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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
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始めたきっかけは友人の誘いでした

「すいません、そこの君。ちょっといいかな?」

 呼び止められる少年。上背はあまりなく160cm半ばと言ったところで、細身の体系。

「はい?」

 見返るその顔は一瞬少女に見間違えそうなほど端正な顔立ち。目立ち過ぎないが個性の出るファッションで、見る者が見れば逸材と確信するであろう素材の持ち主。

『町村勲まちむらいさお』は大学生、この春高校を卒業し都内の大学に出てきたばかりのお上りさん。高校時代から非常に女子に人気はあるものの、本人曰く「コレ」と言った出会いがないため特定の彼女は作らずに現在に至る。

「なんでしょう? スカウトとかならお断りなんですけど…」

「ああ、わかっちゃうか。実はこういう者で」名刺を差し出す男性。

「ファッション誌…、ですよね。興味ないです、ごめんなさい。それじゃあ」

 丁重に名刺を返しお詫びしてその場を立ち去る。ある程度の礼節はわきまえているがちょっとぶっきらぼうな気もする。それにスカウトと見抜くだけの眼力。と言うよりは、東京へ出て来て1か月、既に7回目のスカウト。さすがにわかってしまう。

「あ、ちょっと」制止するのも聞かず自分の用事を済ませに目的地へと向かう。

「いい加減にしてほしいなぁ、そういうの興味ないんだよ」

 本当に興味がないらしくぶつくさと文句を言っている。人前に出るなら目立ちたがり屋がやればいい、自分はそんなタイプではない。昔から自分をそう捉えて生きてきた。

 しかし世間はこんな逸材を欲しがるし、自分のことのように見せびらかしたくなるもの。高校時代まで散々望まぬ舞台に立たされてきた勲は「東京なら大勢の人に紛れ込んで静かに生きられる」と思い、上京。現在に至る。

 しかしその逆もまた然り。紛れ込むことも可能だが人の目は圧倒的に増える。彼を捉える視線は地方の比ではない。結果今のようなスカウトであったり逆ナンに会う日々が続いている。逆ナンに至っては、既に二桁超え。眉間にしわが寄ることもしばしば、ギャルばっかだし。

「ただでさえ電車遅れたのに、待ってるよなぁ」

 現在新宿にてとある人物と待ち合わせ中。電車が遅れたらしく小走りで急ぐ勲。スマホを開くとメッセージが来ている。待ち合わせ相手からだった。


『大丈夫か? 場所わかるか。これ店の地図な、わからなかったらこれ見て来い』


 ご丁寧に待ち合わせの場所の地図まで付いている。これならもうすぐ、確認して先を急ぐ。


 駅から歩いて5分程度、チェーンではない一軒の喫茶店に到着する。表通りから一本入ったそこは客もあまり多くなく新宿とは思えないほど静かで落ち着いていた。

「カラン」と古風にも扉の鈴が鳴り店内へ入る。客は4~5人といったところ。白熱電球に照らされた薄暗い木造りの内装。かかっているのはFMラジオでも有線でもなくクラシックのレコード。

 ちょっと場違いの空間に足を踏み入れてしまったと感じる勲だが、待ち合わせの相手を探す。すると奥からこちらを見て手招きをする姿がある。

「こっちこっち」招かれるまま店内の奥へと進む。

「ごめん、お待たせ。電車遅れちゃってさ」

「いいよ、気にすんなって。こっちも急に呼び出しちまって悪かったな、休みなのに」

「で、なんだった? 着いてから話すって言ってたから気になって…」

「ん、まぁなんだ。話す前にもう一人会って欲しい人がいるんだ」

「人? 誰、僕の知ってる人かな?」

「いや、初対面だ。おーい、こっちに来てくれ」

 呼び出したであろう張本人が早速もう一人の同席者を呼ぶ。奥の席から一人の女性と思われる人物がこの席に向かって来る。向かいの席に着座するが帽子を深くかぶっているためまだ性別が断定できないが、成を見ればそうと考えられる。

「お前に紹介したかったのは、彼女だ。と言っても俺の彼女じゃないぞ」

「う、うん。初めまして」取り敢えず顔は見えないものの挨拶だけはする。

「ほら、お前も帽子取って。折角来てくれたんだからさ」

「う、うん」やっと声が聞こえる。そして彼女が帽子に手を伸ばし脱ぎ捨てると、長い髪がするりと落ちてくる。そして顔を上げて勲と目が合う。

「は、初めまして」

 目が合った途端、勲は何かその女性に不思議な親近感を覚えた。この出会いが勲の東京ライフを一変させることになる。


「初めまして、沖波佑奈と言います。兄がお世話になっています」

「沖波? 兄? ってことは巽の妹さんってこと?」

「そうなるな。一つ下だからお前と一緒ってことになる」

ここに勲を招いた張本人『沖波巽』大学1年生。一浪しているため勲より歳は一つ上。大学でクラスが一緒になり、田舎から出てきた勲に対して何かと世話を焼きたがるため、いつの間にか仲が良くなってしまった。まだひと月程度しか経過していない大学生活だが、それも巽の気さくな性格の賜物のお陰。同郷の友人もおらず独り東京暮らしを始めた勲にとっては非常に頼れる存在。

「どうも、町村勲って言います。たつ、じゃなくてお兄さんにはお世話になっています」名乗っていなかったことに気付き改めて挨拶する勲。挨拶を交わしたところで改めて佑奈の顔を見る。先ほど感じた親近感の一端がそこでわかる。

 そこに向かいあう二人は背格好から顔立ちまで、何となくではあるが似ている。他人が見れば兄妹と思っても不思議ではない。少なくとも隣に座る巽と比べるとよっぽど兄妹している。

「なんとなく、似てるなぁ」本心がつい口をついて出てしまう勲。

「あ、ごめん。別に君が男っぽいとかじゃなくて。あ、それに僕が君みたいに可愛いってわけでもないから。勘違いしないで、ね?」変なことを言ってしまったと取り繕う勲を見てほんの少し笑う佑奈。緊張は少しだけ和らいだようだ。

「さて、本題に入ろうか。実は妹から折り入ってお前に頼みがあるらしくてな」

「はぁ、でも会ったこともないのに何でまた?」

 当然であるが勲と佑奈は今日が初対面。互いの顔など見たことがないはず。

「まさか宗教?」冗談ぽく呟いてみる。

「違います!」即座に否定する佑奈。

「ご、ごめんなさい」立ち上がり乗り出して否定されたので驚いてしまう勲。こちらも即座に詫びる。

「落ち着け佑奈、冗談に決まってるだろ。勲はそんな奴じゃないって。俺だって付き合いが長いわけじゃないけど、そういうとこは信頼できるヤツだって」

 巽がフォローを入れる。まだ出会って間もない勲に対してそこまでのことが言えるのは、人を見る目があるのかはたまたお人好しなだけなのか。

「う、うん。ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ」

「じゃあ、これを見てもらえますか」

 そう言って佑奈が取り出し机に置いたものは一枚の写真。

「ん、写真? …ん?」

 今までの人生で見たことがないものが写っているため二度見してしまう勲。そこには煌びやかな衣装に身を包んだ一人の女性が写っていた。どこか屋外のようだが、街中でこんなことをする人がいるのだろうかと、少しいぶかしんでいる様子。

「これって、なんです?」当然の質問。

「……、私です」

「ふーん…、え?」思いもよらない回答に驚く。写真の女性と今目の前にいる佑奈を交互に見比べる。女性は化粧で化けると言うがそう言ったレベルの代物ではない、明らかに別人。いや、よく見れば微かに残る面影。その異形ともいうべき衣装に惑わされていたがよく見てみれば間違いなく目の前にいるその人だった。

「すげぇ髪の色。これ、佑奈、さん?」

 黙ってコクリと頷くだけの肯定。

「カツラ?」写真を指差して問う。

「ウィッグって言ってください」

「ああ、はい…」

「アレだ、コスプレってやつだ。勲は田舎だったし、こういうイベントって知らないだろ。ネットとかでも見たことないか?」巽が補足してくる。

「うん、全く。存在くらいは知ってるけど、興味はないから自分から見るってことはなかったかな。学祭でふざけて女装してる奴がいたけど、そのくらい。凄い世界があるもんだって思うくらいで…」

 気づくと顔を真っ赤にして下を向いている佑奈がいる。相当恥ずかしいことだけはうかがえる。これを見せるのにも相当の勇気が必要だったようだ。

「で、これが何か僕に頼みたいこと…って、まさかこの恰好しろとか!?」

「そういう訳じゃ、ないんですけど、そうかもしれなくて…」うつむいていた顔を上げて答える佑奈。なんとも煮え切らない返事。

「そうかもって…。僕女装趣味とかないけど」そのセリフに少し吹きだす巽。「ん?」と声には出さないものの引っかかる勲。

「これを見てもらえますか。兄さん横向いてて」

「なんだよ、俺は見ちゃダメなのか」

「ダメ!」全力で兄が見ることを拒む妹。何事かと勘ぐる。自分のスマートフォンを取り出し操作している。そして該当の画像なのだろうか、目的のものを表示させてスマートフォンごと勲に手渡す。

「これ、です…」

「どれ…」スマホを受け取り画面を見る勲。

「!!!!!!!!」声にならない声を上げる勲。そこに写っていたのは恐らく女性の下着の盗撮写真と思われる画像。

「ちょっと、なに見せるのさ?」思わず目を背ける。まさか女性からそんな画像を突きつけられるとも思っていなかった勲は、驚いてスマホから目を背けながら佑奈に告げる。

「ごめんなさい。でも、よく見てください」

「よくって言われても。って、あれ? この服、さっきの」

 テーブルの上に置かれた佑奈のコスプレ写真とその盗撮写真を見比べる。するとその盗撮写真に微かに映る衣装は、コスプレをしている佑奈が来ている衣装と同じものだった。

「その写真、私なんです…」今まで以上に顔を赤くしてうつむいたまま真実を告げる佑奈。それを聞いて勲も顔を紅潮させる。それはそうだろう、健全な男子なら当然の反応。しかも目の前にいる友人の妹の下着ときたら、罪悪感しかない。

「ごめんなさい、今見たのはすぐ忘れるから、ごめん!」

 スマホを返し謝る。

「いえ、いいんです。これが町村さんにお願いしたいことなんです!」

「はい!?」まさか自分に盗撮してくれと言っているのか。恐ろしい頼みごとをされたと焦る勲。

「頼みって、僕が何をすればいいの? 君の写真を撮るの? それとも…」それ以上口に出すことは出来ないようだ。

「この写真を撮った犯人を捕まえてほしいんです!」

「え? なんですと?」

 恐らくよくないことを考えていたのだろう。思いもよらない依頼に意表を突かれ固まる勲。

「実は…」

 理由を話し出す佑奈。巽はまだ横を向いたまま、勲は若干前かがみと言えばいいのか、身を乗り出していると言えばいいのか。


「コスプレし始めてまだ1年くらいしか経ってないんですけど。友達に付き合って始めたら面白くなって。元々引っ込み思案なんですけど、コスプレしてると別の世界が見えて面白くなっちゃって。最初のうちは友達とワイワイやってるだけだったんですけど、その内イベントに来るカメラマンの人たちから写真撮られるようになり始めて…」

 真剣に佑奈の話を聞く勲。今まで隣にいた巽は「どっかいって」という佑奈の一言で席を外している。今この席にいるのは勲と佑奈の二人だけ。二人の会話はクラシックのレコードがかき消して周りには聞こえない。

「始めのうちは断ってたんです。でも結構しつこい人も多いので、仕方なく応じてました。あしらい方はサークルのみんなに教わりながら何とかした感じです」

「どんな人種なんだろう?」と、思いつつ口には出さず黙って聞いている勲。

「別にコレで有名になりたいとかじゃなくて、好きだったアニメや漫画のキャラクターになれるのが楽しかったからやってたんです。でもそうはいかなくて…」

「それはそうだろう」

 と口に出てしまいそうだったが飲み込む勲。これほどの可愛さならば周りが放っておく方がおかしい、人気が出て当然だと。本人の意思とは真逆に周りがヨイショして表に出てしまう。勲自身も同じような体験をしてきたため酷く共感していた。

「わかるなぁ、それ。自分はやりたくないけど周りがってのは」

「わかりますか? よかった。町村さんもかっこいいからなんかいろんなとこに引きずり出されそうですしね」

「引きず…」笑いながらもちょっと顔が引きつる勲。今までの人生を見透かされた用で驚くのと同時に「かっこいい」などと言われてしまい少し照れている。

「で、それだけでこんな写真は出てこないよね?」本題に話を引き戻す。

「あ、はい。でそれなんですけど。イベントに行ってるうちになんかちょっとネットの中じゃ有名になってきて。イベントに行く度撮影されるようになってきたんです。普通のお願いなら聞くんですけど、たまにちょっと過激なのもあって…。お金払うから個人的にって、そんな依頼もありました。でも当然そういうのは断ってます、別にコレで食べていきたいとかお金稼ぎたいとか、そういうのは無くて」

 佑奈の場合、趣味の延長は仕事、と言う方程式は成り立たないらしい。あくまで趣味は趣味。自分がモデルのスカウトを断っているのに非常に似ている、勲はそう感じざるを得なかった。

「で、その断った結果の報復がこれ、ってこと?」結論と思われるものを先に切り出す勲。

「はい、そうじゃないかなって思ってます」勲の推理と言うかここまで来ればほぼわかる、ドンピシャの内容だったらしい。

「自分では、撮られた写真がアップされたのを見に行くことってほとんどないんですけど。たまたま友人が見回っていたら、この写真が出てきて。匿名掲示板だったので投稿者もわからなくて。友人が掲示板の管理者に問い合わせまでしてくれたんですけど、結局わからず仕舞いでした」

「なるほどね」

 理解は出来た勲。別にこの撮影者と付き合っているとかそう言うわけではなさそうなのでリベンジポルノと言った類の問題ではなさそうだ。あくまでたちの悪いカメラマンの報復。しかし十分犯罪だ。しかし一つの疑問が勲にはある。

「君の身に起きていることはわかった。でもなんで僕に助けを求めるの? それこそ一緒に行っている友達とか、優しいカメラマンだっているでしょう? その人たちにお願いすれば…」

「辞めればいいじゃん」と言いそうになったが、それでは彼女も傷ついてしまうことをわかっていた。別に彼女は誰に迷惑をかけているわけでもない、この場合悪いのは撮影している側だ。

「この写真が見つかって以来、一度もこういうところには行ってないんです、怖くて」至極当然の答えが佑奈から導き出される。

「でも、行ってた頃の写真が次から次へとネット上に出回って。何十枚と出てくるんです。勇気を出してイベントに行って、怪しい人見つければいいんですけど。もうそれが出来ないくらい怖いんです…」

 勲はこの世界のことを詳しくはわからない。だが、このようなことをしていればそれなりのリスクも伴う、この結果も考えられなくはない。勿論被害者は彼女だが、彼女に非が全くないと言えばそれは嘘だろう。世の中ってそういうもんだ、その辺りは達観している。

「事情は分かったよ。で、この話をされて僕は何をしてあげられるのかな? 今のところ思いつかないんだけど…」勲が喋りきる前にかぶせ気味で佑奈が勢いよく切り出す。

「私の代わりに女装してイベントに行ってください! そして犯人を捕まえてください!」

「はい!?」

 その二人のセリフだけはクラシックではかき消すことが出来なかった。「何事か?」という店中の視線が二人に集中する。


 改めて腰掛け、話を続ける二人。

「ちょっと待ってね。なんで女装なのかってところと、それと根本的な問題として、なんで僕なの?」

 改めて自分に依頼する理由を問う勲。そこさえ納得できれば依頼を受けることもあるかもしれない。自分に言い聞かせる。

「実は、兄さんから先日大学であった話を聞いたんです」

「あぁ…」どうやらそれで半分は合点がいったらしい勲。大したことではないが、先日大学構内でちょっとした事件が起こった。それも実のところは盗撮事件。女子トイレにこもっていた盗撮犯が逃げた先に勲がいた。普通であれば驚いて逃げ道を譲ってしまうところだが、勲は違った。

 子供の頃から姿に似合わず道術はかなり達者。柔道、剣道、弓道、合気道、茶道、戦車d(ry。ちょっと違うものが混ざっているが、武芸一般を身に着けていた。自分めがけて走ってくる盗撮犯を一閃、組み伏せて御用。その光景をたまたま目にしていたギャラリーの中に巽もいた。そんなこともあって現在の仲に至る。

「あの件か。そりゃ確かに僕色々やってるけどさ、てかやらされてたけど。別にそれだけのことで頼むのはおかしいんじゃないかな?」

 武闘派なら世の中に山ほどいるはず。それだけでは理由として足りない気がしている勲。さらに聞いてみる。

「もう一つはこれです。町村さんは記憶があるかわかりませんけど…」佑奈が改めてスマホをいじって何か画像を探している。

「これです」再度勲にスマホを渡す。

「また、下着じゃないよね?」恐る恐る画面を見る。するとそこにはまた別のコスプレ写真が写っていた。

「ん、これって? 君? じゃないか…。あれ、これって?」写っていたのは佑奈にも見えなくもないがどうも違う。

「はい、町村さんです」

「ボク!!??」

 勲がその写真が自分であることを気づいたことに気付いた巽が、離れた席で必死に笑いをかみ殺している。

「そんな、僕こんなことした覚え無いけど…」佑奈から取り上げてスマホの中の画像を凝視する。

「これさぁ、新歓あったじゃんか、大学の。その時撮った写真だよ。お前さあ酒も入ってないのにミョーにハイテンションになって、それでこの恰好でずーっといたんだぞ」

 いつの間にか席に戻っている巽が説明する。

「町村さん、女装癖あったんですね」兄妹から追及される勲。

「無い、断じて無い! 誰か無理矢理着せたんじゃないの!?」

「酒入ってないんだぜ? シラフでやってんだからお前の意思じゃん」

「町村さん、可愛い…」趣旨からずれているのが一名ほど。

「でも考えてみればあの時の記憶ってほとんどないし、あの日以降、会うとちょっと僕見てくすくす笑ってるしそれになんか一部変な気配感じるし女子からの扱いもなんか変わった気がするし……」独り言のようにつぶやき続ける勲。

「ま、これが決め手になったわけだよ勲。素のままじゃさすがに無理だけど、コスプレしてりゃバレそうもないくらい似てる」

「お願いです町村さん。頼れる人がほかにいないんです」

「いやいや仮にこれが僕だったとしてもこれは誰かに無理やりやらされたに違いない僕の意思でこんなことをやるやるはずがない云々かんぬん…」まだ一人呟き続けけている。二人の声は届いていないようだ。

「おい、勲。聞こえてるか?」

「はっ! あぁごめん。で、なんだっけ? 協力? するする、あ」テンパっていたためつい依頼を快諾してしまう。

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げてお礼をする佑奈。

「あ、いやその…」

「助かるぜ勲。これでも妹だからよ、困ってるのはほっておけなくてな」

 沖波兄妹からこの上ない謝辞を受け取る。もう後には引けない。

「じゃあ早速なんですけど、次のイベントの参加日程と、着る衣装の打ち合わせしましょう!」

 既に頭の中身が切り替わっているのが約一名。これはもう後には引けない、覚悟を決めた勲が冷めたコーヒーをすすっている。クラシックのかかっていた店内はいつの間にかFMのお悩み相談に切り替わっていた。


「巽、何で教えてくれないんだよぉぉぉぉぉ!?」巽に食って掛かっている勲。例の件を何故自分に伝えてくれなかったのか、そこが重要らしい。

「だってよ、さっきも言った通りシラフじゃん? 覚えてない訳ないって思うし、それにそういう癖があるもんだろうってみんな納得してたぜ。大丈夫、だれも引いてなかったから。むしろ俺アリだわ、って言ってるやつまでいたから平気だって」

 カラカラ笑って告げる巽。ちなみに佑奈は「明日の準備をしますのでお先に失礼します。お待ちしてますね!」と意気揚々帰宅した。話は早く早速明日何か行動を起こすらしい。

「よくない! 本当に記憶ないんだから。そもそもあんな衣装があの場にあるんだよ。で、なんでサイズまでピッタリなのさ」

「あれだ、メジャーリーグの新人をからかうイベントと同じだと思ってくれ。毎年恒例らしい。サイズについてはたまたまだ、たまたま」

 たまたまと言うのは大嘘。勲を見た動機がその素質を見抜き事前に身の丈を割り出し彼専用に購入した物。ピッタリで当然。

「しかしノンアルコールで酔うとはなぁ。お前ハタチになっても酒やめとけよ」

 言われるまでもないと返す気力もない勲。如何に自身の行動が滑稽で今までの自分を全て否定するものかと未だに受け入れられずにいる。厳格な家に育ち、日本男児の典型のような育てられ方をしてきた。溜めこんできたものがないとは言い切れない。しかしまさかこんな潜在欲求があろうとは、にわかに信じることが出来ないでいる。

「この写真さ、僕じゃないってことは、ないよね?」改めて確認してみる。

「お前だ」サクッと否定。

 疑いは確信に変わり白目をむいて口から魂らしきものを出して小さく揺れ出す勲。

「あんな姿親や兄弟に見られたら何て言われるか。勘当されてしまう…」

 なんだかんだで厳格な家のため、こんな息子を見たらさぞかし親は泣くだろう、兄弟は引くだろう、いい大学に入れた担任も絶望するだろう。友人だけは笑ってくれるだろう。

「でもな、実のところ妹の依頼受けてくれてホント感謝してるぞ。元々あんまり人付き合い得意なタイプじゃないけど、あれを始めてから少し社交的になって親も喜んでなぁ。親にやってることは内緒だけどな…。まぁ良かったらこのまま付き合ってやってくれ」

「うん…」

 質問はほとんど耳に入っていない状態で取り敢えず返事だけはする。この後付き合うことになってしまうのは別に構わないのだろうか。

「さて、俺らも店出るか。ここは払うよ」

 巽がレシートを持って席を立つ。その後を幽霊のようにスーッと後を付いていく勲。そして店を後にする二人。

「さて行くか」では早速衣装合わせ。沖波家へと向かう。成すがまま連れていかれる勲。そのころ佑奈は友人に「今からいいものが見れる」とメールしまくっていた。

 

 東京某所、佑奈が一人暮らしをするマンションに到着する。兄と一緒に暮らすのは願い下げらしく兄妹同じ都内なのに別々に暮らしている。

「いいところ住んでるね。高いんじゃない?」

「ああ、親が心配してセキュリティとかちゃんとしたとこ住ませてる。俺は普通のアパートなんだけどな」

チャイムを鳴らしインターホンでやり取りをする。パタパタと中から玄関に向かってくる足音が聞こえる。

「いらっしゃい、お待ちしてました。兄さんはダメ」ドアを開け向かい入れる佑奈。ここで巽は退散らしい。

「相変わらず入れてくれねぇな。まあいいや、勲、後は頑張れよ」親指を立ててグッドラックと言わんばかりに勲に別れを告げる巽。素晴らしい勢いで帰ってゆく。

「え、ちょっと待って。一人じゃ困るっての。おーい!」

 引き留める勲には一瞥もせずに遠ざかっていく巽。

「みんなお待ちかねですよ、町村さんに会えるって楽しみにしてます」佑奈に手を掴まれ部屋に引きずり込まれる。

「みんな?」

 見ると玄関には無数の女ものと思われる履物がある。どう考えても佑奈一人のではなさそうだ。背筋に悪寒が走る勲。引きずられていく途中ドアの空いている部屋の中を見る。そこには無数の明らかに私服ではない何かが数十着存在している。

「まさか…、アレを?」

 通り過ぎる部屋の中から目が離せない。まさかあんなものを自分が着せられることになるのかと想像しただけで人生リセットしたくなる。

 リビングに通されると、そこには数名の女性が待っていた。

「連れてきたよー」佑奈が声を上げる。と同時に黄色い歓声が上がる。

「きゃー、かわいい! 本当に男の子?」

「これは逸材、鼻血出そう」

「ねぇ、佑奈のカレシ? 羨ましいなー」

「違うよ、お兄の同級生ってだけ」

 勝手めいめいに騒ぎ出す女性陣。もう彼女たちの脳内ではありえない変換が始まっているようだ。中には既にカメラを構えてファインダー越しに勲を眺めている者までいる始末。

 中には「それ地毛なの?」と言いたくなるような色の髪をした者もいる。これが職業コスプレイヤー、勲は今未知との遭遇を果たしている。

「こ、こんにちは…」とりあえず挨拶だけはする。

「声もかわいいー!」ノリが違う、ついていけない。別に女性に耐性が無いわけじゃない。普通に接することは今までの人生でしてきた。しかし、ここまでカテゴリーが違うと勲でなくともこうなるに決まっている。

 とりあえず着座、話を続ける。

「で、僕は何をすれば…」

「まずこれ着てみて♪」

 どこから取り出したのだろう、佑奈の友人が勲の目の前に衣装を突きつける。現れたのは割りと普通の女子高生の制服のような衣装だった。受け取る勲。その姿を見る女性陣は目が爛々と輝いている。「早く着て」目がそう言っている。

「まぁ、これなら…」

 先ほど写真で見たような、ギリギリ際どい衣装ではなく胸をなでおろす勲。その時点で既に着ることを許容していることになぜか気づいていない。

「それと、これも履いてね♪」

「これって…」受け取ると、手のひらには女性用の下着。とりあえず新品のようだ。

「ちょっと! なんてもん渡すのさ!」突然のことに放り出してしまう。

「だって、これ履かないと盗撮されてもばれちゃいますよ。あくまで私になってもらわないといけないんですから」

「あ、そうか…。いやいや待って、そこまでしないとダメ?」

「やるからには完璧目指しましょう」

 コスプレイヤーの気質なのだろうか、見えないところまでパーフェクトを目指す。別にいいだろうにと思う勲はまだこちらの世界の住人ではない。

「ダメです、盗撮されるのが目的なんですよ?」訳が分からない。

「いや、履くのはいいけど」

「履いてくれるの、やったー!」軽はずみな発言は後悔を呼びます、やっちまったと心の中で膝をつく。

「いや、その…。仮に履くとしてなんだけど。ほら、あれが、ね?」

「ああ、大丈夫ですよ。後ろからしか撮られませんから。前は平気です」さらっと言ってのける佑奈。

「アカン…」

 腹を括ってお着替えタイム。口からエクトプラズム的な何かを出しつつ覚悟を決めた勲は衣装と下着を持って別室へと向かう。これだけ見れば十分変態、公衆の面前なら逮捕待ったなし。なぜか佑奈だけは後ろからついてくる。


 パタン、と衣装部屋の扉が閉まる。佑奈と二人きりになる勲。周りはきらびやかな衣装が並び、無防備に開いたタンスの引き出しからは、女性物の下着が見え隠れする。この空間は非常に落ち着かない。勲は空腹のトラの檻より怖いところへ閉じ込められたものだと部屋中を見回す。一緒にいるのもある意味トラより怖い。

「さて、じゃあ着替えちゃってください。わからなかったら言ってくださいね、手伝いますから」

「は、はぁ…」それは肯定なのか否定なのか。逃げ腰、へっぴり腰で苦笑いしながら答える。

「どうしても?」再度確認する。

「そんなに恥ずかしいですか? わかりました、じゃあ私も着替えます。町村さんだけに着させるのじゃ不公平ですから。じゃあお互い後ろ向いて着替えましょう!」

そう言った問題ではないと思う。ツッコみたくなったが耐える。勲もそうまで言われてはと振り向いてしぶしぶ着替え始める。

 後ろでは佑奈が服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてくる。妙に艶めかしく動悸が激しくなる。

(ええい、こうなったらもうヤケだ!)

 上着を勢いよく脱ぎ捨て上半身裸になる。少しでも肌の露出を無くしたいのか、直ぐに制服の袖に腕を通す。上着装着完了、さて次は下、と言うかスカート。

「まず、ズボン脱ぐ前に腰に巻いちゃえばいいかな。これならパンツ一丁にならなくて済むし」

 いざとなると冷静。痴態を晒すわけにはいかないとまずスカートを腰より少し高い位置で履く。下半身だけを見ればちょっとおしゃれで奇抜なファッションに見えなくもないが、上半身はセーラー服。やはり変態の部類にカテゴライズされる。

「さて、ズボン…、脱ぐか」思い切りズボンを下ろす。スカートとの中はとうとうトランクスだけの状態。

「うわ、女の子っていつもこんなリスク背負ってんだ。これは僕には無理だ」

「そうなんですよ。でも短すぎる時だ痛い女の子は何かガードしてますけどね」

「へぇ。そう言うもんなんだ」なんだかんだ言いながらスルスル着替えていく勲。未知の世界の知識を身につけつつ。

「町村さん、終わりましたか?」佑奈が尋ねる。

「あ、ごめんもうちょっと。あと下着…、履き替えたら終わり…、です」

「はぁい。もうちょっと後ろ向いてますね」

 覚悟を決めてトランクスに手を掛け降ろしていく。スカートに隠れているとは恥部を隠すものはスカート1枚。捲れてしまえばアウト。こうなったらさっさと代わりのものをはいて隠してしまいたい。一気に脱いで女性用下着を履きにかかる。

「ちっさ! あ、伸びるか」破れないかと心配していたが伸縮性が思いのほかあることに変な感心している。恐る恐る足を通す。

「肌触りいいな。ちょっと気持ちいいかも…」内股気味にもじもじし出す。男物の下着と素材がまるで違う、未体験の肌触り。ちょっとした感動を覚えている。そして履き終えたところ。

「おう!」

「どうかしましたか?」思わず声が出る。それに反応する佑奈。

「いや、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

「びっくり? 何にです?」

「その、何て言うか…。肌触りに」

(窮屈すぎる。そりゃそうだよな女の子は付いてないんだから、あること前提に作られてないんだ。これはキツイ。けど…)

「も、もういいよ」佑奈に着替え終わったことを告げる。お互い振り返る。目の前には同じような制服に着替えた佑奈がいた。

「うわぁ、ピッタリ! 似合ってます。それ私の高校時代の制服なんですよ!」

「衣装じゃないの!?」と心の中で盛大なツッコミを入れる。

「肩幅も袖の長さもピッタリ、スカートの丈もちょうどいいですね。このまま学校通っても大丈夫ですよ。あと、下着は…」

 サイズチェックの流れからあまりにも自然にスカートを後ろからめくり下着を履いてるかチェックする。慌ててスカートを手で押さえる勲。そのしぐさはもう女子高生そのもの。「素質あるよお前」コスプレの神様が親指立てて称賛している。

「ちょ、なにするんですか!?」

「気にしないでください、サイズ確認するだけですから。あ、大丈夫そうですね。町村さん…お尻、綺麗で小さいですね」照れているのかうっとりしてるのか、わからない表情で勲の履いているショーツを眺める佑奈。

「お願い、やめてー! 恥ずかしい」

「どれどれ!!!」

 着替え終わったことを察知した佑奈の友人たちが扉を勢いよく開き部屋の中に押し入る。

「きゃー!」

 悲鳴にも似た女性陣の声がとどろき渡る。目の前には女子高生と化したさっきまでは男だった勲がそこにいる。 


 最終的にロングのウィッグを被せられ、ナチュラルメイクを施しチェンジ完了の勲。現在リビング側で女性陣に、クジラが獲物を追い込む際のようなポジショニングをされ取り囲まれている。逃げるに逃げられない。しかし、囲まれてはいるものの誰一人一言も発せず四方から勲を眺めるだけ。

「…あのー」たまらず勲が沈黙を破る。

「女の子そのものね。ここまでの素材が眠っていたとは、恐るべし」聞いてくれない。

「ちょっとユウナ並んでみてよ。じっくりみないとコレ本当に見分け付かないよ」友人の一人が佑奈に促す。

「うん」そういってひょいと勲の横に立つ。ほぼ瓜二つ。似たようなウィッグをかぶらされている為本当に見分けがつきそうにないほどの出来。これならばアレを見られない限りは本人とばれることは無いだろう。

「本当に似てますね、双子のお姉さんが出来たみたいです」

 勲を見て微笑む佑奈。反強制のような依頼だったが、この笑顔が見れたことで多少やってよかったかもと思える。道さえ踏み外さなければという前提ではあるが。

「ひげとか薄くて助かるわぁ。化粧ノリが良いったらありゃしない」

「あ、ありがとうございます」微妙な気持ち。

「ホント、下着の着こなしまで完璧よね。お姉さん興奮しちゃうわよ」と言いながら、また後ろから勲のスカートをめくっている。

「やめてください!」手の甲でスカートを抑える。もうそれ女子仕草なんですけど。取り囲む女性陣の脳内で同じ考えが浮かぶ。

「よし、これならイケるわね。改めて町村さんだっけ、私たちの為に一働きお願いします。この通り!」

「え? 私たちって、沖波さんだけじゃないの?」

 そこにいる全員に深々と頭を下げられる。これは佑奈からの頼みではなかったのか。一度自分の中でケリを付けたはずがまた疑問がふつふつと湧き上がってくる。

「うん、実はね。確かに最初に見つけたのはユウナの盗撮画像だったの。でもそこから色々と探っていったら、私たちのまで出てきてさ。あ、見たい? 町村君にならあげてもいいよ」

「あ、いや、その…」断りきれない男の性。

「後であげるから」くれるらしい。心の中でちょいとガッツポーズの勲。

 で、話し戻すけど。それでね、同一っぽいヤツってのはわかったの、IPアドレス辿ってみたら出どころは一緒でさ。でもさすがに警察沙汰って訳にもいかなくて、ほら私たちにも非があると言えばあるでしょ? 見ようと思えば見れる格好しちゃってるわけだし。だから自然と写っちゃったものに対してはある程度許容するのよ。でも、さすがにそれ目的でやられちゃうとね、厳しくってさ」

「自覚はあるんですね…」

「当り前よ、見られてナンボの業界よ」力強く親指を立てる。

「出回っちゃった画像はもうどこにあるかわからないから諦めるとして。これ以上の被害だけは何としても避けたいの。ユウナから聞いたけど、知り合いのカメラマンに頼めばって言ったそうだけど、それすらもう信じされないのよ。困ったことだけど内側に犯人いるかもしれないしね」

「それもそうですね」

「別に撮られた写真どう使おうがどうでもいいことなんだけど。それでもああいう写真だけは許せなくてさ。撮るなら面と向かって撮るっていえばいいんだよ。許可するかどうかは別として」

「許すわけじゃないんですね…」

「そりゃそうよ。お金もらってるわけじゃないんだもん。私たち職業軍人じゃないから、あくまで趣味」

 軍属らしい、何と返していいのか非常に困る。黙っとく勲。

「お願いします町村さん。私たち本当にコスプレが好きなんです。こんなことでもうイベント行けなくなったり好きな衣装が着れなくなったりするのは嫌なんです。捕まえればもうそこまででいいんです。お礼はみんなで必ずします!」

 久しぶりに佑奈が口を開く。よくないお礼を一瞬考えてしまったが、煩悩は一旦捨てる勲。あくまで一旦。

「わかりました。僕でできることなら協力します。でも捕まえるまでですよ? さすがにこの格好をし続けるわけにもいかないですから。変な噂がたってもイヤですし…」

 快く、とはいかないが彼女たちの依頼を受け入れた勲。それと同時に真剣だった彼女たちの顔に笑顔が戻る。

「やったー! これでうちにも男の娘が加入だ、ばんざーい!」

「趣旨変わってませんか!?」もう遅い。

「あの、最後に一つだけ確認なんですけど」

「ん、なに?」

「仮に男とばれたとしますよ。どうやって言い逃れすればいいんですか?」

「大丈夫よ。あいつら可愛けりゃ付いていようがいまいが関係ないから。むしろ付いててオッケーって人いるよ」

 無意識にお尻を抑えたことに勲は気付いたのだろうか。身の危険は一歩一歩迫っている…。かも。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね」

 佑奈以外の名前を聞いていなかったことに気付く勲。今後当いう関係であれしばらくは付き合うわけだ。名前くらいは聞いてもいいだろう。

「本名よりはコスプレネームの方が都合がいいかな。あ、べつに本名言いたくない訳じゃないのよ。ただ、イベントとかでポロッと本名出ても危ないからさ」

「別にかまいませんよ、呼ばれやすい方で」

「助かるわぁ。じゃあまず私から。私は『メグル』と言います。年齢は聞かないでね。本職で服を作ってるから、ここら辺にある衣装は大体私のお手製ね。あぁ、町村君、後で採寸させてね。ピッタリの作ってあげるから」

「は、はい。よろしくお願いします…」

「じゃあわたしー」横から入ってくるのは、髪の色が奇抜としか言いようがない背の高い女性。綺麗なブロンド、染めている感じは全くしない。地毛だろう。

「わたし『リリィ』、メグルの同僚なので私にも年齢聞いちゃダメね」

 後で聞いたところどうやらハーフらしい。ならあの髪の色も当然だ。

「こんちわ。あたしは『黒雪』、ユウナとは大学が一緒でさ。イベントで偶然『合わせ』して話してたら一緒だってことがわかって。それからここにいるみんなとつるみだしたって感じ」

 背も高くボーイッシュと言う言葉がここまで似合う人もなかなかいないと感心する。でもやっていることは男装で可愛い女の子をひっかけているらしい。感動を返せ。

「最後に、わたくし『ゆきち』と申します。ユウナちゃんの中学からの同級生です。この世界に誘ったのも私なんです」

「初めまして」挨拶を交わす勲。彼女が最もまともそうだと感じたのもつかの間。

「それにしても本当にそっくりですね町村さん。手出しちゃいそうです」撤回した。

「それじゃあこれから、よろしくね!」

 挨拶を済ませる。さてやっと脱げると思った刹那、黒雪がどこからともなくお高そうなカメラを取り出す。

「さぁ町村君、次は女の子の仕草の練習だ。撮ってあげるからそっちに立って」

 まだまだ脱げなさそうだ。

 ここから数時間にわたって即席の撮影会とポーズ講習会が開始される。後ろではピザの出前を頼んでいるリリィがいる。夜までコース確定。勲が目覚めるまでもう少し…。


「もうこんな時間か。そろそろお開きにしようか」

 一体何枚とったのだろう。結局黒雪以外も全員カメラ持参。コンデジ眼レフミラーレス。3時間に及ぶ勲へのポーズ講座及びその後の「コスプレイヤーとは何ぞや」という講釈付きの食事会(勲は食えてない)がここに終結する。ちなみに酒付き、未成年除く。

 女子高生姿のまま、しなくてもいい正座で数時間。脚が「笑ってるわ!」の状態。立ち上がろうとするも前のめりに崩れ落ちる女装男子大学生。

「あ、町村君大丈夫? なんだか借りてきた猫みたいで静かだったからさ」

「平、気…、Death」ダメらしい。

「あっはっは。じゃあしばらくここでゆっくりしていきなよ。ユウナ別にいいよね?」

「はい、構いませんけど。良ければ泊まっていきますか? お泊りセット持ってきてますか?」

「はい、喜んで」と言いそうになったが理性と良識が口にチャックをした。

 這いつくばっている勲を横目に、サークルのメンバーは全員帰宅準備中。いつになったらこの足が治るのか知れないが、まだ時間も日を跨いだわけではない。電車は十分ある。勲にしてもそう遠くない距離、十分帰ることは可能である。歩ければ。

「いやちょっとまった。男一人女一人はマズいん、じゃ?」

「別に気にしなくていいよ。いつも私たちも泊まってるし。広いし気にすること無いとオモウネー」

 なぜ語尾だけ似非外国人。リリィが本人に代わってそう告げる。しかしそれは佑奈の意思ではないはずなのだが。

「はい、何か問題でもありますか?」完全同意。

「いや、その…。着替えとか」論点をずらす、根性なしめ。

「あぁ、忘れてました。町村さんが着てた服。洗っておきましたから」

「すいません、今なんと?」

「明日はどうせ朝から女子の格好ですし、せっかくだから洗っておこうかなって」

「あぁ忘れていた」先ほどのまでの流れで、イベントではないが女装に対する抵抗を無くしてもらおう、ということになり朝から佑奈と外出することになった勲。女装で。

 忘れていた、というより記憶から抹消していた、脳が記憶することを拒んでいたと言った方が正解だろう。勲の意思などどこ吹く風、はれて佑奈と女装デートが決定したわけだ。

「それじゃああたしらは帰るね~。後はごゆっくり♪」

「あ、待ってー!」先ほどの巽の行動とダブる。4倍になっているが。

ばたんと扉が閉まり横では佑奈が「またね~」と手を振っている。この状況をわかっているのか。少なくともこの時間から男女一人ずつ。勲がオオカミにでもなろうものなら間違いの一つや二つや三つ起こる。

「さて」佑奈が呟く。

「さて?」

「続きしましょうか?」

「なんの?」

 二人きりになってから、改めて衣装チェンジに付き合わされる。と言っても今度は衣装ではなく佑奈の私服。

「何でボク佑奈さんの私服着てるのかな?」至極当然の疑問。

「何でって、やだなぁ。明日着ていく服選んでるに決まってるじゃないですか」

「あぁ、そうでしたか。すいません…」

「それにしても似合いますねぇ、何着ても」着替えるたびにスマホのシャッターを切っている。さてそのスマホには人様にお見せできない画像は何枚あるんでしょうか?

「遅くなっちゃいましたね、そろそろ寝ましょうか?」

「あ、ホントだ。電車…」

「無くなっちゃいましたね」誰のせいでしょう。

「良ければお風呂入りますか? お湯入れてありますから使ってくださいね」

「あ、どうも。頂きます」 

 そこに気が回るなら別のところに回してください。有り難く一番風呂は頂戴することにしたが何とも。

「着替え置いておきますからそれ使ってくださいね」

「お気遣いどうも…」何を着ろというのだろう。もうこの際ネグリジェだろうがランジェリーだろうが覚悟している。

 一路バスルームへ向かい服を脱ぎ風呂へと突入する。そう言えばまだ女性ものの下着を履いていたことに気付く。

「あぁ、そういえばまだこれ履いてたんだ。数時間も履いてると慣れちゃったな」

 脱いだ下着を手で伸ばしてマジマジと見つめる勲。下着泥が品定めしているようにしか見えない。

「あ、ごめんなさい。バスタオル出してませんでしたね」不意に脱衣所の扉が開いて佑奈が顔を出す。そこには下着の品定め中の勲。

「あ、ごめんなさい。気に入りました? 差し上げますからどうぞこれからも使ってくださいね」

 照れた顔でバスタオルを置いて去っていく。なんでそんなに嬉しそうなんでしょうか。佑奈が入って出るまで完全にFreezeして動かなかった勲。それもそうだろう、上半身裸で脱いだ下着を手に持ってスカートのみの姿。もうお嫁にいけない。

「着替えは出るまでに置いておきますので」


「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう…」

 湯船に浸かりぶつくさ言っている。自分が承諾してしまったのが勿論原因ではあるのだが、それにしても嵐のような一日。今日一番落ち着いた時間を過ごしている。

「コスプレなんてさ、親が見たらどう思うか。いやいや、見せる訳にいかない。親父に知られたら殺される…」

 田舎の割と厳格な家に育った勲。軟派なことは今の今まで円が無かった。コスプレが軟派と言われるとそうではないだろうが、割と俗世とは離れた生活を送っていた。それがいきなりコスプレ、しかも女装ときたものだ。テンパるのも無理はない。湯船に頭まで潜り今日一日のことをイレースしようと頑張るが無理な相談。

「でも…、下着の着心地だけはよかったなぁ」

 完全に女性下着の良さに目覚めた発言。親に会うのはしばらくよした方がいいと思うよ。コスプレの神様がアドバイスする。

「ここに着替え置いておきますね」脱衣所から佑奈の声がする。

「は、はい。ありがとう」

 もうこうなったら何でも着てやる。長くても1~2か月だろう、腹をくくる。

 風呂から上がりいざ脱衣所へ。

「よっしゃ、ネグリジェだろうがフリフリだろうが、何だって着てやる!」

 洗濯機の上に置いてある着替えに目を向ける。普通のTシャツとハーフパンツ。

「……」

 一人恥ずかしくなってコソコソ着替えて風呂を後にする…。


「さて、今日もパトロールといきますか」

 自宅に帰った黒雪。自分含めたサークルメンバーの写真をネット上で漁る。とはいっても盗撮写真がないかなど、自警団的な活動。自分たちの身は自分で守る。いくら勲に頼んだとはいえ外部の人間。出来ることはする、その根性は根っからのコスプレイヤー。


…数十分後


「さすがに無いか。ってかそう簡単に見つかるわけないよね。さて、寝ようか、ん?」

 ブラウザを閉じかけた時妙な写真に気が付く。

「これって…、ユウナじゃん? え、コスプレじゃないし、私服!?」

 それはコスプレではない、私服姿の佑奈。しかもイベント会場で撮影されてものではなさそうな感じのもの。これこそ盗撮と呼ぶにふさわしい写真。プライベートを盗撮されている。

「ちょっと何これ…。こんなにある」

 フリーのアップローダーに無尽蔵とまではいかないが、かなりの枚数がアップされている。カテゴリーとして「Yuna」とご丁寧に名前まで付いている。

「これヤバいじゃん。え…、ウソ」

 最後に見つけた一枚。それは佑奈の住むマンションを明らかに外から撮影されて部屋の中まで撮られている。着替えの最中の写真。明らかな犯罪の匂い、身震いする黒雪。これは大事になってきたと察する。

「町村君、こりゃただ事じゃないよ…」

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