○ロンのようなことを言われてその日の男の娘講座は終了する。
「女の子、って言うよりはコスプレイヤーって大変なんですね…」着替え終わった勲がソファーにグッタリしながら発する。
「そうですよ。どんな野郎にでも愛想振りまかなくちゃいけないですし、めんどくさいったらありゃしない」出た黒ユウナ。
「うーん、まぁ彼らあってのとは言うけど、身内だけでキャッキャやってるのが幸せってのもいるからねぇ。だったらイベントいかずに内輪でどこかでやれって話なんだけどね。如何せん金がかかる、スタジオ借りるにも遠征するにも。その点近場のイベントはちょっと登録料払うだけでいいからね。撮られるのも多少は我慢だね」冷静に告げる真白。さすが歴が佑奈より長いだけあって多少達観している部分がある。
「それでもやっぱり変なのはいるからさ。だから今回みたいな目に遭うわけだし」
「そうですよね…」
「本当にコスプレ会場に来ていたカメラマンの中の一人なんでしょうか? 今回の犯人は」勲の口から不意を突いて出る。
「えっ、なんでですか?」
「突然どうした町村君?」当然二人も食い付く。
「えっと。初めに見つけた写真は、その…。スカートの中を盗撮した写真じゃないですか」
「はい…」思い出されてちょっとだけ恥ずかしそうな佑奈。
「そして、その後に見つかったのがこの部屋の盗撮写真。恐らく撮影場所はあのマンション」しまったカーテンの向こうにあるマンションに目を向ける。
「そして今回真白さんにあてられた脅迫文。最初の盗撮と比べるとどうもやっていることの程度が違い過ぎるんです。パン…チラ撮るだけなら別にここまでする必要はありません。ネットに挙げたのはたまたまかもしれません。そう言った趣味の人間同士共有するという意味があるような気がします。ですが、今回直接手を下しているのは、そう言った程度の低い邪さとは明らかに違うんです。もしかしたら僕らが追うべき犯人はイベントなんかにいないんじゃって…」
今の自分たちは、それこそさっき真白が言いかけたスケープゴートを追ってしまっているのではないか。それも犯人が仕立て上げたものではなく、自分たちの思い込みでいないはずの者を作り出してしまったのではないかと。的外れなことをやっているのではなかろうか。そう少し疑問を抱く勲。
「確かに、そう町村君に言われるとちょっと不安になるな」
「じゃあ、イベントで変な人捕まえても、終わらないかもしれないってことですか?」不安そうに聞き返す佑奈。
「かもしれませんし、そうじゃないかもしれません。ただそうなると、今日飯原さんが言っていたように証拠写真を持って警察に行く、と言うのがベストなのかも知れません」預かっていた写真を撮り出し改めて見直す。プロが言うのだから間違いない、ある程度の技量があって撮影されたこの写真。何か決定的な証拠になるのは間違いないだろう。
「どうします、警察に相談してみますか? 実際被害も受けているわけですから」二人に問いかける勲、しかし返事が無い。
「…警察か」
「当てになりません…」二人の口から否定的な言葉が漏れる。
「二人とも、どうしました?」
「実は、もう相談しているんです。町村さんに相談する前に。といっても私のことではなく真白のことでですが」新たな真実がここで明らかになる。
「え? どういうこと」当然の反応をする勲。
「ごめんよ町村君。騙すつもりも脅かすつもりもなかったんだ。言うタイミングがなくてね」
「今回脅迫文送られて、それが初めてじゃないんですか真白さんは?」
「実は、先に被害にあったのは真白なんです」
「えええ!?」
「事の始まりは先月です。真白がバイトから家に帰ったところ、家に変な手紙が届いていたんです。そこには今回のように写真は入っていませんでしたが、明らかにストーカーと思われる書き方の内容でした」
ゆっくりと話し出す佑奈。真白が話したくないのか代弁するように静かに話し出す。それを真っ直ぐ見つめ聞く勲。
「その手紙の内容は、はっきりと覚えてはいませんが『コスプレしているのをいつも見てます』とか『ずっと追い続けます』と言った内容だったと思います。私にすぐに連絡が来て、その後一緒に警察に行きました」
「行ってたんだ…」呟く勲。
「はい。その手紙も持っていきました。でも、これくらいでは犯人は特定できないしまだ警察は動けない、と言われ門前払いされました。その時は仕方なく引き上げました」
「…」黙っている真白。思い出したくないことが山ほどあるのだろう。
「そして、その最初の一通から数日後、また手紙が来たんです。その時は写真が入っていました。真白の部屋を盗撮した写真だったんです」少し言葉に詰まる佑奈。
「ゆっくりでいいので、続けてください」
「はい。さすがにこれは証拠になるだろうと、改めて警察に行きました。でも、それでも警察は動いてくれなかったんです。これでは実害にならない、とか、実際まだ危険な目に遭っていないとか、耳を疑いました。警察は結局何かが起きてからじゃないと動いてくれないんだ。諦めてまた引き返しました」
聞けば聞くほど可哀想で同情したくなる話。慰めるというレベルの話ではない。口を真一文字に紡ぎ黙ったままの勲。
「これじゃ真白がどうにかなっちゃう。それがあってからしばらく私は真白の家に行って一緒に生活しました。危ない目に遭ってる友達を放っておくなんて出来ません」
横でちょっと涙目になっている真白がいる。嫌でも思い出してしまうのだろう。
「そして少し前です。私の盗撮写真が出てきて。これは正直言うとそこまで気にはしていなかったんです。こういうことをしていればいつかはこんな写真も出てくるだろうくらいで思っていたので」
「なるほど」一言ぽつり。
「そんな時です。町村さんの話を兄から聞いて。もしかしたらその人なら何か手伝ってくれるかもしれない。本当に偶然です、頼もうなんて思っていなかったんです最初は。でも聞けば聞くほど頭の中で町村さんに対する勝手な期待が膨らんで。真白とも相談しました。知り合いを危険な目に合わせる可能性があるのは承知していましたが、それでもすがるところがそこしかなかったんです!」語尾を荒げて、佑奈すら少し涙声になっている。
「うん」
「私と背格好が似ている、女装しているとかそう言ったことはどうでもよくって」
「女装趣味は無いし、アレも記憶ないからね」真剣な話の最中だが否定するところは否定する。
「それで、兄を通じて紹介してもらったと言うのが経緯です」取り敢えず話は〆られる。
「わかったよ、大変だったんだね」
「ごめん、なさい…」真白が口を開いて謝る。もういつ泣き出してもおかしくないような顔をしている。
「別に謝らなくても。警察にも相談できないんじゃ、友達頼るしかないもんね。わかるよ」
「ごべん、なさい…」ほぼ泣いてる。
「だから謝らないで」笑顔でそう答える勲。
「謝るのは私の方です。巻き込んでしまって本当にごめんなさい」佑奈が深々と頭を下げる。
「だから謝らないでって。頼ってくれてそれはそれで嬉しいんだから。こんなに…ほら、ね?」『可愛い子二人に』と言いそうになったが、そこはグッとこらえて飲み込んだ。男冥利に尽きるとだけ言っておこう。
「じゃあ、もしかすると佑奈さんは二次被害にあった可能性があるってこと、だよね?」
「そうかも、しれません」
「なるほどね…。ん? いや待った、そうじゃないのかも」自分で出した結論を即座に否定する。そして、犯人から佑奈宅に届いた手紙を改めて開いて読む。
「…、そうか。そう考えればつじつまが合う。そしてそんな単純な犯人じゃないってことにもなってくる。やるじゃん…」
「え、何かわかったんですか?」
「どうしたの、勲君?」
二人がそろって口を開く。真白はつい下の名前で呼んでいる、気付いているのだろうか。
「今僕の中にある仮説はこれです」先ほどのポーズ癖が残っていて、つい手の甲を表にピースをして『二つ』と指し示す勲。
「に?」佑奈と真白、声を揃える。
「はい。二人と言う意味です」
「え、どういうこと?」またも二人声を揃える。
「佑奈さんと真白さん、それぞれ別人から狙われている、ということです。そしてその二人は互いを知っている可能性がある。ということです」
「ええええ」さらに驚く。
「どこにそんなことを想像するに至る根拠があったのかね町村君!?」
「明智君!」みたいな聞き方をしてくる真白。
「はい、これも結局この脅迫文が教えてくれました。それを導いたのは今日の新事実です。もうちょっと早く教えてもらえればこの仮説に行きつくのも早かったんですけど」
「それはごめん…」再度謝る真白。
「いえ、気にしないでください。このまま知らずにいた方が危なかったですから。これでちゃんと二人とも守れます」
キザいセリフをサラッと言う。勲は気づいていないが目の前には顔を少し赤くした二人。
「続けます。仮に二人いるとしたら恐らくですが、犯人は同じ趣味の人間でしょう、恐らくコスプレの写真を撮ることを趣味としているのは間違いないです。恐らく会場で知り合ったのかネット上で知り合ったのか。そこまではわかりませんが。始めに行動を起こしたのは真白さんを狙っている犯人の方。先に行動を起こしている分、知り得る情報が多かったのでしょう。自宅にまで手紙を送りつけるくらいですからね。真白さん、過去にポストの中身が無くなっていたり荒らされていたなんて経験、ありませんか?」
「あ、ある! 届くはずの手紙が届いてなくて、送り先に確認したことある。毎月ちゃんと送ってくる美容室のクーポン付いたはがきだったからよく覚えてるよ」勲の推測が当たる。
「やっぱり。であればそこで名前を知り得たのでしょう。ま、底意が言って可能性もありますけど」
「すげぇ…、ちょっと引く」勲の洞察力に少し飽きれながらも感心している真白。
「次です。佑奈さんに目を付けた犯人も、同様にコスプレから目を付けたのでしょう。ですがそれは最近なのでまだ情報が少ない。しかも本人を特定する情報は得られていない。ポスト自体がカギがかかって開けることが出来ない。入れることしかできないからでしょう」
「確かに。カギ開けなきゃ絶対に手紙取れないもん」
「昨今、表札もついていないですし。かなり強引なことしなくちゃ個人情報なんて得られないですからね」
「んで、ここに私の名前の入った脅迫が届いたのは?」
「はい。犯人が精通しているというのは先ほど言った通りです。そこで先日の写真です。偶然でしょうが佑奈さんを盗撮しようとして真白さんが映りこんだ。犯人は狙っていたものではなかったのでしょうが、きっと見たことがあったのでしょう。そして誰であるか気づいた。そこでもう一人の犯人、真白さん狙いの方に情報を提供して相談したのでしょう。どうすればそれぞれにプラスに働くか」
「ということは?」
「真白さんを自宅に戻そうとしたんじゃないでしょうか。ここに居られては何も手出しが出来ません。自分の獲物、言い方が悪いですが。それを自分のテリトリーに戻そうとしたのでしょう。そうすればまたチャンスが来る、そう考えたのだと思います」
一通り仮説の説明が終わる。その説明にあっけにとられている佑奈と真白。勲の想像力が豊かなだけなのかそれとも本当に犯人の心理を読んでいるのか。どちらにしても関心はしている。
「よくぞこの少ない情報でここまで。これ、もし犯人捕まえて合っていたとしたら、町村君すぐにでも警察就職しな。捜査一課のエリートコースに乗っかれるよ」
「警察ですか、あんまり興味ないですね…。それに親と同じ道ってのは性に合わなくて」
「お父さん警察官なんですか?」
「はい、県警勤務です」こちらも新事実発覚。勲の正義感、礼儀正しさなどはここから来ているようだ。
「通りで、サラブレッドってわけか」
「なりませんよ? もう姉がなってますから、さすがに姉弟でってのも…」
「お姉さんいるんですね。じゃあ二番目なんですね町村さんは」
「ああ、三番目です。一番上に兄がいます」また新事実。
「ほーそりゃまた。かっこいい?」食い付く真白。
「自分の兄をかっこいいと、口が裂けても言えないですが。まぁ最低限の顔はしていると思います」謙遜もできる。
「お兄さんは何を?」
「…」黙る勲。
「何してるの? 人に言えないこと?」
「いえ、その…」
「その?」
「あ、もしかしたら今見れるかもしれません。ちょっとテレビつけていいですか?」リモコンに手を伸ばす勲。
「え、タレントか何かなんですか!? すごい!」
「タレ…、まぁそうなるかもしれません。えっと…」チャンネルを回す。そしてとある番組で画面が落ち着く。夜の社会派情報番組だった。そこには数名のコメンテーターが並びで映っているが、勲の兄と呼べるような年齢の人物は映っていない。
「この番組? たまにみるけど、この中にいるの?」真白が指さしながら質問する。
「はい…。右端の彼、と言うか彼女です…」
「え??????」勲の示す先には、最近人気の高学歴オネエがいる。
「まさか???」
「そのまさかです」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「だからアタシ先週言ったでしょ。離脱派が勝利して株もポンドも下落するって。旅行行くなら今よ、今! アタシもお仲間連れてセブンシスターズでも見に行ってこようかしら。全員ブラザーだけど、ハッハー!」
イギリスのEU離脱について語っている、なんとも美しいオネエが画面の中にいる。なんとなくだが女装した勲に似ているような。
「なるほど、女装に関してもサラブレッドだったわけですね」妙に納得をしている佑奈。画面に食らいついて勲の兄であるタレント名『ミランダ・三宅島』その人を見ている。
「違いますって!」全力で否定するが全く説得力が無くなっている。
「私この人好きですよ。面白いですし綺麗ですし。あ、今度サイン貰ってくれませんか? えっと、『ミランダ・三宅島』お兄さんに」
※三宅島に住んでいる人ごめんなさい 悪意はありません
「佑ってちゃんとした男の名前があるんですよ。それで呼ぶのやめてください!」自分の身内の恥が晒された勲は、突っ伏して泣きそうになりながらわめいている。そして隣では笑い転げている真白。
「素晴らしい、素晴らしいよ町村君! こんな素晴らしい人物に出会えてことを私は神に感謝するよ。あー面白い」
町村家の面白さが相当ツボに入ったらしい。もう先ほどまでの悲しそうな顔はない。
「喜んでいただけたようで何よりです…」
「いやサイコー。今まで知り合った男性の中でぶっちぎりトップだわ、色々と」
「火傷しますよ?」ちょっとからかう。
「大丈夫、もうしてるから」罪な男よ。
「それにしても凄いですね。お父さんは警察官でお兄さんはオネエって。しかも芸能デビューしてるなんて。どうやったらそんな家に生まれられるんですか? うちなんか普通のサラリーマンとクソ兄ですよ」妹にディスられている巽。
「ハックション!!」
『あれ、どうしたの巽君。風邪?」
「いや、ぜんぜーん。誰かに噂されてるんだよ、きっと」
「東大生ってやっぱモテるんだねー」
どこぞのメイド喫茶、ではなくちょっと上を行く社交場で飲んでいる巽。既に4月で二十歳を超えている。初めてはここでと決めていたらしく一人飲みに来ている最中。因みに勲を誘ったが当然「未成年なんで」とマッハで断られたようだ。
「町村君が長男じゃなくてよかったねぇ佑奈。これで婿に来てもらえるよ。あ、でもお兄さんいるから関係ないか」
「真白こそ、長女じゃないですか。お婿さんに来てもらえますよ、気兼ねなく」
将来的にどうやら勲は苗字が変わるらしい。脳内でそれぞれの苗字と自分の名前を合わせて、語呂がいいか確かめる。真白の苗字、知ってましたっけ?
「あの、話し戻していいでしょうか?」恐る恐る手を挙げて話を本題に戻そうとする。
「どうぞ」
「いいよ」
「では、遠慮なく。二人犯人がいる場合、別に手紙からじゃなくても推測は出来ます。ただ、その犯人同士が精通している可能性がある、と言うことの方が問題です。色々と情報共有できるのは面倒です。ブレーンはおそらく真白さんを狙っている方です」告げ忘れていたことを二人に伝える。
「むう…」口を紡ぐ真白。
「じゃあ、真白を狙っている方を先に捕まえないといけないってことですか?」
「できれば。そうしないともしかするとトカゲの尻尾切りに遭う可能性も否定できないので」
「何かいい手段ある?」
「何か手掛かりがあるかもしれないので、一度真白さんの家に行ってもいいでしょうか。出来れば早いうちに行きたいのですが」
「いいよ。なら明日行こう」即断即決。チャキチャキした江戸っ子気質の真白。
「あの、私は?」
「勿論一緒です。解決するまではとことん一緒に行動したほうが色々と都合がいいですので。自由が無くて申し訳ないですが、よろしくお願いします」
「わかりました。じゃあ明日は午前中のうちに行きましょう」
「そだね。その方が何かと動けていいや」
「あの、それと。帰りに大学寄ってもいいですか? 巽に代筆は頼んでいるんですけど、行かないとどうにも心配で…。それと可能なら自分の家にも寄りたいです」
「はい、いいですよ。着替えも何もないですからね。取りに行くんでしょう?」そのあたりの行動は読まれている。
「ありがとうございます。じゃあそろそろ僕眠くなってきたので、ボチボチ隣の部屋に引き下がりますね…。おやすみなさい」
「色々ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい、ごゆっくり」
田舎者の活動限界。ただでさえ東京湾岸観光をして疲れているため、恐らくすぐにでも眠りにつくことだろう。と、朝まで行けばよかったのだが…。
「はぁ、相変わらず布団いい匂い」枕に顔をうずめ、変態発言をしながら衣裳部屋にて横になっている勲。ここ数日に限ればこちらの部屋に滞在している率が高い。もうここの家の子になろうかなどと考えてしまうが、そうは問屋が卸さない。うとうとしながら布団の中を右に左にゴロゴロして既に1時間ほど経過している。
隣の部屋の物音もしなくなり、すでに二人も寝てしまったのだろうと察する。ここで隣に行けば…、逮捕です。
「お台場凄かったなぁ…。今度また行こう、そのイベントってのもどれくらいの人が来るのか見てみたいし」後悔するぞ。頭に思い浮かぶことを口にして、眠りにつけないか色々試行錯誤している勲。徐々に徐々に夢に近づこうとしているところ、小さく扉の開く音がする。寝ている勲に気付かれないよう気遣うかのように。
「あれ? 横に誰かいる? 寝ぼけてるのかな…」半分夢の世界にいた勲はその存在を肯定も否定も出来ずにいる。しかしそれは夢ではない、確実に隣に人がいる。スッと自分の入っている布団に横たわって来る感じをがする。
「誰?」小声で叫ぶように横にいる人物に声を掛ける。
「誰でしょうねぇ」その声は真白だった。返事と同時に掛け布団の下に潜り込んでくる真白。
「何やってんですか? 佑奈さんに気付かれたらマズいですよ」
「大丈夫、あの子寝つきいいから。もうぐっすり寝てるよ」
「そう言う問題じゃ…」
「問題じゃ?」逆に尋ねられる。それ以上答えを返せない。
「戻ってくださいよ、寝ないと明日に差し支えますよ」
「私夜更かしだからさ、まだ眠くないんだよね。だから起きてるかなーって思って」
「起きてますから取り敢えず布団から出てください!」怒っているような怒っていないような、どちらとも言えない伝え方の勲。こんな状況生まれて初めて、対処の仕方がわからない。
「ヤダ」真白、即座に否定。
「ヤダ…って」困る。
「寒いじゃん。隣だと温かいし、それに」
「それに?」
「落ち着く」
「勘弁してください。こっちは落ち着くどころか目が冴えましたよ」眠りに誘うどこぞの妖精はどこかへ行ってしまった。
「実家の犬みたいでさ。こうするともっと落ち着くかも」
その発言と共に真白が勲に抱き着く。声にならない声をあげ、体が硬直する勲。声も出なければ体も動かせない。抱き枕に抱き着くかの如く、勲の身体をぎっちりと締め付ける真白。ただ苦しくはない、女性の力はこの程度なのかと頭の中だけは冷静に冷静に今自分の身に起きている物事を捉えている。
「あの…」
「ちょっとだけこのままでいい? 大丈夫、これ以上はしないから、さすがに」
「は、い…」がっかり一割、ほっとする九割。
「怖くてさ」
「怖い?」
「色々と」
「色々」
「東京ってさ、大きいじゃん」
「ですね、僕も今日改めて思いました」
「まだ1ヶ月くらいしかいないのに」
「うん」
「色々見過ぎて、色々ありすぎて」
「ですね」
「この街で暮らしていけるのか、ちょっと自信無くなってた」
「僕も、最初の1週間くらい、戸惑ってました」
「君でもか」
「僕もです」
「一緒か」
「一緒です」いつの間にか勲は真白の頭を両手で抱きかかえて自分の胸に押し付けていた。
「ちょと苦しい」
「ごめんなさい」少し緩める。
「でも」
「でも」
「ちょっと大丈夫になった」
「何で?」
「君に会えたから」
「何もしてないです」
「今助けてくれてる」
「これからなんですけどね」
「今でも十分さ。公僕に比べてよっぽど頼れる」
「公僕、ね…」
「そういや、君の父親もそうか」
「そうです」
「ごめんよ」
「いえ」
「なんとかなるかな?」
「大丈夫、僕が何とかします。二人の日常を取り戻します」
「頼むね」
「頼まれました」
「ごめんね、付き合ってるわけでもないのに。こんなことしちゃって」
「いえ、焦りましたけど」
「佑奈の家じゃなければ、この続き、してもよかったんだけどね」
「そう言うのは…」言葉に詰まる勲。
「冗談さ」
「からかわないでください」
「ごめんよ」クスクス笑う真白。あぁ彼女には敵わない。何となく悟る勲。
「さあ、そろそろ戻ってください。佑奈さんに気付かれたらそれこそどうなるか」
「ヤダ、もうちょっとだけこうしてる」また拒否られる。
「勘弁してください」
「わかったよ。ここで二人で君を取り合いしてもろくなことにならない。ここは引き下がるとしよう」
「取り合いにはなりませんよ…」
「二人とも!? 日本じゃ重婚は出来ないぜ」
「知ってます。ホラもういきましょう」
「しゃーない。じゃあ」腕の力が抜け抱き枕になっていた勲の身体に自由が戻る。
「静かに戻ってくださいよ」
「わかってる。じゃあ…」同じ人間に不意を突かれたのは二度目。この数日で二人の女性合わせて三度目。今回はちょっと長めだった…。
勲、真白がいい感じになっているのをよそに、自宅にいる黒雪御大。
「やべー、週末に衣装間に合うかな?」
全力でミシンで衣装を縫っている最中だった。
「ユウナやゆきちはもう持ってるからなぁ。私だけ別ってのはプライドが許さん。あー、可愛いものが見たい。数日ユウナ・ゆきちペア見ないだけでなんか禁断症状が出る。そうだ! テレビ電話しよう!」
深夜であることなぞお構いなし、ゆきちが夜更かしであることを知っている黒雪は構わず電話を掛ける。
「…………、おかしい、出ない。起きているはずなんだが」
訝しむ黒雪。
「まさか!!??」何か察したらしい。
「町村君脱がせて着せて撮影してるのか、ならしゃーない」ハズレ。
「ところで、真白さんの実家ってどこなんですか?」
「ん、言ってなかったっけ? 何、あいさつ来てくれるの?」
「ご両親に、は早いです…。でどこですか? 僕は岩手ですけど」
「さいたま」
「一人暮らしする必要、無くないですか!?」年度一のツッコミが炸裂する。