常勝無敗のネームレスヒーロー
生まれる世界間違った。
たぶん神様がいるのならそう言うだろう。
そして俺はふざけんなと返すだろう。
それでこの話は終わりだ。神様は謝り、俺は怒った。
でもどうしようもないから諦める。
役に立たない才能と微妙に役立ちそうな技術をを出来る限り役だたせて、一生を終えるだろう。
そうして、葬式で「小さい頃は天才だったんだけどねえ」「大きくなって駄目になったやつか」とか酒の肴に言われるのだろう。
まあ、そんな感じで平凡な一生を過ごすだろうと、そう思っていた。思っていたのだ。
しかし、少しばかりこの世界で生きてみると、どうやらこの世界は普通とはかなり違うらしいと言うのが分かった。
何が違うかと言うと、この世界。
なんか物騒なのだ。
『ご覧ください。ビル程もある怪物が街で暴れております』
中継。
特撮かと間違えそうになる映像。
最近、随分技術が進歩したように見える。
本物にしか見えない。
でも人の潰れる映像を映すのはどうなのだろうか。
怪物に潰され、瓦礫に押しつぶされ、人が死んでいる。
今、真昼間なのだが。子供とか、配慮はないのか。
と、そんなことを思っている間に、唐突に怪物が倒れた。
レポーターが歓声をあげている。何事かとテレビを凝視した。
『彼女たちが来てくれました! これで街は守られます!!』
「どこに? なにが?」と思ってる間に、カメラは怪物を置き去りにしてあらぬ方向へズームになった。
空中におかしな格好の女が数人浮かんでいるのが分かった。
遠すぎて背格好を見るだけで精いっぱいだが、レポーターの言う限りでは、
『応援しましょう、彼女たち魔法少女を!』
少女らしい。
……この世界凄い。
およそ百年前から現れ始めた変な怪物。それらを総称し『アトロス』
常識では考えられない膂力と再生力を持ち、そのサイズはぬいぐるみ程度の小型なものからビル以上の大型まで。
人間を敵視しているのか、はたまた唯の餌だと考えているのか、たびたび都市部に出現し、暴虐の限りを尽くす。
俺も一度人型サイズのと会ったことがある。
つい最近出会ったそれは、やはり回復力が凄まじく何発殴ってもすぐ回復してしまい、サンドバッグにするので精一杯だった。
それぐらい『アトロス』と言うのは強い。
しかし、そんな『アトロス』に致命打を食らわせられる人間もいる。それが魔法少女だ。
なんでも、彼女らは生まれ持っての才能と特別な処置を受けることで、常人以上の身体能力と魔力に目覚めるのだとか。
『アトロス』は魔力によって致命打を受けるらしく、魔力を操る魔法少女はまさしく天敵。
現状、唯一の有効な対抗手段として持て囃されている。
俺もテレビで彼女たちの話題が出るたびに、「魔力があるとかこの世界すげえな」と感動に打ち震えている。
まるで漫画みたいなファンタジー世界だ。それも子供が大好きな魔法少女物。
現実は、子供にはとてもじゃないが見せられないほど陰惨なものだろうが、それでもやはり心躍る。
男の子なのだから仕方がない。まだ12歳だ。子供心は忘れちゃいない。
これから一生、忘れずに生きて行こうと思ってる。
魔法少女は、現在十数人しかいない。
『アトロス』が現れてから減ったり増えたりしながら微増していて、今ようやく十数人だ。
中々才能のある"子供"がいないということだろう。
才能があっても保護者が了承しなかったりもするだろうし、難しいのだ。
そんなわけで全世界、全ての国で総勢十数人。
当然のことながら人手不足だ。
『アトロス』はそれを考慮して現れてはくれない。容赦なく殺しに現れる。
魔法少女は激務だ。寝る暇もなく怪物の相手をしなければいけないのだから。
まだまだ未成熟な子供に十分な睡眠を与えられないのは可哀想だ。
写真や映像を見る限り、将来有望そうな子が多そうなこともあって余計にそう思う。
だから俺も一般人代表として、一応大人心を持つ大人として、手伝うことにした。
影ながら、こっそりとだが。
家の近くに『アトロス』が現れた。
その話を聞いて、俺はすぐに現場に急行した。
先の理由と、後は家を壊されないようにするためである。
奴らは放っておくと国ぐらい簡単に滅ぼす。だから家の近辺に現れたとなると、我が家は大ピンチに陥る。
家を壊されたら母ちゃんが泣くから、それはさせじと知らず知らず力が入った。
「ローンが残ってんだ。させねえよ」と。
逃げようとする人波を避けるため屋根を伝う。
逃げ惑う人々を見下ろしながら、怪物の元へ向かう。
背中のランドセルからガチャガチャと音が鳴った。
教科書と文房具がぶつかり合う音。
その音を聞きながら数分走ったところでようやく見えてきた。
遠目からでも分かる巨体。見た感じは大きな蝶。
それはむしゃむしゃと人を食っていた。
口の端から血を零れさせながら一生懸命にむしゃむしゃと。
人の上半身が咥えられていた。それもすぐに口の中へ消える。
血の匂いが辺りに漂ってくる。
気分の良い物ではないが、だからと言って吐くほどでもない。
慣れたものだ。前世とか酷かったもんね。
さて、相変わらずむしゃむしゃとおかわりを要求している蝶はこちらに気づいていない。
食欲旺盛。所詮は虫か。じゃあとっとと動けなくしてしまおう。
俺は跳ぶ。蝶の真上へと。
太陽を背にし、蝶の遥か上空で右拳を握りしめ振るった。
当たるはずのない拳。しかし、発生した拳圧で蝶は潰れた。ぐちゃっと。押しつぶされた。
でも潰れてなお蝶は生きている。
羽を動かし鱗粉を撒き散らし、触角は小刻みに震えている。
瞬く間に再生を始めた。
少しずつ元の形を取り戻そうと体が轟く。
地面に降り立った俺は、もう一発側面に拳圧を食らわせた。
蝶は吹っ飛び、誰かの家を半壊させた。パラパラと瓦礫が落ちてくる。
重なるダメージのせいか、蝶の再生力が少し鈍ったようだ。一瞬前までの様に身体は蠢いていない。
再生しようとはしているが、その動きは酷く遅い。で、あるのならばダメ押しだ。
半壊だった家を全壊させて生き埋めにする。
土煙が凄まじい。断末魔のごとく、音が辺りに響く。
経験上、ここまですれば時間稼ぎには十分だ。
後は駆けつけた魔法少女によって息の根を止められて終わりだ。
虫らしく短い一生。身の程に合っている。
俺の家の近くに現れなければもう少し生き延びられたかもと思うと可哀想に思えてくる。
まあ、仕方の無いことだ。さあ、一仕事終えた所で家に帰ろう。
昼寝している母ちゃんにただいまと言っておやつをこおばろう。
シュークリームなんかいいね。
何だか今は無性に甘いものが食べたい気分なのだ。
少年が去って三十分。
全壊した家の前に、ようやく魔法少女が到着した。
到着したのは顔に強い疲労が見える二人組。
肩程の長さの黒い髪の少女は着ているセーラー服がボロボロで、隣に立つ金髪の少女は軍服と思しき服に赤い血が零れている。
満身創痍を体現している彼女たち。
それもそのはず。彼女たちはここへ来る前に既に『アトロス』を一匹退治していた。
本日、日本には同時多発的に三体の『アトロス』が出現していた。
故に、それらの対応に追われた日本駐在の魔法少女ら4人は、この時点でひどく疲れていた。
もしかしたら負けてしまうんじゃないか。
彼女らを見た第三者がそう思ってしまう程疲弊していた。
最後の一匹である巨大な蝶は、4人全員で相手をする算段であったが、二人はすぐにその必要がないことを悟った。
未だに頭以外が瓦礫に埋もれている蝶は、憎々し気に魔法少女を見上げつつ、その周りには多量の体液が零れていいた。
緑色の体液から鼻を覆ってしまいたくなる匂いが漂っている。
三十分経って、まだ再生は半ばだった。
逃走はおろか瓦礫から出ることも敵わず、蝶はひたすらに再生に力を注いでいた。
そんな最中現れた天敵。
蝶は己の運命を悟った。
金髪の少女が携帯を取り出しどこかへ連絡を取り出したのを尻目に、黒髪の少女は瓦礫に埋もれる蝶の元へゆっくりと近づいていく。
その手に持った似つかわしくない日本刀は、血で汚れていた。
蝶はカチカチと歯を鳴らし威嚇をするが、少女はそれを意に介さない。
蝶を足元に見下し、少女は瓦礫の山を足元から先までじっくりと見た。
そしてポツリと呟く。
「誰がやった?」
低く冷たい言葉。
蝶はその意味を解し、己をこうした少年の顔を思い出して怒りを灯す。
怒りがドーピングとなり、再生力が増した。
少女はそれを魔力のうねりと共に確認し、刀を上段に構える。
「言葉を話せるなら生かしたけど、話せないなら生かす意味はない」
躊躇なく下ろされた刀は、蝶の頭を横に両断し絶命させる。
少女は刀をしまい金髪の少女の元へ行く。
「クリス、本部はなんて言ってる?」
丁度連絡を終えた金髪の少女――――クリスは面倒くさそうに答えた。
「調査する、と」
左手で拳銃をくるくる回し、右手で携帯を弄るクリス。
その隣に、少女はドカッと倒れるように座り込んだ。
「平気か?」
「……死ぬかと思った」
一体目の蜘蛛型『アトロス』が思いのほか強かった。
それはクリスも同意するところである。
それを退けての連戦だから、死を覚悟しても何ら不思議ではない。
少女は今しがた止めを刺した蝶型『アトロス』の死体を見ながら呟いた。
「……あれ、どれくらい強かったんだろう」
「そんなに強くはなかった、自分はそう思う」
即座に答えたクリスに、少女は尋ねた。
「なぜ?」
「周りを見ても戦闘の形跡がほとんどない。精々家一つだけ。瞬殺だよこれは」
戦った跡がないから弱いはずだ。
随分と楽観的である。しかし少女はそれを指摘できない。
「これでスパイダーと同じぐらい強いというならば、自分たちは何のためにいるのだろうな」
少女は答えられない。
クリスは魔法少女の存在意義を問うているのではない。
自分たちの弱さを嘆いているのだ。
正体不明の何物かに『アトロス』を行動不能に陥らせてもらって、それで安堵している自分たちの弱さに。
少女は視線を上へと向けた。
空は薄らと赤みがかかっている。もう夕暮れだ。
少女は心地よい風を受けながら思った。
正体不明の何物か。
恐らく、三か月前に"黒騎士"を屠ったのと同一人物だ。
"黒騎士"
百年前に猛威を振るった原始の『アトロス』。
吸収し、学び、変形する『アトロス』。
人が倒すことを諦めたそれを、傷つき倒れた魔法少女の目の前で大した被害もなく片付けた人物。
それは、
新しい魔法少女であるとか、
男であるとか、
人に味方する『アトロス』だとか。
情報は錯そうしている。
現場に居た魔法少女たちの証言すら一致していない。
――――一体何者なのだろう。
何の目的で、どのようにして、黒騎士を、蝶型の『アトロス』を倒したのだろう。
最悪、わたしたちはそれと戦わなければいけないのだろうか。
もしそうなった時、わたしたちは勝つことが出来るだろうか。
生き残ることが、出来るだろうか。
気付けば空はすっかり赤く染まっていた。血の様に赤い夕陽。
最近、時間が経つのが早い気がすると少女は思った。
少年が勘違いしていること
1.『アトロス』は魔力を纏った攻撃以外でも倒すことが出来る。
2.魔法少女になるために必要なのは"才能"と"精霊との契約"
3.『アトロス』には程度の差こそあれ、全てに知能がある。