余談:メイド喫茶の男の娘 3話
「い、いらっしゃい、ませ…。えっと、何名様ですか?」
「3人です」
指を立てて三と示す巽。チラッと見られた勲だが、今のところまだ気付かれてはいないようである。しかしいつばれてもおかしくない。若干伏し目がちになる勲。
「はい、じゃあどうぞこちらへ…」
巽を見た途端ロボットのようにギクシャクし出す勲。自分が案内してしまったため仕方なく席まで通す。幸い巽以外の二人は自分の知らない顔、巽の旧友だろうか。同じ大学の人間でなく本当によかった。なんて言ってる場合でもないのだが。
「い、いらっしゃいませ。ご注文お決まりになりましたら、お呼び、クダサイ…」なんでしゃべり方までsiriみたいになっているのか。よっぽど不自然。
「うーい」勲他二人がメニューを見ながら返事する。
視線が合わないよう警戒しつつ、取り敢えずその場を離れる。焦らず急がず自然にギクシャク。カウンター裏に戻りその明らかにおかしい挙動を見たイイチコが勲に声を掛ける。
「どったの? 知り合い」
「え、ええ。知り合いも何も…。佑奈さんのお兄さんで、僕の同級生です…」聞こえないようイイチコ耳打ちする。
「え、そうなの? どの人?」
「アレです、あの窓際の黒いジャケット着てる」
「ほう。ふむ、割りといい男だね。さすが沖波ちゃんのお兄さん」
「チャラいですけどね…」
「でも頭はいいんだよね、勲君と同じ大学なんだから」
「頭の良さと性格は比例しません。いいやつですけど女にはだらしない、かな…」
「ふーん、じゃあ私はパスかな」賢明です、姉さん。
「でも、さすがにわからないんじゃない?」
「いえ、それが…」事の経緯を説明し出す勲。
※本編第4話をご参照ください
「あー、そりゃマズい」
「でしょ?」理解が早くて助かります姉さん。
「おk、わかった。注文は私が行こう」
「あざっす」
勲のため、というよりは店のため。仮に男とばれようものなら店の沽券にかかわってくる。勲をカウンター裏に控えさせ巽一行の注文や給仕に関してはイイチコが引き受ける。そして程なく巽から「すいませーん」の声が飛んでくる。
「よっしゃ、後は任せて」意気揚々巽の注文を取りに向かうイイチコ。
「てんちょー」イイチコを呼ぶ声がする。助けを求めている!
「ごめん、頼む…」
「あぁ…」
結果巽テーブルの注文は勲が取ることになる。さてどうしたらいいものか。注文どころではない。これならなんか顔の隠れる衣装が良かったなぁと。仮面舞踏会のイベントだったらよかったのになんて叶いもしない希望を巡らせている。
「お、お待たせしました。ご注文は」
「えっと、ストレートティー三つと」
「お前が?」つい好みに対してツッコんでしまう勲。佑奈が言うように巽はコーヒー派。紅茶なんてまず飲まないと言っていたのを覚えていた。
「え? なにか?」
「あ、いえ、何も言ってませんけど? コーヒーが似合いそうだなーって、お兄さん」目が合わないよう斜め上を見ながら嘘をつく。
「そう? 実はコーヒーの方が好きなんだよね。よくわかったね。じゃあ一つだけコーヒーにしてください。ホットで」
綺麗なコスプレイヤーの店員に(男だけど)自分の好みを見抜かれたことでデレデレし出す巽。コロッと注文を変える。伝票をボールペンでぐりぐりしながら勲が注文を書き換える。取り敢えず勲の口から出た言葉の真意を確認されることはなく胸を撫で下ろす。ちゃんと聞こえていなかったんだろう。
「は、はいー。他には?」
「ガトーショコラ二つと、カルボナーラで」
「長居するんじゃねぇよ」また素が出てしまう。
「あ、え?」他の男性二人と一緒にまた視線を勲にやる巽。
「い、いえ。イベントの時は制限時間がありまして。45分なのでご注意くださいねー」
「キャハ」と暴言をかき消すような笑顔で三人に答える。これもばれていない、セーフ。
「あ、そうなんですね。わかりました。じゃあ注文は以上で」
「ありがとうございまーす。では少々お待ちくださいね」余計なことはせず、さっさと振り返り注文を通しに戻る勲。
「あ、すいません」巽に呼び止められる。
「な、何か…?」
「えっと、どこかで会ってます?」
「い、いえ。私は知らないかなー。お店でのナンパは禁止ですよー」
「いや、何となく知り合いに似ていると言うか、その…」
「そりゃそうだろうね」って言いたくなるけど我慢する。アンタの妹だっての、モデルは。
「えっと、名前は?」
「本名は言えませんけど、ここでの名前は…」
しまった決めていなかった! コスプレネームのようなもので勤務しているこの店。どうせ一日なのだからと付けずにいたことがここでアダとなる。さてどうしたものかと頭をフル回転させる。そして勲が導き出した答えは。
「よ、『よしこ』でっす」昭和。因みに勲の母の名前。
「そっか。すいません、呼び止めちゃって」
「いーえー。じゃあごゆっくりー」
取り敢えず危難は去った。料理を運ぶのは流石に誰かにお願いしよう。心に誓う勲だった。




