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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
12/24

さあ、戦場に赴こうか

 日曜日の朝、いつもと同じように早朝に目を覚ます勲。上半身を起こし周りを見るが誰もいない。それもそうだろう、一人物置部屋に寝かされているのだから。なんだかんだで一人暮らしとしてはクソ広い沖波邸。2LDK、今まで三人の時に寝ていた部屋は衣裳部屋。そして人数が増え「女だらけの部屋に寝かせる訳にはいかない」とのことで、もう一部屋、ほぼ開かずの部屋と化していた物置部屋に押し込められていた。そこで昨晩とその前日、布団を敷くことになった。「まぁいいけどさ…」何とも言えない疎外感が身を包む。一昨日の晩はそんな気分のまま、そして真白とのあんなことやこんなことを思い出しながら眠りについた。

 土曜日は下準備と称して、衣装の手直しや合わせ、勲への女装指南など日曜日のイベントに備えて色々やっていたらあっという間に日が暮れた。黒雪が忘れ物をしたということで一度部屋を出た以外はずっと六人揃って部屋に籠っていた。不健康。しかしこれだけ女性がいて、無防備になる時間帯もある。そんな中この男は男としてよく理性を保っているものだと感心する。実際「町村君、キツくね?」と黒雪から問われる。それに対して勲は「相当」とだけ答えたらしい。自分でも記憶があまりないらしい。佑奈と真白三人だけだったら確実にどちらかを押し倒していただろう。そんな自信だけはあったようだ。

 部屋を出てリビングに向かう。扉を開けると誰もいない。全員まだ隣の部屋で修学旅行の如く枕を並べて寝ているのだろう。

「みんなまだ寝てるのか。イベントって何時からだっけ?」時計を見やる勲。隣の部屋には「Isao KeepOut!!」の張り紙がしてあるため入ることが叶わない。仕方がないのでまだカーテンのしまった薄暗い部屋の中でテレビを付ける。すると兄が出ていたので即座にチャンネルを変える。

「兄貴、こんなとこにまで進出してるし…」日曜の割とまともな対談番組。さすが高学歴オネエ、引く手数多。仕方がなく一旦テレビから目を離し、勝手に使っていいと言われた台所でコーヒーを入れる。砂糖が見つからないので仕方がなく牛乳だけ入れる(トレハロースに気付かないのは田舎者の証)ソファーに腰を下ろし改めてテレビを見る。

 チャンネルを回すがロクなものがやっていないため、不本意ではあるが兄の出ている対談番組にチャンネルを戻す。経済学者とオネエ、訳のわからない対談にも見えるが、こんななりでも勲の兄も東大で経済学を収めている。オネエになった経緯はよくわからないが、若手の論客としては相当重宝されており、別にこういった番組に出ているのも不思議ではない。話を聞いているとどうもオタク文化に関する対談のようだ。別にそっちの方面に詳しかったとは聞いていない。弟として持っている情報とは少し異なる。

「でもね、もうこの業界はサブカルチャーじゃないわよ。もう『サブ』は取れちゃってるんだから。十分日本の文化として世界に通用する、むしろこれが日本よ。どれだけ海外で経済効果挙げてるか知ってる? すごいわよ。私も専門じゃないからわからないけど、もう隅っこに追いやられるような業界じゃない。自信をもって表に出て自分の趣味はこれです、って言っていいもの。メディアが叩いたりしてるのは妬んでいるだけ、自分たちがもう一番になれないってわかってて悔しがってるだけよ。近いうちに必ず日本を背負う文化になる、間違いないわ。それでも私たちは日陰者だけどね、ハッハー」相変わらずの高笑い。口に含んだコーヒーが口からダバダバ漏れている。世間の皆様朝から兄が申し訳ない。

「ガチャ」と扉の開く音がする、どうやら誰かが起きてきたらしい。

「あ、おはようございます。先にコーヒー頂いて…」挨拶をして振り返る勲。するとそこにいたのは…。

「お、はよーzzz」寝ぼけて突っ立っている佑奈。しかも上半身のパジャマははだけて胸は露わに、下は下着一枚。

「なんて格好してるんですかーーーーーーーー!!!!!」声にならない叫び。


「もうお嫁にいけません。責任とってくださいね」両手で顔を覆っている佑奈。と言っても本気で泣いているわけではなさそうだ。

「…」俯いてダンマリを決め込む勲。

「まぁ、これは不可抗力だし。佑奈も反省しなきゃダメだし町村君の非はあんまないかな」トーストをかじりながら勲を擁護するメグル。

「取り敢えず事が解決したらご両親のところに行っておこうか」

「指輪用意しておくとイイデス」

「オレオレ」と、声には出さないが佑奈の横で自分に指さしアピールする真白。

「んで、どのくらいだったかな?」

「79のB、っすかね」真白の誘導尋問にサラッと口をついて出てしまう。

「当ってます…」

「お、さすが僕。ぼく?」周りの四人が遠ざかっていく。「それはマズい」と首を振っている。

「小さくて…」

「くて?」

「悪かったですねー!!」逆鱗に触れる。勲の顔にめがけてジャイアンパンチが唸りを上げる。

「いや、僕小さいの好きだから!!」そんなのもう遅い。ピクッと勢いが若干緩んだように見えたが、100%の内の0.1%程度のこと。そのまま拳は顔面にめり込む。その横では「ホレホレ」自分の乳を持ち上げアピールしている真白がいるけど当然見えてない。

「すいません」

「いえ、へいきへふ」佑奈に顔にありとあらゆる薬を塗られ治療を受けている勲。傷薬、かゆみ止め、メイク落とし。オロナイン塗っとけば治る。

「今日の変装に支障はない程度だから大丈夫大丈夫」

「っと、普通に着替えたらだめだよ。もうここからユウナになっていくんだから」

「あ、そっか。じゃあ佑奈さんここで留守番ですか?」

「ええ、それも考えたんですけど。私でも役に立てることあると思うので、私が町村さんになります」と言った切り隣の部屋に行きゴソゴソ。15分程度で戻ってきたら何と言うことでしょう。

「じゃーん」男装女子の出来上がり。以前二人で真白のメイドカフェに行った時よりもさらに完璧と言える出来。

「おー、すごい」たまらず感嘆の声を上げてしまう勲。

「ま、ユウナならこれくらい朝飯前か」

「かっこいいでスネ。付いていないのが不思議なくらいデス」

 これなら、と言う完成度。第三者としてなら紛れ込める。外野からそれっぽいのを見張る役としては十分役立てるだろう。

「さて、次は君の番だ。着替えてらっしゃい。その後が我々の出番だ」

「服はもう用意してあります。それに着替えてください。ウィッグはいいですから、私たちがメイクする時一緒に付けます」

「さ、時間は無いよ。はよはよ」

「じゃ、じゃあ行ってきます」皆に促され、隣の部屋に向かう。

「じゃあ私もー」と、勲に付いていこうとする真白だったが。

「お前はこっちで着替え」黒雪に首根っこを掴まれ制される。

「えー、筋肉見たいー」シックスパックにゾッコンらしい。じたばた暴れる真白。すると掴んでいた襟首からまだ着替えていないパジャマの上着がスポンと脱げ…。

「あ」

「あ」

「あら」

「Wow」

「○▽×%&~♨!?+§ΓふじこΣωΩ!!」←勲。

「うあ…」佑奈に続いて上半身があらわになる真白。顔を真っ赤に声も出さず胸を隠して勲に背を向ける。

「89㌢は、間違ってなかった…」小さくガッツポーズ。


「準備よし、と」

「じゃあユウナだけ、申し訳ないけど裏口から出て私たちとちょっと離れてついてきてね。インカム付けるの忘れないでね」

「はい、たしかに。じゃあ取り敢えず皆さんが出たら裏口から出ますね」

「じゃあお先に」そう言って沖波邸の玄関扉が閉まる。

「さて、いよいよ出陣だ。腹括りなよ町村君」

「とうの昔にできてます」勇ましいのはいいがなんと言っても女装しているので恰好が付かない。真白が隣でプっと吹き出す。エントランスを後にして一路駅へと向かう。出たばかりではあるが、今のところ不穏な影はない。例のマンションについては逐一気にしているが、特に変わった動きは無い。既に参加イベントを察知して向かっていると考えた方がいいだろう。

 そしてもう一つの懸念事項、真白側の犯人だ。あの日アクションを起こして以来当然こちらへの被害は無い。この家まで察知できていないと考えるのが妥当かそれとも。変な深読みはせず事実だけを捉えようとする勲。次にことが起きるのは会場かそれとも行きがけか帰りがけか、そう多くはない。まだ隣にいるからいいがもし目が届かないところに行ってしまったらと考えると、心穏やかではない。

「どうした、難しい顔して」勲の顔を覗き込んでくる真白。

「ああ、いえ。ちょっと考え事を」

「犯人?」

「そうです。次どこでどう出てくるか、そればっかり考えてます」

「殊勝なこった。ってこっちが頼んでるのにね、ごめん」

「いえ、頼まれたからには」三人とは少し離れたところを勲と真白二人隣同士で歩いている。

「終わったらさ、付き合わない?」突然の告白。こんなところで来るとは思っておらず不意を突かれ戸惑う勲。

「何言ってるんですか、こんなところで」

「場所はどこでもいいじゃん。なに、それとも絶対雰囲気のいい場所じゃないとダメなタイプ? それともベッドの上じゃないとダメとか?」

「そんなこと言ってませんけど…」回答に困る勲。ここまで狼狽えているのも珍しい。朴念仁で通ってきた人生、モテないわけではなかったが女日照りで今まで来た。それが大学に入って突然こんなに女性の知り合いが出来ただけでもどうしていいかわからないでいる。顔には出していないが夜な夜なスマホで「女性と付き合う方法」などと、訳の分からない検索をしているのを誰も知らない。ただ一人、一度勲の布団に潜り込んできた真白以外は(勲がトイレに行った隙ロックのかかっていないそのままのスマホを見たらそんな検索画面が表示されているのを発見してしまった)

「ダメ? 佑奈のが好き?」

「いえ、そんなこと無いですけど…」やはり回答に困る。

「私もズルいな、こんなところで。まいいや、終わったらまた話そう」

「はい。でもこれだけは。僕好きですからね、真白さんのこと」その感情がどっちを向いているのかわからないが、取り敢えず一時的な回答を真白にぶつける。

「…」回答を待っていたはずの真白はそれに照れてしまい何も返せない。形勢逆転。

「町村君、ゆきち」突然どこからか声が聞こえる。

「え、はい!?」

「インカム付けてるの忘れてる?」

「あ!!!!!!」小さすぎて気が付かなかった。全員に一連の告白はダダ漏れだったようだ。離れたところから振り向いている三人。ニヤニヤしながら勲と真白を見ている。真っ赤になってその場に立ち止まる二人。佑奈には届いていたのかいないのか。

 駅に到着し不審人物もいなかったので佑奈と一旦合流。勲と真白はまだ赤いまま。

「どうしたんですか二人とも?」

「いえ、別にどうと言うことは…」蚊の鳴くような声で答える勲。

「あれ、ユウナインカムは?」

「それが、よくわからなくて。まだ付けていません」使い方がわかっていなかったらしく幸いにも電源も入っていなかった。告白は佑奈の耳には届いていなかった。

「はああああああ」息を止めていたかのように大きく息を吐く二人。

「大丈夫ですか、この後イベントですよ?」

「余裕ッス!!」二人揃って元気良く返事をする。それを見ている残りの三人は必死に笑いをかみ殺している。


「まちm、じゃなくてユウナ。口紅カップに付いてるわよ。ちゃんと塗りなおしてね」

「あ、ホントだ。すいません」

「えっと、ホットケーキ追加でお願いします」

「まちm、じゃなかった。ユウナ、ウーロン茶取ってきて」

「はい」

「あ、私もサイダーとオレンジジュース半々で混ぜたの」

「自分でやってくださいよ、ブレンドなんてやったこと無いです」

 一行は早々に国際展示場に到着してしまったため、時間を潰すのにファミレスでモーニングとしゃれこんでいる。一応ここでも周りに不審者がいないことを十分確かめたうえで、勲化している佑奈と同席している。

「取り敢えず今のところは大丈夫そうだけど。どこでに潜んでるかわかったもんじゃないわね。メグル例のマンションにいたカメラマンって見ればすぐわかる?」

「うん、もう思い出したから大丈夫」

「ならOK。いたら速攻で詰めてやる」血気盛んな黒雪。

「そろそろ来てくれると思うんだけどな」時計を見るメグル。どうやら誰かとここで合流する予定らしい。そんなことを気にしていると入り口から一人の女性が店内に入ってくる。そしてこの集団を見つけるなり喜々として寄ってくる。

「あ!」気付くメグル。

「やっほー、メグルちゃん、久しぶりー」そこにいたのは飯原の事務所にいた琥珀。どうやらこの彼女こそ今回メグルが事情を話し助けを乞うた人物、で百合っ気のある女性カメラマン。一見非常に女性的で男性受けしそうな感じを受けるが、人は外見ではわからないもの。

「さて、今日はあれやこれやと注文付けさせてもらうから、よろしくね」

「ほどほどに、お願いしますね…」あのメグルが尻込みしている。

「この子がユウナちゃん?」男装している佑奈を一目で女性と見抜く。眼力は素晴らしいものをお持ちのようである。

「はい、お久しぶりです。今日はなんかご協力いただけるってことで、ありがとうございます」

「いいってこと、見返りはあるし。ゆきちちゃんは久しぶり、かな」

「どもですー」口にポテトを突っ込んだまましゃべる真白。

「あれ、二人もしかして最近写真撮られたこと無い? しかもこの辺りで」

「はい、ありますけど。どうしてそれを?」ちょっと不審に感じ聞く佑奈。

「いやなんだ、うちの事務所の所長がね自慢気にいい娘がいたんだって、そこで撮った写真見せてきたんだけど。あなたたちじゃない?」

「もしかして飯原さん?」

「そう、やっぱり!」偶然とは恐ろしいもの、こんなところで飯原と繋がる。

「私その事務所で働いてるのよ。ちゃんとしたカメラマンだから安心してね」

「なんだ、知り合いだったの」黒雪が口を挟む。

「いえ、直接ではないですけど。偶然です偶然」

「夏ちゃんと予定開けておいてね。所長本気だから、北海道の話」

「はい、もっち!」こういう時は元気な真白。

「さて。もう一人の彼、と言うか彼女と言うかはどこ?」勲を探す琥珀。

「ああ、今ドリンクバーに行ってもらってる」

「すいません、お待たせしました。全員分だと一気には無理ですよ」と言って、トレイに人数分のグラスを乗せ戻ってくる勲。

「お、君か少年。ではなく男の娘か今は」

「はい。町村と言います。あ、もしかしてメグルさんの言ってた助っ人って」

「その通り、琥珀って言います。これでも本名だから、よろしくね。って、君どこかで」何かに気付く琥珀。

「会ってます? 僕は記憶ないですけど…」記憶力抜群の勲でも覚えてない。恐らく一方的なことかもしれないが。

「あ! 君ちょっと前に秋葉原のデパートにいなかった? しかも佑奈ちゃんと一緒に」

「え、はい。いましたね。確か先週だったと思いますけど」

「ええ、いましたね。食事するのに寄りました」

「やっぱり。あの時私あのデパートにいたのよ。宣伝用の写真撮ってて、そしたら綺麗なカップルがいるなーって思って。つい許可もなくシャッター切っちゃって。後姿だけなんだけど、惜しかったなーって思ってたらまさかこんなところで会えるなんて」先日の真白の職場訪問の際、秋葉原駅のデパートにて聞いたシャッター音の正体が今こんなところで判明する。

「あ! 覚えてます。どこからかシャッター音が聞こえたんです。その時はあんまり気にしてなかったんですけど、後からもしかしたら今回の件ってちょっと思って」

「しかもあの時は、ちょうど一眼から手離してて、スマホいじってたから。それも悔しくってねー」

「いいじゃん。今日山のように撮れるんだから」

「いやー、神様っているんだねー。ありがたやありがたや」拝み倒す琥珀。

「でも本題忘れちゃダメよ。今日はあくまでも二人を困らせているアホをとっ捕まえるのが目的なんだから」

「大丈夫、不審なのはすぐ見つけてあげるから」彼女もプロ。そう言ったところの目の付け所はしっかりしているのだろう。勲もどんな人が来るのか最初は半信半疑であったが人となりを見て安心する。

「ところで町村くんだっけ?」

「はい」

「パンツ見えてる」指差す琥珀。グラスを渡し終えしゃがみ込んで琥珀の話を聞いていたためちょうど中が見える体制になっていた。琥珀の視線上にはきっちり勲の履いている女性ものの下着が映っていた。

「!!」立ち上がりトレイで前を隠す。なんなのそう言うプレイなの。


「腹ごしらえよし、トイレよし、心構えよし」

「さて、まいろうか。我々の戦場へ!」

「お、おー…」気合いの入っているサークルメンバーに気おされている勲。後ろから見ていると七人の侍に見える、足りないけど。

 先ほど駅に降り立った時と比べ確実に人の波が増えている。イベントへ向かう人だろう。大荷物を抱えている人が多く、カートを押したり両手で段ボールを抱えたりとさまざまである。中にはコスプレをするのだろう、勲からすると「それすでに衣装じゃない?」って人もちらほら見える。「あれって普通なんですか?」と聞くと「聞くな」と返される。それ以上の回答は得られない。多分暗黙の了解なのだろう、納得する勲。

「さて、ここいらでユウナとは一旦お別れだ」

「はい。なんかドキドキしてきました。町村さんみなさん、よろしくお願いします」

「はい。このイベントが終わった時には笑って会いましょう」

「真白も、気を付けてね」

「うん」小さく頷く。

「じゃあ、また後でね」ここからは佑奈と別行動。彼女は今からただの観覧客になる。イベントには参加するものの他人の振りをしなくてはならない。心細いだろうがインカムでは繋がっている。勲も目を離すことは無いだろう。

「さて、私もここらで一旦別行動だ。じゃあメグちゃん、よろしくね」

「はい、色々すいません」

「構わないって。こんな可愛い子たちを困らせる奴、この世にいちゃいけない」手荒な真似はご勘弁を。

 そう告げ佑奈、琥珀と別れ、勲ら五人は会場へと向かう。会場となるTFTビルに入りイベントスペースへ向かう。その道中も五人は周りへの警戒を怠らない。

「なんか、面白い恰好した人いっぱいですね」勲が真白に声を掛ける。

「大丈夫、もっと面白いのいるから」その言葉にパントマイマーでもいるのかと変な想像をする勲。違う、そっちの面白いじゃない。

 イベント会場の入り口に到着する。サークル参加する者、コスプレをする者、それぞれ受付が異なる。

「ま、ユウナ。受付だけは自分で済ませてね。本名要らないからコスプレネームだけ書いて500円払って」

「はい、わかりました。お金取るんですね」

「そりゃそうよ。サービスじゃないんだから、レイヤーも立派な参加者よ」

「ふぅん」と言いながらも、財布から千円札を取り出し受付を済ませる勲。

「はい、こちら見えるところに貼ってくださいね」受付の既にコスプレをしているお姉さんにシールを渡される。

「許可証…」いぶかし気にその手渡されたシールを見ている勲。独特のルールがあるものだと感心しながら受付を通り過ぎ会場へと入る。

「うわ」つい声が出る。それもそうだろう、今まで体験したことのない異空間。長机が所狭しと並べられ、そこに何か設置している人々。

「そっか、初めてだもんね。不思議でしょ」

「うちの大学にはいないタイプの人ばっかりだなー」聞く人が聞けば相当ディスってる発言。

「取り敢えず、まだ人が少ないうちに着替えよう。さぁこっちこっち」メグルに促される。それと同時にピタッと足が止まる勲。

「どうした?」

「そうだった…」気付いてしまったらしい。

「僕、今から女子更衣室入るんですよね?」

「そう」四人が口を揃えて勲に答える。腹括れと言ったはずだ。

「えっと、その…。胸とか見えちゃいます?」

「普通に」

「下着とか見えちゃいます?」

「デフォ」

「場合によっては…?」

「ありうる」

「やっぱマズくないです!? いくらなんでも僕これでも男ですよ」ここにきて尻込みしだす勲。それもそうだろう、さすがにその中には女性しかいない。そこはどういう空間になっているのか自然と想像が付く。子供の頃連れられて入った銭湯の女子風呂とは刺激が天と地ほど違う。流石に平静を保てないと感じたのだろう。後ずさりしている。

「いいカナ?」後ずさりする勲の前につかつかと歩いていき、ポンと肩を叩くリリィ。

「君は女の子、可愛い女の子。ここに入るのが普通ナンダヨ?」

「あ、始まった。久しぶりだなあれも」

「え、あ…」

「ホラ、君にだってオッパイあるじゃなイ? 何を怖がっているんダい? さあ入ろう」

「あ、そうでしたね。私何勘違いしてたんでしょう」

「なんで通信講座で催眠術収められるんだろうね?」リリィは趣味で催眠術を覚えていたらしく、たまーに発動するらしい。そしてあっさりかかってしまう勲。

「よし、今のうちだ」両腕を捕まったリトルグレイのごとく掴まれ女子更衣室へと誘導される勲。何分掛かっていられるか見物である。


 二分後、正気に戻る。

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