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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
17/24

レンズの向こうは男の子

 佑に電話を掛ける勲。まだ警察にいるだろうか、それを期待しての連絡。

「もしもし。なに、進展あった?」

「兄貴? まだ警視庁にいる?」

「ええ、いるわよ。今部長の部屋で刑事部長からかって遊んでたけど、もうそろそろ帰ろうかなって。明日仕事もあるし」本来警察官ではない。あくまで元であるため、現在の本業があるのだろう。何と言っても引っ張りだこオネエなのだから。それにしても一日付き合わされた刑事部長可哀想。

「一つ頼めない?」

「頼むって?」

「Nシステム」

「なるほど。この前送ってきたナンバーの車ね。私もこっちのことで忘れてたわ。わかった」

 今勲が思いつくもの、心当たりがあるとすれば昨晩例のマンションに止まっていた黒いステーションワゴン。犯人のものと決まったわけではないが念のため潰せるものは潰す。そこで思いついたのが警察のNシステム。仮に都内を真白を乗せて走っているとなれば、ある程度の方向は推測できる。一縷の望みに賭け兄にその調査を依頼する。

「話が早い、できる?」

「お安い御用よ。アンタ、仮はデカイわよ」

「わかってる。二丁目でも何でも遊びに行くから」

「よろしい。アナタのこと気にいってるミンナに声掛けておくわ。数十分頂戴、すぐに調べる」それを聞いてほっとすると同時に何か尻の辺りに違和感を感じる勲。

「あ、ありがとう」勲の返事を聞くのも半ばで切って行動に移る佑。

「これがもしビンゴなら…」真白のマンションの植え込みに腰掛け返事を待つ。下手に動いても仕方がない。果報はなんとやら、寝てはいないが。しかし腹が減った。学食で軽く食事を獲ってから何も口に入れていない。このまま走るのにも限界がある。駅前のファーストフードへと移動する。


「松茸ラムチョップバーガーのセット一つ。ドリンクはウーロン茶で」

「え? はい、ご注文繰り返します」そんなに出ていないメニューなのだろうか。店員に聞き返される。

 そんなメニューを頼みそれを受け取り席に付く勲。大学を出て真白を探し始めて数時間。まだ日を跨ぐほどの時間ではないが、既に日は暮れのんびりしていたらあっという間に日が変わってしまう。

「はぁ」

 溜め息しか出ない。今日中になんとかしたい、と言う思いがどんどん強くなり喉を通るものも通らない。

「…ふう、食った食った」通った。

 時間にして5分程度、あっという間に食べ終わる。と同時に佑からの電話が入る。

「もしもし、なにかわかった?」

「焦らない。わかったからちゃんと聞きなさい」情報は得られたようだ。

「まず、例の車。所有者は…」兄から告げられた車の所有者の名前。

「   」

 絶句する勲。それは今手元にある住所に記載された人物と同一。そう真白の勤務している店の店長の名だった。悪い予想は当たるもの。

「奇跡的よね、良く見つけたもんよ。こればっかりはあんたのお手柄かも」

「別に手柄なんかじゃ…」

「まあいいわ、次。Nでも見つけた。この車、数時間前に秋葉原周辺にいたわ。その後西に向かってる。最後追えたところは***の辺り。何か思い当たる?」

「ああ、思いっきり」

「なら、もう一人でどうこうしようって思わないように。確固たる証拠が出たらすぐにこっちを頼りなさい」

「わかってる」

「じゃあ、頑張りなさい。そして、頼りなさいよ、兄を」

「今はほぼ姉じゃん」そう言って電話を切る。兄の優しさは伝わった。姉になっているとはいえなんだかんだで血の繋がった兄弟であることに間違いはない。

 腹は膨れた。行先もほぼわかった。今真白がどうされているかはわからない。しかし怖がっているに違いない。彼女はそんなに強くない、きっと泣きたくても泣けない状況にいるに違いない。使い慣れた自転車に跨り、東京の西から東へと、また来た道を戻る。


「東京ってこんな街なのか」と、今更ながらに改めて感じている勲。自宅と学校を行き来する日々だったこの一ヶ月。しかしこの一週間で世界は変わった。いい意味でも悪い意味でも。既に夜なのに人の往来は減らないどころかむしろ増えている。昼間よりよっぽど自転車を走らせるのが難しく、どこかしこで降りて押して歩く。そしてまた空いたら乗るの繰り返し。目まぐるしく過ぎていたこの数日をこんな時だからこそ冷静に考え、そして今起きていることがこの街だからこそ起きたのだと。

 わずらわしさも楽しさも幸も不幸も共存する街。これから四年、いやもう少し長くなるかもしれないが、自分もこの街と付き合って生きていかなくてはいけない。その間もしかしたら嫌なこともたくさんあるかもしれない。でも今日起きていること以上のことは無いだろう。目を逸らそうと思えばいくらでもできる。ここで関係を断つことだってできる。でもそんな選択肢はどこにもない。勲は今起きていることを自分の自惚れに対する神からの罰と受け入れ、それに抗うこと無く立ち向かっている。

 なんて高尚な考えは無く。

「真白さん佑奈さん、解決したら何してくれるかな?? 待っててねー!!」

※彼の脳内の発言です

 やましい気持ちが圧勝中。


 数時間前、真白が訪れたアルバイト先の借り上げマンション。その部屋の中には気を失っている倒れた真白と真白のバイト先の店長、そしてもう一人の男性がいる。

「本当に、これだけやったらもう無関係だからな?」

「わかってるって。何かあっても名前は出さないから安心しろ。ほら、運ぶの手伝え」

 そうもう一人の男性に促し、真白を人が一人は楽に入るであろうダンボールへと押し込める。そして部屋を出てマンションを出て、近くの時間貸し駐車場へと向かう。そこには黒いステーションワゴン、勲が先日例のマンションで見つけた車がある。そして後部座席を開き段ボールを置く。そして二人車へと乗りこみ出発する。

 そしてまたしばらくの後、佑奈宅そばのマンションへとその車が到着する。また二人協力してダンボールを車から降ろし例のハウススタジオ部屋へと運びこむ。

「よし、助かった。じゃあこれ」

 そう言って持っていた封筒を男に手渡す店長。そしてそれを受け取り中身を確認した男は、目で合図をする程度、一刻も早くその場を離れたいのだろう。早々と部屋を後にする。そして部屋に残る、気を失ったままの真白と店長。

「さて、始めようか」

 誰にも聞かれない独り言、何処からか取り出したナイフを真白の服に突き立てる。ビリッと言う音と共に真白の服はズタズタに引き裂かれていく。



 ようやっとのことで勲が目的地にたどり着く。佑からの情報をもとに彼が目指していたのは、佑奈の家。ではなく、そのそばにある例のマンション。『西』と言われた時点でもうここしかないだろうと踏んだ勲は、迷うことなくこの場所へ向かった。

「さて、例の車は…」先日と同様、マンションの駐車場を探す。するとそこには探していた例の車が存在した。

「あった」もうほぼ間違いない、そう確信する。しかしまだ断定できたわけではない。もしかしたら何かの偶然かもしれない。そこに真白が乗っていたと言う確たる証拠は何もない。ここでもし間違いを犯そうものなら彼女の身の安全は保障できないどころか、自分が変なことになってしまう。最後の一手を繰り出せないでいる。

「どうすっかな」一旦駐車場から引き下がり身を隠す勲。乗り込もうにも玄関が開かないのではどうしようもない。さすがにお手上げ、警察を頼ろうかとも考える。

 そんなことを考えて立ち尽くしていると、マンションから小走りで出てくる一人の男がいる。勲は直感的にその男に不信感を覚える。車の方には寄らずこちらへ来る。恐らく歩いてどこかへ行くのだろう。一つ閃く。

「あの、すいません」

 すれ違いざま、その男に声を掛ける勲。

「は、はい?」変に声がうわずっている。動揺している証拠、心理学をかじり出した勲に一定の確証が生まれる。

「すいません、この住所ってこの辺りであってますか? 東京に慣れていなくて地図見ながらでもわからなくて。わかりますか?」適当な住所を打ち込んだスマホの地図を見せ、その男に尋ねる。調べればわかるだろうに、敢えて聞く。

「ええと、申し訳ないけど私もこの辺りの人間じゃないので、すいません」と、土地勘が無いような回答を返してくる。しかし、勲にはそれで十分。落ち着いている状態ならば難なく答えられそうなことしか聞いていない。しかしそれを追求するようなことはしない。

「そうでしたか、すいません。じゃあこの辺りに交番ってないですか?」

「警察?」ビクリとする目の前の男性。勲は警察などとは一言も言っていない。向こうが勝手に言葉を変えている。

「あ、そうかごめんなさい。この辺りの人じゃないんですもんね。スマホで調べてみます。すいませんでした呼び止めちゃって」

「い、いえ…」そう言い残し、今度は走ってその場を離れる男性。

「やっぱなにかあるな」聞こえない距離まで離れたのを見届け呟く。

「くっそ、でも入ることができない。どうしよう…。一旦佑奈さんの家に引くか、そんな時間ないけど」

 諦めた訳ではないが、次できることを考えるため、そして佑奈の無事を確認するために佑奈の家へと戻る。そこにいるであろう可能性を考慮し裏口へと回る。

 裏口に到着し、扉を開けてもらうため佑奈に電話をする勲。

「あ、もしもし佑奈さん? 勲です。裏口開けて…」電話がつながったと同時に話し出す勲だが、それにかぶせるように佑奈が叫んでくる。

「町村さん! 真白が、真白が…」

「遅かった」そんな絶望が勲の頭をよぎる。


 スマホを落としそうになる。自分のせいだ、自分が一人で何もかもやろうとしたせいだ。全ての責任を自分に押し付け心が潰れそうな感覚に襲われる勲。しかし、それをグッとこらえる。

「何があったんですか?」

「今、私の携帯に真白から連絡があって。無事かなって思ったら…」それ以上言葉が出てこない佑奈。それほど辛い現実が突きつけられたのだろうか。しかし「真白から連絡」と言っている以上、彼女はまだ無事なのだろうか。一縷の望みが勲の中に生まれる。

「落ち着いてください。すぐ行きますからとにかく裏を開けてもらえますか」

「…はい」涙の合間に声をひねり出す佑奈。知りたいような知りたくないような。どんな現実が今から突きつけられるのだろう。折れぬよう挫けぬよう、心を強く持とうとする勲。

 程なく裏口の鍵が開き、中から佑奈が現れる。その顔はクシャクシャに泣いていて、いつもの綺麗な顔はどこへやらといった感じ。

「まぢむらざん…」顔を見るなり抱き着いてくる佑奈。

「何があったんですか。落ち着いて話してくれますか?」

「真白が、真白が…」まだ真白の名前を繰り返すことしかできない佑奈。

「とりあえず、スマホに連絡来たんですよね。それ見せてもらえますか?」

「はい。あ、部屋に置いてきちゃった…」

「わかりました。部屋へ戻りましょう」倒れそうな佑奈の肩を抱き、二人部屋へと戻る。部屋に入ると玄関の床に置き忘れられたスマホがある。拾い上げ佑奈に渡す。しかしそれを受け取ろうとしない。仕方なく勲が自分で画面を開く。

「メッセージって、電話ですか? メールですか? アプリですか?」

「メールです。メールで連絡なんて滅多にこないんですけど。珍しいなって思って開いたら、そしたら…」目を伏せる佑奈。

「見て、いいですか?」

 無言で頷く佑奈。そしてボックスの中にある『ましろ』と書かれたフォルダを開くと、数分前の時刻で来ている『無題』と書かれたメールがある。見ると添付画像がある。恐ろしいほど喉が枯れている。この後なにを見せられるのか勲も恐れている。覚悟を決めメールを開く。

「!!!」絶句する勲。佑奈は勲の後ろに隠れたまままだ震えて泣いている。そこに写っていたのは、ほぼ裸同然、下着姿で目隠しと口枷、両手両足を縛られた状態でベッドに寝かされている真白の姿だった。

「見ちゃいけない」本能的に目を逸らす勲。しかしその後に続く文章を読まなくてはいけない。既にそれ以上の姿を見たことのある勲だが、こんな悪い趣味の性的な格好をした真白を見るのを申し訳ないと思いつつ、もう一度画面に目を向ける。

 画面をスライドさせ画像の下に打たれている文字を確認する。するとそこにはこう書かれていた。

『タスケタケレバコノケイタイニレンラクシロ』

 スマホを叩きつけそうになる。だがそれは別に犯人のものでもなく佑奈の物。思いとどまる。しかしその握る手は今まで自分が出したことのないほどの力で握られている。

「町村さん、どうすれば…」

 場所の特定ができていない。警察に連絡すればそれこそ真白がどんな目に遭うかわからない。今下手な行動に打って出ることは全てを台無しにしてしまう可能性がある。

「とりあえず、連絡してみてください…」

「…はい」

「僕がいるのをわかられてもマズいので、隣の部屋にいます。結果を教えてください」

 一旦佑奈の隣から姿を消す。衣裳部屋に入り暫く息を殺して待つ。手の届きそうなところにいるのか、それとも自分の考えが全くの見当はずれなのか。全てはこれから掛ける佑奈の電話の結果次第。最悪のケースが続いていることで目が若干死にかけている勲。「頼む」と手を強く握り小さく小さく呟く。

 そして隣の部屋からは話声がし出す。佑奈が電話をしているんだろう。聞き取ることができない。一方的な指示なのか、佑奈の声はあまり聞こえてこない。こんなことを佑奈にさせなくてはいけないことすら情けないと自分に腹を立てている。


 話し声が聞こえなくなる。会話が終わったのだろう。とても長い、たった数分なのに。衣裳部屋の扉が開く。

「どうでしたか?」

「今から、ここに来いって…。すぐだろうから15分以内にって」メモ帳を見せる佑奈。

「ちょっと見せてください」メモを受け取り確認する勲。そこに書いてあるのは目と鼻の先のマンションの住所だった。それを見た途端、勲の目に輝きが戻るのと同時に焔ひが点く。

「時間に遅れたり、警察にいったり、一人で来なかったら、真白がどうなるか保証は出来ない、って言われました。私、覚悟決めて行っています…」

「いえ、その必要は今無くなりました」メモを握りつぶしながら力のある声で佑奈に告げる。

「え? どうしてですか」

「今までやってきたことがここで功を奏しました」

「功って…。あ!?」泣いていた佑奈から涙が引く。

「急いでください、準備します!」


 暗闇の中、真白が捕らえられたマンションまで歩いている佑奈。自宅から見える距離にあるのでどんなに遅く歩いてもそうかからない。足取りは重い、それもそうだろう。親友を助けるためとはいえ自分の身に何が起こるかもわからない。怖がるなと言う方が無理がある。

 そして、マンションの一階へ到着し、インターホンを鳴らす。本人であることを確認だけされた後自動ドアが開く。そして目的の部屋まで歩を進める。そして目的の部屋の前。インターホンは鳴らさず軽くノックする。

「一人です。開けてもらえますか?」少し時間を置いて、その言葉に反応するように静かに扉が開く。周りに他に人がいないか確認したのだろうか。

 部屋に入るなり鍵とチェーンロックを掛ける佑奈。それも指示されたのだろう。そして犯人と対峙する。

「あの、言われた通り来ました…。真白は、真白は無事ですか!?」

「ああ、まだ何もしてないよ」うすら笑いを浮かべている店長。首からはカメラを下げている。恐らく真白の写真を撮っていたのだろう。何もしていないなんてのは嘘もいいところ。

「わかりました。まず会わせてください」

「あぁ、じゃあどうぞ」佑奈を奥へと通す。

「はい…」と、うつむいたまま呟く佑奈。そして部屋の奥へと歩を進める。

「店に来た時から可愛いなって思ってたんだよね。真白もいいけど君も本当に可愛い。君たちモテるでしょう?」

 その問いかけに何も答えない佑奈。後ろからついてくる店長はご満悦の様子。それもそうだろう、やっとすべてが手に入るのだ。

 扉を開けると、そこには身動きの取れない状態の真白が、写真と全く同じ状態で放置されている。唯一違うこととすれば既に意識を取り戻している。

「これ…」佑奈が真白を見る。涙を流しながらうーうーと唸っている。親友のこんな恰好を見てしまい、ふらつき後ろにいた店長にもたれかかる。すると佑奈の手を後ろから掴む店長。

「何するんですか? 放してください!!」

「さっきのメール見たでしょ? ここに来てもらったのは君にも似たようなことをしてもらうためだよ。その交換条件で表にさっきみたいな写真は出さないって言ってるんだから」

「やめてください!」そんな願い通じるはずもなく手は振りほどけない。

「さて、まずは同じ格好になってもらおうかな」万事休す。最悪の形で事が決着する瞬間が訪れる。

「男だけど、いいんだな?」

「え?」

 次の瞬間、後ろ手に掴んだ手を一瞬で振りほどき目にもとまらぬ速さで顔面に回し蹴りをお見舞いする佑奈。

「ごっ!」油断しきっていた犯人は、防ぐこともなく無防備な顔面に一発貰う。急所である顎にモロに入ったことで脳が揺れ一気にその場に倒れる。目の焦点は合っておらず、意識はあるが完全にノックアウト。

「そんなんだから気付けねぇんだよ、色ボケのクズ」

 そう、佑奈ではない。ユウナ(勲)がその場に現れたのだ。佑奈の連絡で自分のことに一切触れられておらず、身バレしていないことを確認した勲。だからこそこうしてユウナになってここまで来た。

 ウィッグを取り正体を現す勲。鬼のような形相。倒れた店長の腹を踏んだ状態、火の出そうな鋭い眼差しで見下ろしている。

「あ、お…ま」

 声もまともに出せないでいる店長。驚いたことだろう。全てうまくいって二人を自分のものにできると思っていた。それが急転直下完全に御用。外にはパトカーのサイレンの音が聞こえる。勲が佑奈に言ってここまで来るように手配させておいた。完全に現行犯、奥にいる真白とカメラに入っているであろう画像が何よりの証拠。

「思い出してくれたかい? そう、前店で盗撮から助けてくれたよな。奢ってもくれたなぁ。それにはお礼言っとくわ。あん時は随分真摯でちゃんとした人間だなって思ったよ。でも大間違いだったな」

 初めて女装して真白のバイト先に行った際、盗撮にあいそれを恙なく処理してくれた店長。犯人は一番初めに出会っていた。それを見抜けなかった憤りが勲の中で渦巻いている。

「真白をさらわれたのは想定外だった、焦ったよ。でも油断したろ、もう邪魔者はいないって。真白のスマホから佑奈さんにメッセージ送ってきて。それもご丁寧に場所まで指定してさ。んで佑奈にも来い? お前がこれの存在に気付いていなくて本当によかったよ。今日までやってきたことがこんなところで功を奏するとはね。後はオレが乗りこみゃいいだけだ。てめぇなんかに負けるわけないからな」

『オレ』と言う一人称をめったに使わない勲。それだけ怒っている証拠である。

 ピクリと手を少し動かす犯人。しかし勲がそれを踏みつける。犯人の目には見えてもうれしくない女装した男の履いている女性もの下着が映っている。

「なんだ、撮りてえのか。撮れるもんならどうぞ」履いているスカートをひらひらめくり中を見せつける勲。見たくもないであろうスカートの中が店長の視界に広がる。慈悲は一切ない。

「うー! うー!」

 後ろからうめき声がする。口をふさがれた真白が助けを求めている。店長の顔面をもう一蹴りしてキン○マを踏んづけ、死なない程度に意識を飛ばしてから真白の元へと急ぎ向かう。

 口と目をを塞いだものを取り払い、手と足を縛っている縄を解き自由にする。自由になった途端勲に抱き着いてくる真白。

「怖かったよーーーーーーーーー!!!! うぇーーーーーーーーーーーん!!!」

「ごめんなさい、遅くなりました。もう大丈夫です、全部終わりましたから」

「えーーーん、えーーーん!」

 泣き止まない真白。仕方がない、どれだけ恐ろしい思いをしたのだろう。抱きしめているその体はガタガタ震え子供のように泣き続けている。そんな最中マンションの廊下から慌ただしい足音がする。そして部屋の扉が激しく叩かれる。

「警察です。ここに女性が監禁されていると聞いてきたのですが」

 声を確認し真白を抱きしめたまま玄関へ向かう。途中真白の格好に気付き、ベッドの上にあった毛布で真白を包む。勲の「見せてなるものか」と言う本能が働いたようだ。

扉を開けると警官2名が部屋へと勢いよく入ってくる。

「はい、今助けました。そこで伸びてるのが犯人です」

「あ、その女性ですか。無事だったようですね。けがなどは無いですか?」

「…、はい」何とか答える真白。それを見て表情が緩む勲。

「で、あなたは…」続けて勲に質問が飛ぶ。それもそのはず。ウィッグを取ってしまったため男性とわかってしまう。警官の目の前にいるのは女装してる男が一人「お前も共犯じゃねぇの?」って目をしている。

「いえ、違いますからね!! 助けに来たんですからね彼女のことを!!」説得力ゼロ。

「無事だったみたいね」警官の後ろから聞き慣れた声がする。

「あ、兄貴!?」佑が来ていた。

「何でここに?」

「何でって。アンタさ、警察来るの早いと思わない?」

「言われてみれば…」

「張ってたのよ。アンタを信じて。当時の部下で動けるの連れてね」

「じゃあ最初から出てこいよ…」

 苦笑いで答える勲。真白はまだ勲の胸の中で泣きじゃくっている。マンションの住民が何事かと出てきてひと騒動になってしまう。外にはパトランプの灯り。この灯りをこんな安心感で見れたことが今まであっただろうか。一気に虚脱感が訪れ、全てが終わったことを悟る。


 保護され勲と二人通された警察車両の中で、泣き止んだ真白が勲に対して耳打ちする。

「ねえ、さっき『真白』って言ってくれたね」

 あんな状態にありながらも、勲の声には耳を傾けていた真白。呼び捨てにしていたことに気付いていたらしい。

「え、あれ? そう、だっけ?」赤くなり目を逸らす。

 でもそんなことより勲は「こんなこと言えるならもう大丈夫、かな」と心の中で聞こえようもない独り言を呟く。

 窓をノックする音が聞こえる。そして車両の扉が開く。そこには佑に連れられてきた佑奈の姿があった。

「真白…」

「…。ゆうなー!!!」

 止まっていた涙がまた溢れ出す。それを見た佑奈も、安心したのか同時に泣き出す。そして二人抱き合って無事を確かめ合う。それを隣で見ている勲。気を利かせた佑が扉を閉め、車両の中には勲、佑奈、真白の三人のみ。心置きなく自分たちだけの世界に浸れる。

「ああ、終わったんだ」また誰にも聞こえない独り言を呟く勲。それは佑奈と真白が悩まされていたことがこの瞬間終わりを告げたことを自身で確かめるためだったのだろう。


後日、警視庁にて。


「運命だと思ったよ。前から追っかけていたコスプレイヤーがまさか自分の勤務先にバイトで入ってくるなんて。そこからはもう迷わなかった。彼女の住所は履歴書を見ればわかる。すぐに同じマンションに引っ越したよ、空いていたのも運が良かった。神様が味方してると思った。そこからはもう毎日のように彼女を見守ることにプライベートの時間はほとんどを費やした。そして、もう見ているだけじゃ我慢できなくなって…」

 隣の部屋では取り調べが続いている。それを佑と共に見ている勲。佑の口添えでここに居ることができている勲。佑から「勉強と反省だ」と言われている。

 店長が捕まったことで、真白、イイチコらの勤務先は一時的に休業になった。例のマンションに仕掛けられた盗聴器もやはり店長の仕業。店舗のバックヤードで店員たちの会話を盗み聞きし映像を見ていたようである。また、真白の部屋にもどういうことか盗聴器が仕掛けられており、それは下の自宅で聞いていたらしい。入った経緯はこれからの尋問で確認されるらしい。

 勲が思うに合鍵の類だろう。彼女らの動きを監視しシフトも自由自在であれば、それくらいのことは容易にできるだろう。少し考えればわかりそうなことだが、特定の集団においてそれを普通と感じてしまうと人間感覚が麻痺してしまう。

「雇われ店長みたいだけど、どうも店のほとんどの実権は彼が持っていたみたいよ。だからあれだけ好き放題できた。普通なら住所録誰も見れないか誰でも見れるかのどっちかよね。それも彼だけが把握していたからこそ、真白ちゃんと同じマンションに越せた、ってこと。こりゃお店の運営にも責任あるわね」

「ヤクザな商売っぽいもんな。女の子にあんな格好させて食事運ばせて、目の保養させて。一歩間違えば風俗みたいなもんだし、払う値段が安いだけで」

「そうね。結果、無事だったからよかったけど。一歩間違ったら真白ちゃん、命は無かったかもしれないし、色々失ったかもしれない。わかるよね?」

「…うん」

「もしかしたら佑奈ちゃんも同じ目に遭ってたかもしれない。人は何か《《たが》》が外れてしまうと想像もつかないことをする。そう言うやつらを私は散々見てきた。これもその一人」

 今勲は犯人の言葉の中に『見守る』と言う単語があることに気付いた。どこで人はそうなってしまうのだろう、間違うのだろう。恋は盲目なんて言葉は聞こえがいいが、人をあらぬ方向へ導くきっかけにもなり得る。自分だって、と考えるだけの冷静さがあるだけ勲はまだ利口で良識はある。

「さあ、後はプロに任せて。もう出ましょう」

「そうだね。僕のすべきことはもうないね」

 取調室を後にする町村兄弟。別室では佑奈と真白が今回の件に関して事情聴取を受けている。勲の最後の役目は二人を迎えに行くこと。佑に先導されその部屋へと向かう。

「でも、アンタの言ってることと一つだけ供述で一致しないことがあるのよ」

「なに? なんか隠してるのかな?」

「アンタ、夜女装してで歩いた時、痴漢に遭ったって言ってたわよね」

「ああ、言ったし遭った」

「してないそうよ。その日あのスタジオにいなかったって。それだけは頑なに供述覆さないの」

「え? ってことは…」

「アンタ単純に痴漢に遭っただけよ」

 膝から崩れ落ちる勲。まさか初めて尻を触られるのが男になろうとは。町村勲18歳、後ろの初めては男であった(無事だけど)

「ああ、それと。佑奈ちゃんの盗撮画像が投稿されてた件だけど」

「あ、そういえば。事の発端はそれだったな、すっかり忘れてた」

「調べたわよIP、サイバー対策課に頼んで。結果全く関係ない人物だったわ」

「え?」

「こんなことになってたから彼女たちは同じって思ったんでしょうけど、本当に偶然。例のマンションから盗撮していたのは別人。もうガサはしているはず」

「何と…」それは考えていなかった勲。しかしそっちも解決したことで胸をなでおろす。

「だから今回は単純な盗撮投稿事件と、真白ちゃんのストーカー事件が偶然重なって起きていたってこと。事件を引き寄せたのも何かの縁。結果的にアンタが相談受けたことで二人は救われたってことになるわ」

「…そっか」

 それ以上言うことは無い。


 立ち直り佑に案内された別室へと入る。そこには佑奈と真白が事情聴取を終え待っていた。そして二人は勲の顔を見るなり立ち上がり、そして目に涙を浮かべ駆け寄ってくる。

「町村さーん!」

「だーりーん!」

 二人同時に勲に抱き着いてくる。多少予想していた勲はしっかり受け止め倒れずに済む。

「あら、罪な男だこと」横でミランダに戻った佑が微笑む。

「終わりましたか? こっちももう終わりました。お疲れ様でした、もう本当に終わりです、本当に」

 両手でそれぞれの頭を撫でる。しかし泣き止むことなく二人の腕は勲の腕に巻き付いたまま。

 そしてそのまま5分が経過。

「く、苦しい…」タップし始める勲。そしてさすがに二人も気付き腕を解く。

「あ、ごめんなさい」

「ご、ごめんよダーリン」

 やっとのことで泣き止む二人。

「い、いえ」息を整える勲、そして一言発する。

「帰りましょう。三人で佑奈さんの家で紅茶飲みましょう」

「はい!」

「うん!」

「あら、いいわね。私も混ぜてもらおうかしら?」後ろから勲の首に腕を回しミランダが会話に入ってくる。

「ぜひ!!」佑奈と真白が目をらんらんとイエスの回答を出す。

「兄貴はくんじゃねぇよ!! ご褒美タイムだぞ!?」

 何するつもりだったのかな、エロ大学生。桜田門に響く怒号と笑い声。扉の隙間からは刑事部長が覗いているのを彼ら彼女らは気づいていない。


 警察の出してくれた車で、佑奈さんの家へと辿り着く。もう堂々と家の前から三人揃って入ることが出来る。これだけでなんと気が楽なことだろう。

「ただいまー」

 三人口を揃えて家へとあがる。そしてそのままリビングへと直行。途中寄ってもらった店で買ったデザートを佑奈の入れた紅茶で頂くため。

「はぁ…」

 ケーキを突き終わり、これまた三人揃って一息付く。

「終わったね」

「うん」

 佑奈と真白がしみじみと呟く。それになにも返事はしない勲。最初は何かあるかなと変な期待をしていたものの、色々と思い返し自分に足りないものを考える。慎みだったり思慮深さだったりと、周りの人間に比べればよっぽど持っていると思われるが、学=ソレとはならない。その自重からか勲は二人に告げる。

「さて、僕そろそろ帰ります。久しぶりに二人何も心配しないで羽を伸ばしてください」立ち上がり荷物を抱える勲。

「もう大丈夫ですから、今日は二人でゆっくり寝てください。じゃ…」

 そう言って二人の返事も聞かずに振り返る。

「ダメ!」

「むぎゅう!!」

 佑奈真白それぞれから片方ずつ足を掴まれその場に顔面からぶっ倒れる勲。

「何するんですか??」

「お礼、まだしてません」

「今夜帰すわけないじゃん」

 二人から「待ってました」と本当は言いたいセリフを貰うが、やましい気持ちは取り敢えず消えていた勲。普通に怒る。

「な、なにを…」


 この後無茶苦茶(あとは読者の皆様で好きな言葉を当てはめてください)

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