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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
6/24

平日に人がいる訳ないじゃないですか

 佑奈の家から電車で30分少々、その会場はある。2回ほど乗り換えて到着するその場所は元々海の上。今では近代的な建物が建ち並びまさしく世界一の過密都市東京発展の象徴のような場所…、のはずだが。

「人すっくないですねー」勲がつい大きな声を出してしまう。国際展示場の駅に降り立ち周りを見渡して一言。両隣には佑奈と真白、美少女を二人も侍らせている。夏と冬の某イベントのさなかであれば確実に「○ス」という声と殺意の波動が彼に降りかかっていることだろう。よかったね時季外れで。

「まぁねー。これでも人増えたんだよ。昔はもっと閑散としてたんだから」

「イベントの時だけですねぇ、ここがにぎわうのは。私はその時は来たことないんですけど、人ごみ嫌いなので」

「ふーん、でもなんかすごいねこの街。面白い形の建物がいっぱいあるや。あ、あれなんかピラミッドひっくり返ったみたい。すげーなー」完全にお上り。一緒にいる二人がちょっと恥ずかしくなっている。

「町村君、落ち着こう。どうせあの近未来建物の中に行くことになるんだから」

「え、あの中入れるんですか? スゲー、写真撮っておこう」田舎者め。

「いや違う。私たちが行くのはあっち」真白が指さすのは、反転ピラミッドの建物手前にある、それと比べては失礼だが規模が小さくなる建物。

「あ、あれですか?」

「うん、あれがTFT」

「あそこでよくあるんですよね、イベント。メグルさんたちと会ったのもあそこでした」どうやらそこで佑奈と真白はサークルにスカウトされたらしい。

「ふぅん、東京はやっぱすごいなぁ。大学にいるうちにもっと見て回らないと」

「来て1年目じゃないですか。これからいくらでも回れますよ。さあ行きましょう」

 佑奈に促され三人歩き始める。

「ごめん、ローソン寄らせて」どこにでもあるだろう。

 徒歩で2分程度、目的の建物の下に到着する三人。

「近くで見ると普通の建物だね。あ、でも外にエスカレーターあるのは珍しいかも」新宿駅にもあるじゃねぇか。

「町村君、そこじゃない…」

「中に入りましょう。目的はそれですよね?」佑奈に諭される。

「ああそうだね。よし行こう!」意気揚々とエスカレーターに飛び乗る。

「町村君、左寄って」暗黙のルールを知らない勲。真白に注意されるがわけがわからない。彼ら三人以外人はいないがなぜかこのルールを守る都会人。

 建物に入ると、人は少ないもののいたって普通の商業ビル。こんなところでイベントをするのかと少しばかりいぶかしむ勲。

「本当にここでイベントやってるの? なんか普通のお店ばっかりだけど」

「まさか。ここじゃないですよ。ちゃんとイベントスペースがありますから。今日は入れるかどうかわかりませんけど」

「え、そうなの?」

「甘い、甘すぎるよ町村君! いくらなんでも一般人にご迷惑おかけするようなイベントはそうそうないよ」力説し始める真白。

「あるにはあるんですね…」

 ビル内を抜けてイベントスペースに行っては見たが、結果平日のため何もやっておらず。

「この先でイベントはあります。同人即売会と合わせてやっているので、コスプレ目当てじゃない人も結構来ます。そこで私たちはやってるんです。なるべくその日の趣旨にあったものを選ぶようにはしています」

「へー。同人誌ね、見たこと無いや」

「うちにいっぱいあるよ、見るかい?」親指を立てて勲に薦める真白。

「どんなのです? 僕の知ってる漫画のってあるかな」

「そうだねぇ、あるにはあると思うよ。でも男同士で絡んでるのしかない」

「え?」お手本になりそうな二度見をする。

「ああ、真白は腐ってますから。言ってなかったですね」

「腐ってるの? 病気? 大丈夫!?」勘違い甚だしい。

「腐女子ってことです。知りませんか?」

「麩?」味噌汁に浮いているものを想像する勲。

「ちゃう。説明めんどくさいから後でもってくるよ」

※後日カルチャーショックで数日寝込んだそうです

「さて、どうしましょう。用事は済みましたけど、どこか行きますか?」

「そうだなぁ。あ、あの建物見に行ってもいいかな?」どうしても気になるらしく希望を伝える。

「ビッグサイトですか? いいですけど」

「でもいいかもね。誰もいないビッグサイト私も見たこと無いし」

「じゃあ行きましょうか。海綺麗かもしれないですね」

 現地視察なんて結果10分程度で終わり、これはもうデートとしか呼べない代物になっていることに三人は気づいていない。美女二人を引き連れて夕暮れ迫る海を見るなんて、本当にコ○ケの時じゃなくてよかったね。海に沈められてるかもしれないよ!


 大階段を上がり、ビッグサイトの展望広場へと到着する。ピラミッド内部には普通は入れないと言うことを聞いた勲はひどくがっかりしていたが、すぐに機嫌を取り戻していた。東北の片田舎にはこんな建造物は無いし海のない山で育った。綺麗な海ではないかもしれないが、デッキから見る東京湾の光景は、彼にはどう映るのだろう。

「すげー! 広い。そして潮の匂いがするー! うわー、東京湾だ。向こうに島があるや、人工島なんだろうけど。なんか不思議だなー、東京ってすごい」広場に上がるなりはしゃぎだす勲。それもそのはず、初めて見る人間にとってこの景色はやはり不思議なもの。

「見ていてすがすがしいくらいの田舎もんだね彼は。佑奈どうよ?」

「いいと思います」微笑みを称えた佑奈が後ろから温かく見守っている。

「でも、私たちもこんな時にここに来るのは初めてかな。佑奈はそもそも初めてか」

「ここが人でぎゅうぎゅうになるかと思うと、絶対にイベントには来れません、死にます…」

「来るもんじゃないよ。暑いしうざいしキモイし。町村君みたいのばっかりなら爽快感200%増しなんだけどねぇ。世間はそんなに甘くない」

「生涯来ないことを今ここに誓います」氷の女王の目になっている佑奈。

「懸命だよ。しかし町村君、フリーダムだね。走り回ってるよ。あ、バク宙した。すげぇなおい」鎖から放たれた犬のように広場を駆け回る勲。それを遠目に見ている飼い主二人。

「暫く放っておこう。あ、見えなくなった…」勲脱走。

「ここに来るといろんなこと思いだすよ。楽しいこともいっぱいあるけど、面倒なこともいっぱい」ベンチに腰掛け話し出す佑奈と真白。

「それでもやめないんだよね、コスプレ。なんで?」

「うーん。やっぱり楽しいんだよね、何かになれるってことが。自分の好きだったもの、憧れていたもの。その時によって違うけど、変わることで見えてくる何かがあるし、それで出会った人もいる。佑奈とだってそうじゃない。私がコスプレしてなきゃここまで仲良くなってないでしょ、違う?」

「そうだよね。真白が誘ってくれなかったらこうはなってなかっただろうな。多分今も一人でつまらない大学生活送ってたかも」

「感謝するがよいぞ」Vサインで答える真白。

「でも、そのせいでこんな目に合わせちゃった。それは本当にゴメン。もしかしたら私の知り合いかもしれないと思うと、申し訳なさ過ぎてさ、合わせる顔が無いよ」

「大丈夫、今もう合ってるし」

「それもそうか」原因が自分にあるのではとずっと心配していた真白がそのことを佑奈に打ち明ける。しかしそんなことでこの友情が崩れることは無かった。勲がこの場にいなくて本当によかった。本音で話し合えるのは二人きりの時が一番。

「きっとすぐに日常が戻るよ。町村君が何とかしてくれる」

「元々私がお願いしたのに、なんか今はもう真白の方が町村さんに頼りっぱなしだよね。好きにでもなっちゃった?」

「ふむ…」応え濁す真白。しかしその顔はどこか照れている。

「かっこいいと言うか、可愛いというか。フッと女の子に見えることがあればやっぱり男の人。今の町村さんには『男の娘』って表現が一番いいのかもね。なんかさ、異性には思えないというかなんというか。微妙な存在」

「上手いこと言うな佑奈。代弁してくれた感じ」

「男の人と話すのは、兄さん以外ダメだったけど。町村さんならその、大丈夫」

「うん」

 どこに行ったか知らないが、佑奈・真白両名から好意を告白されている勲。微妙な表現ではあるがそれは間違いなく嫌いではない証拠。誠実で真摯、かもしれない青年は取り敢えず東京で二人の女性からは好かれているらしい。


 10分経過、勲はまだ帰ってこない。

「何してんねん、あの少年は!?」真白がしびれを切らす。

「遅いですねぇ。海にでも落ちたんでしょうか」縁起でもない。

「ちょっと寒くなってきたからそろそろ帰りたいんだけど。日も沈みかけてるし、置いていこうか?」

「多分置いていったら町村さん一人で帰ってこれないですよ。後ろから隠れてカメラで追いかけても多分無理です」幼児以下の扱いをされている。

「ふむ、しゃーない。探しにいこ」

「ですね」

 二人がベンチから腰を上げ、勲を探しに行こうとする。すると突然「カシャ」と言うシャッター音がする。

「なに!?」

「きゃー!」

 真白は身構え佑奈は驚き身を伏せる。

「ん!? 悲鳴だ、佑奈さん、真白さん!」屋上の一番遠いところ、海を見ながら写真を撮っていた勲がその悲鳴に気付く。まっしぐらに二人のところへと引き返す。100メートル12秒フラットの俊足を飛ばして!


 勲が全力疾走で戻る。二人を視界に捉える。するとそこには恐らく男性だろう、二人が詰め寄られている姿が見える。

「あんにゃろおおおおおおおおお!!」加速装置のスイッチが入って0.2秒短縮される。声が届く範囲にまで近づくと同時に、勲が思いっきりドロップキックの態勢に入る。

「なにしとんじゃああああ!!!」10メートルほど手前から飛ぶ、届くわけもない。

「あ、違うんです町村さん。この人は悪い人じゃないんです」佑奈が止めに入る。

「え?」と言ったと同時に5メートルほど手前に落ちる勲。ダサいにもほどがある。落下した勲のもとに男性を含め三人が駆け寄る。

「大丈夫ですか、町村さん」

「うん、大丈夫…」佑奈に手を差し出され、それにつかまり起き上がる。

「すいませんね、何か誤解させちゃったみたいで。こんな可愛い彼女二人もつれている男の人はどんな人かと思ったら、こっちもまたイケメンだこと」そう口を開いた男性は、首から高そうなカメラをぶら下げている。今の勲たちなら明らかに警戒するであろう恰好。

「すいません、蹴ろうとしちゃって」お詫びする勲。

「いや、結果なにもされてないし、謝る必要なんてないよ。こっちこそ心配かけさせちゃったみたいで申し訳ない」その対応は至って誠実で、今探している犯人ではないだろう、と勲はその雰囲気から悟る。

「この人プロのカメラマンなんだって。私たちの姿が画になったからついシャッター押しちゃったんだって。それでつい叫んじゃってねぇ、スマンスマン」

「私こういうものです」そう言って勲に名刺を手渡す。『飯原譲』フリーカメラマンとそこには記載がある。事務所の名前、電話番号。その場しのぎで出せるようなものではない。

「へぇ、カメラマンですか」勲は勲でちょっと抵抗がある。街中でスカウトされたり突然写真を撮られたりと、どちらかと言うと嫌な思い出が先に浮かぶタイプの人種。

「この二人が壁際に立っていて、夕日のコントラストとこの景色であまりに映えたものだからついシャッター押しちゃってね。お陰でいい写真が撮れたよ」

「うん、写真見せてもらったけど凄くきれいだった。いつも撮ってくれるカメラマンもまぁ上手いにゃ上手いけど次元が違うね。さすがプロ」褒める真白。

「出来ればこの写真、使いたいんだけどダメかな? 顔はわからないから君たちに何か面倒なことは無いと思うんだけど、どうかな? もちろんそれ相応のお礼もするよ」突然依頼をしてくる飯原。

「え、それは…。どうする真白」怪訝そうな顔をする佑奈。

「うーん、時期が時期だしなぁ。何かあると怖い気もする」真白も乗り気ではない。

「あら、ダメか。何か都合の悪いことでもあったかな」

「ええと、本当なら是非と言いたいところなんですけど。今はちょっと…」

「そうか。今がダメでも将来的にならいいってことかな」食い下がってくる。

「飯原さんでしたか。実はちょっと今そう言うことを二人は怖がっているんです」横から勲が割って入って事情を説明する。

「なるほど。よくわからんが表に出るのはマズいってことか。ゴメンよ無理言っちゃって。この写真は僕のハードディスクの中だけに閉まっておくよ。撮らせてくれただけでも感謝しないと。最近では最高の一枚が撮れたからね」

 最高とまで言われてしまうとちょっともったいない気がする三人。勲が二人を見てアイコンタクトで頷く。

「飯原さん。初めてあった人にこんなことをお伺いするのは失礼ですが、ちょっと聞きたいことがあります。プロならこっちのことに多少なりとも詳しいです、よね?」

「こっちの、ってことはカメラとかそういうことかい?」

「はい。カメラマンの知り合いとか多いですよね」

「もちろんさ。何十人と知り合いがいるよ。それがどうしたのかな」

「実はですね…」勲が話を切り出そうとした、その時。

「待った。長くなりそうなら下のレストランにでも行こうか。もちろんオゴるよ。撮影料と迷惑料とでも思ってくれれば。どうだい?」思わぬ提案。

「じゃあ喜んで」大学生三人「奢る」と言う言葉には非常に敏感。食い気味にその提案を飲む。

「お、おう。じゃあ行こうか」若干押され気味の飯原。若い力に動かされ、四人展望フロアを後にする。もう夕日はほとんど沈んでいる。長い影だけがその広場には残っていた。


 夜の6時を少し回ったところ。TFTビルのレストランに入店し席に掛ける四人。「こんなところでよければいくらでも頼んで」と言った飯原に対し、全力で注文をする三人。一人千円いけばいいだろう店のはずだが、おかしい、二千円は超えているぞ…。

「さて、落ち着いたところで。町村君だったか、話の続きを聞こうかな」

「はい」東京の僻地に位置するレストラン、客もあまり多くはなく周りに聞かれる可能性も低い。改めて勲が切り出す。

「改めて、失礼ですが盗撮とかされたことありますか?」ド直球に質問する。

「そりゃ確かに失礼だ。僕はどっちかって言うと風景とかスナップがメインだからね。人はあんまり撮らない方だけど、それにしても盗撮とは穏やかじゃない。そんなこと聞くってことはそれなりの理由があるってことだよね」

「はい、失礼を承知で聞かせていただきました。でもその回答からすると、当然でしょうが『無い』と判断していいですね」大人に対して物おじしない、それだけのボキャブラリと度胸を兼ね備えている勲。

「ああ、もちろん無いさ。そんな犯罪まがい、犯罪か。カメラマンとして万死に値する行動だね」きっぱりと否定する飯原。

「わかりました。失礼なことを聞いてしまいました、お詫びします」頭を下げる勲。

「いや、いいさ。じゃあそんな質問をした理由を教えてくれるかな?」逆に質問をされる。

「実は、ここにいる二人、今盗撮の被害にあっているんです。それも結構たちの悪いものでして」

「なんと。でもこれだけ可愛いとわからんでもない。さっきの僕だって盗撮みたいなもんだしね。まぁちゃんとその後声かけて了承は得たけど」

「可愛いだなんて、そんな」二人揃ってまんざらでもない様子。さっきも言われてたはずだが。

「ええと、この写真見ていただけますか。あ、できれば見るときは端をもってください」そう言って勲がカバンから取り出したのは、昨晩真白が盗撮されて犯人から送り付けられた写真だった。

「失礼…。ふぅん、これは君だね。随分しっかり写っている。そんなに遠くないか、数百メートルと言ったところ。ある程度の望遠と夜間撮影の機材があれば問題なさそうだ」さすがプロと言ったところ。写真を見ただけでどのような撮影方法だったかを見抜く。

「さすがです。大凡僕の予想していた場所の距離と一致します」

「へぇ、君もわかったのか」

「はい、僕の場合機材からではなく状況証拠と環境からですけど」

「すごいな。頭いいね君」おだてられる勲。

「町村さん、東大生なんです」言っても言わなくてもいい情報だが、ちょっと誇らし気に佑奈が告げる。

「そりゃすごい。日本最高学府の人と付き合ってるなんて、君たち幸せもんだね」

「付き合ってないですけど」二人完全に同タイミングで言い放つ。数日前のトラウマがよみがえってくる勲。その遠慮のない回答に久しぶりに白くなる。

「しかし、こんなことをされているとは穏やかじゃない。これは犯罪だよ、プライバシーの侵害だ。警察には相談したのかい?」

「いえ、まだです」

「そうか。警察沙汰になるのは面倒だろうけど、これは早いところ相談した方がいいと思うよ。これは大人からの忠告だ」当然のアドバイスをしてくる飯原。

「そうですよね、やっぱり。自分でどうしようなんて思わない方がいいですよね」

「そうさ、下手に犯人刺激して君たちが危ない目に合わないとも言い切れない。こういったことをする輩にろくな奴はいないからね。僕の知り合いだったやつでも、危ない橋渡って警察のお世話になったのはいるからね」

 大人の経験から来る話は非常に重い。今まで「自分たちで何とかしよう」と考えていた勲達は、少し考えを改める。

「わかりました。警察には後で相談してみます。それともう一つ。これも失礼なお話ですが、こういった写真を掲載するサイトを知っていますか。それとこういったことをするであろう人の心当たりとか」次の質問はあまりに漠然としていた。

「うーん、そう言われてもな。一応堅気の人間しか知り合いはいないことになっているけど。君たち何か撮られるようなことしてるの?」

「はい、じつはコスプレをしていまして」佑奈がその理由を告げる。

「なるほど。そりゃファンもいるだろうしいかがわしい写真も撮られる。その行き過ぎた結果がこれってわけか」察するのが早くて助かる。

「そうだね。直接撮っている人は知らないし、そんな写真を載せるようなサイトも知らない。だけど、悪い噂だけは聞くことがあるよ。こういうコスプレの写真、しかも盗撮系を撮ることを生業にしている奴らがいるってことはね」

「いるんですね、やっぱり」

「あぁ、いるいる。でもそんな奴らはカメラマンじゃない、ただの変態さ」

「だよねぇ。見せパンで喜ぶようなのは変態に決まってら」真白の論点がちょっとだけずれている。

 偶然知り合ったプロのカメラマン。何か犯人につながるような情報が得られないかと期待して質問した勲だったが、さすがにそう都合よく行くはずもない。当たり障りのない情報と、警察に行けと言う普通のアドバイスをもらうに留まった。と思ったところ、再び口を開く飯原。

「でも、ちょっとだけ気になるのは。この写真があまりにも上手いことだ」

「え、そうなんですか?」

「あぁ。一日二日で撮れるような代物じゃない。ある程度勉強して、かなりの枚数を撮っていて。それでいてこのタイミングを逃さない根性、ここが重要だ。写真ってのは一瞬を切り取る、だから何時間だって僕らは粘るんだ。良いものが撮れるまで何日だって待つこともある。この写真が偶然取られたにしても、君がカーテンを開くその時を待っていたわけだ。パパラッチにも似た感覚を覚えるね、この写真は」

「素人ではない」それがわかっただけでも随分と犯人像が絞れる。聞けて良かった、勲はこの出会いに感謝した。彼女らを日常的に撮っている素人に毛の生えたようなカメラマン、その線は消えたと考えていい。プロがそう言うのだから間違いない、人を見ることに長けている勲にとって、この情報は非常に有益なものとなった。

「ありがとうございます。これで少し僕の中で的が絞れました」

「そうかい。でも悪いことは言わない、君が捕まえるのはよしたほうがいい。絶対に警察に相談するんだ、わかったね」改めて釘を刺される。

「はい」素直に返事をする三人。

「よし。お、料理が来たようだ。さぁここからは食事の時間だ。それと、ちょっとこっちの話にも付き合ってもらおうかな」

 飯原が話題を切り替え話し始めようとする。しかし「いただきまーす」とまた三人そろって行儀よく手を揃え、タダ飯がスタートする。飯原が話し始められたのはそれから暫く経ってから。


 食後、ドリンクバーに至っては何杯飲んだかいざ知らず。向こうで店員が切れたドリンクの補充をしている。

「そ、そろそろ話してもいいかな?」遠慮気味に話し始める飯原。

「どぞー」三人口を揃えて言い放つ。お腹が目いっぱいで恐らく内容は2%も入ってくるかどうか。

「ところで君たち、写真撮られることに対して過敏だけど、その盗撮の件以外でなにか写真撮られるようなことしてるの? さっき撮った写真も『今は』って言ってたよね」察しのいい大人だと勲は心の中で呟く。

「ええ、まぁ。なんて言うか、コスプレしてます」先に口を開いたのは真白。

「へぇ、そういうことか。それで変なのに目付けられちゃったってわけか、災難だ」

「お察しの通りです」申し訳なさそうに次は佑奈が口を開く。

「別に、君らに非はないよ。ほぼ100%向こうに非がある。君らが可愛いから目付けられたわけだから、0.1%くらいは反省しないといけないかもね」飯原のそのセリフを聞いて「こいつ天然のタラシか」と、危機感を覚える勲。

「可愛いのは否定しませんけど」とこれまた二人口を揃えて。

「で、そっちの彼、町村君だっけ。君はやってるのかい?」矛先が勲に向く。さて何と答えるやら。

「僕は、その…、やってないですね」

「ウソ言っちゃダメだよ町村君。ちゃんと男の娘してるって言わなきゃ」真白が食い気味に真実を告げ結果バレる。

「君女装趣味なのか。でも似合いそうだね、線細いし顔も中性的だし」アカン。とうとう身内以外にバレてしまったと天を仰ぐ。いっそここで口を封じれば、邪悪なことを考えてしまう東大生。

「君の趣味はどっちでもいいさ。話ってのは他でもない。さっきの写真を使わせてもらいたい、というのとは別に写真を撮らせてほしい。女性二人だけではなく、町村君君も一緒だと嬉しいけど」

「僕まで? いや、そもそも何の写真でしょうか。今はお断りしたいというのは先ほどお伝えした通りですが」改めて断るつもりでそう告げる。

「もちろん、その一件が片付いたらでいいよ。久しぶりに撮りたい被写体に出会った感じがして。あ、コスプレを出はなくて、君たちの素がいいんだ」

「何に使うんでしょう? 本職ですからもちろん趣味で撮りたいだけってことではないですよね?」理由がわからないことには、いくら事件が片付いたところでお受けするわけにはいかない。二人を守る意味でも勲が前に出る。

「あぁ、話が前後しちゃったね。僕は風景メインだって言うのはさっき言ったとおりだけど。そこに写りこむモデルに関しては自分で見つけた人に入ってもらいたい性分なんだ。今年の夏に北海道に行って写真を撮る予定なんだ。旅行社のパンフレットに使う予定のものなんだけどね。それ以外にもポスターとかになる予定だけど。それに是非着いてきて欲しいというのがお願いかな。もちろん旅費はこっちで出すけど、どうかな」

「そんな、そこまd「行きます」えぇーー!!!??? 勲がいぶかしんでいる途中ですでに結論を出す女子ズ。全力で首を90度回して二人をガン見する勲。

「ははは、ありがたい。町村君はまだ結論が出ないようだけど。あんまり警戒しないでほしいな。僕は間違いなく君らが警戒している犯人とは別人だよ、それだけは神とこのカメラに誓って言うよ」カメラに誓われちゃ仕方がない。

「いいんですか、私たちで。やたー北海道行けるよ。あ、でも夏休みに入ってからでいいですか? 私たちこれでも大学生なので」

「もちろん。8月の頭の予定だから。それまでに君たちの問題が片付いていることを願っているよ」

「だって。町村君。きっちりケリ付けて北海道行こう」

「私も一度も言ったこと無いんです。楽しみだなぁ」

「僕も、わーい…」

 ひょんなことから夏の予定が埋まった三人。変な出会いに感謝せねばなるまい。

「さて、取り敢えず全員に名刺を渡しておこうか。落ち着いたら連絡をくれるからな、誰からでもいい。二言は無いから間違いなく連れていくから」

「ありがとうございます!」女子二人は元気良く返事をする・勲はちょいとうつむき加減。完全に勢いに押されてしまった。空になった氷だけが入ったグラスのストローをズビズビ吸っている。

「さて、最後に一つ。もう一枚三人の写真を撮らせてもらえないかな?」アンコールのようなお願いが飯原から入る。

「なんのです?」

「んー、なんでもいいんだけど。君たちが撮ってほしい構図でいいよ」

「そうだなー。三人となると、どうしよう佑奈」

「そうですね、いい構図がなかなか…。衣装着ていればいくらでも思いつくんですけど」佑奈と真白はなかなかアイディアが出てこない。

「あ、すいません。じゃあ僕の案でもいいですか」喜々として勲をが発言する。さてその構図は。


「はい、じゃあ笑ってー」

 暗闇に飯原の声が響く。周りに人はほとんどいない、気を使う必要もない時間帯と場所。気兼ねなくシャッターを押すことが出来る。

「はーい!」そう言って三人が笑ってカメラに目線を送る。三人は今ビッグサイトの大階段を少し後ろに並んでいる。後ろには当然暗闇に浮かぶビッグサイトがある。勲を真ん中に佑奈と真白がその両脇にいる。幸せな構図、アンタ明日事故に気を付けなと言われそう。

 おのぼり丸出しの勲が希望した構図だった。しかしその案は以外にも佑奈と真白の反応も良かった。来るときはいつもとんでもない人ごみでこんな構図で写真を撮ることは出来ない。勲をとしては単純に記念撮影を兼ねていただけだが、思いのほかいい写真になりそうな構図が巡ってきた。

「カシャ」とデジタル一眼のシャッターの落ちる音がする。飯原が指で「もう二、三枚」と合図をする。数回のシャッター音が止み撮影が終了する。

「いや、本当に君たちは写すに素晴らしい。慣れてるねやっぱりポーズなんかは。町村君も自然だし」

「写真送ってもらえますか?」

「あぁ、もちろん。連絡先とメールアドレスだけもらっていいかな」飯原がカバンから手帳を取り出し渡してくる。三人順番に連絡先とメールアドレスを記入する。

「ありがとうございます、それとご馳走様でした」揃ってお礼とお辞儀をする。

「いやこちらこそ。いい虫の知らせとでもいうのか、今日ここに来てよかった。じゃあ僕はこれで。くれぐれも気を付けて、それと連絡待ってるよ」三人をビッグサイト前に残し、飯原は車なのか、駅とは別方向に立ち去っていく。

「あー、楽しかった」伸びをしながら真白が喜ぶ。

「最初はびっくりしましたけど、楽しかったです。すっかり遅くなっちゃいましたね」

「うん、最近の嫌なことちょっと忘れられた感じ。早く解決しないとね」

「ちょっと歩かない? 町村君の社会勉強かねてさ」真白が提案する。

「どっちにです?」

「あっちあっち」指さす方には大きな橋のようなものと、遠くによく目にするテレビ局が見える。

「ああ、楽しそう。って僕一人で決めちゃダメですよ。沖波さんも、いいですか?」佑奈に同意を求める。

「私は構いませんよ。気分転換になるし。それと…」

「それと?」

「もう沖波さん止めません? 真白だけは真白のままで、もう何となく名字で呼ばれるのが不自然に感じてきたので」

(下の名前で呼ぶの公認!!)小躍りする勲、心の中で。

「わ、わかりました。じゃあ佑奈さん」

「そのドキドキ感、私の時は無かったな」拗ねたふりをする真白。

「ご、ごめんなさい…」

「まぁいいさ。これで公平になったってわけだ」

「そうですね」そんなことを言いながら笑いあう二人。勲の動揺などどこ吹く風、はしゃぎながらその橋を目指して勲の数歩先を歩く。その姿を後ろから見る勲は、表現のしようのない不思議な感覚に囚われる。

 大学で東京に来て、巽と知り合って、そこから佑奈と知り合って。そして彼女のサークル仲間と知り合い、真白と親しくなり。今三人で夜の東京を歩いている。景色だけではなくその行為自体信じられない夢のような感覚。東京が当たり前ではない勲にとって、今自分の撮っている行動が何とも夢物語のように感じられる。こんなドラマは無い、安すぎる。でも自分の人生において忘れられない日になるだろう、そう確信している。東京と言う街の持つ不思議なものに惑わされているのだろう、と勲は自分で結論付ける。大切なことが一つ抜けているが、今はよそう。

「すげー夜景、星も見えないや。いやっほー!」今一度目の前の景色に意識を向け、その不思議さに興奮しだす勲。二人を追い抜き橋を渡る。

「相変わらず田舎もんだな」冷静に真白がツッコむ。

「ですねぇ」

「まぁいいか。我々も今夜ばかりは楽しもう」真白がカバンに忍ばせていたデジカメを取り出し、はしゃいでいる勲にレンズを向ける。

「あ、持ってきてたんだ」

「あたぼうよ。レイヤーたるものどこにでもカメラはもちあるかんと」

「何撮るの?」

「町村君。冗談抜きで彼は画になる。そして金になる気がする! なんなら町村君で一冊写真集作って夏○ミで頒布してもいい! イケメンもう一人いれば絡ませるんだけどなぁ。この夜景で男同士キスなんかしてみ、数千人の腐を殺せる殺人兵器になるよ」

「やめなよ…」苦笑いする佑奈。

 小さなシャッター音のため勲にまでその音は届かない。数か月後「西あ-21b」とか書かれたテーブルに自分の写真が並べられるとも知らずに彼の画像データは着実にメモリーに収められていく。

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