貴女たちは僕が守護ります
授業が耳に入らない、友人の誘いも乗りきれない。心ここにあらずの勲。大学に来てみたはいいが、やはり考えることは例の件ばかり。授業中もずっとスマホの画面を付けたり消したり。真白からなのか、兄からなのか、どちらの連絡でもいいから来ないものかと待っている。
2限目が終わり一人学食へと向かう。今日は巽はいないようだ、サボりなのだろうか。よく探しもせずそう決めつけてしまう。いつも注文しているたぬき蕎麦に七味を掛けることを忘れ窓際の席に座る。食欲がないわけではないが箸が進まない、またスマホの画面を見ている。
そう言えば巽には今回のことは言わなくていいのだろうか。考えてみれば巽から相談を持ち掛けられなければこうはなっていなかった。せめて最終結論くらいは伝えないと心配するだろう。いや、そんなタチじゃないか。今もどこかで合コンの約束でも取り付けているのだろう。などと勝手に想像を巡らせる。
蕎麦に手も付けず、ただただ箸で上げ下げするだけの勲。食べ物を粗末にするなと習っているだろうに、今の彼にとって蕎麦は規則的に動くなんらかのオブジェ。
「あの、すいません」
「真白さん?」振り向く勲。しかしそこには見知らぬ女子学生が一人いるだけ。
「あ、誰かの席でしたか。すいません」
「いえ、こっちの勘違いです。空いてますからどうぞ」席を譲る勲。ここに居るはずもないのになぜそう言ってしまったのか。勲の中で彼女の存在がそれだけ大きくなっている証拠に他ならない。
「今は大学にいるんだから心配しなくてもいいのに…」ある程度保護された空間にいるはずの真白。過保護な親のように心配している勲。
スマホが鳴動する、すぐさま画面を開く勲。そこには真白でも兄からでもなく、佑奈からのメッセージがあった。
【すいません、帰りにご飯買ってきてもらえますか? できれば…】
いつも通りの佑奈からの連絡だった。変な汗をかいてしまう。無難な返事をしてスマホをまた閉じる。まだ蕎麦には手を付けない。
「食べたら帰ろうかなぁ…」と、一口も口を付けていないそばをまだ上下させていると、また新たにメッセージが入る。真白からだ。
【大学終わったんだけどさ。ちょっとバイト先に寄ってくるね。終わったら佑奈んちの駅まで迎えに来てくれるとうれしいな♪】
いつもの真白だ。それを見た途端ホッとする。告白されたわけでもあるまいし、メッセージを開くたびに一喜一憂している。取り敢えずは無事であることを確認できた。少しだけ安心して返事をする。
「となると、僕が先に家に戻ってようかな。よし」サボる口実を探していたわけではないが佑奈の家に帰る口実は探していた勲。伸びきった蕎麦を急いですすり食器を返す。隣に座っていた女子学生がそのスピードに驚いている。
駐輪場から自転車を出し、跨り帰路に就く。始め真っ直ぐ佑奈宅へのルートを取ろうとしたが、勲自身も自宅にものを取りに帰ることにしたため、ルートを変更する。環状道路を走って自宅へと向かう。するとそこに「やっとか」と言わんばかりの待望の人物からの連絡が入る。兄からだった。
「おせぇよ兄貴」自転車を止め、電話を取るなり文句から入る。
「勲、今どこ?」その勲の文句など耳にも入っていないのだろう。電話口の向こうの声には緊張感がある。
「え、今大学の帰り道で自宅に向かってるけど」
「じゃあ真白ちゃんだっけ、一緒じゃないわよね」
「う、うん」
「今スグ彼女のところに行きなさい。彼女、危ないわよ」
「え?」
「アンタなかなかやるわねぇ。私が相手した中でも上位五人に入るわ。でももうオ・ワ・リ」
口を割らない犯人。と言うよりは割りたくても割れない状態と言うべきか。なぜか白目をむいて昇天している。一晩続いたミランダの尋問?に音を上げた、ということにしておこう。とそこへ、取調室へ入ってくる明らかに警官じゃない面々。そう、ミランダが同僚を二丁目から呼び寄せたのだ。
「ミランダちゃーん、ヤッホー来たわよ」
「あらいらっしゃーい。待ってたわよー」
なぜ彼女らが警視庁に入ってこられたかはこの際置いておこう(フィクションだし)
「ごめんねー、お店閉めるまで待ってもらっちゃって。いつもならみんなで東京チカラめしいってるとこだけど。なに、別のタベモノあるって言うから来てみたら。なかなかじゃない」目の色が変わるミランダの同僚。
「そうなのよー。私タイプじゃないからちょっと苦戦しちゃったんだけど、みんなならって思って。どうぞご自由に」掛けていた椅子から離れ席を譲るミランダ。そこにドッカリ座る同僚。そして他のメンバーに廻りを取り囲まれる犯人、いや犠牲者。
「ボク、おはよう。眠いー? 残念だけどもうちょっと起きててね」目の前のオカズの顎をクイッと上げ、自分の目線に合わせる。
「…ん。ひぃー!!!!」気絶しかけていた犯人が目を覚まし卒倒する。そしてしばらくの間、警視庁の廊下に響き渡る男と男の叫び声。隣の部屋では目を伏せる元同僚。くわばらくわばら。
後にこの出来事は警察内で「桜田門内の変(態)」と呼ばれ語り継がれることになる。
「連絡が今までできなかった理由はコレよ」
「ああ、そうでしたか…」納得する勲。
「まず結論から。捕まえた男は本当の犯人じゃない。スケープゴートね」
「スケープゴート? じゃあ」
「そ。真犯人は今これから初めて直接の犯行に移ろうとしているところ。だからすぐに真白ちゃんのところに行きなさいって言ってるの」
真犯人でないことは勲も何となくわかっていた。しかしまさか兄の口からそんな真実を告げられるとは思ってもみなかった。
「で、犯人って誰なんだよ?」
「ああ、それなんだけど。まだわからないの」
「わからない? なんで、全部はいたんじゃないの?」
「吐かせる前に、気失っちゃった」
「ミスじゃん」先ほど聞いた尋問の過程でそうなったのだろう。わからんでもない。
「だとしたら、さっさと起こして犯人特定して警察動けばいいじゃないか」
「さっきも言ったでしょ。その本人はまだ何もしていない。まだ何もしていない人捕まえられないでしょ」
「ぐ…、そうだけど」
感情的になり、普段ならわかっていて無理であろうことを兄に無理強いしてしまう。
「任意求めたっていいけど、それ相応の裏付けと理由が無いといけない。それに今共犯、って呼んでいいかわからないけど。スケープゴートが捕まったことがわかっているなら、色々処分したりと、それくらいはやってるでしょうよ。そんな状態のところに飛び込んでも任意もへったくれもないわよ。言い逃れることに関しては巧者よ」
「そんな…」
「完全に周りの人間をコマのように扱っている。自分だけは黒にならないように、とても巧妙に根回しや証拠の隠滅をしている。最初から話を聞いて詰めていればなんとかなったけど。自分たちで解決しようとしたツケが今来てのよ、わかる?」
「…」
返す言葉が見つからない。佑奈と真白の希望だったとはいえ、本来やるべきことをやらなかった。それはどこかでわかっていたが二人の手前出来なかった。自分が情けない、ふがいない。正義の味方ヅラして、二人に頼られて。なぜ正しい選択肢を選ばなかったのかと。都会に来て初めて出会った同世代の女性。浮かれていたんだろう、自分が恥ずかしい。事実お台場で相当浮かれてましたしね。
「だから今アンタが動くしかないのよ。一番事情を知っていて彼女に一番近いところにいるんだから。詳しい内容は後で話してあげるから、まずアンタが駆け付けてあげなさい」
「…わかった」腹を括る勲。
「で、真白ちゃんの日常を知ることが出来る人物。心当たりある?」
「心当たり、か…」考える勲。そしてすぐさまそれに気付く。
「あ…、いる! 今向かってるかもしれない!」
「ならすぐその場所に行きなさい。さっさと電話切って!」
「ありがとう、兄貴!」通話を切り、自宅に戻りかけていた自転車を逆方向に向け勢いよく走らせる。
「なんで気付かなかったんだ。こんな単純なことに!」
「夕方前には帰りたいなぁ、佑奈んち」
電車の中、腕時計を見ながら真白がつぶやく。小さな文字盤の女性らしい代物。上着の袖口を人差し指でまくっているのが何とも画になる。前に立っている名も無き会社員がつい見惚れている。
狙われるイコール、と言う方程式は成り立たないが、真白もやはり人目を惹くほどのルックスの持ち主。佑奈と少しベクトルは異なるものの美少女である。今更改めて言うことでもないが。佑奈が静であれば真白は動。今までもその性格からどれだけバイト先の客からもアプローチされたであろうか、数知れず。
「はよ落ち着きたいな。ダーリンと普通に遊びに行きたい」
斜め上に振り向く感じで車窓から外の景色を見ている。大学に入って即こんな事件に巻き込まれたため、まだ落ち着いたキャンパスライフどころかプライベートすら送れていない。
「次は秋葉原、秋葉原」車内アナウンスが流れる。
「さて、と」席を立ちあがりドアの前に向かう。目の前にいた会社員が少し左に避け道を譲る。「どもも」と一言と合わせてにこりと微笑む真白。ルパンは会社員の大切なものを奪って電車を後にしましたとさ。
「うん、ちょうどくらいか。さっさと済まそ」慣れた足取りでバイト先へと向かう。週が明けた月曜日、昼を少し過ぎた秋葉原は休日のそれと比べると人が少ない。歩きやすい歩道をヒョイヒョイ人の間を縫って歩く真白。
そして裏通りのバイト先へと辿り着く。そして店に入ろう、とはせずに通り過ぎて別のマンションへと入っていく。
「5かい5かい~」エレベーターに乗り上を目指す。そして目標階へと辿り着き『503』と書かれた部屋の扉を開く。
「すいませーん、お待たせしました。ゆきちでーす」部屋へ上がる真白。靴を脱ぎ部屋の奥へと向かう。すると後ろから忍び寄る影、そして。
「ふぐっ!」
力なく倒れ込む真白。既に意識は無い。その横に立ち尽くす人影。
真白が秋葉原に到着して数十分後、勲も到着する。そしてバイト先のメイド喫茶の前に自転車を止め階段を駆け上がり、勢いよく扉を開け店内へと入る。
「い、いらっしゃいませ」驚く店員。まだ数少ない客もその物音に何事かと言う顔で勲の方を向く。
「いらっしゃいま、せ。って、町村君じゃないか」
大きな物音に警戒しつつ挨拶をする店員が奥にいる。それはイイチコ御大、勲にとって彼女がいることは幸運と言えよう。
「あ、イイチコさんこんにちは。って、よくわかりましたね」男の娘バージョンしか見たことがないはずのイイチコ。よく本来の性別の勲を一目で見抜けたものだと。
「私の目を舐めたらあかんぜ」眼力凄まじくドヤ顔で勲に答える。
「さすがっす」
「で、どうしたのそんなに焦って?」
「あ、すいません。まし…、じゃなくてゆきちさん来てませんか?」息を切らしながらイイチコに尋ねる。
「ゆきち? 来てないけど。そもそも今休みだしねぇ。何かあった?」すぐに察してくれるイイチコ、話が早い。
「はい、今日大学に行くって家を出たんですけど…」
「ちょっと待った」勲の言葉を遮るイイチコ。
「ちょっと裏おいで」
「は、はい」
聞かれては困ると察してくれたのだろう。他の客にも迷惑だ。色々気を遣ってくれバックヤードに案内される。そう広くはないが二人話すには十分なスペース。椅子に腰かけて話を再開する。
「で、ゆきちバイト先に行くって言ってたの?」
「はい、間違いありません。ここにメッセージも」スマホを取り出しイイチコに見てもらう。
「確かに。でもうちのメンバーで呼び出すような人はいないからな。わざわざ来てもらってまでってのはなかなか」当てのなさそうなイイチコ。
「あの、店長さんっていませんか?」
「んと、今日はシフトで休みだけ、ど…」顔色が変わり勲を見る。
「まさか」
「そのまさかだと思います。考えたくないですが」
「ちょっと待って。バイト先に行くって言ってたんだよね。じゃあ…」
「心当たりでも?」
「うん。近くに休憩兼衣装部屋として借りてる部屋があるんだ。すぐそこ」
「案内してもらえますか?」
「行こう」メイド服の上からパーカーを羽織り他の店員に「ちょっとゴメン」と断りを入れ店を出る二人。そして歩いて1分もかからない場所にあるその部屋へと向かう。
「ウソでしょ、店長が犯人って」イイチコも動揺している。当然だろう。
「色々考えた結果、この結論にたどり着きました。ここまで見抜けなかったのは僕の責任です。警察に相談していればもっと早く解決していたかもしれないのに」悔み続ける勲。
「君は悪くないって。とりあえず急ごう」
その部屋にはすぐ到着した、本当にすぐそばだった。
「本来関係者しか入れないけど、緊急事態かもしれないから。変なもの散らかってても見なかったことに」
「変な…」
「下着とか、ね」女性オンリーの部屋は往々にしてそうなるらしい。
「はぁ…」
「じゃあ、開けるんで」鍵を取り出し開錠しようとするイイチコ。
「あれ? 開いてる」ノブは回り扉は手前に開くことが出来る状態だった。
「誰か、いるんかな…」不安そうにドアを引く。
「待って」小声でイイチコの手を止める勲。と同時にもう片方の手で「シーッ」と口の前に人差し指をかざす。それを見てイイチコも無言で頷く。
ドアノブをイイチコから預かり、音を立てずに扉を開く勲。隙間から中の様子をうかがう。勲の感覚では部屋の中に人の気配は無いように思える。目くばせだけでイイチコと意思疎通を行い部屋の中へと入る。警戒しつつも堂々と中へ歩を進める勲。少し後ろをついていくイイチコ。なぜかその手は勲の肩に掛けられている。
広めの1K、隠れる場所もないため人がいないことは明らかだった。しかし勲はまだ声を出さない。
「ど…」イイチコが何か発言しようとしたが、勲がそれを手でふさぎ遮る。と同時にスマホで文字を入力し出す。
「もしかしたらですが、盗聴器とかあるかもしれません」口を塞いでいた手を放しながらまた人差し指でシーッと合図する。と同時にイイチコも持ち合わせていたスマホを取り出し文字を打ち出す。
※以下外に出るまで筆談とお考えください
「ごめんごめん」
「いえ、急にすいませんでした」
「どうやら誰もいないね」
「みたいですね。でも鍵が開いてたのはおかしいんですよね?」
「うん。今日最後のここ出たの私だから。間違いなく鍵掛けたし。その後入れるとしたら、あの控室にあった鍵を持ち出した人だけど。もちろんいない」
「となると?」答えたくないであろう真実を質問する。
「合鍵持ってる店長…」俯き答えるイイチコ。
「ありがとうございます。答えたくないこと答えさせてしまって。ちょっとそのままでいてください」
と、文字を打った後、勲が部屋の中を探し始める。恐らく盗聴器を探しているのだろう。あれだけ真白の行動が割れていると言うことは、どこかに発言を確認する手段があるはず。自宅にもあったのだろうか、と以前真白の行った時に気付いていればとまた悔やんでいる。そして壁際、ベタと言えばベタだが、コンセントのたこ足配線器を見つける。刺さっているものは何もない、明らかに不自然。
後ろにいるイイチコに指でチョイチョイと合図する。しゃがみ込んできてそれを見るイイチコ。それにはマイクは見てわかるわけではないが、小さくレンズのようなものが付いているのがわかる。カメラ付きの盗聴器のようだ。口を手でふさぎ信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「一旦、外に出ましょう」
「うん」と首を縦に振り答えるイイチコ。静かに部屋を後にする。
部屋を後にし、店の下のスペースで話す二人。
「あんなものまであるなんて…。ショック通り越してるよ」
「皆さんのプライベートが漏れていたってことですからね」
「許せない」声が震えているイイチコ。
「でも、あの盗聴器カメラ付いてたじゃん。見ちゃって大丈夫だったの?」
「今犯人は目的を達した可能性が高いです。ですから今画面を見る必要は全くないんです。恐らく目の前にいるんですから」
「そっか…」
「すいません。仕事中に色々と面倒なことになってしまって」
「いや、そんなことないよ。真実がわからずこれからも働き続けてたら、それこそ私たちも危なかったかもしれない」
「感謝されるようなことでもないんですけどね。すいません、最後に一つ」
「なに? 出来ることならもう何でもするよ」
「店長の住所がわかるもの、ありませんか?」
「ああ、多分バックヤードのパソコンの中に従業員の名簿はあるはず、ちょっと待ってて」
店に戻り数分、社員名簿を印刷したものを持って戻ってくるイイチコ。
「はい、店長のだけでいいよね?」
「もちろんです。ありがとうございます」受け取る勲。
「ごめんね。仕事があるから今これ以上手伝えないけど、終わったらすぐに連絡するから」
「わかりました。これ僕の連絡先です」電話番号、メールアドレス、メッセージアプリのIDを記載したものをイイチコに渡す。
「ありがとう。しかし」
「しかし?」
「ゆきちはいいね、君みたいなナイトがそばにいて。私もさっき口ふさがれて制された時はちょっとかっこいいって思っちゃったな。惚れてまうやろ」
その言葉に赤くなってしまい、何も返せない勲。それを見てクスクス笑っているイイチコ。
「冗談さ。さぁ早く行きな。ゆきちのこと助けてあげて」
「はい」と言って別れも告げずに自転車に跨る勲。走り去るのを見届けるイイチコ。
「いいねぇ。レンズの向こうに見えた男の娘は立派で頼りがいのある男の子じゃないか。ゆきちがいなきゃちょっとアリだったかな」
両手の親指と人差し指でファインダーを作り、走り去る勲をフォーカスするイイチコ。勲には当然見えていない。
真白のバイト先の店長宅へ向かう道中、何度も真白にメッセージを送る。しかし一向に『既読』のマークは出てこない。いつもなら真っ先に読んでダーリンダーリンとふざけて返事を返してくるのが無い。何かあったに違いないと改めて確信する。
「返事が来たんじゃないか」と、薄い期待で信号で止まる度に何度も何度も画面を見る。しかしその期待ははかなくも。
「頼むよ、返事くれよ」ハンドルに頭を付けて苦悶の表情を浮かべる勲。それでも歩みだけは止めない。もう犯人と断じてもいいだろう、店長の自宅近くへと差し掛かる。
「あとはこの道行って、5分くらいかな」スマホのナビをを見ながら呟く。
「何か見覚えあるなぁ、ここらへん」周りの景色を見ながら進む。すると見間違うはずもないものを目にする。
「あれ、ここって。真白さんの家の最寄り駅じゃん」
さすが田舎者。まだまだ東京のことをよく知らない。一度来たくらいでは駅名やルートを覚えられない。駅と言う拠点を見つけてやっと気付く。仕方がない、東京に出てきて1か月の人間にそれを期待するのは酷と言うもの。
「まさか、ね…」
ナビ上で最後の曲がり角を曲がり、住居のある通りに出る。するとその目線の先には間違いない、真白の住むマンションがあった。
「やっぱり。じゃあこの家はどこだ?」
数多く並ぶマンションやアパートの名前を確認しながらゆっくりと進む。そしてそのマンションにたどり着く。
「ここ…。最悪だ…」そのマンションを見上げ俯き呟く。イイチコからもらった住所に記載されていたのは、そう真白と同じマンションだった。
自転車を降り真白の家の部屋番号を押しインターホンを鳴らす。しかし暫くしても返事は無い。そしてもう一度、しかし結果は当然同じ。
「やっぱ、帰ってないよな」
いないことを確かめ、次に勲はもう一つの部屋を確認する。真白の部屋の一つ下の階。部屋の下一桁が一緒のため真白の部屋の真下に位置している。
「あの時、下まで追って見つけられなかった理由はこれか」
先日真白の家にてニアミスし、そして取り逃がした件。勲の足で捕まえられなかった理由が今ハッキリとした。勲はまっしぐらに1階まで降りていたが犯人は途中の階に避難しただけ。その発想が出来なかった、悔しい。マンションの壁を叩き悔しがる。すると横から声が掛かる。
「どうかしましたか?」初老の男性が何事かと勲に声を掛けたのだ。
「あ、すいません。自分のことでちょっと」
「何かあったのかな? トラブル、とかではないよね」
「いえ、大丈夫です。友人を訪ねたのですがいなかったみたいで」
「それならいいけど。最近この辺りでストーカーが出るって噂があったからもしかしたらと思って」
「そうなんですか。あ、ごめんなさい。僕はこういうものです」学生証を取り出し身分を明かす勲。
「ほう、東大生か。じゃあ大丈夫かな。私はこのマンションの管理人なんだけどね。ちょっと前からここに住んでる女の子に相談されたことがあってね」
「女の子? もしかしてこの子じゃないですか?」スマホに入っている真白の写真をその男性に見せる。
「そう、この子だよ。何だ君彼氏か」真白に抱き着かれているのを佑奈がふざけて撮ったもの。そう言う写真だったのでそう見られる。
「そうと言うえばそうですが…」今ここで否定すると面倒になりそうなのではぐらかす。
「最近見ないんだよね。ストーカー怖くてどこか避難してるのかなって思ってね。君と一緒にいるのか、それなら安心だけど。でもここを訪ねているってことは、今一緒にいないってことだよね」
「はい」
「わかった。もし何かあれば警察に連絡するようにしておこう。君もあまり自分だけでどうにかしようって思わないようにね」
「ありがとうございます」一礼してその場を去る勲。
結果、いなかったという事実を確認できたのみで進展はない。また一から探さなくてはいけない。次はどこへ向かえばいいのだろう。この大東京で隠れる場所なんて山のようにある。一千万人の中から当てもなく人を探すのなんて。
悩んでいる勲に連絡が入る。佑奈からだった。
「もしもし、町村です。どうしましたか?」
「ああよかった。あの、真白から連絡ってありましたか?」
「いえ、連絡しているんですけど返事が無いです。何かあったのかなって思って…」
「今私の方に連絡が来たんですけど」
「え?」なぜか佑奈の方にだけアクションが起こされている。その不自然さを変だと思わない方がおかしい。
「なんて?」
「えっと、それがいつもの真白じゃない感じの返事なんです。書いてあることも変で」
「なんて書いてあるの?」
「読みますね、ええと…」
『平気、家に戻る』
聞いた途端、そのメッセージの内容は勲の中で否定された。
「いつですか、返事来たの?」
「ちょっと前です。20分くらい」
「間違いなく真白さんじゃないです。今僕真白さんの家の前にいます。けどいません」
「え? 何しに行ってるんですか?」
「犯人の家を探していたら、偶然にも真白さんと同じマンションにたどり着いたんです」
「そんな。じゃあ真白は犯人と同じところに暮らしてたってことですか…」
「…、そうです」言い辛いが伝えるしかない。
「今真白はどこにいるんですか?」
「わかりません」
「そんな」泣き出しそうな佑奈。無理もない。親友がどこにいるのかもわからず、今まで不安だったことが堰を切ったかのように溢れてきている。泣くなと言う方が無理がある。
「佑奈さん」
「はい?」
「佑奈さんは家から出ないでください。そして、何か真白さんから連絡が入るようならすぐに伝えてください。僕はこのまま思い当たるところを全て探して回ります。兄にも協力してもらいます」
「わかりました。私はここで待ちます」
「お願いします。必ず見つけます。今日で終わりにします」
「信じてます」
「じゃあ、一回切りますね」会話を終了する勲と佑奈。
「さて。もう時間も遅くなってきちゃってるし。どこ探そうかな」
大学から秋葉原、秋葉原からさらに西に移動している。既に日は沈みかけている。時間が経てば経つほど真白は何をされているかわからなくなる。焦る気持ちは時間に歯止めをかけてはくれない。
「ん?」スマホが鳴動する。
「あ、イイチコさん」先ほど教えたばかりのイイチコからの連絡だった。
「もしもし、町村です」
「町村君か。イイチコですよ」
「どうも。どうしたんですか? まだお仕事じゃ?」
「早退した。黙ってられなくってさ」
「そうでしたか」
「で、なにかわかった? 私に出来ること無い?」
「ありがとうございます。でも今のところ何も進展は…。そうだ!」何か思いつく勲。
「なにかある?」
「警察。警察を呼んでください」
「警察? 店長捕まえるの?」
「いえ、例の部屋のことです」
「あ、なるほど!」勲の言いたいことをすぐに理解してくれるイイチコ。そう、盗聴器についてだった。
「他の店員の方を不安にさせるのは申し訳ないですが、公然の事実として明るみに出すべきです。あくまでイイチコさん、店員の誰かが見つけたと言うことにしてください。僕はその件では無関係ってことで」
「おーけー。こっちのことは私に任せて」
「お願いします。その裏が取れればこれ以上ない証拠になります」
自分だけで、なんて考え方は既に捨てた勲。頼れるものは頼る、一人で出来ることは少ない。それを理解したのが今回彼が得た大きな成果であり反省でもある。
さて次の行動、と考えて動き出そうとしているが、とんと当てがない。そこに解決策があるわけでもないだろう、Yahoo知恵袋に聞いたところで何も返って来ないだろう。
「あークソ、思いつかない」頭をワシャワシャかきむしりながら考える勲。しかしその頭の回転は伊達じゃない。一瞬にして次の閃きが湧いてくる。
「そうだ、兄貴まだ警察にいてくれよ!」
急ぎ佑に電話を掛ける。さてその目的はと言うと。




