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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
11/24

写真って、撮られるとお金貰えるんですか?

「花金」なんて言葉が今の若い子に通じるかどうか知らない。世間は週末の休みに浮足立ち街へ繰り出し飲み明かし、ある人は思い人に会いに街に消えていく。

 そしてそんな中、三人の女性がある場所に向かって横並びで歩いている。両手に大荷物を抱え、周りの目も気にせずあーでもないこーでもないと話しながら。

「で、結局町村君はゆきちと○っちゃったわけ?」

「おそらく。そうでもなければ胸のサイズを知っているはずがない」

「あの子のことだからポロッと言っちゃったんじゃない? 抵抗なさそうだし」

「それもありえるか。リリィどう思う?」

「二人が幸せなら何でもイイデース」

「ユウナ狙いだと思ってたんだけどな。いや、そもそも町村君から手を出したのかな? ゆきちが仕掛けたのか?」

「飄々としてるけど、割りと女の子っぽいところあるからね。町村君頭いいし靡いちゃったんじゃない?」ほぼ当たってる黒雪の予想。

「仕方がない。今晩酒でも飲ませて吐かせるか」未成年なんでダメ、言うだけ言ってみる。

 週末の人気路線は非常に混んでいる。大荷物の三人は一本乗り過ごし空いた電車に乗り込む。「乗りヅラ」と、東京の私鉄地下鉄の接続が縦横無尽無法地帯になっているため、始発と言うものに非常に乗りづらくなったことに対しぶつくさ言っているリリィ。フランス人か怪しくなってきた。

「晩ご飯どうする?」

「ユウナたちもう食べちゃったかなぁ。まだなら着いたら出前取るか」

「ピザは飽きマシタ。蕎麦食べたいデスネ、蕎麦。二八の」リリィの提案。日本にかぶれ過ぎたのか、もしくは本当に日本人なのか。

「いいねー。でも最近蕎麦出前してくれる店少ないんじゃない?」

「探してみようか。ユウナの近所にあるかな…」黒雪がスマホで出前館を漁り始める。

 同時刻、沖波邸。

「町村君、お腹減ったぞ」

「待ってください。今出来ますから」

「私ざるがいいです」

「はーい、ただ今」

 メグル達が電車に乗っている最中、何と台所で勲が蕎麦を茹でていた!! 自宅から「1週間に1回はこれ食べないと」と持ってきていたらしい。二人に「は?」と言う顔をされながらも人数分茹でている。追加でさらに3人分茹でることになるのは大体30分後。

「ねぇ、あの人今回来るの?」黒雪がメグルに問う。

「あぁ、来るってさ。あの話したらさすがに許せないって言ってた。撮りながら怪しいの探してくれるって」

「ほほー、それは頼もしい。女性カメラマンだしその線は無いしねぇ」

「犯人ではないだろうけど、似たような写真は撮りたがるからな…。ゼロパーではない」若干心配になっているメグル。

「その気はあるけど、大丈夫だよ。もしもの時は私が体で支払うよ」メグルには変な覚悟がある。

 そんな話をしているといつの間にやら次の駅が沖波邸の最寄り駅。途中駅、下車する人間も少なく、まだ乗客のほとんどは立ったまま。「次はー○○、○○」車掌のアナウンスが車内に響く。「さってと」と三人揃って腰を上げる。モデルのような体系をしたリリィは一つ頭が抜けている。周りの視線が彼女に集まりそれに気づいたリリィがウィンクしながら開いたドアの先に消えていく。見とれている数名の男性は隣の彼女の形相に気付いているのかいないのか…。


「いただきまーす」

 六人揃って食事開始の合図。勲の茹でた蕎麦を食べていたところに三人が到着し、追加でさらに三人分茹でる。しかしそれだけでは腹が膨れず、結果前回同様ピザだのなんだのと出前を取り、第二回戦としゃれこんでいるところである。

「町村君、お茶とって」

「はい」

「まちむらくーん、そっちの一切れちょうだい」

「はーい、どうぞ」

「マチムラさん、私にもクダサイ」

「はいはーい」

「少年、酒」

「只今」

「町村さん、奴隷みたいですね」言いたいことは言う、佑奈の一言が飛ぶ。

「言わないでください…」顔を伏せて目を逸らす勲。

「結局どっちなのさ。寝たの? 寝てないの?」例の件に言及し続けるメグル。

「まだ聞きますか、それ…。勘弁してください」

「朝までってわけじゃあないけどねぇ、隣暖かかったなぁ」余計なことを言う真白。

「私が寝ている間に、全然気づきませんでした」意にも介していない佑奈。興味が無いのか天然なのか。情事に対する耐性があるのかなんなのかわからない。

「ユウナの相談相手だと思ってたんだけどなぁ。ちゃっかりゆきちに手出しちゃってるとは。もしかしてユウナももう?」

「寝てません」キッパリ。にこやかに穏やかに、しかし勲には冷徹に突き刺さるその一言。真白は横でゲラゲラ笑っている。相変わらずの無神経と言うか我関せず精神、見上げたもの。

「…」この場にいることが耐えられなくなりつつある勲。悪いのは自分ではないはずなのだが、なぜこんなにもいたたまれない気持ちになるのだろう。

「ところでさ、そろそろ本題いっていいかな?」黒雪が話を切り替える。恐らく明後日のイベントの話をするのだろう。

「ああ、それが本題だもんね。よし」

「当日だけど、当然ながら町村君がユウナに成り代わって我々とコスプレをするわけだが。その覚悟はもうできてるよね?」改めて勲に問うメグル。

「はい、それはもうとうの昔にできてます。明後日ケリをつけます。つけばいいんですけど」

「ふむ。まぁ少なからず収穫はあると思うけどね。外堀の埋まり方はハンパないから」各所で動いていることを統括しているメグルが推測する。サークルメンバーはここに居る五名のみだが、顔は非常に利く。それもこれも歴戦のメグルのお陰と言えよう。

「もし捕まえたらケイサツ呼ぶんデスカ?」

「うーん、そこだよね。そもそも信頼ないからこういう話になったわけで。とりあえず主催者に引き渡すか」

「主催が共犯だったら?」真白が質問する。

「いや、それは無いと思う」即座に否定するメグル。それと同時に手帳を持ち出し開いて皆に見せる。

「今までユウナが盗撮されたイベントを衣装から判断して洗い出してみたんだけどね」

「凄いですね、メグルさん」ただ感心する勲。

「普通だよ。詳しい人なら何か手掛かりあればすぐわかるよ」

「まぁいい。それでその主催を調べたんだけど、どれも一致しない。主催が協力しているとか、更衣室にどうのとかは無いはずだよ」

「なるほど。それならそれでもいいのかな」

「更衣室って、そんなところで盗撮されたことあるんですか?」純粋な質問としてメグルにぶつける勲。

「うん、昔ね。それこそ主催がカメラ仕掛けていてね。バレて取り潰しになったイベントあるよ。見つけて潰したの私だけどね」断罪とはこのこと。

「組織的に盗撮やってる奴らもいるからね。こっちも気が抜けないよ」

「でもですよ」真白のタブレットを借りた状態でメグルに質問する。

「でも?」

「皆さんの今までの衣装見てると、割ときわどいのもありますよね。これじゃあ撮ってくださいって言ってるようなものもありますよね。それはそれで…」勲がカメラマン視点、盗撮する側からの視点で

「そうだね、それには一理ある。私たちも自分のことだけ考えてやってるときもあった。だからそれも少しは許容しないといけないし、反省しないといけない。こっちの好みで良し悪し決めるのもいけないし、そもそもその行為自体を生み出しちゃいけないはずなのに。それを助長するようなことをしている自分たちも今回の件を生み出した原因だからね」正論中の正論。彼女らはエロ目的で売っていたりそれで金儲けなどをしているわけではない。しかしその場のノリでやってしまうこと自体は理解しているらしい。そして、その言葉に頷くメンバー。

「その言葉が聞けて安心しました。もし完全に被害者ヅラのようなことを言ったらどうしようかと、この件から手を引こうかとすら思いました」

「今回の件でね、少し考え方は変わったかな。もし今後アブない格好するなら、身内だけにしておくよ。もちろんその身内に町村君は含まれるけどね」メグルの発する言葉に怪しく微笑む一同。

「そりゃどうも…」変な期待をしている。

「すいません、ところで…」今度は勲が話題を変える。

「なんだい?」

「そのイベントの時なんですけど。男の娘の状態で家から行くわけですよね?」

「うん」5人が口を揃える。

「あの…僕、当日どこで衣装に着替えればいいんですか? もしかして…」至極当然の疑問だが、その答えは大凡の察しがついているらしく…。

「女子更衣室」五人口を揃えて言い放つ。それと同時に意識が遠のく勲。

「先に、僕が捕まりません?」


 食事も終わり、後片づけを率先してやっている勲。と言うよりは、誰一人動かないので仕方なく自分が動いていると言う訳で、姉さん方。勲が台所で洗い物をしている隣のリビングで、非常にだらしのない恰好で談笑する元祖サークルメンバー五名。勲のことは完全にダ○キンの家事コンシェルジュ扱い。

「あの人、来るんでしょ、明後日」黒雪がメグルに問う。

「うん、来てもらうことにした…」なぜかちょっと及び腰風な感じのいい方で答えるメグル。

「あれが男だったら確実に捕まってるだろうよ。女性だからよかったものの、ね」

「実は犯人だったりシテー」

「それはない、写真で食ってる以上道を外れた行為だけはしないだろうし。そもそもとるなら堂々と正面から許可取ってくるよ」

「私も個撮でお願いされたけど、ちょっと恥ずかしかったなぁ。後からその気があるってわかってちょっとサブイボ出たな」真白ですら怯え、というか警戒する人物。台所で洗い物をしながらのため、勲の耳には入るもののノイジーでわかりずらい。そこに唯一食器を下げる手伝いをしてくれる佑奈が勲の隣に来る。

「誰か来るんですか? 聞いてると只者じゃなさそうですけど」と、勲が佑奈に問う。

「ええ、私も一度だけしか会ったこと無いんですけど。女性のカメラマンさんですね。名前は、ええと…。よく覚えてませんけど、もらった名刺があるのでちょっと持ってきますね」と言って、勲に食器を預け隣の衣裳部屋に向かう。程なくして名刺ケースを抱えて戻ってくる佑奈。ケースを開きパラパラとめくりその人物を探す。

「あった、この人です。『コハク』さんと言う方です」一枚の名刺を見つけ指を刺す。シンプルな名前とメールアドレス程度が書かれた名刺。

「変わった名前だね。これもアレかな、コスプレネームみたいなもの?」グラスをゆすぎながらその名刺を覗く勲。

「かもしれません。本名だとしたら珍しいですね」

「で、この人がなんでそんなに警戒しなくちゃいけない風なんだろう」改めて疑問をぶつける。

「ええと、別に見た目は普通の方なんですけど、どうも女性に興味があるらしくて…」まさかの情報。

「ええ!? てことは、百合っ気があるってこと?」そんな単語は知っている勲君。と言うよりはここ数日で真白に叩き込まれたようであるが、さっそく使う時が来た。

「らしいです。真白もさっき言ってましたけど、個撮でちょっと怪しめの写真撮られたとか言ったました。別に女性だからそこまで警戒しませんけど。ただ、メグルさんはちょっとそう言った関係になってるとかなってないとか」水の音であまり聞こえないのをいいことに、台所で二人小声で話す。

「何と…」ちょっと想像してしまい鼻の辺りがムズムズしだす勲。まさか古典的に鼻血を出すわけではなかろうが、ちょっと手で押さえたりしてみる。

「そんな人だったら、僕が佑奈さんに化けてもすぐ見抜かれちゃいますよね。事情知ってるからいいようなものの、知らなかったら即通報じゃないですか」

「ですね、町村さん塀の中」勲を指さしニッコリと笑う。

「だねー…」「かばってよ!」と言いたいがそこは毎度の佑奈節なのでグッとこらえる。

「と、ちょっと変わった人ではあるんですけど。凄く顔は広いらしくて、協力仰げそうってことでメグルさんが声掛けたらしいです。その後は体で払うとか言ってましたけど、何のことでしょう?」

「っ!」改めて鼻の辺りを手で覆う。今度は出そう。

「脳内でメグルさんに酷いことしませんでした?」それに気付いた佑奈からの指摘が入る。

「してません、断じて!」してるけどしてないと嘘を付くエロ少年。

「ダメですよ、メグルさんはリリィさんのなんですから」またサラッと新たな真実を告げる佑奈。

「あ、そういう関係なのね…」リビングでくつろいでいるメンバー、その中でリリィの膝枕で寝そべっているメグルを見て、妙に納得する勲だった。

「少年、すまないがもう一本これと同じものを」視線に気付いたメグルが勲に酒の注文をする。

「へい、お待ちを」忠実。


 片付けも終わり一息つく勲。リビングは女性陣が陣取っており居場所が無い。仕方なくキッチンの椅子に一人腰掛けている。いつもだったら巽や大学の友人と週末の都内で夕食を取ったり、巽の趣味に付き合ってどこか街に繰り出している時間だが、今日ばかりは違う。先週知り合ったばかりのその妹とその友人、女性だらけの中にいる自分を少し不思議に感じている。田舎とは違う、人口がそもそも違い過ぎる。だからどこかで色々な人と知り合う。その中の数人なんだ、目の前にいる彼女らを見てそんなことを考えている。

「少年、ちょっといいかな?」メグルから勲に声が掛かる。

「なんでしょう?」キッチンの椅子から立ち上がり答える。

「ちょっとこっち来て。ユウナもちょっといいかな」

「はい、なんでしょう」

「町村君の横に立ってみて。ちょっと一枚撮ってみたい」そう言うとカバンから一眼レフを取り出す。

「僕らを、ですか」

「うん、実際カメラ越しに二人一緒に見たこと無いからね。興味本位ってのが一番の理由」

「わかりました。えっと、その壁のところでいいですか?」ひょいと立ち上がり壁際に歩み寄る佑奈。その隣に勲も。

「これでいいですか?」

「うん。背の高さほとんど一緒だね。何センチだっけ?」

「164センチです」勲と佑奈、揃って答える。

「いいよねぇ、ユウナ。背高くて、衣装似合うしー」黒雪が羨ましがる。

「僕はもうちょっと欲しいかな…」まだ欲しそうな勲、たしかに19歳にしては少し低いかもしれないが、それが今回のことにつながっているので結果オーライということにしておく。

「まだ伸びますよ、男の子なら」全く同じ目線でこっちを向かれて慰めなのか励ましなのか、佑奈からそう言われる。そして少し嬉しい。

「むー」なんか唸り声が聞こえたと思い視線を向こうに戻すと、また以前と同じように真白が膨れている。それを見た勲は「ブレイク、ブレイク」と口と手の動きだけで表現する。するとしぼむ真白。割と扱いは慣れてきたようである。

「じゃあ撮るよー」メグルの掛け声とともに姿勢を正し、カメラに目線を送る二人。

「硬い」早速注文が入る。

「ユウナはいいとして、町村君。証明写真じゃないんだから」

「す、すいません。慣れてないもので」

「この前衣装着た時を思い出すんだぁー!」応援なのかヤジなのか、真白から声が飛ぶ。

「いや、あれは二人が散々注文付けたから出来た訳であって。普通にしてればそんなに写真撮られ慣れてないですよ」

「なんだったら着替えますか?」見事な微笑みで佑奈に提案される。

「え?」

「あー、それもそうか。普通の男女のカップル撮っても意味ないしなぁ。少年、着替えておいで、私服でいいから」

「いいぞー、脱げー」黒雪からは筋違いの歓声が送られる。

「じゃ、じゃあ…」結果着替えることになってしまう勲。本日二度目のチェンジ。

「私着替え手伝う!」隣の部屋に向かおうとしたところ、真白がスクっと立ち上がり勲にくっついてくる。

「化粧はしなくていいから、ヨロシクねゆきちー」

「真白、よろしくね。なるべく普通のでいいからね」佑奈からも送り出される「おう」と一つ力強い返事をする真白。鼻息荒く後ろに付く。なんかわからんが視線が痛い。さて、嫌な予感しかしないぞ。


「ガチャ」と扉が閉まる。閉めたのは勲ではなくくっついてきた真白。勲が恐る恐る真白を見ると、顔はうつむきがちで表情はわからず。声も向こうの部屋を出て以来一言も発せず。何か非常に近寄りがたい雰囲気。

「あのー…」恐る恐る声を掛ける勲。

「…」しかし真白は声を発しない。どころか微動だにしない、顔はうつむいたまま。

「もしもーし」しかし無い。その雰囲気がちょっとずつ怖くなってきた勲。そろーと距離を取り佑奈の私服に手を伸ばそうとしたところ「へーい!!」と同時に飛びついてくる真白。そのまま抱き着かれる。

「なあー、スケベしようやー」抱き着いたまま唇を尖らせ迫ってくる真白。必死に抵抗を試みる勲。しかしどうも本気ではなさそうな雰囲気。

「なーあー、スケベしようやー?」

「いつの時代の人ですか!?」両手で顔を押しのけているがどうも本気じゃない。相手が女性だからなのかそれとも「し、しちゃおっかな」と言う本能が理性を邪魔しているのか(後者です)

「…あー、…ベ…やー」かすかに聞こえてくる隣部屋からの叫び声、テレビを見ながら待って居る四人の耳にも入っている。

「となり騒がしいねぇ」缶チューハイを飲んでいるメグル。

「楽しそうデスネ」メグルを膝に乗せ微笑みを称えるリリィ。

「脱がせてるとこじゃない?」スマホでゲームをしながらゴロゴロしている黒雪。

「真白に任せておきましょう」ジャンボデリシャススティックにかぶりついている佑奈。

「なーあー!!」まだ続く。


 結果…

 隣にいる四名に見つかった時のリスクとその後の人生の転落を考えた勲の理性が勝った。さてどう黙らせたかと言うと。

「いい加減にしてください、もう!」

「なーあー、んぐ!」急にふさがれる真白の唇。なんと勲から奪ったのだった。突然の行為に動きと声が止まる真白。いつのまにこんなジゴロテクニックを身に着けたのだろう、堕ちた一人の女子大生兼コスプレイヤー兼メイドカフェ店員。

「あ、あう…」その場にへたり込み女の子座りのまま顔を真っ赤にモジモジしている真白。息を切らせて膝をついている勲がその横にいる。

「お、落ち着きましたか?」

「ダーリン、ダ・イ・タ・ン」誰がダーリンだ。人差し指を唇に当て、イッちゃった目で勲を見つめる。キスしただけで妊娠するとはこのことか。

「ただ着替えに来ただけ何になんでこんなに疲れるんですか、僕は」

「さすがにみんないる隣でスケベはマズかったか。スマン…」正気に戻ったらしく詫びる真白。何にやられたのかわからんが。

「さて、さっさと済まします。これでいいかな、適当に」手慣れた手つきで佑奈の私服タンスを開けて物色する勲。

「はたから見るとヘンタイだよね、タダの」

「言わないでください…」

「双子の妹の下着漁ってコウフンして。いっけないんだー」

「下着は漁ってませんよ! それに双子じゃないですし。巽の弟だなんて、同じ性癖かと思うとゾッとするよ」真白に茶化される。釣り下げられていくつかのワンピースなどを見ているだけなので、取り敢えず下着泥の心配はない。

「そんなに欲しいならあげるっての、ホレホレ」スカートをチラチラめくって誘う真白。見えそうで見えないぎりぎりのライン。あまりに恥ずかしいのでタンスの中に目を戻す勲。

「全くもう…。よし、これでいいや」適当に見繕ったワンピースをタンスから取り出し真白に「ちょっといいですか」と手渡す。

「はぁ、着替えるの慣れちゃったな。まだ1週間経ってないんですよ」ため息交じりに上着を脱ぎ上半身が裸になる。それを横からじーっと見つめる真白。

「…考えてみたらさ」冷静に真白が一言。

「考えたら、なんです?」

「町村君の裸見るの、何気に初めてかも…」勲の裸の上半身を見る真白は、先ほどキスをした時よりよっぽど顔が赤い。病気レベル。

「あ、そう言えばそうですね…。あんま見ないでくれますか、照れます」

「引き締まってるねぇ。ゴメン、もう目離すの無理」預かったワンピースで口元を隠し目だけ見える状態。どんだけ恥ずかしいのかわからないが、もう勲を見る目は性的なものでしかない。

「あ、あの…」

「うー…」ゆっくり近寄ってくる真白。脱いだ上着で胸元を隠す勲、女子か。そして壁際に追い込まれ身動きが取れなくなる。手に持っていた上着は既に足元に落ち、露わになっている上半身。ワンピースで口元を隠している真白の表情は窺えないが顔は赤いまま。そしてそのまま首を垂れ額を勲の胸に当てる。

「え、っと…」

「…」

「その」

「…」

「なにを」

「…」

「すれば」

「…」

「いいんでしょう?」途切れ途切れに言葉を発する。

「気付いてよ」真白が一言。それと同時にそれに気付く勲。真白肩を抱き寄せもう一度キスをする。ゆっくり、じっくり。目を合わせたままゆっくり顔を近づける。さっきの勢いだけのキスと違い確実に感情がある。された途端、真白の身体は軽く二、三度震える。その時二人とも目は閉じていた。抱えていた着替え用のワンピースは先に落ちた勲の上着に重なるように落ちていた。

「静かになったね」

「脱がされて落ち込んでるんじゃない?」その推測は全くの的外れ。


「も、戻りました」リビングの扉を開ける勲。後ろにはまだちょっと目が映ろな真白が付いてきている。

「おかえり。さすが似合うね。あれ、ゆきちどうした?」その表情に気付くメグル。

「見てはいけないものを見てしまっただ」誤解を招く言い方。その言葉に反応する四人。「ガタッ」と音を出すものは無いはずなのにそんな音がする。

「ちょ」

「少年、越えてはいけないラインを越えたかね?」

「越えてません!!」必死になって否定する。

「見事なシックスパックだったよ…」

「あぁ、なんだ。腹か」誤解は解けたらしい。

「変なことしませんよ、変なことなんて…」あれが『変』かどうかはさておいて、六法に記載されているようなことだけはしていないと言い張る勲。人によってはそう捉えられてもおかしくないはずだが、イケメン補正及び「双方合意の元理論」発動でセーフ。

「ショートでも十分女の子に見えるね。どう、興味あるならそっちの店紹介するけど。人気出るよ」そっちにまで顔が利くらしい。メグルから変な提案が飛ぶ。

「いえ、結構です…」丁重にお断り。

「じゃあ、仕切り直して。ユウナ、町村君、壁際に立って」

「はい」数分前と同じように二人壁際に並んで立つ。男のままの時よりよっぽど自然な立ち振る舞いでレンズに向く勲。

「じゃあ、何枚か撮るよ」メグルの呼び掛けと同時にシャッターが切られる。別にポーズを取る必要もないスナップ的なもの。ごく自然な立ち姿でカメラに収まっていく二人。今回ばかりは真白も大人しくその様子を見守る。

 本人は気づいていないだろう。今二人並んで写真を撮られているその時、勲の表情は非常に美しい。シャッター音だけ部屋の中に響く。それもそうだろう、残りの三人が完全に見惚れているからである。別に女装をしているからという訳ではない。やはり天性のものを持つ勲は自然体になれば確実にちょっとした天下は撮れるほどの逸材。イベントでなかなかこんな素材にはお目にかかれない。散々イベントに参加して男性レイヤーに会ってきたメンバーだが、軽くそれらをぶっちぎってしまう勲。今目の前では『名画』と言ってレベルの写真が出来上がっていく。そしてシャッター音が止まる。

「…、ほう」メグルがカメラの画面を覗きため息にも似た言葉を漏らす。

「な、なんです?」

「こうやって見ると本当に双子にしか見えないね。どこかで血が繋がってたりしないもんかね」

「それはないですね。僕東北の人間ですし。親戚少ないですし」

「うちも親戚は九州ですし、絶対ないですね」

「よし、これなら欺ける。間違いなく騙せる。自信もっていこうか」変な太鼓判を押されるが、今までつかえていたなにかが取れる。

「ホント、みなさんよろしくお願いしますよ。僕の人生が180度変わっちゃうかもしれないんですから、悪い意味で」

「大丈夫大丈夫、。その時はお姉さんたちが守ってあげるから」

「私も言い訳くらいはしてあげるよ!」満面の笑みで親指を立ててくる真白。

「最初で最後にしましょう。変なこと頼んじゃいましたけど、私と真白のために、よろしくお願いします」深々と佑奈から頭を下げられる。

「大丈夫ですよ、きっと終わりますから」勲の返事にも力がある。

「ところで」スカートの裾を掴みながらクルクルしている勲。

「なんですか?」

「写真って、撮ってもらったらお金貰えるもんですか?」

「何言ってるんだ、君は」


「いいかね町村君。イベントってのは有志の集まりでそこで我々は場所を借りてコスプレをさせてもらっているに過ぎない。そこで我々は参加料を払っているんだよ、わかる? カメラマンもちゃんと登録料を払って我々コスプレイヤーを撮影する。そこに直接的な金銭の授受は無い。その後どこか別の機会に個人撮影ってなら話は別。スタジオ借りて料金払って、それで撮影する。その時はモデル料とか払ってもらうことはあるけど、そんな大金じゃない。まぁそう言う人もいるけど。でもそういう場合ある程度カメラマン側の要求に応えなくちゃいけないから多少過激にもなる。もしかしたら外に出せないようなことやってる人もいるかもしれない、てかいる。でも私たちはそう言う撮影はしていないのでもしもらったとしても数千円とかのレベル。二部構成なんかにしてカメラマン10人前後入れて、そして撮影をする。ハウススタジオ借りると一日数万は掛かるからそこの経費にほとんど消えちゃって、手元に残るのは微々たるもの。私らはプロレイヤーではないから、その程度が関の山。別にそれで儲けようと考えているわけじゃないからそれでいいけど。ゆきちの同僚の人なんかはそれで月に数十万稼ぐ人もいるけど、それはもうプロだから、我々とは次元が違う」

「ココイチさん、でしたっけ?」

「イイチコ姉さん」

「でした」

 金の話でメグルから説教をされている勲。

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