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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
15/24

ハイエースはそう言う使い方をするものじゃありません

 方々に挨拶を済ませ会場を後にする一行。途中勲は周りを警戒してみるものの特に怪しい影もなく、休憩兼打ち上げと称した飲み屋に到着する。

「君たちはソフトドリンクね」

「はーい」大学生三人素直に返事をする。

「お疲れ様。取り敢えず少なからず成果はあった、と考えていいのかな?」その質問は勲に向けられたものだろう。勲が返す。

「と思いますが、まだなんとも。まずは兄からの連絡を待ちます。それまではまだ佑奈さんと真白さんとは行動を一緒にする予定です」

「懸命だね」

「じゃあ、今晩も佑奈の家だね」

「ですね」佑奈と真白が顔を見合わせて頷き合う。

「結局、会場にいたあのカメラマン。例の佑奈の家のそばのマンションで見かけたやつだけど、無関係だったのかな?」

「結果なにもしてないからね。するつもりだったのかもしれないけど、共犯が捕まったから何もしなかったとか?」

「町村君が会場でとっ捕まえたカメコは無関係でしょ?」

「あれはただの変態だと思います。ああいうのなんて言うんでしたっけ?」

「ローアングラー」五人口を揃えて答える。

「ああ、なるほど…」

「公然とやられるとさすがにこっちも抵抗しないといけないからね。いなくなってくれればいいんだけど、無理な相談かな」

「こっちがあんな格好してれば、って僕は思いましたけど」コスプレもイベント会場も初体験の勲。意見として至極正当である。心理学やるより法学やった方がいいんじゃなかろうか。

「うん。前にも話した通りこっちにも原因はあるからね。常識と良識さえ持っていればあんなことはしないはずなんだけど。可哀想な存在ってこっちが思うのも上から過ぎるのかなって」頭ごなしに否定しない当たり、メグルはこの業界のことをよくわかってやっているようだ。

「やめろと言われている駆け込み乗車が無くならないのと一緒かな」黒雪が変な例えをする。

「ちょっと論点が」

「それにしても、まさか町村君のお兄さんがあのミランダさんだとは。今日一番の驚きはそこかな」

「隠すつもりもないんですが、知られなければそれはそれでいいので…」

「それに元警視庁とは。そのお陰で助かっているわけだが」

「その件ですけど。さっき連絡がありまして、取り敢えず尋問は始まったようです。今晩のうちに何かわかるかもしれません」

「早いねぇ、助かる」

「他の犯人がいたら、今日中に捕まるかな?」

「わかりません。今日の男は実際ナイフ持っていたりと捕まえるだけの理由があります。恐らく兄のことなので僕を下がらせたのは、芸能人の自分を被害者にしたほうが色々都合がいいからと考えたのでしょう。多分尋問にも立ち会っているでしょうから、そこで色々聞き出すつもりだと思います」

「特命係みたいなことしてるね」真白のその例えは良い。

「もう警察官じゃなくてただの変態ですけどね」辛辣な弟よ。

「凄い兄弟だね。東大卒で元警視庁エリートで現オネエ。生きててなかなかお目にかかれる存在じゃない」

「お兄さんとどっちが頭いいんですか?」

「兄でしょう。高校時代模試は万年全国一位でしたから。東大も首席で出ています」

「すげー!」

「ますます君の株が上がるな」

「他人の威光です。兄弟ですけどもう他人ってことにしておいてください」兄弟の縁を切ったか切らずか。微妙な表情で答える勲。

「他人は無理だなぁ。さっきもらったサインに『弟をシクヨロー』って書いてあるし、ほら」真白が先ほどもらったサイン色紙を見せてくる。

「あ、あんにゃろう! 何書いてるんだあのバカ兄貴」

「いいなー真白ばっかり。後で絶対会わせてくださいね」佑奈はそこが重要らしい。

「ん、ちょいまって」サインと一緒に出てきたスマホにメッセージが入っていることを見つける真白。

「あ、ねえさんからだ」

「イイチコさんですか?」

「うん。なんだろう」メッセージを開いて読み始める真白。

「えっとね、ちょっと知らせたいことがあるから今から合流していいか。だって」

「知らせたい? なんでしょう」

「わかんない」首を振って答える。

「合流してもらいなよ。もしかしたら重要なことかもよ」合流を勧める黒雪。

「うん」返事を返す真白。それをみつめながら一旦途切れた会話の合間に各々ドリンクを飲んだりものを口に運んだりしている。まだ夕方六時前、夜はこれからが長い。それにまだ何があるかもわからない。勲は黙ってウーロン茶を飲みながら隣同士に座っている佑奈と真白を交互に見ていた。


 数十分後、イイチコが一人勲達の待つ飲み屋へと到着する。連れのカメラマンはもういないようだ。

「こんちはねえさん、お疲れ様」

「お疲れ様。みなさんこんばんわー」目元でピースして挨拶するイイチコ。

「ちーす」と返す女性陣。「お疲れ様です!」の勲。

「生一つ」座席に付くなり注文するイイチコ。掘りごたつ式の足元に脚を滑り込ませその長い脚を組む。モデルのようなその風貌に、改めて勲は見入ってしまう。

「どうした少年?」すぐ気づかれる。膨れる真白。

「部外者が割り込んじゃって申し訳ない。どうしてもみんなに伝えなきゃいけないことがあってね」早速本題に入るイイチコ。

「いいえ。元はと言えば私がねえさんに色々伝えちゃってるところから始まってるわけだし、ごめんよ」

「なぁに。可愛い妹が困ってるんだ、協力もするさ」

「え、姉妹なんですか!?」勲が驚いて詰め寄る。

「いや」二人揃って首を振り否定する。なんかこんなんばっかだなこの男。

「そこは置いといて。えっと、町村君だったか。見たところまだ元に戻ってはいなさそうだけど」

「ああ、そういえばまだそうですね」帰るまではまだユウナ。取り敢えず確認される。

「町村君とゆきちは会ってるよね、会場で。私の連れのカメラマン」

「ええ、会ってます」

「彼がさ、イベント会場であのカメラマン捕まえてさ、ちょっと話聞いたらしいんだわ。何、悪いことはしてないから安心して」

「え、よく出来ましたそんなこと」

「まぁ、これでも有名レイヤーのお付きのカメラマンだからね。そっち方面では多少は顔は利くみたいよ。自分で有名って言うのもなんだけど」

「それだから嫌われないんだよ、イイチコさん」横から黒雪がフォローする。

「ありがと。貢がすレイヤーも多いけどさ、それはやっぱ間違ってると思うんだよね。私なんか一文たりとももらったこと無いかんね」

「コスプレって儲かるんですね」バカなこと言いだす勲。横にいるメグルに頭をひっぱたかれる。

「ああごめん、話が逸れた。で、その言ってたカメラマン問い詰めたらしいんだ。そしたらさ、彼自身ユウナちゃんを盗撮はしたこと無いらしいよ。もちろん会場でもローアングルやったことは無いらしい」

「ええ?」その真実に一同驚く。

「単純にファンらしい。でもなかなか声掛けられないらしくてさ、遠巻きに見ていたんだって」

「その人、どこに住んでいるか聞けましたか?」いてもたってもいられず佑奈がイイチコに質問する。

「埼玉だって。免許証確認したから間違いないと思うよ。もちろんユウナちゃんの自宅は言ってないからね」

「じゃあ、私があの時見たのは、偶然?」横からメグルが尋ねる。

「偶然、ってわけでもないと思う。必然っちゃ必然」

「どういうこと?」

「うん、これは実際見た訳じゃないけど。そのマンション、ハウススタジオあるよ」

「え??」さらに驚く一同。

「私は使ったこと無いんだけど。そのカメラマンからは流石に聞けなかったんだけど、他のレイヤーの子から聞いたんだ。ユウナちゃんの住所のすぐそばに個撮用のスタジオがあるって。それがどうもユウナちゃんの家から見える、恐らく盗撮に使った部屋だと思う」

「何と…」

 唖然とするしかない一同。予想の向こう側をいったため勲も言葉が無い。

「でも、そんなところにスタジオあるなんて聞いたこと無い。大体把握してるはずなんだけどな」メグルが疑問を呈す。多少なりともこっちの業界に通じていてそういった類の話はある程度把握していると思っていた。

「それがね、ちょっとヤバい撮影やってるらしくてさ。知ってる人しか知らないらしい。多分メグルさんが見た時も、きっと撮影会やってたんじゃないかな。少しばかりアングラな内容の。一度だけ参加した子が偶然さっきの会場にいてさ、運良く聞けたってわけ」

「なるほど。そうなると出入りはほぼ自由か、人の特定は困難になりましたね。マンションイコール住人がいると思ってた僕のミスですね」勲が若干落ち込みながら展開を考える。予想の裏側を突かれたためショックは隠せない。

「いや、そんなこと無いよ。普通ならそう考えるもん。こっちの世界のことなんて一週間前までほとんど知らなかったんだから仕方がないよ。君は悪くない」真白がフォローして慰める。

「知る人ぞ知る、ホームページとかない非公式のスタジオらしいから。それこそ運営してる人も危ないんじゃないかな。一歩間違えばアダルトビデオの撮影とか、そう言うことに使われいてもおかしくないと思う」

「であれば、24時間365日出入りは可能そうですね。客の名簿も多分ないでしょう、そこからたどるのも無理か」ウィッグをワシャワシャかきむしりながら考えている勲。こうなるともう兄からの連絡を待つしかない、スマホを取り出し画面を見てみるが、そこにはまだ何も表示されていない。

「どう、なにか参考になった?」

「参考どころかとても重要な情報です、ありがとうございます」

「ねえさんに声掛けてよかった、ホントありがとう」勲と真白、二人イイチコにお礼をする。

「町村さん、どうしますか?」心配そうに勲の顔を覗いてくる佑奈。口元に手を当てたまま考え込んでいる勲。その問いかけには何も答えずに黙ってひたすら考え込んでいる。しばらく沈黙が続く、そして勲が口を開く。

「フェイクか」呟く勲。

「え、今なんて?」その言葉に反応する佑奈。

「前に佑奈さんの家に来た脅迫状の文面、覚えてますか?」

「いえ、よく覚えてませんけど、私のコスプレの名前と真白の本名が載っていたのは覚えています」

「あの文面を見て僕は犯人が二人いるもんだと思いました。どちらか一人のことは自分は狙っていない、他人事のように受け取れました。その後真白さんの話を聞いてその考えは自分の中で信憑性が高くなりました。でも違ったのかもしれません」

「え、じゃあ」

「こんな奇跡信じたくはないですけど、同一犯な気がしてきました」

「なんと…」真白も若干引きつつ驚く。

「初めに犯人が目を付けたのは真白さんです。その後何かの偶然で佑奈さんも狙って。そしてたまたま二人が知り合いだと言うことをどこかで知った。恐らくあの脅迫状の写真を撮った時でしょう。犯人にとっても嬉しい誤算だったでしょう」

「確信は?」

「前よりはあります。そして、犯人は恐らく真白さんに近い人です」

「…」何も言わない真白。今の勲の言葉で自分の周りの人間を疑い始めているのだろう。その姿を見て勲は申し訳なく思う。怖がらせるつもりはなかったのに結果そうなってしまった。ケリを付けなくては、改めて誓う。

「これ以上力になれそうになくて申し訳ないけど、ゆきち気を付けなよ」

「うん」小さく頷く真白。

 はなっからあまり明るい雰囲気ではなかったが、イイチコの持ってきた情報で真実に近づいたのはいいが、さらに暗くなってしまうその場。もう飲み屋の雰囲気じゃないよ。


「じゃ」と言ってイイチコは一行の前を後にする。

「じゃあ我々もいったん解散しようか」とメグルが一言。メグルとリリィ、黒雪、そして勲佑奈真白、三組に別れる。「くれぐれも気を付けなよ」と全員から声を掛けられる。そして三人がその場に残る。

「さて、どうしましょう。取り敢えず佑奈さんの家に行きましょうか」

「その前にさ、ちょっとうちによっていいかな?」真白が希望を出す。

「家ですか、何かありましたか?」

「うん。ちょっと長くなっちゃったから着替え取りに行きたくてさ」

「なるほど。じゃあ行きましょう」一路真白の自宅へと向かう三人。既に時刻は夜の七時。そう遅くはないが早くもない。早いところ佑奈の家へ戻り、そこで兄からの連絡を待ちたいと勲は考えている。

 何事もなく真白の家には着き、以前のように突然の犯人からのコンタクトもなく穏やかに過ぎた。勲はつい前回の訪問のことを思い出してしまい真っ赤になっているところを「どうしました?」と、佑奈に問われ回答に戸惑っていた。

「さて、戻ろうか」

「はい」

「はい。町村さんも早く脱ぎたいですよね。疲れたんじゃないですか?」

「あ、そうですね。そう言えばこの恰好だってことすっかり忘れてたや」自分の姿を改めて見やる勲。馴染み過ぎて何とも感じていなかったらしい。

「やっぱ、血かなぁ」真白がニヤニヤしながらツッコむ。

「一緒にしないでくださいってば」

 早々に用事を済ませ佑奈の家へと戻る。道中も特に何もなく。佑奈の家の最寄り駅へと付き、例のマンションが見えるところまで来る。

「あれ、そうだったのか」遠目のマンションを見ながら勲が呟く。

「誰もいないですよね、今は」

「多分」

「とりあえず部屋入っちゃおう」真白の提案でそそくさとマンションの中へと消えていく三人。そしてやっと落ち着ける空間へと辿り着く。

「あー疲れた」

「疲れましたー」

「やっと脱げるー」真っ先に隣の衣裳部屋に入り着替えを済ませる勲。そして久しぶりの本来の性別の姿へと戻る。

「はー、落ち着く」空けてくれたソファーに横になり足を延ばす勲。

「はい、お疲れ様」佑奈が紅茶を入れて出してくれる。

「ありがとうございます。はー美味しい」

 リビングで佑奈の入れた紅茶を三人で飲み一日の疲れを癒す。周りから見ればなんと優雅な光景か。そしてしばらくの無言。ただイベントに行ってコスプレを楽しんだのとは違い、今日は別の目的があった。一時たりとも気を緩ませることが出来ないのは心身ともに疲れる。三人とも天井を向いて沈黙している。時計の針の音だけが部屋の中に響いている。

「ねぇ」真白が沈黙を破る。

「町村さん」同時に佑奈も破る。

「はい?」目線を天井から二人に戻す。すると二人が立ち上がり勲の座るソファーの両隣に腰掛けてくる。なんと幸せな構図か、美少女二人が一人の男を挟んで座る。そして少し勲にもたれかかる。数年分の幸せを今使っているかのような勲。

「あ、あの…」紅茶を手に持ったまま身動きの取れない勲。困り果てるが嬉しすぎる。『ピケ』とか言う一昔前のF1レーサーの名前のような部屋着を着ている二人。割と無防備なため目のやり場に非常に困っている。また向かなくてもいい天井を向いている。

「眠い」

「疲れました」

「は?」

 そう言うと同時に、二人から軽めの寝息が聞こえ始める。今日がどれだけ二人にとって疲労が溜まる一日だったかがよくわかる。二人を動かさないようにそっと紅茶のカップをテーブルに置き、都合よくソファーの裏に置いてあったタオルケットを二人に掛ける。自分にも少しだけ掛かる程度余るので、ついでに自分にも。

「確かに、疲れたな…」

 机の上に置いてあるスマホを一旦手に取り、兄からの連絡が無いか確認をする。しかし連絡はまだない。そう簡単に済む話ではないか、と解釈してテーブルに戻す。そして程なく勲の瞼も閉じて寝息を立て始める。いつもならドギマギして眠れないはずだが、今日ばかりは眠気が勝った。完全に眠りに落ちる前にルームライトを少し暗くして眠りに落ちる。佑奈と真白は勲の肩から膝へと頭の位置を変えていた。


 深夜、完全に灯りを落としていない部屋のためその灯りに気付いた勲が目を覚ます。時間にして1時を少し回ったところ。膝にいる二人は相変わらず、ぐっすり寝ている。佑奈の顔がちょっと危険な位置にあることに気付き、頭の位置を起こさないようにずらしつつ、一旦ソファーから離れる。

「あぶねぇ…」二人とも起こさずに抜け出すことに成功。トイレへと向かい用を足す。途中衣裳部屋へと入り、例のマンションを覗いてみる。

「どこだっけかな。さすがに部屋まで断定できないな」話にあったハウススタジオを探してみるが、さすがにそこまではわからない。一旦カーテンを閉める。

「ちょっと見に行ってみるかな」上着を羽織り、佑奈から「鍵はここに」と言われていた合鍵を持って外に向かう。そして例のマンションの部屋を捉えることが出来る場所まで歩いていく。こっちが覗きと間違われないように自然に、立ち止まること無く何となく部屋を探る。

「えっと、メグルさん何号室って言ってたかな。205だっけ、内見したの。その隣って言ってたから、あそこかな」大体の目星を付ける。しかしその部屋はカーテンで覆われ部屋の電気も付いていない様子。定住している人間がいたとしてもこの時間付いていなくとも何も不自然ではない。

「だよね」頭をかきかき当然の結果を受け入れる。途中コンビニへと寄り佑奈の部屋へ戻ることにする。そしてコンビニ帰り、もう一度だけと例の部屋を見てみると、10分くらい前に付いていなかった灯りが付いているではないか。

「あれ?」確実に誰かいる。勲はすぐに部屋から自分を捉えられない位置へと移動して、しばらく様子をうかがう。

「何でこんな時間に」ただ住民が起きた、とは考えにくい。イイチコの言うことが正しければそこに人は住んでいない。いつでもだれでも借りることが出来るハウススタジオのはずである。

「じゃあ、誰かがこの時間に借りた。もしくは借主が戻ってきた」答えを導き出す勲。それと同時にとある場所へと向かう。そして勲が辿り着いた場所は、駐車場だった。

「この時間なら電車は無い。ならば車で移動しているはず」と推測した勲。幸いにも外部の人間が立ち入ることが出来る駐車場のため、目的を果たすことが出来る。

「着いたばかりなら、まだエンジンが温かいはず」10台程度の駐車スペースを見て回り、まだ切れたばかりで温かいであろうボンネットの車を探す。すると当然のようにその車は見つかる。

「あった」黒のステーションワゴン。勲の予想通りまだボンネットは温かい。監視カメラもあるだろうからと一瞬で車種とナンバーを頭に叩き込みその場を離れる。そして佑奈のマンションへと戻る。

 玄関を静かに閉じて部屋へと戻る。そして置いていったスマホを手に取り、先程記憶した情報を書き写す。

「念のためっと」メモを閉じスマホを机に戻す。が、すぐさまもう一度手に取る。

「一応、頼んでおくか」メッセージアプリを開き、『兄貴』と記載のある人物へメッセージを送る。当然だが佑に対して送っていることになる。そして今見た車の情報を兄へと送る。彼の情報網ならナンバーから人物を特定することは簡単だろう。何かの役に立てばと、イイチコから聞いた情報を添えてメッセージ送信完了。こんな時間だ『既読』のマークは付かない。

 二人はすやすや寝ている。さすがに二人の間に戻ることは出来ないため、反対側で膝を抱えて顔をうずめて考え込む勲。真白が「くちゅん」と寝たままくしゃみをしている。暖かくなったとはいえまだ夜は寒くなるときもある。勲は隣の部屋から厚手の布団を持ってきて二人に掛ける。そして衣裳部屋へと戻る。

「こんなこともあろうかと」と、持ってきたカバンを漁り小振りの双眼鏡を取り出す。もしものことを考え向こうのマンションを見ることが出来るようにと部屋から持ってきた。もし向こうが覗いていてこちらに気付かれては一大事、としずか~にカーテンを少しだけ開け、双眼鏡を覗き込む。

「ベランダに人影はなし」今のところ不審な影は無い。勲も布団を頭からかぶり張り込みスタイルで監視を続ける。時間にして三十分程度、例の部屋を監視していたが結果誰も出てくることは無かった。その間ずっと部屋の灯りは付いたまま。

「物好きか変態が借りたのかなぁ」動きなしと判断してカーテンを閉じる。双眼鏡をしまい寝るための布団を敷く。

「でも、警戒するに越したことは無いよね」二人には起きたら話そう。再び眠気が襲ってきた勲は布団へと潜り込む。

「そう言えばイイチコさん、変な撮影とか言ってたな」イイチコの言葉を思い出す。そして変な想像が頭を駆け巡る。浮かんでくる顔は佑奈と真白。邪念と言うものはいつでもどこでも生まれるもの。自分を一発ぶん殴ってそれを祓う。百八発は流石に殴れなかった。


 勲達が部屋にたどり着き、寝こけてしまった頃から少し経ったくらいの時間。霞が関にある建物の中での出来事。


「町村警視、じゃなかった…。ミランダさんお疲れ様です」

「あら、お久しぶりじゃない」

 佑。いや、ミランダと言った方がいいだろう。彼。いや、彼女と言った方がいいだろうか(面倒)日中会場で検挙した犯人を警視庁までしょっ引いてきて尋問しているミランダ。といってもさすがに既に部外者のため、よくある鏡の向こうで事の成り行きを見守っている最中。そこに以前部下だった刑事が入ってきて挨拶をしているところ。

「どお? 苦戦してるみたいだけど」

「はい。だんまり決め込んでいます」

「情けないわねぇ。私にかかれば一発なんだからちょっと場所貸しなさいよ」

「さすがにそういう訳には…」いかないらしい。

「コンコン」と部屋をノックする音が聞こえる。元部下の刑事が扉を開くとそこにいたのは刑事部長だった。

「あらお久しぶり部長。今度いつ来るの?」早速言われちゃ困りそうなことを言われて周りにいる面々に「シーッ」と指を立てるジェスチャー。後ろめたいことでもあるんだろう。

「ひ、久しぶりだね町村君。お変わりなく」

「ワタシは変わってないわよー。そういう部長こそ、増毛した?」今少し減ったようだ。

「ねぇ部長、あの犯人の尋問やらせてくれない? ちょっといろいろ聞きたいことあるのよね」

「まぁ、君ならいいかな。あの、頼むから余計なことだけ言わないと約束してくれるなら…」二つ返事で許可を出す刑事部長。それだけ当時のミランダが優秀で人望があり、そして…だったからなせる業。

「おっけー」指でOKサインを作り刑事部長に答える。それと同時に部屋を出て取調室へと入るミランダ。

「覚悟なさーい!!」うつむきがちで無表情だった犯人の顔がミランダを見て一気にこわばる。「なんだよこいつ」と言う顔をしているのは説明しなくとも。


 夜、寝に入る前、勲は今までのことを思い返してみる。

「そもそも、今回の事件の発端はどこにあるんだろう? 単純にコスプレ会場で目を付けられてストーカーに狙われただけなんだろうか」

「みんな盗撮されてるって最初言ってたけど、それは今回の件とは関係ないだろう。あの業界ならどこにいてもおかしくないって今日よくわかった」

「なんでここが佑奈さんの家だってわかったんだろう?」

「佑奈さんが夜に見たフラッシュはもしかしたらただの撮影の光なんじゃ?」

「でも、カメラの機種まで特定してるし、あれは流石に無視できないか」

「あの日僕が遭った痴漢はもしかして無関係?」

「メグルさんがあのマンションで見たカメラマンは本当に無関係でいいんだろうか?」

「真白さん、佑奈さんの順番で狙われたことに理由はあるのか?」

「何であの日、真白さんが家帰っていることがわかったんだろう?」

「会場のそばで佑奈さんが見た怪しい人物は何だったんだろう?」

「今捕まって調べられている男は本当に犯人なんだろうか?」


 疑心暗鬼と勝手な想像が変な方向に事を運んでいたと考えれば、もっと真実は単純で身近なところにあるかもしれない。断片的だった情報を一度全て繋げて考えて見る勲。

「真白さんに近い人なら、同級生とか、もしくは…」一つ限りなく正解に近い答えを導き出せそうだったが、残念ながらそのまま夢の中へと落ちていく。


 翌朝。疲れていたのだろう、いつもより遅く目が覚める。久しぶりに一晩目を覚まさずに寝ることが出来た。既に九時を回っており、行くつもりでいた大学の一限をサボる羽目になってしまう。

「ふぁ、ねみ」と、目をこすりながら洗面所へと向かい顔を洗う勲。タオルを首に巻いたままリビングへと入る。

「おはようございます」

「おはようございます」そこには佑奈しかいなかった。一瞬不安になる勲。

「真白さんは?」

「真白なら大学へ行きました。どうしても取らないといけない授業だからって。大丈夫、大学以外には寄らずに帰ってくるって言ってました」少しホッとする。しかし一人であることは事実。完全に不安はぬぐえない。

「そうですか。まだ一人でってのはちょっと心配ですけど。いざとなったらどこかまで迎えに行きましょう」

「そうですね」

 大学なら致し方あるまい。この家からそう遠くもなく、自宅方面へ行く必要もない。スマホを見てみると真白からメッセージが入っている。

「ちょっといないからって寂しくても死なないでね♪」

「ウサギじゃねぇし!!」朝からツッコミ大変ですね貴方。

「どうかしましたか?」

「あ、いや。ニンジン…」血迷ったらしい。しかし、メッセージを見る限り問題は無いようだ。一応返事を返す勲。いざとなったら迎えに行く、何か別の行動を起こすなら必ず連絡をするように、と。

「じゃあ、僕もちょっとだけ大学行ってきます。真白さんから連絡があれば抜け出して戻るなり迎えに行くなりしますので」

「はい。私は念のためここで待ってます。私も大学行きたいんですけどね」

 隣の部屋へ戻り着替え済ませる勲。身支度を整え佑奈の用意してくれていた朝食を貰い部屋を後にする。玄関まで下げていた自転車をエレベーターに載せ1階へ通り、裏口から外へ出る。一人で動いていることが何か不自然、それくらい昨日までは誰かと一緒にいた。そんな不自然を自然に戻さなくてはいけないのだが、今はちょっとだけ別のことを考え自転車に跨る。

「まだ連絡よこさないな、兄貴の奴」

 自転車に乗るなりまたスマホを見る勲。それもそうだろう、昨晩のうちにケリが付くと思っていた兄の尋問の結果がまだ入っていない。そこさえ真実がつかめればことは一気に進展する。素人では手が出せない領域、勲もすがらざるを得ない。

「気にしても仕方がない。少しだけ日常生活しとくか」ペダルを踏んで自転車を進める。佑奈の家の周り、真白からの連絡、自身への連絡。今のところ何事もなく一日は始まっている。勲が全てに気付き、当たり前の日常が崩壊するのはもうすぐ。

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