国際展示場? この電車じゃないですよ
月曜日、昨日のうちに自宅に戻りつかの間の日常を取り戻している勲。前述のとおり精神的ダメージのおかげで大学の一限目を入学以来初めてサボる羽目になった。大学についたのは二限目の始まる30分ほど前。
「何か、数十年ぶりに大学に来た気分だ。僕この連休だけ別次元にいたんじゃないかな? あれ、浦島太郎ももしかしてこういう状況だったんじゃ!?」そんな訳はない。校門の前でぶつくさ独り言を言っている。取り敢えず自転車を押して構内へと進む。
二限目までまだ時間があるため、しばし図書館で時間を潰す。昨日のことを学問に照らし合わせて見ようと調べ物をしに行くところ。腐っても?東大生。身も心も女装してコスプレに魂を売っても?東大生。心理学を志す勲にとっては犯罪心理学も範疇であり、昨日のケースもまた恰好の題材。
本を数冊抱え席につく。昨日までの顔とは打って変わって一気に真剣な面構えになる。これを見れば佑奈も惚れるであろう。無理かもしれないが。
「…………………………」ただ黙々と読書にふける。既に二限目が始まろうとしているがその時間経過にすら気付かない。相当な集中力、日本最高学府に入れるのも頷ける。
二限目開始のチャイムが鳴ったがそれにも気づかない。全くどれだけ本の虫なのだろう。高校を出るまでに勲はゆうに数千冊は本を読んでいる。寡黙で武芸も達者で学校にいるときは物静かに読書にふける。そして女の子と見間違うほどの端正な顔立ち。人気がないわけがない、高校時代は自分では気づいていないが歩く者皆振り向かせるほどの人気者だった。触る者皆傷付けたギザギザハートとは違う。他校からもチョコが来るくらいの人気者、自覚がない分敵も多かったようだが。
「…ふう。あ、やべ」息もしていないと思うほど静かに、1時間ほどの読書が終わり時計に気付く。あっという間にかなり分厚い学術書を読んでしまうその集中力、村一番(どころか県一番だった)は伊達じゃない。
読み終えた本を本棚に戻して、1冊は貸し出しの手続きをして図書館を後にする。日常の思考を取り戻しこの数日のことを振り返る。徐々に今回の事の重大さに気付く。佑奈含めサークルメンバーも当然気付いているであろうが、それのさらに上の危険性を感じているのはまだ勲のみ。結果午前中の授業を全てサボってしまい、たいして腹も減っていないが学食へ向かう。
学食へ向かう途中巽から電話が入る。
「もしもし、巽? なんかお前の声聞くのもすごく久しぶりな気がする。あ、義兄さ…」まだなっていないはずだが。
「ん、なんか言ったか? まぁいいや。珍しく授業いなかったな、今どこだ?」
「ああ、大学にいるよ。今学食に向かってる」
「そっか、じゃあ2階で待ってるわ」そう言われ電話が切れる。
「危うく兄さんと呼ぶところだった…」既成事実もないのに、脳内ではことがかなり進行しているようだ。
学食で巽と合流する勲。
「よう、連休は妹が世話になったみたいで」
「あ、うん…。おかげさまで」ちょっと目をそらして返事をする。
「おかげさま?」
「いや、こっちのこと」三日前に妹と対面し丸三日も共にしていないのに、既に18年一緒だった巽と同じくらい彼女を知ってしまった気がして、真っすぐ顔を見ることが出来ない。
「連休中何やってたんだ? 妹に聞いても教えてくれねぇし。なんかそう言う関係になっちまったのか?」ニヤニヤしながら聞いてくる巽。
「そう言ったことは断じて無い! です…」手に持っていたコーヒーの容器を握りつぶしながら力説する。中身が四散する。
「そうか。別にもらってくれてもいいんだけど。そうなったらお義兄さんだな、オレ」
「してない、ホントしてないからな! 信じろよ巽!」叩いた机から「メリッ」という嫌な音がする。
「お、おう」
「ま、まぁ詳しくは言えないけど困ってたから、相談には乗ってるよ。それとごめん、一晩だけ泊まらせてもらった」若干事実の尾ひれと背ひれをむしり取って伝える。
「なんだ、何か起こってもおかしくない状況ではあったのか。学生結婚は大変だからやめておいたほうがいいってアドバイスだけはしとこう」
「まだ僕も遊びたいし、それはやめとくよ…」親に説明も出来ないしね。
「午後は授業出るんだろう。四限目終わったら帰りちょっと渋谷寄ってかねぇか」
「夜までに帰れれば、別に用事はないけど。どこ行くのさ?」
「メイド喫茶」
「断る!!!!」結果、ドトールになった。
わざわざ渋谷に行ってドトールに行く必要もないだろうに、律儀に付き合ってから一度大学まで戻り自転車を取って自宅に戻る。今日一日今のところ佑奈からの連絡はない。昨日登録したばかりのグループチャットアプリにも特にメッセージは来ていない。
実のところ連休中あんなことがあったものだから、今週末のイベントまで平日は全てゆきちが佑奈の家に泊まることになっていた。「町村さん、不潔です」と言われたわけではないが、取り敢えず今週のところは全て自宅待機の勲。ホッとしたやら悔しいやら、感情がザワつく。
「今日は特に何もなさそうだな。これから夜だからそうとも言い切れないか」呟きながらソファーに腰掛ける。テレビを付けると天気予報をやっており「今晩から明日の明け方にかけて雨になるのよー。もーやんなっちゃう、アタシ達の厚化粧落ちちゃうじゃない!」と、今流行りの『新宿二丁目天気予報』のオネエ予報士が告げている。
「相変わらず凄い番組だよな…。東京って怖い」東京の怖さの基準はそこではないのだが。
自炊をしてテレビを見てと、何事もなく時間が過ぎてゆく。昨日までの騒がしさが嘘のように今までの大学生活に戻っている。予報通り雨がポツポツと降り始める。今頃オネエたちの化粧は落ちているのだろうかと、要らぬ心配をしている勲。そしてスマホはピクリとも動かない。やはり今日はこのまま過ぎるのだろう。常に意識していた連絡をもう来ないと判断し意識の外に追いやる。そして夜は趣味の読書の時間に充てる勲。
そして、また集中し過ぎて気付けば夜も11時に差し掛かろうとしていた。
「いけね、風呂入って寝ないと」田舎者の夜は早い。都会になれていないというか、どうしても今までの癖が抜けない勲は日を跨ぐ前に寝る傾向にある。沖波邸での夜更かしはある意味珍しいのだ。
シャワーを浴び寝る体制に入る。布団に入る前にもう一度スマホを見るがやはり何事もない。心配し過ぎなのだろう、少しホッとして布団へもぐりこみ電気を消す。
30分、1時間、眠れぬまま天井を見つめたまま時間が過ぎる。どうしても佑奈のことが気になる。勲の正義感のなせる業か、それともやましい気持ちからか。
「大丈夫かなぁ…。女の子二人で何かあったら対処できるかなぁ」布団に入ってからも何度もメッセージを確認したり、こちらから打とうと試みたりするが、何となく気恥ずかしいため出来ないでいる。ウブいなお前。
「まぁ大丈夫だよね、ゆきちさんいるし。二人なら何とか、なるなる」何か諦めてやっと寝る決心が付く。枕元にスマホを置いて布団をかぶると、メッセージの着信音が聞こえる。光の速さでロックを解除してメッセージを確認する。
『起きてるかいね、町村君?』ゆきちからのメッセージだった。意外や意外、佑奈ではなくゆきちからとは、考えてもみなかった勲。
『はい、起きてます。布団の中ですけど』送信する。するとすぐに既読が付いて返信が来る。
『寝るの早いね、都会の夜はこれからだというのに』慣れてないのがバレている。
『まだ来て一ヶ月です、田舎もんのままですよ』送信、既読、そして返信。
『なるほどねぇ。ところでさ、佑奈は気付いてないみたいだから言ってないんだけど、例のマンションから今まさしく狙われてるっぽい』
「なんだと?」布団から起き上がり臨戦態勢を取る。気持ちだけでまだ寝間着のままではあるが。雨はそう強くない、今から行くことになるのだろうか。窓の外を見て数キロ先の沖波邸を思う。
「狙われてるって、なんでわかったんですか?」もう声に出したいが、今はメッセージしか送れない。そのまま思った内容を送る勲。そしてまたすぐに返事が返ってくる。
『佑奈がお風呂に入ってる時、ちょっと気になって窓からあのマンション見てみたんだよ。そしたらフラッシュかな、遠くから光ったのが見えて。多分向こうもミスったんだろうね。1回こっきりだけど、間違いないと思う。私も撮られちゃった(笑)』
笑っている場合ではないのだが、ゆきちの性格上こんな感じでしか文が打てないのだろう。内心怖いに違いない、勝手に想像する。
『わかりました、下手なことはしないでください。一人で抱えて怖いでしょうが沖波さんには黙っていた方がいいです』
『だね、私も確かにちょっと怖いかな。今から来てくれるかい?』初めて弱音を吐くゆきち。ちょっと女の子らしい一面を見れて安堵する。昨日までさんざんからかわれてきたので余計に。
『行きましょうか?』短く返すとすぐに返事が来る。
『いや、来ちゃうと何かあったって気づかれちゃう。今晩のところはいいよ。二人でジッとしてるから。頼もしいねぇ、惚れちゃいそうだよ』
二人一緒と言うのも悪くない、なんてことを一瞬考えてしまう。日本は重婚は認められていません。
『わかりました、お気をつけて。おやすみなさい』〆るメッセージを送ると返事はこない。佑奈のところに戻ったのだろうか。色々と考えてしまう、知っているからこそ余計心配になる。雨は降り始めと比べて変わりない強さで降っている。止みそうで止まない霧雨のよう。
「よくやるよ、雨で視界も悪いのにさ」こんな雨の中でも狙うのかと、捕まえなくてはいけない相手に対して変な敬意を払いそうになってしまう勲。心配ではあるが急に襲ってきた眠気に負け、改めて布団に潜り込み夢の世界へといざなわれる。見ている夢は佑奈とゆきち、二人に迫られるという何とも都合のいいものだった。
明け方目を覚ます勲。雨も上がり日差しも出ている。
「ふぁ…。連絡あるかな」寝ぼけていてもまず目を通るのはスマホのメッセージ。とりあえず昨晩のところは何もなかったようでメッセージは一通もない。田舎者の朝は早い。まだ7時前だが布団を片付けシャワーを浴び身支度を整える。朝のニュースを見ながら軽い朝食を取り大学へ行く準備をする。
ニュースに耳を傾けながらもチラチラスマホを見てしまう。もう付き合い始めた初めての彼女からの連絡を待つ男にしか見えない。結果、起きてから1時間連絡はないまま、大学へ向かう時間になる。
「気にし過ぎ、かな」スマホをカバンに収めようとしたところ、メッセージの受信ではなく電話着信がある。佑奈からだった。
「もしもし、おはよう。どうしたの?」
「おはようございます、すいません朝から。あの…、起きたら大変なことが」
「大変って? なに、襲われたりしたの?」嫌な予感しかしない。
「いえ、襲われてはいませんけど、ゆきちが…」
「ゆきちさんが?」
「ゆきちが、脅迫されちゃいました」
思いもよらない展開だった。雨上がりの爽やかさなんてどこかに行ってしまった、胸糞の悪さだけが朝から勲に襲い掛かっていた。
「脅迫って、何されたの!?」声に力が入る勲。それもそうだろう、自分のいない時にこんなことが起こっては責任を感じずにはいられなかった。
「今朝ポストを見に行ったんです。そしたら封筒に…、真っ赤な封筒に手紙と写真が入っていて。そこには私の部屋にいるゆきちの写ってる写真が入ってました。多分昨日の夜です、私がお風呂に入ってる時だと思います。今朝になって聞きました、窓の外覗いたら何か光ったって。カメラのフラッシュじゃないかってゆきちは」
大凡のことはもう理解している様子だった。昨日の晩ゆきちから連絡のあったことはほぼ全て最悪の形で現実のものとなった。
「それだけじゃないんです。入っていた手紙には『真白』と言うゆきちの本名が書かれていたんです。どこで知ったんでしょう…」
「そんな…」と、聞いた瞬間血の気が引くのと同時に「これは近しい人間の犯行だろう」と瞬時に悟る。それに「誰かが狙っている」と言うことを相手側に気付かせることのなんと愚かなことか。それがわかればいくらでも対策のしようも防衛の手段もある。まだどこの誰ともわからない犯人がボロを出してくれたと、差し手を間違えてくれたと勲は眼光鋭く。「知恵比べなら絶対に負けない」この時勲はほどなく犯人を捕まえることが出来ると確信する。
「わかった、その封筒絶対に捨てないで。犯人捕まえた時の証拠になるかもしれない。指紋とか色々」
「はい、わかりました。でも私たちどうすれば…。怖くて外に出られません。ゆきちも、あ、もう本名でいいですね。真白も怖がってます」怖がらない方がどうかしている。自然な反応だろう。
「ちょっと替わってもらっていい? 真白さんに」
「はい」そう言って数秒後、向こうから聞こえてくる声がゆきち改め真白に変わる。
「いやー、どうしたもんかね町村君」わりとビビッてねぇ。耳からスマホを離して何も映ってない画面を見てしまう。人がたまにとるこの行動の意味はなんなんだろう。行動学者の人、よろしく。
「声は、大丈夫そうですね…」
「まぁね。でも流石に驚いたしちょっと怖いよ。佑奈の家から出るのだってちょっと気が引けちゃうけど出ていかないと次何が起こるかわからないし。困ったねぇ」
「そのマンション、裏口とかないですか。例のマンションから目につかずに外に抜けられる方法ってないですか」
「ちょっと聞いてみるよ。…、あるってさ」即座に答えが返ってくる。
「わかりました。もし外に出るならそこから出てください。次僕がそこに行った時もそこから入ります。沖波さんにはそう伝えてください」
「わかったよ。で、今日これからどうする? 正直ちょっと怖気づいてるんだけどね、私たち。わがまま言っていいかな町村君、来てくれない?」
驚き半分納得半分の依頼だった。それもそうだろう、一歩外に出たら襲われる可能性だってある。こんな朝っぱらからと言うことは無いだろうという先入観はこの際捨てるべきである。どんな手段を取ってくるか予想も出来ない。
「わかりました。午前中だけ学校に行って、そのあとすぐそっちに向かいます。ごめんなさい、それでいいですか?」
「うん、構わないよ。こっちこそゴメンよ、授業さぼらせちゃって。この埋め合わせは必ずするからさ」期待しちゃっていいですか!?
「はい、じゃあくれぐれも気を付けて。出来ればカーテンは閉めたままで。開けたらそれこそあっちの思うつぼです」
「おっけー。やっぱ頼りになるセ○ムだわ、きみは」
「セコ…」警備員扱い。
「じゃあ、佑奈に替わろっか?」
「いえ、大丈夫です。今のこと伝えてください。なるべく早く行きますので、それでは」
「じゃね」そう言って電話が切れる。
大きく深呼吸をする勲。そして顔を両手でひっぱたいて気合いを入れる。「いって」精悍な顔がより一層引き締まる。通学用のカバンを背負い鍵をかけ自転車を出す。
「レンズの向こうから覗いてるばっかりの卑怯な人間よ、絶対に捕まえてやるからな」自転車に跨り決意を新たにする。
大学は言葉通り午前中で切り上げる。巽に午後の授業のノートだけ頼み一路佑奈の家へと急ぐ。巽に多少事情を聞かれ少しだけ説明したところ「もう付き合っちゃえよ」と言われたのだが、一人「どっちにしようかな?」と解釈が飛躍しているのが非常に気になる。顎に手を当てて悩んでいる勲の姿を見ている巽は「は?」という表情。
佑奈・真白共に外に出ていないため途中買い出しを頼まれる勲。快くやっているのだろうがちょっと都合のいいように使われ始めていることに気付いているだろうか。
マンションの裏口へ到着する。裏口ではインターホンもないため内側から鍵を開けてもらう必要があるので、佑奈に電話を掛ける。程なくして内側から音がして扉が開く。
「お待たせしました。大丈夫でしたか?」
「はい、お待ちしてました。入ってください」自転車も中に収めるために押して入る。表の自動ドアとは異なり、金属の重い扉が閉まったことを確認して部屋へ向かう。
毎度おなじみ沖波部屋に入る。「あれ、自分ちだっけ?」と勘違いしてしまうほどここ数日は入り浸っている。
「やぁ、待ってたよ」ゆきち改め真白に出迎えられる。
「お待たせ思案した。その後何もないですか?」廊下を歩きながら会話する。その表情からして大丈夫そうではあるが念のため確認する。
「うん、言われた通りにしてたからね。今のところ何もないけど。さすがに向こうも仕事行ってるんじゃないの? この前メグルさんたちが行った時もいなかったわけでしょ?」
「いたかいないかまではわからないですけど、まぁそうですよね。でも注意するに越したことは無いですから」そんなこんなでまた見慣れたリビングに三人で一息つく。カーテンは閉められたまま、室内の電気が付けられた状態。なぜ見知らぬ人間の脅威のために彼女らは怯えてコソコソしなくてはいけないのか。自分がどうのと言うよりそこが一番腹が立っている勲。
「さて、取り敢えずご飯食べましょう。はいこれ、買ってきました」頼まれていたものを渡す。
「待ってました。いやー、佑奈が食材切らしちゃってて何もなくてさ」
「ありがとうございます。後でお金渡しますね」お礼を言われるがそんなことはどうでもいい。少しでもホッとして日常を取り戻してくれればと、親のような感覚の勲。
「さて、いただきまーす」声を揃えて食す。
「…町村君、頼んだのこのメーカーじゃない」同じじゃないのぉぉぉぉ!?
「さて、お腹も膨れたところで…。これからのことをちょっとお話しします。ゆき…、真白さんにも他人事ではなくなってしまいましたので」食事を終え話し出す。
「どっちでもいいよ、呼びやすい方で」真白が気を遣う。
「あ、そうだな。じゃあ真白さんで」ゆきちはゆきちで呼びやすく好きだったが、何となく本名統一する。
「あいよ、照れるな本名」柄にもなく?照れる元ゆきち。
「ではまず、今朝届いていたという封筒お預かりしていいですか」事の発端となった証拠物件を預かる。
「はい、これです」佑奈がハンカチの上に乗せたままの状態で差し出してくる。これも勲が指示した通り。「これ以上指紋は付けないでください」と大学にいるうちにメッセージを送っておいた。
「ありがとうございます、お預かりします」受け取る勲。慎重に仲の便箋を取り出す。そこに書かれている文章はこうだった。
ユウナと親しいようだね、真白
別にいいけど、あまり一緒にいると君の痴態も世間に晒されることになるよ
これは警告、早いところそこを出ていってユウナを一人にするんだ
直筆ではないタイピングでの内容、見るからにストーカーの文章。そして佑奈に対しての執拗なまでの好意がそこからうかがえる。
「なるほど…。これ凄い証拠です。昨日のフラッシュもそうですけど、この手紙もボロだしまくってます」何かを見抜く。
「え、なんでなんで?」二人同時に詰め寄ってくる。ちょっと仰け反る勲だが、元に戻ってその証拠について改めて話し出す。
「これです」そう言って便箋の文字を指さす勲。それをのぞき込む佑奈と真白。
「これって、私たちの名前だよね」
「ええ、そうです。何か気づきませんか?」
「何かって…」二人はまだ気づいていない。しかし勲の目には自信がある。それが証拠と成り得ると確信している。
「んー、あ、わかりました!」先に気付いたのは佑奈。
「私の名前はカタカナで書いてありますね。これはコスプレするときの名前です。漢字ではどこにも出していません。でも真白は本名です。と言うことは…」
「そう。真白さんを知っている人と言うのは名前が書いてある段階でわかったけど。佑奈さんに関してはあくまでコスプレイヤーとしての『ユウナ』さんしか知らないんです。この事実から導き出される結論が一つ」
「佑奈は知らないけど私は知っている誰か。しかもどこかで私の本名を知ることが出来た誰かってことだね」真白も結論にたどり着く。
「その通り」
「すごいね町村君。君がいてくれて本当に助かった。ありがとう」ちょっと涙声の真白。怖かったのだろう、相当怖かったのだろう。しかしここにいる男性は確実に信頼できる、それを悟ったのだろう。ホッとして涙が溢れてくる。
「そんな、泣かないでくださいよ」女性に泣かれた経験なんてない勲。どうすればいいかわからずあたふたしている。
「だよね、怖いよね真白」抱き寄せて肩を叩く佑奈。
「うん、でも安心した。町村君がいれば大丈夫だ」笑顔が戻り立ち直る。
「ありがとう、ちょっと早いけどお礼」身を乗り出してきたかと思ったら、勲の頬にキスをしてくる。
「あーーーーーーーーーーーー!!! 真白までしてる!」
「え、までって? もしかして佑奈もしてたの、ごめんよ」
「いや、別にいいんだけどね」
「じゃいいじゃん、減らないし町村君」
二人がキャイキャイ話している目の前では、あまりに突然の出来事に砂になっている町村君がいます。減ってますよ。
取り敢えず風化することは避けられた勲。人の形を取り戻し改めて話し始める。
「えっと、まずどっちにしても佑奈さんを一人にするわけにはいかないので、真白さんもしくはサークルの皆さんどなたかが泊まるようには出来ないでしょうか?」
「町村君じゃダメなの? 私泊まるのは構わないけど、正直佑奈と二人はもう怖いな」至極当然の返しが来る。
「サークルの皆さんも、今週はちょっと忙しいらしくて。仕方ないですよね、ここにいる三人以外みんな社会人ですから」サークルに属してましたっけ、私? と言いかける勲。
「じゃあ」
「やっぱり」二人の視線が勲へと向く。
「僕、ですか?」願ったり叶ったり。
「困りましたね、週末のイベントまで5日もあります。その間ずっと泊まり続けるってのもちょっと申し訳ない気が…」
「嬉しいくせに。女の子二人と同じ屋根の下一週間近く一緒にいられるんだよ」
「やましい気持ちはこれっぽっちもありません!」男らしいが真白と目を合わせることが出来ないためばれている。
「町村さん、申し訳ないですけどお願いできませんか? 週末まででいいんです。それまでに犯人捕まえてくれるんですよね?」
「え? ええ、まぁそのつもりです」
「じゃあお願い、私たちも今週は学校休むことにしてあるんだ。二人で町村君にベッタリでいいよねーって」
天然なのか本気なのか、孔明レベルの策士なのか。真白の言うことが見抜けない勲。いくら頭が良くても女性に関してはずぶの素人。東大生を騙すなら今のうち。
「町村さん」改まって佑奈。
「はい?」
「さっきから、私のこと沖波さんじゃなくて佑奈って呼んでくれてますね」女性はこういったところに敏感に反応する。
「あ、そうだっけ?」
「はい、なんか慣れないですけど嬉しいです。真白は真白って最初から呼んでいたので、ちょっと嫉妬してました」
「あら、ごめんよ。多分私の苗字知らないからだと思うけどね」
(嬉しいじゃーん!!!!)心で死ぬほどガッツポーズ。今にも天に召されそうな青年が一人。
「苗字は…、いいや。普通だし」結局教えてくれないらしい。
「あはい」
「とりあえず、泊まることは了解しました。後で家から着替えだけ持ってきますので外に出ますね。それと二人に一つお願いがあるんですけど」
「お願い?」口を揃えて二人が。
「はい。何でしたっけ、TFT? 今度行くイベントの会場なんですけど。そこを下見に行きたいんです。どんなところかだけででも先に知っておきたくて」当日の戦場を見に行きたいと言い出す勲。
「ほお、そりゃまた勤勉で」
「いいですよ。行ったことありません、よね」
「はい。ぶっちゃけ東京に出てきてまだ秋葉原から右に行ったことないです…。秋葉原もこの前が初めてでででで」何か嫌な記憶がよみがえったらしく少しバグる。
「よっしゃ、わかった。じゃあ今から行こう! 家に閉じこもってても暇だし。良いよね佑奈」
「はい、いいですよ。じゃあ早速準備しましょう」
「え、今から?」
「うん、今から。天気もいいしどうせ暇だし」
「ちょっと着替えてきますから待っててくださいね。町村さん行き方知ってますか?」
「えっと、山手線で行ける?」不合格。