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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
14/24

国のお母さんが泣いてるぞ

 徐々にこの会場にも慣れてきた勲。撮影の仕切りも回し方も板に付いてきた。基本真白と一緒に行動しており、その真白が変なカメラマンに言い寄られたり絡まれそうになると「ガルル」と言わんばかりに丁重に優しくかばい守っている。しかし、なかなか本来のターゲットに遭遇することは出来ず、既に会場に来てから2時間が経過しようとしている。

「はい、ちょっと止めまーす」

「ごめんなさい。ちょっと休憩してきますね」

 イイチコと別れてからまた撮影されっぱなしで数十分。勲と真白、口裏を合わせまた休憩に入るため撮影を止める。そして先ほどの休憩スペースとは違う、食事のとれる場所へと向かう。

「はぁー、お腹空いた」

「こんな格好で食べられるところあるんですね」

「ビル自体こんなんばっかで溢れてるからねー。この日ばかりはって感じだけどね。さて、少し食べよう?」

「何食べようかな…。たこ焼きでいっかな」

「町村君、今女の子ってこと忘れないでね。別にパンケーキとスムージーだけしか食べるなって言ってるわけじゃないけど、男らしいのは自重自重で」

「あ、そうですね。じゃあ…、カルボナーラで」

「良しとしよう。じゃあ私は、たい焼きで」

「じゃあ、ちょっと注文してきますね。席お願いします」カウンターに注文をしに勲が席を立つ。席を立った勲と入れ違いで、一人の人物が真白の元へと近付く。

「やぁ、ゆきちちゃん」

「はい。あぁ、琥珀さん。こんにちは」

「こんにちは。隣いいかな?」

「はい、こっちは連れがいるのでこっちにどうぞ」琥珀に席を用意する真白。

「じゃあ失礼して。ふう、慣れてないと疲れるね、こういう場所は」

「あれ、初めてなんですか?」

「うん。当然人は撮るけど、こういうイベントは初めてで。なんか凄いね、目の色が違う」どうやら琥珀はメグルにお願いされてコスプレの撮影は初めてらしい。だからこそ周りのカメラマンの異様さにも気づける。メグルのナイスチョイスとしか言いようがない。

「わかります?」

「わかる」

「ですよねー」クスクス笑う二人。周りにはカメラこそ構えていないものの二人が話すようなカメラマンと思われる人がいて、二人を見ている。

「で、どう。見つかった? ってことはなさそうだね。見つかってたらもっと大事になってるだろうし」

「はい。まだなにも」

「そっか。私も頼まれてきたものの、周り全部怪しく見えちゃって。可愛い子一杯だから眼福でいいんだけど、役立ってないなぁ」

「そんなことないです。味方多いのは助かります。あ、例えばですけど」

「例えば?」

「盗撮するとしたら、ってしたことない人に聞くのも変ですけど。普通盗撮相手の目に触れるところからしますか?」真白から琥珀に質問が飛ぶ。

「しないだろうね。だって犯罪だもん」

「うーん、そうですよねぇ」

「そんな奴らの癖は知らないけど、隠れてやるのが楽しいんでしょ、きっと。それを目の前に出て堂々とってのはさすがに無いと思うな」

「です、よねぇ…」考え込む真白。

「お待たせしました。はいたい焼きです。って、あれ。琥珀さんでしたっけ、こんにちは」食事を持って戻ってくる勲。そして琥珀と挨拶を交わす。

「ん、こんにちは。ユウナちゃん、かな」

「はい、今は」

「あのね、町村君や。今琥珀さんとも話してたんだけど、盗撮犯本当にここに居るかな?」

「んー、来てはいると思いますよ」パスタをテーブルに置いて椅子に腰掛けながら答える勲。

「え、なんでわかるの?」

「こんな恰好の撮影場所、来ないわけがありません。ただし」

「ただし?」

「目の前には現れないかもしれません」琥珀の見解と一致する。

「何で?」

「そうですね、簡単に話すとこうです。コスプレの盗撮はブラフかもしれません」

「ブラフ?」

「今まで、色々と見たり聞いたり、実際ニアミスしたりとしてきましたけど。どう考えても真白さん本人に興味がある人間としか思えないんです。コスプレはオマケなんじゃないかなって」

「オマケ?」

「はい。佑奈さんにしても真白さんにしても、共通点としてコスプレの盗撮もされていればプライベートの盗撮もされています。さっき僕が盗撮されかけて思ったんですが、あんなのいくらでもやろうと思えばできる状況です。むしろやってくれくらいの人も見てるといますね」

「確かに。あれじゃ撮ってくれって格好だし」琥珀も同意する。

「例えばですけど、少なからずこういったところに知り合いがいれば、そう言う画像っていくらでも入手できそうじゃないですか。悪いコミュニティって絶対あるはずです。そこから横流しを受ければ、別に本人が危険を冒して撮らなくてもいいわけです。そう考えると、今僕らが追わなくてはいけない人間は、もしかするとここにはいないのかもしれない、って思ってました。ちょっと前からですけど」

「え? じゃあ、ここに来てるのは骨折り損?」

「いえ、そうとも言い切れません。むしろこの会場ではなくその行き来をターゲットにしているとしたら」

「ああ、なるほど」

「そんな奴の心理考えるのは反吐が出るんですけど、誰でも撮れる写真より、自分しか狙えない、自分のファインダーにしか捉えられない真白さん佑奈さんを抑えるのが目的のはずなんです。ここでは動きをどこか遠くからじーっと観察するだけで、終わって油断したところを狙う。そっちの可能性のが高そうです」

「じゃあ、まだ終わらないの、かな…」神妙な面持ちになる真白。

「わかりません。ただ、変な確信なんですけど今日は何か起こりそうな気がするんです。ずっと気になっていることがあって」

「佑奈の言ってた人?」

「いえ、それとは別に。ずーっと何か視線のようなものを感じるんです。真白さんといる時に限って、どこからか見られている、そんな感じがするんです」感の鋭い勲はこの会場に来てからの些細な違和感に気付いていた。

「じゃあ」食い付いてくる真白。

「あんまりきょろきょろしないでください。不自然に思われると感づかれるかもしれません。いたって自然に」

「私なら大丈夫かな」琥珀が替わりにと言わんばかりに、少し周りを見渡す。

「特に、いないかな」

「ありがとうございます。さて、取り敢えず先に食べちゃいましょう、冷めちゃいます」

「そうだね、食べようか」注文した食事に手を付ける勲と真白。

「ん?」何かに気付く琥珀。それに気づいて口に運ぼうとしたパスタを皿に戻す勲。

「どうしました?」小声で尋ねる。

「君の視線の先なら不自然にならない程度に見れるかもしれない。上の階、中央の柱の陰。こっち見てる」

 ついに会場内でのニアミスか。今見るとあまりに不自然、口に運びかけたパスタをもう一度口に運ぶ勲。真白にも口にものを含んだままで「自然ひ」と告げる。真白からは斜め後ろに位置するため見ることが叶わない。「じゃあ」と真白も小声で、自然を装いたかったのだろう。勲が口に運ぶパスタの端を口にくわえ麺を吸い出す。この後どうなるは察しの良い御仁ならおわかりだろう。

「ふぐぅ!」周りに人がいるにもかかわらず、そこにいるコスプレイヤー二人が堂々とパスタキッス(そんな言葉は無い)を面前に晒す。偶然見てしまった大衆は眼福この上ないだろう。

「あらあら、いいもん見れたわ」琥珀も嬉しそう。するとどうだろう、柱の陰に隠れていたその怪しい人物が、その行動に驚いたのか動揺したのか、少しばかり体を露わにする。

「見えたぞ、おら」口には出ていないけど勲の言葉。


 数時間前


「ミランダさん、今日はよろしくお願いします」

「はーい、よろしくー」

 ホテルの一室で勲の兄『ミランダ・三宅島』さんが何かのインタビューを受けようとしているところ。ゴッテゴテのメイクはせず、割とナチュラルメイクで素に近いオネエ。ヅラだけは被っているものの、それもこれも元々の出来がいいからなのだろう。この兄あってあの弟あり、血は争えない。

「えっと、インタビュアーの人も別室でメイク中なので、少々お待ちください。ミランダさんいつもメイク短いので待たせてしまって」

「気にしないでー。オネエなんてそんなにケツカッチンじゃないからー」性格良し。テレビ関係のスタッフにも受けがいいのでここのところのこの人気。勲がチャンネルを変えても変えても映っているので若干辟易している。

「じゃあ私も別室行きますので」と言ってついていたスタッフが部屋を出る。一人残る三宅島。

「うちの田舎とは比べ物にならないわね。コンクリートしかないじゃない」

 ホテル最上階のスウィートルームから眼下の景色を見ている。当然だが勲と同じ土地に暮らしていたので、本来田舎者。東京に出てきて目覚めた口。

「にしても、あんな形の建物、誰だったかしら設計。あ、佐藤総合か」目の前にある建物の設計者をそらで当てる。東大なだけあってなんだかんだ詳しい。さてお気づきか。今勲の兄がいるのはビックサイトのすぐそばのホテル。

「何か今日あるのかしらね。奇抜な髪の色した子がいっぱいね。私らが言えたことじゃないけど」

 眼下に、勲達が参加するイベントに向かう人の列を捉える三宅島。そんな中に数名の集団を見つける。

「あの子も凄い色ね」黒雪だ。そしてその横にいる帽子をかぶった人物を見つける。

「ん? あの服どこかで…。あ、勲じゃん」

 一瞬元に戻る。本名『町村(たすく)』。偶然にも佑奈と同じ漢字を使っている。もしかすると勲の感じた親近感はここから来ているのかもしれない。勲が持ってきた上着を着ていた佑奈。それに気づいた佑。

「何してんのアイツ。あんなに女の子引き連れて。なんかいかがわしいイベントじゃないだろうな」勘繰る兄。オドオドしている眼下の弟。

「すいませーん、お待たせしました」戻ってくるスタッフ。

「はーいー」元に戻り三宅島。


 餌にかかるとはこのこと。もうこれで何度真白とキスしたか数えることをやめ達観し出した勲。上層階にいる犯人、かもしれない人物を上目遣いで追い続ける。ある程度距離があるためこちらが意識していることには気づいていないらしく、黙って柱の陰からまだこちらを見続けている。

「僕ちょっとそ知らぬふりして上に行ってきます」

「え、大丈夫なの?」真白が心配そうに尋ねる。

「迷ったふりしてうろつくくらいなら大丈夫でしょう。もし声掛けられたり襲われたりしたらそれ事こっちの思うつぼです」

「そうだろうけど」

「まあ、何かあるようならねじ伏せます。パッと見そこまで強そうじゃないですし

」いざとなったら力技。既に一度会場でお見せしているのでそう不自然ではあるまいという判断。

「じゃあ琥珀さん、少しの間だけ真白さんよろしくお願いします一人にするのはちょっと怖いので」

「いいよ、守ってあげる」

「無理しちゃだめだよ、ダーリン」両手を握り祈るように勲を見つめる真白。冗談半分本気半分。

「なんだ、そういう関係なんだ」ほう、と言う顔で勲を見る琥珀。

「肯定も否定もしないでおきます…」今はその冗談に付き合っている暇はない。そう言い残して席を立つ。自然を装うため真白と琥珀は笑いながら手を振り勲を見送る。

「さて、どこから上に行けるのかなっと…」ビルの中上に上がれる手段を探す。すぐ見つかるだろうと高を括っていた勲だが…。


「マジで迷った…」お登りが慣れないことをするからこうなる。以前来た意味はなし。ビルの中をうろちょろしていてたら上の階には上がれたものの、先ほどまでいた食事をしていた場所を見下ろせる、例の男がいた場所を完全にロストする。下の階の雑踏とはうって変わってほとんど人気のないフロア。聞こうにも聞けない。

「弱ったな、これじゃあ探すどころか探してもらわないと」完全に弱り果てた勲が頭をかいて立ち止まっていると、後ろに気配がする。

「ん?」振り向く勲。しかしそこには誰もいない。

「気のせいかな?」

「あの、どうしましたか?」

「うわっ!」振り向いた真逆から声を掛けられ驚く勲。

「すいません。驚かせるつもりは」そこにいたのは先ほど下から見えたこちらを監視していた人物だった。この時勲は「ラッキー」と心の底から思った。

「ええと、トイレ探していたら迷っちゃって。どうやれば会場に戻れるのかなーって」キャラをユウナに戻し目の前の男性に話しかける。

「ああ、それならこっちです」快く応じる男性。今のところ特に怪しいところは無い。

「ありがとうございます、助かりますー」満面の笑みで返すユウナ。そして案内を引き受けてくれたその男に後ろから付いていく。

「コイツ、カメラ持ってないな」一つだけ感じた違和感。もし仮にあのイベント会場に写真を撮りに来ている、仮に犯人だとしたらカメラを持っていないのは不自然である。もしかしたら会場に誰かいて、それこそ佑奈が見た不審人物に渡しているなどすれば持っていないことにも頷ける。今目の前にいる男性は特に手荷物を持っていない、手ぶらである。であればなぜあそこにいたのだろう。ただ自分たちを、佑奈と真白を見るためだけ、見張るためだけにいたのだろうか。現段階では何も判定することが出来ない。黙ってついていく勲。

「あの…」突然声を掛けられる。

「はい?」

「あなた、《《ユウナ》》さん、ですよね?」

「!!」名乗っていはいない。自分が何者であるかなど今目の前にいる男に対して明かしてはいない。体はそのままでも心の中は一気に臨戦態勢に入る勲。

「ええ、もしかしてファンの方ですか?」声色を一切変えること無くその質問に答える。

「ファン、と言えばそうかもしれませんが」そう言いながら振り向くと、その男は上着の内側に手を忍ばせ、その手が露わになると、そこには短いナイフが握られていた。


「なにするんですか?」ユウナであることはそのまま、身構える勲。

「なにって。ちょっとだけ言うこと聞いてもらえればいいんだけどね」

「そういう方法しか取れない人の言うこと聞くとでも思いますか?」

「だからこういう方法を取ってるんだけどなぁ」

「ですよ、ね」改めて構えに力を入れる。サルの耳にも説法は理解できないらしい。はなから諦めてはいたが覚悟を決めて臨戦態勢に入る勲。

「女…、だからといって甘く見ないでくださいよ」自分を『女』と表することに若干の抵抗はあるものの言わざるを得ない。ちょっと悲しい勲。

 ナイフを構えたままジリジリと寄ってくる男。ここで捕らえることが出来れば事態は一気に進展する。恐らく自分が負けることは無いだろうと思っている勲だが、慎重に距離を取り間合いをはかる。

「ん?」声に出さないもの、男の後ろの何かに気付く勲。と同時に。

「じゃあ…」と、一気に近づいてくる男。と同時に。

「あ!」声を発する勲。

「え、え??」それに気を取られる男。すると後ろからその男の後頭部めがけて蹴りが一閃。「おごっ」という声と共にその場に倒れ込む。その蹴りの主はなんと。

「大丈夫、アナタ?」ミランダさんこと『町村佑』その人。

「え、兄貴?」つい勲が出てしまう。

「ん、勲?」マッハでバレる。

「なんでこんなところにいるんだよ?」

「こっちのセリフよ。アンタこそなんでそんな恰好でこんなところにいるのよ?」

「いや、それには深い事情があって…」訳を話そうかどうか悩む。

「アンタ、大学入って即女装だなんて、親が泣くわよ」伸びている男をぐりぐりと踏みつけながら弟に説教する佑。どの口がと思う人も多いだろうが今は兄弟喧嘩の真っ最中。犬は食うかもしれないが腹は壊すと思うのでほっておこう。

「自分はどうなんだよ。女装どころかもう職業オネエじゃんか」言い返す弟。ちょっと弱い気もする。

「私はもう女みたいなモンだからいいのよ」棚上げとはこのこと。

「今からでもいいからカタギに戻れよ。親もその方が安心するだろうし」

「もうアタシの居場所は二丁目よ。理想郷を見つけたの」

「左様で…」

「面白いわよーオネエは。そうだ勲、アンタ一回二丁目来てごらんなさい。人生観変わるわよ?」

「丁重に断る」

「飲むだけでもいいから、別に差し出せって言ってるわけじゃないんだから」

「何差し出すんだよ!? それに未成年に酒勧めるなよ」

「大丈夫、ジュースあるから」

「あぁ、ならいいか…」

※後、佑奈と真白を連れ立って二丁目に遊びに行ったようです

「じゃなくて! なんでこんなところにいるんだっての」

「アタシは今日そこのホテルでインタビュー受けてたの。ひと段落したからこの辺り見てて。そう言えば変な格好して歩いてる人が今朝いっぱいいたから、何かあるのかなーって、ここに来たの。そしたらアンタがいたのよ。てか勲、今朝女の子何人も連れだって歩いてなかった?」

「確かに、自分だけど自分じゃないと言うかなんというか…」

「はぁ?」

「とにかく、助けてもらう必要なんてなかったのに。あー話がややこしくなる」ヅラをワシャワシャかきむしる勲。

「昔の血が騒いじゃってねぇ」頬に手を当て首をかしげる佑。

「町村くーん、大丈…、夫?」遅いのが心配で結局探しに来た真白と琥珀。声が聞こえたと思い近付いてくる。するとそこには勲のほかに伸された男と、目の前にはあの今噂の高学歴オネエ『ミランダ・三宅島』がいるではないか。しばし固まる二人。

「ハァイ」二人に笑顔で手を振る佑ミランダ。

「えー! なんでミランダさんがいるの!?」

「おー、ミランダさんや! ダーリンの御兄さんや!!」

「だからダーリンじゃ!!」

「あら、勲。彼女いたんだ。ごめんね疑って」その叫びをしっかり聞き取っていた佑。目先の誤解は解けたが別の誤解がここで爆誕。

「なるほど。アンタ色んなことに巻き込まれるの昔から変わらないわね」こうなった経緯を説明し、兄に納得してもらう。その足元にはその兄に足蹴にされた先ほどの男がいる。まだ伸びている。

「そう言う体質なんだよ、きっと…」

「ごめんなさいお兄さん。弟さんをこんなことに巻き込んでしまって」事の発端である真白が深々と頭を下げ謝る。

「いいのよ。アナタみたいな可愛いコ守れるなんて、男冥利に尽きるじゃない。兄の私が言うのもなんだけど、悪い弟じゃないから」

「やだー、可愛いだなんて。それともらっちゃっていいんですか?」

「どうぞどうぞ」

「なんでそこに本人の意思はないんだよ」その会話に割って入れない勲がイジイジと呟く。

「取り敢えず、貴方たちは戻りなさい。この男は私が預かって警察に突き出す。多分そろそろマネージャーが探しに来るだろうから、その時警察を呼ぶ。警察の知り合いに頼んで尋問には立ち会わせてもらう」実を言うとオネエになる前、一度警視庁に勤務している佑。東大卒の警視庁の中でもトップ入庁、エリートコースをなぜか自ら外れてオネエコースへ切り替わったのか、誰も知らない。辞める時には既に「辞めマース」だったらしい。まことしやかに今でも警視庁七不思議の一つとして数えられている。

「そこは流石だな。任せていい? 終わったら連絡よろしく」

「ええ、任せて」

「あの…」佑に声を掛ける真白。

「ん、なにお嬢さん?」ニッコリ微笑んで返すその顔はもうミランダ。

「サインください」どこから取り出したのか、色紙とペンを差し出す真白。

「喜んで」

「ありがとうございます!!」大ファンだったらしい。というかなったらしい。

「あと、連絡先交換してください!」

「いいわよー」大体要望は通るらしい。弟の彼女?だからという訳ではなく、非常に人当たりがいいミランダ。その後全世界を席巻するオネエになろうとは。今はまだ誰も知らない。


 勲を襲った男をミランダさんに預け、三人会場に戻る。するとそこに黒雪達三人が駆け寄ってくる。

「ちょっと、何あったの? 会場内にいないしインカムもつながらないから心配したんだよ」

「ご、ごめんなさい」

「佑奈だって心配して、会場の外まで探しに行ってるんだから」

「さ、更にごめんなさい。実はですね…」事の経緯を話し始める勲。するとそこにインカムから声がする。

「町村さん? 真白? 無事なんですか?」佑奈だった。

「あ、ええ。ごめんなさい、心配させてしまって。ええと実は…」改めて話し始める勲。

「なんと。ユウナの名前知ってたのか。これは固いかな」

「かもしれません。なんか僕もあっという間のことだったので何もできていません。取り敢えず今頃兄がしょっ引いてると思いますので」

「ミランダさん、見たかったなー」インカム越しに佑奈が吼える。

「今度呼びますからご安心を…」

「しかし、町村君のお兄さんがそんな人だったとは。血は争えないね」知らなかった黒雪が変なところで感心している。

「争ってません」

「メグル、今度二丁目行くデス」何やら乗り気のリリィ。

「この後どうしようか?」

「一旦会場を出ましょう。兄からの連絡を待ちます。もし犯人で色々吐いたとすればそれでもう終わりです。僕らが苦労して探す必要はありません。佑奈さんや真白さんがいやがっていた警察に頼ることにはなってしまいますが、さすがに実害出ていれば動かざるを得ません」

「だね。よし一旦撤収しよう」メグルの一言で会場を後にすることにする。

「ユウナ、駅前で待ってて。すぐに行くから」

「じゃあ着替えるとするか」

「あ、また更衣室に…」勲が震える。

「仕方ない。町村君ちょっと待っておれ」と言って、真白が更衣室に消えそして戻ってくる。

「はい、荷物。そしてトイレへゴー」真白に手を引かれ女子トイレへと向かう。

「本当はダメだからね、今日だけ見逃してあげる」

 女子トイレに入り、コスプレ衣装から私服へと着替え始める。目の前にはなぜ真白がいるのだろうと不思議に思う勲。

「あの、着替えるなら隣でいいんじゃないですか?」

「手伝わないと無理でしょ?」と言いながら勲の来ている衣装のチャックを下ろし始める。

「なんか、エロいんですけど…」

「気にしなーい」喜々として衣装を脱がせていく真白。どちらにしても手伝ってもらわないと着替えることが出来ないので大人しくしている。

「これで、終わるかな?」後ろに回っている真白から質問なのか独り言なのか、勲に声が掛かる。

「終わってくれればいいんですけど」

「普通の生活に戻れるかな?」

「戻りますよ。もうすぐ」

「そうしたら」

「そうしたら?」

「今度は普通にどこかに遊びに行こう? 佑奈と三人で。秋葉原飽きちゃったからどこか別のところ。伊豆なんかいいな」

「それもう旅行でしょ」

「そうだね」やけにおとなしい。いつもの口調と少し違う真白。さすがに気付く。

「どうしました?」

「これが終わっちゃったら、もう会えない?」

「え?」

「私と佑奈のことが片付いたら、もう普通の大学生活に戻っちゃう?」

「もちろん、大学には戻りますけど。二人に会わないとかそう言うことは…、そっち次第ですけど」

「頭がいい子じゃないと付き合わない?」勲の言葉を聞いているのかいないのか、話がかみ合わない。

「さっきから何言ってるんですか?」上半身裸にされてキャラ用のウィッグを取ったところまで進んだ勲が振り返ると、そこには涙目の真白がいた。

「何で泣いてるんですか? そんなに面白いですか、僕といるの?」その質問もどうだろう。

「やだー、毎日会わないと死んじゃう!」

「死にやしませんて。それにもう友達だからいつでも遊ぼうと思えば遊べますよ」

 その言葉を聞いたと同時に真白が泣き止み、そしてこう返す。

「友達?」

「あ、いや…」しまったと思った。

「今朝言ったこと、覚えてる?」駅に向かう途中のあれのことだろう。すぐに察する。

「覚えてます」

「ウソじゃないよ、あれ」

「わかってます。ウソで言った感じじゃないのは聞いていて」

「それも心理学?」

「というわけじゃないですけど。僕だってそれくらいわかります」

「じゃあもう一度」今はインカムも外している。改めて真白が告げる。

「終わったら付き合わない? 二度も同じ女の子からこんなこと言われるなんて。罪作りだな君も」

「そうですね」とそれだけ言って、真白を抱きしめる。

「こんなところじゃなんです。ちゃんと解決して、そうしたら…。待ってもらえますか?」

「仕方ないなぁ。じゃあ少しだけ待とうかな」抱きしめ返す真白。二人ともまだ衣装のまま。勲に至っては変身途中。何とも締まらない格好と場所。

「後、ごめんね。勝手にダーリンなんて呼んじゃって」

「それは…。嬉しいのでいいです」まんざらではないようだ。

「で、やっぱりまだ解決していないの?」そのままの状態で真白が聞く。

「多分ですけど、まだ終わってない気がします」

 その嫌な予感は当たることになる。

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