そのカメラ、いくらするんですか?
「さー、はりきっていきましょー!!」
妙にテカテカした状態で更衣室から出てくる勲。完璧に佑奈のコスプレ衣装を着こなし、余計なことさえしなければ立派なめっさ可愛いレイヤー。
「一皮剥けたな」
「ええ」
「物理的に剥けばヨカッタデス」
「私以外の乳に目奪われやがって…」
「さて、犯人はどこか・し・ら?」確かに一皮どころか七年目のセミの如く脱皮したような印象を受ける勲。完全にユウナになりきっている。更衣室の中で何があったのか。
※女装していてばれなかろうが男性が女子更衣室に入るのは犯罪です。よい子の皆さんは真似しないでください
既にイベントは開始されており、コスプレスペースにも多数のレイヤーがいる。カメラマンに取り囲まれている者もいればレイヤー同士で写真を撮り合っている者もいる。そんな光景を見渡して立ち止まっている勲。
「これからどうすればいいんだろう? こっちからカメラマンに声掛けるのかな?」
「いや、そんなことはせんでいい。砂糖に群がるアリの如くあっという間に取り囲まれるぞ」
「え、そういうもんなんですか?」
「そういうもん。ほら、噂をすれば」感付いた黒雪が顎で勲に合図する。その先にはこっちの集団に向かってくる数名のカメラマンがいる。
「あいつら」つい身構えてしまう勲。
「待て、敵じゃない」構えを解かせるメグル。近付いてくるカメラマンはどうやらメグルの顔見知りらしい。
「こんにちはメグルさん。お久しぶりです。今日は『高○』ですか、いやお似合いで」
「お久しぶり。今日もよろしくね」慣れた感じでカメラマンと挨拶を交わす。
「リリィさんは『愛○』ですか。今まで見た姉妹で一番似てますね。早速いいですか」
「はい喜んで」そう言ってイベントスペースの隅、見晴らしのいいカメラ映りの良い場所へと移動する。
「にしても、相変わらずメグルさんのサークルのみなさん、寄せ方が異常なまでに高いですね。秋○洲とビス○クに大○ですよね。あ、すいません挨拶もまだでした○○といいます」ユウナに挨拶をするカメラマン(名前は付けるほどのキャラじゃないので割愛させていただきます)
「はい、初めまして。撮りますか?♪」もう完全に仕草は女性レイヤー。
「はい、是非!」こいつじゃないな、と悟る勲。取り敢えず本題は忘れていないらしい。順番に窓際に並び撮影が開始される。まずはメグルリリィペア。
こういったイベントは当然初めてで、彼女たちの本域のコスプレを見るのも初めて。始め見た時は何となくわざとらしいと思ったそのポーズもキャラになりきるための彼女たちの編み出した技。写り映えする表情もなにもかもわかってやっている。ちょっと教わっただけの勲からして見ると「プロやんけ」と思えてしまう。しかしそれを見ている勲もそこから吸収しようと必死。
「すいません、ちょっと目線頂けますか?」
「はーい」カメラマンの希望に即座に答える二人。その様子を見ている三人。すると黒雪が別のカメラマンから声を掛けられている。
「ごめん、ちょっと撮られてくるね」そう言って少し離れたところでこちらも撮影が始まる。そして二人になった勲と真白。そこにも獲物を求めたカメラマンが来る。しかもかなりワンサカ。
「すいません、1枚いいでしょうか!?」×十人。
「は、はーい」
結果早速メンバーバラバラ、カメラマンを後ろに従え歩く勲を真白。第三者から見ると「外科部長の総回診」みたいになっている。こちらも日当りのいい窓際に陣取り撮影に入る。
「すいません、手つないでもらえますか」
「目線お願いします。ありがとうございます!」
「くっついてもらうことってできますか?」
などなど、まぁ四方八方から要望が二人に飛ぶ。それに対し全て受け答えをしその希望を伝えたカメラへ目線を忙しく向ける。今は完全に身動きが取れない、しかしそんな中でも勲の目は光っている。前にしている十人前後のカメラマンを上から下まで観察して、怪しい挙動が無いか逐一チェックしている。
(この中にはいないか、さすがに行動が浅すぎる)
「ねぇ、どう?」顔を寄せ合っている真白から小声で聞かれる。
「いえ、この中には」
「ならこのままで」一瞬のやり取りで終わる。
五分ほどの囲み撮影の後一旦シャッター音が途切れる。
「ちょっと止めますね。衣装直しまーす」真白が一声。それと同時にカメラマンたちも撮影した写真のチェックにかかる。それが気になるのか勲が一人のカメラマンの元へ向かう。
「ふーん」デジ一の画面を覗き込む勲。
「な、なんでしょう?」狙っていたレイヤーが近くに寄ってきたため、ありえないほど動揺して照れているカメラマンD。
「綺麗に撮れてますねー」
「あ、ありがとうございます!」
「ちなみに」
「ちなみに?」
「盗撮とかします?」ニッコリサラッと聞いてみる。
「そ、そんなことしません。コスプレイヤーの人に迷惑かけるようなことだけはしたくありませんから」こいつは白、表情は声色から判断する。そして次から次へと囲んでいたカメラマンに話しかける。そして白と断定していく。そして最後の一人の時、もう一つの質問。
「このカメラいくらくらいするんですか?」関係ない気もするが。
「こ、これですか。そうですね、本体とレンズ合わせると、30万くらいですか」
「さんじゅう!?」素が出てますよ。
イベントが始まって既に撮影も開始されている一方、佑奈はと言うと。
「ちょっと小腹減っちゃった」と言うことで、ファミレスを出て皆と別れた後、すぐそばにあるマクダーナルに入りハンバーガーを食べていた。
「あ、今回のハッピーセットの景品『世界の珍獣』だ。全部欲しい!」
パンダ、コアラ、バク、鵺、チュパカブラの5種全部集めたかったらしく「ハッピーセット5セット」と元気よく注文。店員に二度聞きされたが構わず注文。一人窓際の席で一心不乱にハンバーガーを食べている。もうほとんど跡形もないが。
「ふう、食べた食べた。あ、もうイベント始まってる、行かなきゃ。あ、でもまだジュース二本残ってる。飲んでから行こう」
出されたものは食べ尽す。イナゴみたいな佑奈。窓の外人の流れを観察しながら残りのドリンクを飲んでいると、後ろの席から会話が聞こえてくる。
「じゃあ、ちょっとトイレ行ってくるからこれ見てて」
「うん」
別になんてことはない会話。ただこれと言うのが気になったので一瞬だけ後ろを振り返る佑奈。するとそこにあったのは立派なカメラ。トイレに立った人物の所有物だろうか、もう一人残った人物がそれを見ながらドリンクを飲んでいる。
「うわ凄くいいヤツだ。まだ出たばっかりの、高いだろうなぁ」
先日盗撮された時もはるか先のカメラを特定した佑奈。趣味が高じてカメラも好きになってしまった。多分利き酒ならぬ利きカメラが可能なレベル。そんな高級品をじーっと見ていると、その待っている人物がカメラに手を伸ばし、おもむろに操作しだす。そしてメモリーカードのふたを開ける。するとポケットから一枚のこれまたメモリーカードを取り出し、あろうことか本来刺さっていたカードと入れ替えをしている。
「あれ?」少し不振に感じた佑奈は視線を窓の外へ戻す。幸いあちらも後向きのためこちらの姿は捉えていない。ちょっと気になるのでスマートフォンを取り出しインカメラを起動。ごく自然にふるまい、レンズを少しずらしてその人物を画面に捉える。
「やっぱり、入れ替えてるよね」その行動は確かにそうだった。人の所有物と思われる物の一部をすり替えるのは明らかにおかしい。もう少し見ていようとするが、連れがトイレから帰ってくる気配がしてスマホを収める。
「お待たせ、じゃあ行こうか」
結果、もう一人の顔を捉えることは出来ず、その不審な行動をした人物の後姿のみ脳裏に焼き付く結果になった。
「これ、町村さんに伝えておいた方がいいよね」
後ろの二人組がいなくなったことを見計らい、最後残っていた一本のドリンクを飲み干す。そして席を立ちイベント会場へと向かう。きな臭い、そんな感じしかしない。佑奈の感は当たっているか否か。
「お、やってるねぇ。ゆきちとその彼はいるかな」
会場にその人が入るなり若干ざわつく。イイチコ御大がはせ参じたからである。恐らく現コスプレ界隈では五本の指に入る有名人。気付くやいなや人だかりができる。
「おっと、ごめんね皆さま。まだ着替えていないので、着替え終わったらお願いしまーす」
群がってきたカメラマンを丁重に退け、周りを見渡しながら更衣室へと向かう。すると撮影スペースの端で撮影をしている勲と真白を発見する。
「お、いるいる。今のところ何も起こってなさそうだね。ね、あそこにいる二人組。大○と秋○洲の格好してる二人。あれが私の同僚で話してた人」連れ立ってきた専属のカメラマンに二人のことを伝える。そして足早に更衣室の中に消え、数分の後着替え終わったいいちこが会場に姿を現す。
「おぉ、イイチコさん来たぞ」新しい花を見つけたミツバチの如く、その会場に割く大輪の花に群がりだすカメラマン。今の会場にはコスプレイヤーよりカメラマンの方が多い。人の欲求と言うのは無制限。正直、こんな生き方羨ましい。
「はい、ちゃんと並んでくださいね。変なところから取らないでくださいよ」まだ統制が取れる人数のためそこまで混乱していないが、一応釘を刺すイイチコ。もっと混乱して身動きも撮れないイベントだと隠れてよろしくない写真を撮る輩も非常に多い。そう言った奴が佑奈、真白を苦しめている。
「あ、イイチコ姉さんだ」
遠くの人だかりに気付く真白。そしてその中心がいいちこであることに気付く。
「ごめん、ちょっと挨拶してくるわ。すいませーん、一旦止めますね」真白の掛け声で勲と真白の撮影が止まる。
「あ、あれ。ちょっと待って」勲を置き去りに真白はトコトコいいちこのもとに走っていてしまう。
「あのー…」風が吹き抜ける。そして勲の前に残ったのは、撮影していたカメラマン数名。
「すいません、一人のもいただきたいんですけど、いいですか?」
「は、はい。喜んで!」飲み屋の返事。
一人になってからと言うもの、断り方もわからず次から次へとカメラマンが勲の元へと押し寄せてくる。既にかなりの人気レイヤーになってしまったようである。
「これ、どうすればいいんだろう。今のところ怪しい動きする人いないけどこれじゃあ何もできないよ」心で叫ぶ勲。
「すいません、ちょっとスカート持ち上げるポーズって、できますか?」
「あ”? いえ、はーい♪」一瞬地が出かけるが抑える。
「ありがとうございまーす」満面の笑みで答え撮影を続けるカメラマン。
「すいません、これ持ってもらいたいんですけど。いいでしょうか?」
「はい、これって…。なんです?」銃のような形をしたなにかを渡される。
「あれ、そのキャラの持ってる銃なんですけど」
「あ、ハイ。アレね、アレ。こうかな、えーい♪」自キャラのアイテムだったらしく、慌てて話を合わせる。
「ありがとうございます!」
「もう、真白さん。早く戻ってきて助けてー!」心の叫び。そんなこんなでカメラマンに蹂躙され続ける勲。そんな時インカムから声が聞こえる。
「もしもし、町村さんですか。佑奈です」佑奈からの連絡だった。
「あ、ちょっとすいません。電話来ちゃったので止めますねー。すぐ戻りますのでまたお願いしますね♪」渡りに船とはこのこと。預かっていた小物を一旦カメラマンに返し、撮影の輪から抜け出す。ちょっとだけ早歩きで声を掛けられないように。
「もしもし、僕です。どうしました?」
「ああよかった、ちょっと合流できますか。なるべく人目の少ないところで」
「何かあったのユウナ?」
「はい、ちょっと気になることがありました」
「わかりました。合流か、どうしよう…」
「町村君、ならいい場所がある。ちょっとおいで」話を聞いていた黒雪に促される。
「他の人も聞くだけ聞いておいて。身動き取れないのわかってるから平気」黒雪は大体の全員の状況がわかっているらしい。声のない他三名に伝える。
「うん」
「ハイ」
「りょ」
三人から返事が返ってくる。
黒雪と合流し、会場の中でも人の少ないエリアへ向かう。二人が待っているとそこに佑奈が駆け寄ってくる。
「やっぱりここでしたか」小走りで到着する男の子佑奈。
「うん、わかってたみたいだね」
「急に静かになりましたね、ここならバレないや」イベント会場のエアポケットのような場所。スタッフもいなければカメラマンもいない。今ここには身内三人のみ。少しくらいなら勲に戻っても問題ないだろう。
「で、なにかありましたか? もしかして」
「いえ、そう言う訳ではないですけど、ちょっと不審なものを見かけまして」
「不審?」
「はい、実は…」先ほど佑奈が見たことの説明が始まる。
「ふーん、なるほど」
「何か参考になります?」
「わからないけど、普通に考えれば普通の行動じゃないよね。人のデジカメのメモリーカード入れ替えるなんて」
佑奈から先ほどの異様な行動の説明を受ける勲。今この場にいる以上はどんな些細な行動も見逃せない。ただの取り越し苦労ならいいのだが、全ての事象に可能性があることを考える。
「一応覚えておくね。因みに顔はわからなかったってことだけど、カメラが何かはわかった?」黒雪から質問が飛ぶ。
「はい、それはバッチリ」佑奈から該当のカメラ機種を聞いて記憶する。
「皆さんも聞いていたら取り敢えず気にしてください。実害がなければ何する必要もありませんが念のためです」
「うん」や「りょ」など、撮影中なのだろう。短く不自然にならないようにほかのメンバーからインカム越しに返事が飛んでくる。
「長居は無用。さて会場に戻ろうか。って、ユウナはどうする?」
「あ、ぼくですか?」
「わたしですか?」ややこしい。
「ごめん、私が悪かった。本物のほうね」
「えっと、そうですね。あまり撮るのは慣れていないので、本を売っているブースの方うろちょろしてます。それと休憩スペースの方に行って怪しい人がいないかも見ておきます」
「わかった。ばれることは無いだろうけど気を付けなよ」
「はい」そう言い残し、佑奈が先にその場を離れる。残ったのは勲と黒雪。
「我々も気を付けないとね。本来の目的、ソレなんだし」
「なんか、ここに居ると全部そう言う人に見えちゃいますね。視線が恐ろしく感じますよ…」
「まち、ユウナもそう感じたか。間違った感情ではないと思うよ。実際そう言う人いっぱいいるし。我々のきわどい写真をオカズにする人なんてごまんといるだろうよ」
「オカズ…」ここ最近その『オカズ』には困っていない勲、ヨロシクない想像が頭を駆け巡る。しかし、今の君はそのオカズ側になっているんだよ、わかってる?
「我々も戻ろう、一人で大丈夫?」
「はい、何とか慣れてきました」
「ならよし。頑張りなよ。くれぐれも男を出さないように」釘を刺され黒雪が一足先にその場を後にする。
「さて、僕も戻ろう。真白さーん、今戻りますから合流しましょう」インカムに向かって呼びかける。しかし返事は無い。
「忙しいのかな」
「そういえば、ゆきち会場内で見ないな」メグルから返事が戻ってくる。
「え、いつごろからですか?」
「いや、気付いたら。ちょっと探してもらえるかな?」
「はい、わかりました」これだけ人目のある会場で連れ去りはさすがに無いだろうと考えているが、万が一と言うこともある。勲は会場に戻り真白を探す。撮影フロアに目を向けるが、メグルやリリィは見つけられるものの真白の姿は捉えられない。
「どこ行っちゃったんだろう。真白さん、聞こえてたら返事してください」不安の色が声に現れる。
「あのー…」真白だ。
「もしもし、今どこですか?」すぐさま返す勲。
「トイレくらい行かせてくれよ」
「す、すいません…」慌てた自分が恥ずかしい。
真白との合流を取り付け会場の中をうろちょろする勲。だが、間もなくカメラマンから声を掛けられ拉致される。こんだけの上玉を世間が放っておくわけがない。と言うよりはこの閉ざされた会場内ではそんなのを狙っている奴らばかり、捕食者と獲物。
「すいません、写真いいですか?」
「え、ああ。はい…」合流するまで待ってと断り切れない勲。まだまだよのう。後ろにコバンザメのようにくっついてくるカメラマンを従え撮影スペースへと向かう。
「以前お会いしてませんか? ほら三ヶ月くらい前のイベントで」
「え、いや。ごめんなさい、人の顔を覚えるのが苦手で」
「ああ、そうでしたか。名刺お渡ししてなかったですね。はいこれどうぞ」要求もしていないのに名刺を渡してくるカメラマン。
「あ、どうも…」渋々受け取る。どこで作ったんだろう、キャラクターのイラストが入っていてその人の名前が明らかに読み取りずらい。名刺の意味あんのかよと、ツッコみたくなるレベルの代物。
「読めねぇ…、び、はならん?」つい口に出てしまう。『美華乱』本名ではないだろうが、気になって仕方がない。
「え、何か言いました?」
「あ、いえ! 珍しい名前ですね」
「もちろん本名じゃありませんよ? イベントで使う名前です。『ミケラン』ってよんでください」まず無理。
「あ、左様で…」本名じゃなくてよかったねと言いかける。
「じゃあここでいいでしょうか」撮影場所へと到着する。そして立ち位置に誘導される。
「は、はい」言われるがまま立ち位置に移動する勲。そして撮影が開始される。と思いきや、その芸術家とは思えない名前のカメラマンの友人知人だろうか、数名のカメラマンがさらに集まってくる。
「ああ、ユウナさんじゃないですか。お久しぶりです。僕らもいいでしょうか?」結果八名程度に取り囲まれて撮影が開始される。
「もう好きにして…」諦めが付いた勲。
「何か言ったユウナ?」インカムに入った声に反応するメグル。
「いえ、特に…」満面の笑みで沈鬱な声を出すのは非常に難しいが、それをサラッとやってのける勲。役者向きのタイプじゃろうか?
「じゃあすいません。こっちからお願いしまーす」
「ハーイ」ヤマトナデシコ二変化。接待モードに切り替える。頬元でダブルピース、できる子になってきている。
「すいません、こっちに目線もらえますか?」
「すいませんこっちもお願いします!」
「腰に手当ててもらっていいですか? 凄くいいです、ありがとうございます!」
「目の横でピースしてもらっていいですか? ありがとう、最高です!」
「ユウナさん、こっちもお願いします!」
囲まれてもう十分くらい経つだろうか。止め時がわからない勲は言われるがままカメラマンの要求にこたえ撮影され続けている。それもこれももし怪しい撮影をするならばある程度動きが無い方がいいだろうと。前のカメラマンに気を取られた振りをしていれば後ろからも狙いやすいだろうと考えた結果である。
「もう、来るなら来いっての!」インカムにも入らないくらいの小声で呟く。
「ごめんよ町村君、耐えてくれ」真白からねぎらいが入る。聞こえちゃってたみたいで。わかってますと返したいが聞くだけで精一杯、向こうもこちらが見えているからわかってくれているだろう。
そして顔も姿勢も崩さずただただ撮影されていると、勲の後ろに不審な動きをする人物がいることに気付く。既に前に限らず前後左右全て囲まれているが、その中で普通の撮影とは異なる動きをする者がいることを察する。その人物に限らず後ろに回っている者は、前で構えている者に比べ若干腰を落とし気味でカメラを構えている。多分そう言う写真あわよくば撮りたいのだろうなーと、偶然に賭けている。しかしその人物に限ってはさらに姿勢を低く、周りとは明らかに異質な動き。
「コイツ、動きがぬるい」後ろに目は付いていないが、気配でわかる勲。たしなんでいる武芸がこんなところで役に立つ。気配、音の位置など全てを理解し相手の位置を特定する。そして次の瞬間「カシャ」と言うシャッター音が鳴ると同時に勲は振り向き、見えていたのかと思うほど正確に、低く構えてスカートの中を撮影していた人物のカメラを蹴上げる。
「なっ!?」と言う声と同時にカメラは天高く舞い上がる。と同時に勲はそのカメラの所有者を一瞬の元に組み伏せる。
「いてぇ、何すんだ!?」
「はい、いまなにやってたかなー? カメラの画像、見せてもらっていい?」
と同時に頭上から降ってきて床に叩きつけられるカメラ。粉々とはいかないが確実に壊れたであろう音がする。画像は見れるのだろうか。
「ぐっ」
「なに、見せられない理由でもある?」
「いや、その…」
「なに? 見せてくれないの?」悪魔にも見えるが天使にも見えるその微笑みで、そのカメラマンに詰め寄る。
「ご、ごめんなさい…」あっさり折れてしまう。
「やっぱりねぇ。あのさ」耳元で囁く。
「お前さ、男の下着とって嬉しいか?」
「え????」血の気が引いたような顔で勲の顔を見る。そこにいるのはカメラマンから見れば間違いなく女性。するとそこにスタッフとビルの警備が駆け寄ってくる。
「何かありましたか?」
「あ、ええ。この人盗撮してたんです、キャハ♪」立ち上がらせ掴んでいた腕を放しスタッフに突き出す勲。
「そうでしたか。ご迷惑をおかけしました。後はこちらで対処します、ありがとうございました」そう言ってそのカメラマンはスタッフと警備にドナられていった。市場じゃないどこかへ。
「はぁ、ばっかじゃねぇの。まったくこんなことで人生棒に振るなんてさ」男性口調が出てしまう。恰好も腰に手を当て仁王立ち。周りのカメラマンが「あれ?」と言う顔で勲を見ている。
(はっ! しまった)
「みなさん、あんなことしちゃダメですよ。折角買ったカメラがこんなふうになっちゃいますよ」くるりと振り向き満面の笑みとポーズでカメラマンたちを諭す勲。あぶねーあぶねーと心の中で焦りまくる。
周りにもこの光景は当然見えており、一瞬にして注目の的になる。カッコイイと拍手する者もいれば、素敵と女性にもかかわらずうっとりしている者もいる。
「まずいな、目立ち過ぎた。これじゃ犯人いても近寄ってこないじゃん」また呟く。それと同時に「ちょっとおトイレへ」とその場を離れる。
「ユウナ、今の犯人?」インカムに声が入る。
「いえ、残念ながら違うと思います。99%」
「そっか。まだ気が抜けないか」
「すいません、悪目立ちしちゃったみたいで」
「いいこと半分悪いこと半分か。本当の犯人が来ていたらちょっと探しづらくはなるかもね」
「すいません…」
「いや、君は悪くない。引き続きよろしく」
「町村君、一回合流しよう」真白から声がかかる。
「はい、今ちょっとトイレへと言って抜けてきましたので」
「じゃあトイレ行く」
「はい。って、え?」それは女子トイレと言うことだろう。下手してたら今の勲は堂々と男子トイレに入っていっただろう。
「あ、真白さん」トイレの前で合流する。挨拶を交わしてくるかと思ったが真白はそのままの状態で勲の腕をつかみトイレの中へ引きずり込む。
「そのまま、振り返らないで」一目散に女子トイレの中へ。
「え、はい」心の準備をするまでもなく初の女子トイレ。
個室に引きずり込まれ鍵をかける。また前部屋で襲われた時のように抱き着かれるのかと考えている勲だったが、次に真白から出てきた言葉は違った。
「いた」
「いたって、何が?」
「佑奈の言ってたカメラ持ってる人。それに動きもなんかきょどってる。普通にレイヤー撮ろうとしてないし、明らかにおかしい」
「どの人ですか?」
「トイレ出たらすぐ教える。トイレに行くとことまでつけられてた」
「どんな格好?」ちょっと雑音が入るが黒雪から声がかかる。
「黒いスタジャンみたいの着てて、下は多分Gパンだったと思う」
「んなのばっかじゃん、この会場」
「まぁね。でも特徴はあるから見ればわかると思う。みんなにも後で直接教えに行く」
「よくわかりましたね、真白さん」
「うん。明らかに他のカメラマンと比べて挙動がおかしかった。なんかその、見ていて怖い」正直な感想。その直感に間違いはないだろう。
「どうでしょうかね、そうであれば話は早いんですけど」真白の腕をつかんでいる手に力が入る。
「ちょっと痛い」
「あ、すいません」気付いて手を離す。それと同時に真白がアイコンタクトとジェスチャーで「インカム外して」と勲に伝えてくる。
「す、すいません。ちょっとトイレするのでインカム外します。すぐ戻します」インカムを外しトイレの棚に置く。それと同時に真白もインカムを外す。
「な、なにしてるんですか?」身構える勲。
「怖い」と同時に勲に抱き着いてくる真白。結果抱き着かれている。真白の後ろに回している手が引きつったみたいになっている。
「怖いって。そっか、そりゃそうですよね」その言葉を聞いて勲も抱き返す。
「もしだよ。アイツが犯人だったら捕まえて終わりかもしれないけど。なんか近くにいるって考えると、すっごく怖い」小刻みに震えている。その言葉に嘘はない。いつも軽口叩いて勲をからかっている真白も、普通の女の子と言うことだ。
「大丈夫です。もう離れませんから、大丈夫です」
「うん」と言って顔をぐりぐり勲の胸に押し付けてくる。
「衣装しわになっちゃいますよ」
「キニスンナ。あいつら結局見てるところはそこじゃないから」
「そんなもんなんですね…」
「乳とか尻とかアソコとか」
「あ、そこですか…」言葉に詰まる勲。
「何なら今見るかい?」こんなにズルい上目遣いは初めて見た。
「いえ…、お気持ちはありがたいんですけど。遠慮しておきます」背徳感ハンパないこの状況で手を出したらノンストップになることをわかっている。スゲー自重する勲。
「終わったら、ね」と、もう何度目だろう。真白からキスされる。もう抵抗と言う言葉は勲の中にない、すんなり受け入れる。
「はたから見ると百合ップルだな。なんなら撮影の時にして見ようか」
「色々マズい!!」ここに居ても何かしそうだし、外に出ても何か余計なことが起こりそう。真白に言い聞かせる。
一通りの会話が終わりトイレを後にする勲と真白。外に出ると同時に周りをうかがう真白。そして例の人物を発見する。
「いた、あそこ」アイコンタクトで例の人物を勲に指し示す。トイレと真反対、会場の反対側数十メートル先にその人物はいた。そこそこ広い会場のため外見だけは捉えられたが顔まではわからない。
「あの、柱に寄りかかっている人、ですよね」直接は話さずインカム越し。他のメンバーにもわかるようにその人物の特徴と居場所を伝える。
「うん、あれ」真白が勲の隣で小さく頷く。
「帽子とマスクしてますね。素顔全部はわからないか」
「こっちも確認できた。注視しておくね」メグルから返事が来る。
「誰か知り合いいないかな。それだと素性わかり易いんだけどな」
「そうだ、そんな時は!!」名案か迷案かはわからないが、真白が何か思いついたようである。
「まち、ユウナ。こっちこっち」真白に手を引かれある人物の元へ。
「ちわっす、姉さん」イイチコ御大、その人だった。
一方そのころ佑奈本人は。
「そのカメラ凄いですね、ちょっといいですか?」
誰かわまず例のカメラを探そうとカメラマンに話しかけている。男に話しかけられているにもかかわらず、なぜか声を掛けられたカメラマンは少し赤くなってなんか嬉しそう。バレてんじゃないでしょうか。
「おや、ゆきちじゃないか」カメラマンに囲まれたイイチコの元に勲と真白が到着する。カメラマンはおいそれと近付くことが出来ない人物に、同じコスプレイヤーと言うことであっさり隣まで。それを羨ましそうに2メートルくらい離れて見ているカメラマンズ。
「んー、ゆきち似合ってるねぇ。ユ・ウ・ナちゃんも、ね」わかっているだけにいやらしい。「ど、どうも」としか返せない勲。
「皆さん。なんなら三人合わせ、撮ります?」そうカメラマンたちに声を掛けるイイチコ。「是非!!!」の声が一斉に飛んでくる。しばらくの間イイチコ、真白、そして巻き込まれた感のある勲の三人揃い踏みでの撮影が始まる。会場はコスプレイヤー1に対してカメラマン10の割合。どこもかしこも取り囲まれたレイヤーだらけ。その中でも一際人だかりが出来ている。
三人は抱き着いたり背中合わせになったり、時にキス仕掛けそうなほど顔を近づけてみたりと、カメラマンの要望にこれでもかと答えている。勲がイイチコと顔を突き合わせた際、あまりの美しさに顔を真っ赤にしてしまう。カメラマンから「照れてるんですか?」などと茶々を入れられた際全力で「ちげーし!」と言ってしまう。これでバレないのだからこの会場にかかっている魔力は何か凄いものなのだろう。
10分ほどの後一旦「はいちょっと休憩します、ごめんなさい」とイイチコの一言で撮影の輪が解かれる。モーゼでもここまでサクッと海割れないだろうに、彼女の一言でそこにレッドカーペットがあるかの如く通り道が出来る。三人並んで腰掛けられる場所まで移動する。そこには立て看板で「ここに座っているコスプレイヤーの方への撮影の依頼はご遠慮ください」とある。何とも気の利いたイベント。
「ふう、疲れた」ソファーに腰掛け足を放り出す真白。
「足痛い…」ふくらはぎの辺りを自分の手で揉む勲。
「慣れてないとそんなもんだよね。お疲れさん彼氏クン」疲れたそぶりを一切見せないイイチコから勲にねぎらいが入る。
「彼氏では…」
「もう、そんなにお似合いですかー?」勲の発言を遮りデレデレし出す真白。
「さて、何か用だったかな?」話を切り替えるイイチコ。
「ああ、そうそう。あのさ姉さん」耳元で囁きながら例の件をイイチコに伝える真白。
「なるほど。さて、どいつだ?」スクっと立ち上がり会場内をきょろきょろ見回す。そして目的の人物を発見する。
「いたね、あいつか」
「わかる?」
「いや、さすがにここからじゃ。ちょっと聞いてみるよ」と言って、不二子ちゃんじゃあるまいし胸元からスマホを取り出すイイチコ。「は??」と言う顔でそれを見ている勲。
「カメラマンサービス用、割とここはいい収納だよ」と、照れながらも見ている勲に電話を掛けながら答える。
「あ、もしもし私。ねえちょっと見てもらいたいものあるんだけどいい? えっとね…」と、恐らく連れ立ってきたカメラマンだろう、例の件を伝えている。
「ふむ、OK。何かわかったら教えて」と、用件のみでさっさと電話を切る。
「彼氏さん、ですか?」
「いや、ビジネスパートナーってとこ。彼氏はいないよ。なに、立候補する?」
「いや、そんな」返事に困る勲。
「獲ったらあきまへん!」真白が抱き付いて抵抗する。
「東大生でしょ? 将来有望だよね。お姉さんから立候補しちゃおうかな?」そんなことを年上のクッソ美人から言われまんざらでもない様子の勲。そんな勲に対して隣では本気で真白がぶーくれている。
「冗談だよゆきち。本気で好きなんでしょ、見てればわかるよ」
「うん」マジ返事を返す真白。
「あ、いや…」答えに困る勲。
「そうなるためにも、色々片づけないとねぇ」真白の頭をポンポンと叩きながら励ますイイチコ。
そんな感じで休憩がてら情報収集中の三人。暫くしてイイチコの連れが三人の元へとやってくる。
「どう? なにかわかった?」
「多少」言葉少なにイイチコに伝える。こちらも小声で会話する。
「ほう、そりゃまた。ありがとう、参考になった」そうイイチコが告げるとその連れのカメラマンはそそくさとその場を離れていく。隠密のようである。
「何かわかった、姉さん?」
「うん。彼自身は見たこと無いらしいけど、別のカメラマンに聞いたら、どうやら別のイベントで問題起こしている人みたい」
「なんと」
「本当ですか」勲も食い付いてくる。
「うん。どのイベントかまではわからない。そこにゆきちやその佑奈ちゃんか、君らのサークルがいたどうかってのは、そっちの記憶次第だけど」
「うーん、今までイベントでそう言うのに遭遇したこと無いなぁ」腕組みしながら真白が答える。
「僕は当然ですけど、無いです」言わんでもわかる。
「で、その問題って?」
「レイヤーにしつこく迫ったらしい。まぁよくある話だけどね」
「ふむ。となると私じゃないな、佑奈でもない。佑奈コスプレするようになってから私絶対一緒だし、そんなこと今までなかった」
「そうなると、真白さんや佑奈さん狙っている犯人とは違う可能性が高そうですね」
「なのかなぁ、やっぱり」
「取り越し苦労?」
「かもしれません。けど何も起こらないと決まった訳じゃないですし、そういう人ならまた何かやりかねません」
「そりゃそうだ。だからこそあんな隅っこでコソコソしてるんだろうよ。堂々とできない理由がそれなりにあるわけだ」ちらっと例の人物を遠目に捉えイイチコが言い放つ。
「さて、この後どうする?」
「取り敢えず戻りましょう。仮にこの会場にいなければいないで別の手段を講じるだけです」有事の際、とは逆。何もなかったその時のことは既に考えているらしい。
「ありがと、姉さん」そう言って立ち上がり「じゃ、また後で」とイイチコと別れる勲真白ペア。
「かっこいい人ですね。あれはファンも出来ますよ」率直な感想を述べる勲。
「惚れちゃだめだよ」釘を刺す真白。
「大丈夫ですって」
「それは、告白と受け取っていいのかな?」良いとばかり赤面して勲に聞き返す。
「あ」確かにそう聞こえなくもない返事。勲もちいとばかし照れる。
「ま、いいや。いこ」と、笑顔で勲の手を引きまた会場の中へと戻っていく二人。このまま何事もなく二人がイベントを楽しみ終わるのがいいことなのか悪いことなのか。しかし、そうは問屋が卸さない。




