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犬は猫舌  作者: コーキ
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第二章

一発、一発、体にめり込む拳や蹴りから生まれる憎しみや悔しさという感情を痛みが呑み込んでいく。


亀の様に湿った地面の上で丸くなり、ただただ痛みが無くなるまで、時間が過ぎるのを待つ。


これは自分ではない、これは自分ではない。


そう思い込む事で、少しだけ楽になれた。


中鉢颯太(ちゅうばちそうた)をサンドバッグにする事に飽きたのか、颯太を囲む数人に「行くぞ」と声を掛けると、大泉真人(おおいずみまさと)は、その場を後にした。


襲い掛かる痛みが無くなり、しばらくじっと丸くなっていた颯太は、恐る恐る顔を上げ、周りに誰も居なくなった事を確認すると、ゆっくりと立ち上がった。


校舎と体育館と武道場に囲まれた教師の目が届かない学校の死角。


太陽の日もあまり届かないジメジメとした空間で、颯太は小さく切り取られた空を見上げていた。


七月なのにこの場所だけは肌寒かった。


よろよろとした足取りで、近くに転がっていた自分の鞄を手に取ると全身の痛みに顔を歪め、帰路に着く。


自宅まで、自転車で十分の道のりだった。


その十分で痛みに慣れ、笑顔をつくる。


家族にだけは心配を掛けたくなかった。


その為に、行けばサンドバッグにされると分かっていたが、毎日学校に足を運んだ。


颯太が、クラスの中心人物である、真人にいじめられている事がクラス中に広まると、誰も颯太と接しようとしなくなった。


颯太のクラスメイトも、自分がいじめの標的にされる事が怖かった。


颯太ただ一人が、いじめの標的にされれば自分はいじめから逃れられる。


皆そう考えたのだった。


「ただ今」


大きな扉を開き、颯太は耳を澄ます。


家の中からは誰の声も聞こえない。


小さく安堵のため息をつくと。


土間で靴を脱ぎ、そのまま脱衣所へと向かった。


泥で汚れた衣類を洗濯機に押し込み、浴室で体の泥を落とす。


浴室を出て、体を拭き、綺麗な服に着替え二階の自室に向かった。


勉強机と椅子とベッドとパソコンしかない殺風景な部屋。


鞄を机の上に置き、椅子に座ると、鞄の中身を取り出し参考書を開いた。


自分には勉強しかない。


勉強して、両親の様に医者になり、両親が経営する病院を継ぐ。


それが颯太の夢だった。


だからどんな日でも彼は机に向かった。


運動は一番になれないけれど、勉強なら努力をすれば一番になれた。


塾の宿題が終わり、一階の脱衣所に行くと洗濯と乾燥が終わっていた。


乾いた服を奇麗に畳み、脱衣所に置かれている衣類ケースの奥にそれらをしまうと、リビングへ向かう。


キッチンで冷蔵庫に入っている夕食を電子レンジで温め、夕食が温まるのを待つ間、自室に戻り参考書を塾用の鞄に詰め込み、またリビングへ戻る。


キッチンで茶碗にご飯を盛り、グラスに麦茶をなみなみ注ぐと、ダイニングテーブルにそれらを運んだ。


ダイニングテーブルに着くと、両手を合わせて「いただきます」と呟き、夕食を胃袋へ流し込む。


真人のいじめは巧妙だった。


絶対に服で隠れない場所は殴ったり蹴ったりしなかったし、颯太をサンドバッグにする際は必ず見張りを立てた。


毎回、鞄の中身と服のポケットを確認し、ICレコーダーなどの録音機器がないかを確認する事も怠らなかった。


食べ終わった食器を洗い、食器乾燥機に入れると、颯太は家を出て塾へと向かった。


外は真っ暗で街灯の青白い光がアスファルトを照らしている。


駅前にある塾までは颯太の家から自転車で十分だった。


ちょうど学校と逆方向にある。


塾の講義まで少し余裕があったので、颯太は塾の近くのコンビニに入った。


高校生くらいの若い女の店員が能天気な笑顔で「いらっしゃいませ」と颯太に声を掛けてくる。


店員と目を合わせないように、入り口から入ってすぐに右に進み、雑誌が並ぶ棚に行くと、今週号の『週刊少年ダイブ』を手に取った。


好きな漫画を読んでいる時だけ、心から幸せを感じた。


雑誌のページをパラパラとめくり、巻末の目次のページを開き、目的の漫画のページを調べると、その漫画のページを開いた。


目的の漫画を読み終えた颯太は、ブラックの缶コーヒーを一本買うとコンビニを後にした。


会計の際に若い女の店員は、颯太のでっぷりと前に突き出したお腹に冷たい視線を送って来た。


コンビニの前で、買った缶コーヒーを軽く振ってから開けると、中身を一気に飲み干す。


そして、自転車を押して目の前の横断歩道を渡り、塾へと向かった。


颯太が通う塾は現役生だけではなく、浪人生も通う大手予備校で、五階建てのビルの中に教室や自習室等が入っている。


一階には颯太が通う大手予備校で出している参考書が買える小さな本屋も入っていた。


颯太は、自転車を駐輪場に止め、ビルの中に入ると、現役生の教室がある最上階を目指しエレベーターに乗った。


講義が始まる五分前という事もあり、エレベーターは教室へ急ぐ生徒でギュウギュウ詰めだった。


各階で止まる度に、エレベーターから人が出て行き、颯太を含めて五人が五階へとたどり着いた。


エレベーターを出て、すぐ目の前にある教室に入ると、二百人が収容出来る教室はほぼ満席だった。


いそいそと颯太は、空いていた一番前の席に着席し、鞄から参考書を取り出し、ノートと筆入れを準備した。


チャイムが鳴り、少しして中年の数学講師が入って来た。


その後に続くように大柄な男の子が入って来る。


坊主頭で良く日に焼けた小麦色の肌。


思春期ニキビが顔中に点在し、赤く膿んでいる。


男の子は、講師に小さく頭を下げ、細い目で教室中を見渡すと、颯太の顔を見て不敵に笑った。


「お前も同じ教室か。学校だけじゃなく、塾でも仲良くしてくれや」


左肩に掛けていた『北海道札幌冬北南高等学校野球部』と刺繍されているスポーツバッグを机の横に置き、真人は颯太の耳に口を寄せた。


何が起きているのか全く理解できなかった。


颯太にとって、塾は安らぎの場所だった。


学校では常に気を張っていなければならず、神経を研ぎ澄ませていた。


だからその分、敵のいない塾では安心して勉強に励む事が出来た。


しかし、安心できるはずの塾に敵が現れた。


平然と他人を痛めつける颯太の天敵が自分の隣に嫌らしい笑みを浮かべて座っている。


その日の授業の内容を颯太は思い出すことが出来なかった。


隣に座る真人の事ばかりが気になり、授業に集中出来なかったのだ。


間に十分休みを挟んで三時間の講義が終わった。


チャイムと同時に素早く勉強道具を片し、立ち上がった颯太の腕を真人が掴む。


「まぁまぁ、そんなに慌てるなよ。 とりあえず座れ」


颯太を無理矢理座らせると、ゆっくりと真人は勉強道具を片し始めた。


颯太は周りをキョロキョロと見渡し、教室にいる生徒に助けを求めたが、誰も助けてくれる人はいなかった。




電車が上を通る度に颯太の声をかき消す。


何度も、何度も真人の拳と蹴りが颯太の腹を貫く。


その度に、颯太は声にならない叫び声を上げた。


「俺さ、行きたくもねー塾に親に無理矢理、入らされてよ。 その上おめーの不細工な顔を見る羽目になってムカついてるんだよな」


うずくまる颯太の髪の毛を鷲掴みにし、顔を上げさせると、真人は颯太の顔に唾を吐きかけた。


それでようやく満足したのか、真人は最後に颯太の腹を蹴りあげると、近くに止めていた自転車に跨り、姿を消した。


去っていく真人の自転車を漕ぐ後ろ姿を睨みながら、颯太は立ち上がった。


これから学校と塾でサンドバッグにされると思うと憂鬱で仕方がなかった。


生きている事も億劫に感じられた。


ふらつく足取りで、自転車に跨ると電車が通る音に紛れる様に一人で泣いた。


この世に神はいないんだと思った。


自分が安らぐ場所などないと思った。


フラフラと蛇行運転をしながら家路に着く。


雲一つない夜空に浮かぶ月は、嫌味の様に綺麗な光で颯太を照らす。


ふと、人気のない廃ビルに目が行く。


普段なら絶対に近づかないはずのビルに引き寄せられる様に颯太はハンドルを左へ切っていた。


ビルの前に自転車を停め、ビルを見上げると人の気配が全くないビルに気味の悪さを感じる。


颯太が小学生の頃から買い手がつかず、放置されていたビルは、所々ガラスが割られ、外壁にはスプレーで書かれたと思われる落書きが至る所に点在していた。


自転車から降り、体を屈め、颯太は割られている硝子のドアからビルの中に入った。


電気は通っていないようでエレベーターは使えない。


仕方なく非常階段を使って屋上を目指す。


コツコツとリノリウムの床を叩く颯太の足音が屋上へと続く階段を昇って行く。


小さく息を弾ませながら、ようやく颯太は最上階へと辿り着いた。


屋上へと続くドアの鍵は壊されているらしく、シルバーのドアノブを捻ると、ギーッと不気味な音を立ててドアが開いた。


真っ暗な階段を登って来た為、ドアの隙間から差し込む月明かりが異様に眩しく感じた。


思っていたよりも広い屋上だった。


屋上に足を踏み入れた颯太は、周りを見渡す。


廃ビルから見渡す夜景は色とりどりの光を撒き散らし、綺麗だった。


何かに引き寄せられる様に颯太は落下防止のフェンスに空いた穴からフェンスの外へ出た。


五階建てのビルの屋上の端ぎりぎりに立ち、下を見おろす。


恐怖は不思議と無かった。


ここから飛び降りたら死ねる。


そんな思いが頭を過っていた。




ピンク色のフレームは自分には似合わないと思っていた。


世の中にある『可愛い』と形容される物とは自分は無縁だと思っていたし、その代表的な色であるピンク色を、自分が身に付ける事になるなんて考えもしなかった。


三月の後半に友人と買い物をするために待ち合わせをしていた時だった。


友人が寝坊をしたため、三十分待つはめになり、暇つぶしに入ったメガネ屋の店員に勧められるがままに買ったのが、ピンク色のフレームの眼鏡だった。


普段なら、こんな衝動買いは絶対にしないのに、その日は買い物に行くという事で、普段より多く財布にお金が入っていた事と、掛けている眼鏡の度が合わなくなっていたという事もあり、買ってしまったのだった。


桃子は、ピンク色のフレームの眼鏡を外し、目薬を差し目頭を人差し指と親指で摘まむと目を瞑った。


長時間パソコンとにらめっこしているせいで、目の疲労が著しい。


眼鏡を掛け直し、ノートパソコンと参考書をしまい、溶けた氷で薄まったアイスコーヒーを飲み干すと、ファミレススを後にした。


外は真っ暗で人の気配はなく静まり返っていた。


そのせいで余計に夜風が冷たく感じた。


ヒールの音をコツコツと鳴らしながら歩く桃子の横を一台の自転車が通り過ぎた。


「樹君」反射的に桃子は声を発していた。


不協和音を鳴らし、自転車が停まる。


サドルに股がる大きな男の子が桃子を振り返った。


「アレ? 白鳥先生、こんな所でどうしたんですか?」


無邪気な子供の様な笑顔を桃子に向ける樹春(いつきしゅん)


「どうしたは、こっちのセリフよ。 こんな時間に高校生がふらふらして良いのかしら?」


「別にフラフラしていませんよ。 ちょっとそこの公園でシュート練習していただけですよ」


自転車から降り、自転車を押しながらシュンは桃子と並んで歩く。


「今日、たっぷり練習したじゃない。 あまりやると体壊すわよ」


桃子は、身長の大きなシュンを見上げる。


体は大きくてもシュンの顔にはまだまだ幼さが残っていた。


「自分でも解っているんですけど、部屋でベッドに横になりながら天井に向かってボールを弾いていたら、何となくシュートのコツが分かったんで、試したくてどうしようも無かったんですよ」


自転車の籠に押し込められているボロボロのバスケットボールを片手でポンポンと叩くシュンの顔は嬉しそうだった。


「コツって、今日、練習後の紅白戦でスリーポイント殆ど外してなかったじゃない」


「五の三です。二本も外しちゃいました。 それに、ミドルも何本か外しちゃいましたし、全国だと高さの無い方に入るうちのチームはリバウンドが弱いので、ちゃんと決める時は決めないとダメなんですよ」


「私は、十分良い数字だと思うけどね」


「監督にそう言われると、嬉しいんですけど」


そこまで言って、シュンの動きが止まった。


一点を見つめ、目を見開いている。


「どうしたの?」


桃子は、シュンの見つめる延長線上に視線を向けた。


そこには、まるまるとした体形の人が屋上のフェンスの外で、下を眺めていた。


「アレって、お化けじゃないですよね?」


「だと良かったんだけど、全く霊感の無い私にも見えているって事は多分お化けじゃないわね」


立ち止まり、屋上の人の動きを見つめていた桃子は、何か嫌な予感がした。


「樹君。 ちょっと頼みあるんだけど」


その嫌な予感が、自分の思い過ごしであって欲しいと思いつつも、桃子は最悪の事態に備えて思考を巡らせ始めた。


「連佛君を呼んできてくれないかしら?」


「連佛を? どうして?」


「あのシルエット、どうも見覚えあるのよね。 多分、うちの生徒だと思うのよ。 もし、そうだったとしたら事を荒立てると学校に居づらくなると思うから、警察は呼べないし、私だけだとどうしようも出来ないと思うのよね」


「分かりました。 すぐに連佛呼んできます」


シュンは自転車に飛び乗り、勢いよくペダルを漕いだ。


桃子はその後ろ姿を見送ると、廃ビルに向かって走り出した。


初めてヒールを煩わしく感じた。




小説を寝る前に三十分読むのがシュウの日課だった。


ベッドに横になりながら文庫本を読んでいたシュウは、パタリと本を閉じ、枕元に本を置くと読書灯を消し目を瞑った。


目を瞑ると、さっきまで文字だけだった本の中の世界が、映像として構築される。


その世界に浸っている時が、彼にとって至福の時間だった。


突然、インターフォンが鳴り響く。


小さく舌打ちをし、シュウはベッドから出た。


ベッドの下にそろえて置かれていたスリッパに足を通し、とぼとぼと玄関へと向かう。


土間に置かれた自分の靴の上をスリッパで踏み、玄関ドアののぞき穴からインターフォンを鳴らした人の顔を確認する。


「何だ、樹かよ」


迷惑だという事を隠そうともせずに、シュウは大きな溜息をつきドア越しでも聞こえるくらいの声でそう言った。


「俺で悪かったな。 急用だからちょっと来てくれよ」


ドア越しでも相手に伝わるように、シュンは声を張る。


「無理。 寝る」


「白鳥先生から連佛を呼んできてくれって言われたんだよ」


担任の白鳥の名前が出て来た為、シュウは仕方なくドアを開けた。


「で、いったい何があったわけ?」


ポリポリと頭を掻きながらシュウは欠伸を噛み殺す。


「うちの学校の生徒が飛び降り自殺をしようとしているかもしんないんだよ」


「かもしんないってどういう意味だよ」


「俺の家の近くに公園あるじゃん」


「うん」

シュウはシュンの話を促す為に小さく相槌を打つ。


「そこの近くの廃ビルの屋上のフェンスの外に人が立っていたんだよ」


「景色眺めているだけかもしんねーだろ」


「だからかもしれないって言ったんだよ。 とにかく、白鳥先生が呼んでるから早く来てくれよ」


「俺じゃなくて警察呼べよ」


「もしうちの生徒だったら事を荒立てたくないんだって」


「まぁ、確かに……。 分かったよ。 とりあえず行くから先に下で待ってて」


「あぁ、分かった」


シュンが出て行くのを見送り、シュウは廊下を戻り自室に行くと、上着に財布とバイクの鍵を詰め込み事務所を出た。


コツコツとシュウが階段を下りると、シュンはシュウを急かす様に自転車に跨っていた。


「急いでんだろ。 バイクで行くぞ」


自転車に跨るシュンを一瞥すると、シュウはガレージに近づく。


彼が近づくと、ガレージのシャッターが勝手に開いた。


ガレージの中に停められていたバイクのシートからショッキングピンクのヘルメットを取り出すと、シュウはシュンにそれを放り投げた。


シュンはそれを受け取り、首を傾げる。


「まだ免許とって一年未満だろ? 二人乗り、大丈夫なのかよ?」


「ばれなければ大丈夫」


「まぁ、人の命の方が大事だしな」


自分を無理矢理納得させ、シュンはヘルメットを被ると、シュウがハンドルを握るビッグスクーターの後ろのシートに跨った。


「ちゃんと掴まったか?」


シュウはヘルメットのシールドを閉めると、左右のミラーで後ろに跨るシュンを確認する。


「おー、大丈夫」


シュンのその声と同時に、シュウはハンドルを捻った。




薄気味の悪い廃ビルの中をケータイのライトで足元を照らしながら屋上を目指す。


お化けなんていないと思ってはいるものの、埃っぽく、全く人気がない廃ビルの中は、気味が悪かった。


ようやく非常階段を登り切り、屋上のドアを開ける桃子の目に見慣れた男の子の後ろ姿が飛び込んでくる。


ドアの開く音に驚いた男の子は、後ろを振り返った。


やっぱりかぁ。


桃子は、心の中で小さく溜息をついた。


下から見えたシルエットと記憶の中の人物が合致した時に感じた嫌な予感が現実になった。


「せ、先生」


フェンスの外にいる人物が出したのは蚊の鳴くような声だった。


「中鉢君、どうしてここに?」


そう訊ねながらも、桃子には理由が分かっていた。


分かっていながらこうなるまで何も出来なかった自分に腹が立った。


「毎日が辛いんですよ。 辛くても逃げられないし」


月明かりに照らされる颯太は涙を流しながら笑っていた。


「ごめんね」


「どうして白鳥先生が謝るんですか?」


「私、全部知っていたの」


桃子は颯太がいじめにあっている事に薄々気が付いていた。


だが、新米の教師がでしゃばった事も出来ず、どうして良いのか分からずにいたのだった。


「そうですか……なら僕の苦しみ分かりますよね?」


「うん。分かるわよ」


桃子は颯太に悟られないようにゆっくりと彼に近づく。


「なら、見なかった事にしてくれませんか?」


「それは出来ないわ。まだまだペーペーだけど、私は教師なんだから」


桃子はこうなるまで何も出来なかった自分に腹が立った。


颯太を救ってあげられなかった自分の非力さに腹が立った。


「僕、白鳥先生の授業分かりやすくて好きです。 白鳥先生は良い先生です。 ですから、迷惑かけたくないんです。 だから何も知らなかった事にして下さい」


懇願するような颯太の瞳に、桃子は押しつぶされそうになる。


その眼は紛れもない本物の目だった。


本当に死を考えた人間の目だった。


「確かに君がここで飛び降りたら、私は何らかの責任を負う事になるかもしれないわね。 それは嫌だけど、でも君が飛び降りる方がもっと嫌」


桃子の発した言葉は、颯太にとって予想外のモノだった。


責任を負う事は嫌だと、正直に言ったうえで、颯太に死んで欲しくないと、そう言える大人がこの世界にどれくらいいるだろうか?


大抵の大人は、こういう場面では綺麗ごとを並べるはずだと颯太は思った。


「白鳥先生って正直ですね。 普通なら、責任なんかどうでも良いって嘘を言うんじゃないですか?」


「嘘って君みたいな繊細な人は見抜いちゃうものなのよ。 だから綺麗ごと抜きに、正直に言ったの」


「白鳥先生って油谷先生と全く違いますね。 あの先生は、何も見えていなかった」


「ダメよ。 担任の先生の事を悪く言うのは」


桃子は颯太を安心させるため、小さく微笑んだ。


颯太は、桃子を真っ直ぐ見つめていた視線を、青白い光を放つ月へと向ける。


色白な颯太の顔がより白くなり、生気が無いように見える。


「そうですね。 僕はダメな人間ですね。 だから死ぬんです」


颯太はへらへらと硬く笑い、言葉を続けた。


「僕の境遇を誰かのせいにはしたくないです。 きっと僕に原因があるんだと思います。 僕が気づかなかっただけで、アイツらには僕をいじめる理由があったんだと思います。 そんな理由に気づかず、のうのうと生きてきた自分が恥ずかしいです」


桃子は、自分が発した言葉を後悔した。


この場で、颯太を責めるような言葉を発するべきではなかったと。


「アイツらって誰?」


さっきよりも慎重に言葉を発した。


桃子は、颯太の指すアイツらを知っていたが、少しでも自分の失言を誤魔化したかった。


「さぁ、誰でしょう?」両手を頭の後ろで組んで、颯太は小さく笑った。


「教室で観る限りでは、中鉢君と大泉君には同じクラスというくらいしか接点はないように思うんだけど」


「やっぱり白鳥先生は僕が誰にいじめられているか気づいていたんですね」


「うん。気づいていたわよ。

でも、何もしようとしなかった。

だから私も君のクラスメイトと同罪なの」


実際、桃子は颯太の為に動いていた。


新米教師だったから目立つ動きは出来なかったが、油谷に「自分のクラスにもう少し目を光らせる様にして下さい」とは伝えていた。


しかし、結局何も改善されなかった事は、彼女にとっては颯太の為に何もしていないと同じ事だった。


「白鳥先生は何も悪くないですよ。悪いのは僕です」


そう言って、颯太は桃子に背を向け、ビルの下を覗き込んだ。


「そうだよ。 お前が全て悪い」


勢い良く鉄製のドアが開かれ、飛び出て来たシュウが叫んだ。


その声に驚いた颯太は後ろを振り返る。


「だ、誰?」


「今から死ぬお前が、俺を知ってどうする?」


ずかずかと遠慮なしにシュウは颯太に近づいていく。


その後に続くように大きな体のシュンが桃子に会釈しながら現れた。


「やっぱりアイツ、死のうとしていたんですか?」


屋上の真ん中まで来ていた桃子に近づき、颯太の様子を横目で見ながらシュンが桃子に訊ねた。


「うん。 そうみたい」


「ここに来る途中で、連佛が面白い事思いついたから、白鳥先生に『じっとしてて』って伝えとけって」


「面白い事?」


心配そうにシュウの背中に目をやりながら、桃子は首を傾げた。


「俺も解らないんですけど、アイツの事だから多分、大丈夫だと思いますよ」


「私も連佛君は信頼しているんだけど、今は中鉢君の命がかかっているから……」


「オイ!さっさと飛べよ。 どうせ構ってほしいだけだろ? ただのパフォーマンスだろ?」


颯太を挑発する言葉を発しながら、シュウはずかずかとフェンスへと近づいていく。


「く、来るな!本当に飛ぶぞ!」


シュウに圧倒され颯太は一歩後ろへ後ずさりした。


右の足の裏の半分が空中を浮遊した。


「早く飛べよ!早く!早く!早く!」


手を叩きながら『早く』を連呼するシュウに、覚悟を決めた颯太が背を向けた。


その瞬間、シュウは猛スピードで走ると、フェンスに飛びつきフェンスの上端のネズミ返しまで一気に駆けあがった。


その様子に颯太は「来るな、来るな」と叫び声を上げた。


フェンスの上端のネズミ返しに手を掛け、シュウはフェンスの上に立つ。


そして、膝を大きく曲げると、曲げた膝を一気に伸ばした。


「アイキャンフラーイ!」


フェンスの上端からジャンプすると、シュウは颯太の頭の上を通過し、地面へと飛び降りた。


地面に激突する鈍い音が屋上にいる颯太の耳にまで聞こえてきた。


颯太は、怖くなりフェンスに背中を着き、ビルの下を覗き込む。


地面に倒れているシュウは全く動く気配がない。


パニックに陥った颯太は、言葉にならない声を発しながらビルから飛び降りた。


時間がゆっくりと動く。


これで死ねると思うと嬉しさが込み上げてきた。


空中で仰向けになり颯太は夜空に浮かぶ満月を見た。


綺麗だと素直に思えた。


颯太が死を覚悟した瞬間、ビルの壁にへばりつくように隠れていた二人の人間が同時に走り出した。


二人の人間が握りしめていた大きな布が颯太の丸い体を受け止める。


颯太は布を滑り降りる様に地面へと着地した。


フェンスに空いた穴からフェンスの外側に出た桃子はビルの下を覗き、安堵する。


二人の人間が颯太を抱きかかえ起こしている最中だった。


驚いた様子で自分を抱きかかえる二人の人間を颯太はキョロキョロと首を左右に振り、見つめていた。


桃子が見下ろす、すぐ下からは黒い大きな布が垂らされ、その布の端は地面へと繋がっていた。


颯太が飛び降りた瞬間、地面へ垂らされた布の端を持っていた二人の人人間が颯太を布で受け止めてくれたのだと桃子は理解した。


直接地面に激突したはずのシュウが起き上がり、眠そうに欠伸を噛み殺していたのが桃子の目に留まり、彼女は、もう一度、小さく安堵のため息を漏らした。


「布の滑り台で桃子先生も降りてきますか?」


ビルの下からシュウが屋上に向かって叫ぶ。


「強度は大丈夫なの?」


「多分大丈夫だと思いますよ。五階の落下防止の手すりにきちんと布の片方を固定しましたから」


「それならお願いします」


桃子は小さく笑い、高くジャンプした。


それと同時にビルの下にいた二人の人間が抱えていた颯太を放し、布の下端を引っ張った。


滑り台を滑るように桃子が布をスルスルと滑り降り、地面へと到着した。


そしてシュウの頭をコツっと優しく拳で小突いた。


「連佛君は飛び降りる必要なかったんじゃないの?」


へらへらと笑いながら頭を擦るシュウは「五点着地ってやってみたかったんですよね。 それと、飛び降り自殺をしようとする人より先に誰かが飛び降りたら、飛び降りようとしていたやつは飛び降りるの止めると思ったんですよ」と自分が飛び降りた理由を答えた。


「怪我無い?」


桃子は、シュウの顔を覗き込む。


「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ございません」


シュウは小さく桃子に頭を下げた。


「あの、俺もこの滑り台滑っていいですか?」


屋上に一人、取り残されていたシュンが屋上の端に立ちながら下に向かって叫ぶ。


「ダメ、私が滑り降りた時に不吉な音鳴らしていたから」


桃子が屋上のシュンに向かって答える。


「分かりました。 階段で降ります」


残念そうな声を漏らし、シュンはフェンスの中へと戻って行った。


桃子は布を持ってくれた二人の人間に頭を下げる。


「私の我がままで、二度もすみません」


長身の無精髭の男が一歩前に出ると一、二回咳払いをして口を開く。


「私は、連佛君が勤めている会社の社長をやらせていただいております、山田則親と申します。 以後お見知りおきを」


ヨレヨレのスーツの内ポケットから名刺入れを取り出すと、桃子に一枚の名刺を差し出した。


「裏に私の連絡先が書いてありますので、何かありましたらご連絡下さい」


名刺に書かれている文字を目で追っていた桃子に則親が笑顔でそう言う。


「兄ちゃん、帰るわよ」


グレーのスウェットとTシャツ姿の女性が、則親の腕を引っ張り、離れようとしない則親を桃子から引き離す。


「その名刺、黒魔術が掛けられていますから早めに燃やしちゃった方が良いですよ」


則親の脇腹に一発、拳をめり込ませながらグレーのスウェット姿の女性は桃子に微笑んだ。


「あ、はい」


名刺をポケットにしまいながら桃子は苦笑いを浮かべる。


「今日は、お休みのところありがとうございました」


シュウがグレーのスウェットの女性と則親に頭を下げた。


「別に良いわよ。 面白かったし」


後ろで結んでいた髪を解きながらグレーのスウェットの女性が答えた。


「山田さん、今度、何か奢りますね」


「ホント? アタシ、行ってみたいイタリアンのお店あったのよね」


「給料出たらで良いですか?」


「良いわよ。 そしたらアタシら帰るから」


そう言うとスウェットの女性は、則親の腕を引っ張りながら、その場を後にした。


則親は腕を引っ張られながらも名残惜しそうに桃子を見つめていた。


スウェットの女性と則親の後ろ姿を見送っていた桃子が口を開く。


「中鉢君、怪我無かった?」


地面にへたり込んでいた颯太が顔を上げる。


「はい……大丈夫です」


「そう、良かった」


桃子はへたり込む颯太と同じ目の高さになる様にしゃがみ颯太の頭を少し乱暴に撫でた。


颯太はくすぐったそうに眼を細めた。




多くの声と会話が入り乱れ、一つの音を生み出す教室では、各場所に昼食を食べる生徒の集落が創られている。

ウチは小、中と同じだったメグ、美子(よしこ)麗子(れいこ)の四人で教室の前側の席に陣取り、お弁当をつついていた。


両手で一つのサンドイッチを持つメグがサンドイッチを口に運ぶ瞬間、メグの動きに『はむ』っと、心の中で擬音をつけてみる。


メグを見ていると動物の赤ちゃんを思い浮かべてしまう。


何度見てもメグはやっぱり可愛い。


丸くてクリクリとした瞳に長い睫毛。


キメの細かい真っ白な肌と少し色素の薄い艶のある長い髪。


メグという人間を構成する全てのファクターが可愛いに結び付いている。


ヒョイっとウチの隣に座るメグが、ウチの唐揚げを奪い取る。


唐揚げを摘まむ人差し指と親指までもが可愛い。


真っ直ぐで華奢で女の子って感じの手。


「美味しい。 メグのママ料理上手だね」


口元を手で隠しながらモグモグと口を動かすメグ。


「ママに言っとく。 メグが誉めてたって。 多分、ママの事だから毎日メグの分まで唐揚げ作っちゃいそうだけど」


「作って欲しい。 はい、お返しにコレあげるぅ」


女の子らしいピンク色の小さなお弁当箱の中に入っているグラタンを、ウチのお弁当箱の唐揚げがあった所に置いてくれるメグ。


「ありがと。 ウチ、このグラタン大好きなんだよね」


最近の冷凍食品は優秀だ。


冷えても美味しいし、油を使う唐揚げとかでも全く油っこくない。


ウチのママのお弁当も好きだけど、メグのママのちょっとだけ手抜き弁当も大好き。


「メグもママに言っとくねぇ」


「いや、それはやめて」


冷凍食品のグラタンを誉められて喜ぶ人なんていないと思うし、メグの申し出はお断りした。


「やっぱり、樹君カッコイイわよね」


トロンとした瞳で一点を見つめていた美子がポツリと呟いた。


意識して出た言葉ではなく、自然に口からこぼれてしまった言葉のようだった。


「ホント、カッコイイ」


机を挟んでウチの向かいに座り、肉巻きお握りを両手に持つ麗子が深く頷く。


美子と麗子の視線の先には、机につっぷして寝る蓮佛君と向かい合うように座る樹君の姿。


連佛君の寝姿を見守るように彼を樹君を含む三人の男の子が囲んでいた。


「確かに樹君カッコイイよねぇ」


生クリームに蜂蜜を垂らしたようなメグの甘い声に、ウチら三人は一斉にメグの顔を見た。


「ど、どうしたのぉ?」


小さくカットされたパインにフォークを刺す手を止め、メグは大きく瞳を見開き、ウチら三人の顔を見る。


「メグは男の子に興味ないのかと思ってた……」


ウチら三人の声が重なる。


「メグだって男の子をカッコイイと思うよぉ」


首を小さく傾げ、メグは小さく笑う。


その小動物みたいな顔が堪らなく可愛いくてギュッとしたくなる。


「アタシは安心したよ。 メグみたいな可愛い女の子が男の子に興味がなかったら、男の子が可哀想だしね」


妙にオバサンぽい口調でそう言った美子は、手に持っていた菓子パンを一口かじった。


「確かにそれは言えてるわね」


美子に同意しながら麗子が肉巻きお握りの最後の一口を口に押し込みながら頷いた。


寝ていた連佛君がスッと顔を上げ、立ち上がると自分を囲む三人に何かを告げ、ウチらの方へと歩いて来る。


「ブス、じゃま」


ちょうど教室の前側のドアを塞いでしまっていたウチに冷たく言い放つ連佛君は眠そうに眼を擦っている。


「ご、ごめん。 今どけるね」


小さく頭を下げ、ウチが椅子を前に引いてどけると連佛君はドアに手を伸ばした。


大きな溜息と共に椅子が床を擦れる嫌な音が響き、麗子が立ち上がった。


「ちょっとアンタ、詩音に謝んなさいよ!」


蓮佛君の前に仁王立ちし、麗子は彼を睨み付ける。


「デブどけろ。暑苦しい。豚汁撒き散らして喚きたてるな」


蓮佛君の発言を聴いていたクラスメイトがクスクスと笑っている。


人の目を人一倍気にする繊細な麗子は顔を真っ赤にし教室を飛び出した。


「蓮佛君!」


ウチの事を悪く言うのは良いとして、麗子を傷つけられた事に怒りを覚え、立ち上がろうとしたウチを「アタシが言う」と制止し、美子が立ち上がった。


「アンタさ、ちょっと綺麗な顔してるからって調子にのってんじゃないの? 麗子はとっても繊細な女の子なのよ。 詩音と麗子に謝んなさいよ」


「繊細だったらあんなにブクブク太らねぇーだろうし、少しは他人の事も考えて夏仕様に涼しそうなフォルムに変わろうとするんじゃねぇーの?」


「ホントにアンタって最低ね。 女の子はねホルモンのバランス崩れたりして体重、変動しやすいんだよ」


「んなの知るかよ。 俺はあの豚じゃねぇーし、アイツも俺じゃねぇーわけだし、個々には個々の悩みや苦悩がそれぞれあって、それでも社会の中で生きなきゃならなくて、他人に迷惑をかけないように皆、努力や我慢をしているわけだろ?」


「確かに……」


欠伸を噛み殺しながら正論ぽい屁理屈を垂れ流す蓮佛君に美子は、取り込まれそうになっていた。


「だろ? だからお前もさ、鋭利な物を無闇に他人に向けない方が良いぞ」


「は? 何言ってんの?」


「だ、か、ら、お前の前に突き出た鋭利な顎を俺に向けるなって言ってんの。 俺が先端恐怖症だったらどうすんだよ?」


言葉にならない叫び声をあげ美子は大粒の涙を流し、教室を飛び出した。


気づくとウチは立ち上がり蓮佛君の頬を叩いていた。


「最低」


「はいはい」


真っ白な肌が赤みを帯びる。


蓮佛君はウチの横を通り、教室を出て行った。


クラスメイトの視線が気まずそうに宙をさ迷う。


ウチは、腰が抜けてしまい、そのまま椅子にへたりこんだ。


「頑張ったね」ウチを抱きしめ、メグが頭を撫でてくれた。


温かく柔らかいメグの優しさに静かに涙が頬をつたった。




コンコンとリズミカルにノックをすると「失礼します」と一礼し、シュウは職員室に足を踏み入れた。


「今朝、昼休みに職員室に来るように言われたのをすっかり忘れてました。 すみません」


シュウは、桃子が座る席まで行くと、小さく頭を下げた。


シュウの色素の薄い少し茶色の髪が揺れる。


「謝らなくても良いわよ。 ちゃんと来てくれたわけだし」


昼食のサンドイッチをお茶で流し込むように胃袋へ押し込むと、桃子は立ち上がった。


「ここじゃ話し辛いから、面談室に移動するわよ」


スタスタと職員室を出て行く桃子の後をシュウは黙ってついていく。


桃子は、職員室の隣の部屋のドアノブに鍵を挿し、ドアを開けるとシュウを先に中へ通した。


小さく会釈し、シュウが面談室に入ると桃子は、後ろ手でドアをパタリと閉じ、長テーブルを挟んで奥のパイプ椅子に腰をおろした。


「とりあえず座って」


右手を前に出し、桃子はシュウに椅子にすわるよう促す。


勧められるがままに、静かに椅子に腰をおろしたシュウは口を開く。

「それで、用件って何ですか?」


部屋の壁に掛けられたアナログ時計を見つめながら桃子は、しばらく動かなかった。


その間、シュウは桃子の顔を黙って見つめていた。


話す内容が整理出来たのか、桃子はゆっくりと話し始めた。


「一Cの中鉢君の事なんだけれどね」


「中鉢……昨日のあのお騒がせデブの事ですか?」


パイプ椅子の背もたれに、体を委ねシュウは腕を組んだ。


「違わないけど、違うわね。 他人を無暗に傷つけるような事を言うのはやめなさい」


小さくため息をつきながら、桃子はポケットから取り出したティッシュで眼鏡のレンズを拭く。


眼鏡で誤魔化してはいるものの、目の下には濃いクマが出来ていた。


「すみません」と小さく頭を下げシュウは「それで、中鉢がどうしたんですか」と続けた。


眼鏡を掛け直し、使い終わったティッシュを丸めると、部屋の隅に置かれたゴミ箱へ丸めたティッシュを投げる。


くしゃくしゃに丸められたティッシュは、引き寄せられるようにゴミ箱に収まった。


「彼、いじめられているみたいなの」


「まさか、俺にそれをどうにかしろって事じゃないですよね?」


組んでいた腕をほどき、シュウは人差し指でコツコツとテーブルを叩く。


「そのまさかよ」


直ぐにシュウの瞳を見つめ桃子は、笑んだ。


瞬きをする度に彼女の長い睫が上下する。


「無理ですよ。 いじめをどうにかするなんて」


「そっかぁ……蓮佛君に出来ないなら、どうしようも無いわね。 彼がまた自殺を図ろうとしても仕方ないわね」


「死なれるのはちょっと……全く知らない人なら何とも思わないんですけど……少しでも知った顔だと、やっぱり後味が……」


「良かった。 私からの依頼受けてくれるのね」


桃子は机をコツコツと叩くシュウの手を握り満面の笑顔を浮かべる。


「いや、まだやるなんて……」


「ありがとう。 私の力だけじゃ、どうしようも出来なかったのよ。 ちゃんと彼をいじめから救えたら成功報酬は、はずむからね」


桃子は立ち上がり、シュウにウィンクすると部屋を出て行こうとする。


「あの、どうして身銭を切ってまでアイツを助けるんですか?」


ドアノブに手を伸ばす桃子の背中にシュウは、質問を投げ掛けた。


桃子は後を振り返り、ドアに寄り掛かると、シュウの背中を真っ直ぐ見つめた。


「学校ってホントは楽しいところだと私は思うの。 だから中鉢君が大人になった時にね、高校時代は楽しかったなぁって言えるようにしてあげたいのよ」


シュウは後ろを振り返り、桃子を真っ直ぐに見つめ、訊ねる。


「それだけの為に?」


「うん。 それだけ」


シュウは立ち上がり小さく笑った。


その笑顔は、桃子の不安を少しだけ取り除いてくれるものだった。


「分かりました。俺に任せて下さい」


「うん。 お願いね。 あ、もう昼休み終わっちゃうわね」


一瞬、硬い笑顔を浮かべた桃子は、シュウと一緒に面談室を出た。


シュウは、桃子の笑顔が、硬いモノだという事に気づかないふりをした。




雲一つない晴天なのにも関わらず、体育館と校舎、武道場の三つの建物に囲まれた一角だけは、殆ど日差しが入らなかった。


薄暗くジメジメとした数十メートル四方の小さな空間の真ん中で小太りの男の子が蹲っている。


「昨日のワールドカップ予選観てたらよ、無回転シュートの練習したくなってよ」


長身で坊主頭の男の子が、下品な大きい声を発した。


「ブタで練習して良いかな?」


小太りの男の子を囲む五人の男子生徒がゲラゲラと笑いながら「良いよ」と囃し立てる。


坊主頭の男の子は、ジメジメとした地面に蹲る小太りの男の子から少し離れ、助走をつけると、男の子の脇腹を蹴りあげた。


周りを囲む建物に鈍い音が反響する。


小太りの男の子が、声にならない呻き声を上げると、彼を囲む五人の男子生徒は、ゲラゲラと大きな笑い声を上げた。


「そろそろ部活行くかな?」


左手首につけた腕時計に視線を落とし、坊主頭の男の子はポツリと言う。


五人は最後に一発ずつ、小太りの男の子を蹴るとその場を後にした。


その様子を校舎の屋上から見ていたシュウは、屋上から飛び降りると、蹲る男の子の横に着地する。


突然現れたシュウに颯太は目を見開き、口をポカーンと開けた。


「だ、大丈夫?」


五点着地し、転がるように倒れたシュウの顔を、颯太は覗き込む。


その颯太の顔は、蹴られた痛みで歪んでいた。


「あぁ、大丈夫。 五点着地したから」


体についた泥を払い、立ち上がると、シュウは蹲る颯太に右手を伸ばした。


「五点着地って、体の五点で落下の衝撃を分散させて着地するアレ?」


「アンタ、博識だね。 つーか、俺の事より自分の事を心配しろよ」


「僕はなれているから大丈夫」


「丈夫なやつは死のうとはしねぇーよ」


颯太の伸ばした腕を掴み、自分に引き寄せる様にして、シュウは颯太を立たせた。


「もしかして、君は昨日の?」


「俺って以外と有名人だったんだな」


乱暴に颯太の衣服に付いた泥を払いうシュウは照れ臭そうに笑う。


「いや、昨日までは君を知らなかったから有名ではないと思うよ」


「んなの分かってるよ」


太い颯太の腕を拳で押すと、シュウは彼を睨む。


「僕と話さない方が良いよ。 君も大泉達にいじめられちゃうから」


「ご忠告、ありがとうございます」


頭を深々と下げ、両足をクロスさせるとシュウは右手を象の鼻の様に下へ下げた。


「ふざけない方が良いよ。 大泉って狡賢くてしつこいから」


「俺は無敵だから大丈夫」


両手を腰に当てて、胸を張るシュウはトンと自分の胸を右の拳で軽く叩いた。


「無敵って、君は僕よりも小さいし細いんだよ。 大泉にいじめられて平気なわけないよ」


低いトーンだった颯太の声が少しだけ大きくなる。


「だから俺は、いじめられないから」


「僕と関わった人は皆、いじめられたよ。 だから、これ以上、僕に深入りすると君も……」


俯き、颯太は緑色の苔が生える地面を見つめた。


自分のせいで、誰かが傷つくのだけは、嫌だと、言いたげな様子だった。


「深入りしても俺はいじめられねぇーの。 大泉より遥かにつえーから」


シュウは、ボクサーの様にファイティングポーズをつくると、数回左腕を前に突き出した。


拳が小気味良く風を切り、颯太の頬を風が撫でた。


「君が強くても、大泉には勝てないよ。 アイツは大きくて力もあるし……君は小柄だし細いもん。 ボクシングが階級別に細かく別けられているのは、小は大に絶対に勝てないって事だから」


「ならアンタはずーっと大泉の馬面野郎にサンドバッグにされても平気なわけだな。 聞いた話によるとアイツ頭良いんだろ? なら大学もアンタと一緒になるかもな。 学年一位の秀才さん」


肉厚の颯太の肩に手を置き、シュウはシニカルな笑みを浮かべた。


「そんなの絶対に嫌に決まっている。 でも……でも……僕じゃアイツに逆らえないもん……」


大粒の涙が頬を伝って湿った地面に落ちる。


鼻を啜り颯太は下唇を強く噛んだ。


「アンタが変わりたいなら俺は力になるよ。 まぁ、その前に俺を知ってもらわないといけないんだけれど」


ボリュームの多い黒々とした颯太の頭をくしゃくしゃと撫で、シュウは優しく笑った。


「俺がアンタに希望を見せてやるよ」


シュウはジーンズのポケットから紙片を取り出し、颯太の服の胸ポケットに差し込んだ。




轟音というのはこういう音の事をいうのかと、別の事に思考を巡らせ現実逃避する。


颯太は、この場所に来た事を死ぬほど後悔した。


颯太の隣で腕を組み、自分の周りを取り囲むバイクを静観していたシュウが口を開いた。


「これで、これから起こる事を撮影してくんない?」


シュウは、バイクのシートの下からハンディカムを取り出し、颯太に手渡す。


颯太の顔は、ショッキングピンクのフルフェイスのヘルメットで覆われていた。


「撮影?」


手の平より二回り小さなハンディカムのベルトに手を通し、颯太は首を傾げる。


「コイツらを今から駆除するからさ、その一部始終を撮影して欲しいんだよね」


周りのエンジン音に掻き消されないように、シュウは颯太の耳元に口を寄せた。


「どうして駆除なんか?」


シュウは緑色の目出し帽を被っている。


颯太はシュウの耳と思われる場所に口を近づけ、訊ねた。


「それが俺のバイト。 詳しくは後で説明するから」


そう言うとシュウは、一歩前へ出て、バイクに股がる色とりどりの頭をした人々を見渡した。


その後ろ姿を見ていた颯太は、ヘルメットのシールドを上へ上げ、ハンディカムの電源をオンにする。


ハンディーカムの小さなモニターに映るシュウの姿は滑稽だった。


全身緑色のタイツによって、浮き出る体のラインは細く頼りない。


まるで栄養不足のアスパラの様だと颯太は思った。


シュウは拡声器にICレコーダーのマイクを近づけた。


「ワタシハ、セイギノヒーロー、ミドリチャン。アイドルシボウノ、サンジュウゴサイ。アナタタチ、ガイチュウヲ、クジョシニキマシタ」


読み上げソフトに読ませた音声を録音したICレコーダーが無機質な音を紡ぎ出す。


拡声器から出る音を聞くためバイクの音が少しだけ静かになり、読み上げソフトの無機質な声が終わると、さっきよりも怒気と殺気を含んだ声と、バイクのエンジン音が飛び交った。


「ヒーローゴッコすると怪我だけじゃすまないよ」


バイクから降り、金髪の男がシュウに近づいてくる。


一メートルくらい空けて、金髪の男がシュウの前で立ち止まった。


小柄なシュウと比べると余計に金髪の男が大きく感じた。


体の大きさや醸し出す雰囲気が自分をいじめる大泉に似ていると颯太は思った。


「俺も昔はヒーローに憧れてたんだよ。 でもなヒーローなんて現実には存在しねぇーんだよ」


肩に担いでいた長い木製バットを、金髪男は地面に叩きつけた。


真っ二つに割れる木製バットを見て、颯太は息をのんだ。


数回ICレコーダーのボタンを押し、シュウはまた拡声器にマイクを当てた。


「ウルセェー、ダマレ、ハゲ」


シュウの挑発に金髪が大声を張り上げる。


「この人数を目の前にして平気でいられるお前の度胸に免じて、今、土下座して命乞いしたら仲間に入れてやるよ」


ICレコーダーのボタンを押し、シュウは再び拡声器を金髪男に向ける。


「ウルセェー、ダマレ、ハゲ」


「ウルセェー、ダマレ、ハゲ」


「ウルセェー、ダマレ、ハゲ」


三回、ICレコーダーのボタンを連打し、シュウは金髪男を挑発する。


「良い度胸してんな。 お前」


金髪の男は、右の口角を上げ、小さく笑った。


「お前、おもしれーからチャンスをやるよ。 三人だ。俺のチームのトップスリーと順番にタイマンやって生き残ったら逃がしてやるよ」


「ウルセェ―、ダマレ、ハゲ」


「ウルセェ―、ダマレ、ハゲ」


「ウルセェ―、ダマレ、ハゲ」


金髪の男は、シュウから拡声器を奪い取ると、下に叩き付けた。


キーンと不快な音が鳴り響き、拡声器が颯太の跨るバイクの前輪にコツりとぶつかった。


シュウは、ポリポリと目だし帽の上から頭を掻くと、緩慢な動きで地面に転がる拡声器を拾い上げた。


そして拡声器のボタンを押し、拡声器を叩く。


ドンドンという音が周りに響いた。


シュウは、拡声器とICレコーダーをバイクの近くに置くと、ファイティングポーズをとった。


金髪の男は、自分とシュウ達を囲むバイクに跨った男達を振り返り、名前を呼ぶ。


「赤西」


「はい」


金髪の男に呼ばれ、髪を赤く染めた男が一歩前へ出る。


「殺せ」


赤西に金髪の男が命令すると、赤西はシュウに近づき、三十センチくらい離れた場所で立ち止まり、シュウを見おろす。


シュウと赤西と呼ばれた男は、身長差にして二十センチくらいあった。


「レフリーは俺がやるから」


「はい」


シュウと自分の間に立つ金髪の男に、赤西は小さく頷く。


「ルールは無し。 気を失う、死ぬ、負けを宣言すれば終了だ」


金髪の男がそう説明する最中、赤西が仰向けに倒れた。


顔は鮮血に染まっていた。


「オイ、てめぇー」


シュウの胸倉を掴もうと金髪の男が右手を伸ばすが、シュウはその手をかわし金髪の男の鼻先五センチ手前で拳を止めた。


「すまん。ルールは無いって言ったもんな」


鼻でフッと笑い、金髪の男はシュウから一歩後ろへ下がった。


シュウ達を囲むバイクに跨る男達は何が起きたか理解していない様で、各々に何か叫んでいた。


「お前ら、黙れ!」


そう金髪の男が叫ぶと、一斉に声が止み、バイクのエンジン音だけがその場に取り残された。


「ルールねーなら、不意打ちもアリだ。 だから今のは赤西が弱かったって事だ」


納得出来ない数人が文句を言っている中、金髪の男は話を続けた。


「お前が不意打ちをしたって事は、自分もされる危険性があるって事だからな」


真っ赤に染まる右の拳を仰向けに倒れる赤西の真っ白なTシャツで拭っているシュウの背中を見ながら金髪の男は小さく笑った。


シュウは立ち上がり、拾い上げたICレコーダーのボタンを押す。


「ウルセェ―、ダマレ、ハゲ」


「まぁ、お前がつえーのは分かったよ。 赤西を不意打ちとはいえ、一発で倒しちまうんだからな」


長い前髪を左右に分け直しながら、金髪男は仰向けに倒れている赤西に唾を掛け、蹴り飛ばす。


「次は青山だ。出て来い」


赤西よりも十センチ以上大きな男が、のそのそと前へ出てくる。


青山は、前へ出てくると、直ぐにシュウに殴りかかった。


青山の右腕が空を切る。


シュウは青山の右腕を上体を後ろに反らしてかわし、青山の脇腹に右フックをめり込ませた。


青山の大きな体が地面に倒れ込む。


青山は左脇腹を両手で抑えながら蹲った。


「お前、カウンターも出来るのかよ?」


蹲る青山を見おろしながら笑う金髪をよそに、シュウは青山の頭を踏みつけた。


そして、青山の左脇腹を蹴りあげると、横に倒れた青山の腹を蹴り続ける。


声にならない呻き声を上げていた青山は、大粒の涙を流しながら「すみません。 俺の負けです」と命乞いした。


蹲る青山からシュウを遠ざけようと間に入る金髪の手をかわし、シュウは後ろに一歩下がった。


「お前、でけーだけなんだな」


泣きながら蹲る青山の脇腹を蹴りあげ、金髪は唾を吐いた。


その唾は、青山の頬にぶつかり、アスファルトの地面を黒く染めた。


「次、黒田」


金髪に名前を呼ばれ、出て来たのは、スキンヘッドの小柄な男だった。


シュウよりも小さく細い。


真っ黒なタンクトップに白い短パン姿の男だった。


「アンタ、つえーな」


かけた前歯を自慢するように黒田はニターッと笑った。


黒田の耳元にICレコーダーを近づけ、シュウはボタンを押す。


「ウルセェ―、ダマレ、ハゲ」


「コレは、はげじゃねー。 剃ってんだよ」


細い目を更に細めながら黒田はゲラゲラと下品に笑った。


その常軌を逸した笑顔に、シュウの後ろでハンディーカムを回す颯太の背筋を冷たい汗が流れた。


「ウルセェ―、ダマレ、ハゲ」


もう一度、ICレコーダーが無機質な声を紡ぐ。


刹那、シュウの持つICレコーダーがアスファルトに激突する。


右手を振りながらシュウは、破片を撒き散らしアスファルトに叩き付けられたICレコーダーを拾い上げ、ボタンを数回押し小さなため息をついた。


「アレ、壊れっちゃった?」


黒田は、ポケットから煙草を取り出し、火を点けると一口、煙を吸った。


シュウは、音の出なくなったICレコーダーを黒田に投げつける。


「もし、俺を倒せたら、ICレコーダー弁償してやるよ」


腰を小さく屈め、黒田は投げつけられたICレコーダーをかわす。


「黒田、もう良いだろ。 さっさと始めろ」


金髪の男がそう促すと黒田は面倒くさそうに「へいへい」と言ってまだ長い煙草をアスファルトに投げつけ靴の底で踏みつけた。


「楽しませてくれよ」


黒田がそう言ってファイティングポーズをとると、金髪の男が「はじめ!」と叫んだ。


金髪の男の号令と共に、黒田がシュウの顔面に向かって右拳を突き出す。


黒田の拳は、シュウの鼻先一センチのところで止まった。


ゆっくりと拳を引き戻し、黒田が笑う。


シュウは両手をポケットに入れ首を左右にコキコキと曲げた。


ゆっくりと黒田はシュウを中心に直径五メートルくらいの円を描くように回り始める。


そのスピードは徐々に加速していく。


少し離れた場所からシュウと黒田の闘いを撮影している颯太は、時々その円が歪むのが分かった。


颯太は、ハンディーカムを持つ手を固定したまま、ハンディーカムのモニターから目を放した。


モニターでは分かりにくかった動きが、肉眼だとはっきりと分かる。


円が歪むタイミングで黒田が左拳をシュウに放っていた。


シュウは、黒田の動きを追うようにその場で回り、黒田の拳を拳で叩き落としたり、体を逸らせたりしてかわしていく。


拳が当たらず業を煮やしたのか、黒田は動きを止め、その場でタンタンとリズミカルにジャンプした。


タンタン、ターン。高くジャンプし、着地した瞬間、黒田がシュウの懐に飛び込むと顎目掛けて拳を天へと突きあげた。


鈍い音を立てて崩れ落ちる体に、颯太は息を呑んだ。


生まれて初めて自分の中の血が沸き立つのを感じた。


土下座するように倒れている黒田の顔を蹴りあげると、シュウは黒田の臀部から長財布を取り出し、数枚お札を抜き取った。


「お前、スゲーな」


足で黒田を端へと除けると、金髪の男が着ていた上着を脱ぎ捨てた。


良く鍛えられた肉体がシュウを威嚇する。


その体を観た颯太はシュウが勝つ事は無理だと思った。


あんなに体格差がある相手に勝てるはずがないと。


勝負を諦めた颯太をよそに、両拳を握りしめた金髪男の懐にシュウが飛び込む。


あまりにも踏み込むスピードが速すぎたせいか、金髪男は驚き後に一歩後退する。


シュウは後退した金髪男を追うとはせず、その場で軽くトントンとジャンプした。


金髪男の表情が一気に引き締まり、拳を顔の前で強く握る。


シュウは口元を緩ませると、もう一度金髪男の懐に飛び込んだ。


今度は後に下がる事なく、金髪男は右拳をシュウの顔面目掛け放つ。


次の瞬間、糸が切れた人形の様に金髪男が地面に倒れた。


金髪男を応援していた男達の声が消える。


颯太は心の中で、ワン、ツー、スリー……とテンカウントを数え始めた。


最後のカウントを数え終わった颯太は、ようやくシュウが金髪男を倒した事を理解する。


厚海(あつうみ)さん!厚海さん!」


銀髪の男が、倒れている金髪男に駆け寄り、体を揺する。


うつ伏せに倒れている金髪男を仰向けに寝かせ、銀髪男は頬を数回叩いた。


うっすらと瞼を開けた金髪男は、事態を把握しようと瞳をキョロキョロと動かした。


「俺は……俺は負けたんだな……」


小さくポツリと呟いていた金髪男は、自分を照らす街灯をしばらく見つめ、不適に笑った。


「お前ら、この二人を生きて帰すな!」


金髪男のその叫び声と共に一斉にシュウと颯太を囲む男達が飛び掛かってきた。


シュウは、急いでバイクに跨るとハンドルに掛けていたヘルメットを被り、バイクを発進させた。




事務所に戻ったシュウは、颯太からハンディーカムを奪うとソファーに腰を下ろす山田にハンディカムを手渡した。


「これ、ネットに流しといて下さい」


「了解」


山田は携帯ゲーム機をパタリと閉じると、立ち上がりリビングの奥の机に腰を掛け、パソコンを起動させた。


「バイトっていったい何なんですか?」


シュウの後を追いかける様にリビングキッチンに足を踏み入れた颯太は、オドオドとリビングキッチンを見渡す。


「とりあえず座って」


ソファーを颯太に勧めると、シュウはキッチンへ行き冷凍庫から二本のアイスキャンディを取り出し、ソファーに戻る。


「ほい」


アイスキャンディを一本、颯太に手渡すと、シュウはローテーブルを挟んで向かいのソファーに腰を下ろした。


「俺のバイトっていうのは便利屋なんだよね」


アイスキャンディの袋を開け、毒々しい蛍光ピンクのアイスを、前歯で小さく噛み「遠慮せずに食べて」とシュウは颯太にアイスキャンディーを勧める。


「便利屋?」


両手でアイスの袋を開けながら訊ねる颯太に、シュウは簡潔に答える。


「迷い猫、迷い犬の捜索、害虫駆除とか浮気調査、その他諸々何でも請け負う言わば万屋だね」


「何か、凄いね。 でも便利屋の君がどうして僕に?」


一口アイスを噛むと口の中にバニラアイスの甘味が広がり、颯太は、少しだけ疲れがとれた様に感じた。


「白鳥先生がアンタの事を心配してたんだよ。 でも、あの人、新米だからあまり動けないし、アンタのクラスの担任の油谷には期待できないから、俺にどうにかして欲しいって」


アイスの冷たさで頭が痛くなったのか、シュウは首の後をトントンと叩く。


「バイトって事は、白鳥先生が依頼料払ったって事?」


暑さで溶け始めたアイスの雫を掬い取るように颯太は舌を這わせる。


「いや、これはアンタの問題だから依頼料はアンタが払え」


「む、無理だよ」


「誰も現金で払えって言ってない。 ここでタダ働きしながらいじめと闘う術を身につければ良い。 嫌なら無理強いはしない、アンタはどうしたい?」


アイスの棒を奥歯で噛み、シュウは真っ直ぐに颯太を見つめる。


「ぼ、僕……変わりたい……」


「了解」


シュウはアイスの棒をゴミ箱へ投げた。


弧を描きクルクルと回る棒は、ポトりとゴミ箱へ吸い込まれる。


「そういえばさ、上手く逃げられたけど、ナンバープレートで君がやったってばれちゃうんじゃないの?」


「アレは偽造ナンバーだから大丈夫」


「偽造?」


サクッと前歯で、アイスキャンディーを一口噛むと、颯太は舌の上で転がしながらアイスを溶かす。


「あぁ、あのチームと敵対するチームのメンバーと全く同じバイクを用意して、全く同じナンバーをつけただけ」


中年の男性の様に、ボリボリとシュウはお腹を掻く。


「もしかして、いざこざを起こさせて片方のチームを潰すつもりなの?」


「両方潰すつもりだよ。 でも抗争で弱ったところを叩いた方が楽だろ? 漁夫の利ってやつだよ」


「君、天国に行けないね」


「どうして?」


シュウは頭をボリボリと掻くとソファーに寝転がった。




憂鬱だ。


とりあえず着替えてここまで来たものの、昨日の今日で顔を会わせにくい。


どうしてあんな事をしてしまったのだろう。


もう少し冷静でいられたら、こんな憂鬱な気分にはならなかったのに。


ウチは、事務所の外付け階段の前を行ったり来たりを繰り返し、小さく溜息をつくと立ち止まり、建物を見上げた。


やっぱり足がすくんで進んでくれない。


「何してんだよ? 早く入れよ」


背後からくぐもった低い声が飛んできた。


ウチはゆっくりと後ろを振り返る。


「う、うん」


なるべく平静を装う。


ウチは何も悪い事していないわけだし。


悪いのはあっちだもん。


ウチが気を使う必要は全くない……はず。


「昨日は、アンタの大切な友達を傷つけてごめん。 寝起きで機嫌悪くてさ、つい……。 昨日、あの二人には謝っといたから」


連佛君は、気まずそうにウチから視線を外し、首筋をぽりぽりと人差し指で掻く。


真っ白な肌が少し赤みを帯びる。


「ウチこそ叩いたりしてごめんね」


体を九十度に曲げ、連佛君に頭を下げた。


ビンタをするなんてウチも大人気なかった。


どんな状況でも暴力はダメだよね。


「アンタは何も悪くねーよ。 俺が最低だったんだ」


くしゃくしゃと少し乱暴にウチの頭を撫でると、連佛君は階段をリズミカルに登って行った。


ウチもその後ろを追う。


走ってもいなにのに、心臓の鼓動が少し早くなった。


連佛君が脱ぎ散らかした靴を揃え、自分も靴を脱ぎ事務所のリビングキッチンへと向かう。


リビングでは、いつもの様に山田さんがソファーに腰を下ろし携帯ゲーム機の世界へと没入していた。


ソファーの前に置かれたローテーブルに投げ出された山田さんの足は細く、とても綺麗。


山田さんが座るソファーと対に置かれたソファーに小太りの男の子が座っている。


年齢は多分ウチと同じくらい。


大きい体に似合わず、キョロキョロと小動物の様に忙しなく部屋の中を目で物色している。


「おはようございます」


山田さんと小太りの男の子に挨拶し、ウチは荷物を置きにリビングの奥へ向かう。


自分の机に鞄を置いて戻ると、連佛君が男の子の隣に腰を下ろしていた。


「今日からうちの事務所でただ働きをしてもらう事になったチュウバソウタ君だ」


ウチが山田さんの隣に腰を下ろすと、連佛君が隣に座る小太りの男の子を紹介し始めた。


「よろしくお願いします」


男の子は立ち上がり、礼儀正しく深々とウチと山田さんに頭を下げた。


立った感じからすると、身長はウチと同じくらい。


連佛君よりもちょっと大きい感じ。


「よろしくね」


山田さんはゲーム機を操作しながらチラッと目を上げた。


「こちらこそ宜しくお願いします」


ウチも男の子に頭を下げ、挨拶をする。


初対面の人を目の前にするとやっぱり緊張する。


「山田さん、コイツを鍛えてやってくれませんか?」


腰を下ろしたチュウバチ君の肩に手を置きながら、ゲームに興じる山田さんの横顔に連佛君は問いかけた。


「厳しくても良いならやってやっても良いわよ」


ゲームの画面に視線を落としたまま山田さんが言う。


「是非、お願いします」

チュウバチ君の頭を掴み、連佛君は彼の頭を下げさせ、自分も頭を下げた。


山田さんはパタリとゲーム機を閉じ、立ち上がる。


「早速始めましょうか」


そう言うと、彼女はリビングの奥にある扉へ向かった。


取り残されたウチら三人も慌てて彼女の後を追う。


重そうな鉄の扉を開くと、周りをコンクリートの壁に囲まれた階段が姿を現した。


山田さんは壁に取り付けられたスイッチを押し、電気を点けるとスリッパを小気味よくならし、階段を下って行く。


階段の突き当たりにある重厚な扉を開くと、そこはトレーニングスペースだった。


コンクリートで四方固められた空間の真ん中にボクシングのリングの様なものがあり、その周りの空間にランニングマシンやバイク、ベンチプレスや鉄亜鈴が乱雑に置かれている。


筋トレする道具は一通りそろっているみたいだ。


山田さんは、トレーニングスペースの入り口の土間らしき部分でスリッパを脱ぐと、靴箱からスニーカーを取り出し、履き始めた。


連佛君も山田さんの横でスニーカーに履き替え始める。


「何やってんだよ? 早くアンタもスニーカーに履き替えろよ。 昨日、持って来いって言ったよな」


座りながら靴紐を縛り、蓮佛君はチュウバチ君を見上げる。


「う、うん」


戸惑いながらもチュウバチ君は、鞄から真新しいスニーカーを取り出し、蓮佛君の隣に腰を下ろすと履き替え始めた。


横に並んで座る三人が靴を履き替え終わるのをウチは部屋の中を見渡しながら待った。


「よし、とりあえずアップして。 チュウバチは山田さんとスパーリングしてもらうから」


強く紐を縛ると、蓮佛君は立ち上がった。


「女の人とスパーリングなんて無理だよ」


チュウバチ君は慌てて手を顔の前で振る。


「大丈夫だよ。 ヘッドギアもつけるし、グローブは十六オンスだから」


「それでも男が女を殴るなんて出来ませんよ」


「女だって……良かったですね、山田さん」


からかうような笑みを浮かべ蓮佛君は山田さんに視線を向けた。


「うるさいわね」


頬を紅潮させた、山田さんは蓮佛君の背中を叩く。


背中を叩かれた蓮佛君は前につんのめった。


「アンタじゃ山田さんを殴る事なんて出来ないから大丈夫」


顔を歪め、叩かれた背中を擦りながら蓮佛君はリングの近くに腰を下ろし、ストレッチを始めた。


「殴れないってどういう意味?」


駆け足で蓮佛君の隣に腰を下ろし、蓮佛君の後に続いてストレッチを始めるチュウバチ君。


山田さんは、リングに上がると蓮佛君とチュウバチ君と同じようにストレッチを始めた。


手持ち無沙汰になったウチは、トレーニングルームの端にあるベンチに腰を下ろし、三人の様子をぼんやり見守る事に。


「やってみたら分かるって」


軽いストレッチを終えた蓮佛君は立ち上がると、壁に掛かっているヘッドギアとボクシングのグローブを手に取る。


「分かったよ」と渋々納得した様子のチュウバチ君の頭に蓮佛君は、ヘッドギアを無理矢理被せた。


頭をヘッドギアに押し込まれたチュウバチ君は前屈運動を終え、片方の膝を折り、手で足首を回し始める。


でっぷりとしたお腹がつっかえ、苦しそうに見えた。


グローブを手に蓮佛君はリングに上がると山田さんがグローブを装着するのを手伝い始めた。


ボクシングのセコンドの様にキビキビとした動き。


「ストレッチはそんくらいにして、早速始めるか」


山田さんのグローブをつけ終わるとロープを両手で持ち、蓮佛君はリング下で入念にストレッチをしているチュウバチ君に声を掛けた。


「僕はグローブつけなくて良いの?」


立ち上がり、リング上の蓮佛君を見上げチュウバチ君は首を捻った。


「山田さんを殴れないのにグローブなんて必要ねーだろ。 良いからさっさとリングにあがれよ」


ロープに、お尻と肩で蓮佛君が隙間を開け、その隙間を体を屈めたチュウバチ君が通る。


リングの上に立ったチュウバチ君は、リングの上からトレーニングルームを見渡した。


「なぁ、アンタ暇だったらゴング鳴らしてくんねぇ?」


リングから身をのりだしウチの方を見て、蓮佛君がリング横に置かれた長テーブルの上の丸い金色のゴングを指差す。


ゴングの横には小さな木槌も置かれていた。


「う、うん」


ウチは立ち上がり、ゴングの置かれたテーブルに着くと小さな木槌を手に持った。


「俺の合図でゴング鳴らしてくれ」


「うん。 分かったよ」


蓮佛君はリングの中央で対峙するチュウバチ君と山田さんの間に立つと「ファイッ!」と叫んだ。


それと同時に、ウチは木槌でゴング打ちならす。


コンっという甲高い音が、トレーニングルームを包み込む。


チュウバチ君はどうして良いか分からないのか、ファイティングポーズをとりリズミカルに小さくジャンプする山田さんをただ、じっと見つめていた。


「絶対に当たらないから殴ってみろよ」


蓮佛君が二人の動きを見ながらチュウバチ君にそう言うが「いや……でも……」とチュウバチ君は明らかに躊躇っている。


「格闘技をやった事のないやつなら絶対に当たらないから大丈夫だって。 俺が保証するよ」


「う、うん」


チュウバチ君は躊躇いながらも小さく頷き、山田さんの顔目掛けて、軽く右拳を突き出した。


山田さんは少しだけ上体を後ろに反らし、軽々と鼻先一センチ手前で拳をかわす。


パンチをかわされた事に、驚きながらもチュウバチ君はもう一度、拳を山田さんの鼻先目掛けて突き出す。


今度はさっきよりも拳のスピードが少し速かった。


山田さんは、頭を横に倒し右拳を避けながらチュウバチ君の懐に飛び込み、右拳で軽くトンと、チュウバチ君の顎に触れると、チュウバチ君から距離をとった。


チュウバチ君から少し離れトントンとリズミカルに小さくジャンプする山田さんを見て、ウチは踊っているみたいだと思った。


「本気で殴ってきて良いわよ」


右腕を伸ばし、山田さんはチュウバチ君を挑発するように手首をクイックイっと二度、九十度に曲げた。


戸惑いの表情を浮かべていたチュウバチ君の表情が引き締まり、ゆっくりと拳を上げ、深く息を吐き出した。


「本気でやってもホントに良いんですね?」


「えぇ、どうぞ」


小さく笑った山田さんは、ゆっくりと拳を顔の前へ持っていく。


山田さんはどれくらい強いのだろうか?


きっと凄いパンチを放つに違いない。


チュウバチ君はもう一度、深く息を吐き出すと、左拳を軽く突き出し一度フェイント入れ左拳を引いた反動を利用し、体を回転させ右拳を突き出した。


ズドンという鈍い音と共に拳を突き出したはずのチュウバチ君がマットに倒れる。


山田さんを見ると、上げた左足をゆっくりと下ろしていた。


パンチを打つと見せかけて、山田さんは蹴りを繰り出したようだ。


「チュウバチ君って言ったかしら。 アナタ良い目しているわね」


顔をガードしたのか、横向きで倒れているチュウバチ君は、左手で左頬を覆う様に倒れていた。


山田さんはその左腕を掴み、彼を起き上がらせる。


引っ張られたチュウバチ君の左腕には、靴紐の痕がくっきりと残っていた。


少し離れた場所から観ていたから分かるけど、実際にあのリングの中にいたら多分、何が起きたか分からなかったと思う。


山田さんは、チュウバチ君が突き出した拳を体を捻りかわすと、体を捻った回転を利用し、そのまま後ろ回し蹴りをチュウバチ君の顎目掛けて放った。


ちょうど後頭部から顎を狙うように放たれた蹴りは、チュウバチ君からは、当たる寸前まで死角に入り見えていなかったはず。


でもチュウバチ君は、それをガードした。


山田さんの蹴りが顎に直撃する瞬間、かわせないと判断したチュウバチ君は、とっさに左腕で自分の顎をガードした。


あの蹴りに反応できたチュウバチ君の目は、山田さんが言うように本物だ。


ウチがあそこに居たらと思うとゾッとする。


「あ、ありがとうございます」


蹴られた腕を擦りながらチュウバチ君は小さく頭を下げた。


「アタシの蹴りを防いだやつはアンタで二人目ね。 こうも簡単に素人に防がれたら自信なくなっちゃうわ」


山田さんは、その場に座り込み、両足を前に投げ出した。


「さっきの後ろ回し蹴り、す、凄かったですよ。 いつも僕をいじめている奴らの蹴りと比べると切れも速さも桁違いでした。 特に蹴りを出すタイミングが素晴らしかったです。 まさか僕のパンチに蹴りでカウンターを合わせてくるなんて」


「全部見えてたのね。 ならアタシがチュウバチに教える事なんて何もないわよ」


不貞腐れたようにリングの上で山田さんは寝転がり仰向けになる。


「アンタさ、それだけ目が良いのに、どうして大泉達に、大人しくサンドバッグにされてんだよ?」


腕を組み二人の会話を聴いていた蓮佛君が口を開く。


「かわしたり、ガードしたりしたら余計にやられちゃうから」


「ふーん、アンタって典型的ないじめられっこだな。まぁ、とりあえず盾は元々、備わっているわけね。       後は矛があれば闘えるわけだ」


腕を組み独り言のように呟く蓮佛君は小さく何度か頷いた。


「山田さん、コイツに攻撃の仕方を教えてあげて下さいよ」


チュウバチ君の頭に手を置き無理矢理頭を下げさせると蓮佛君も一緒に頭を下げた。


「嫌よ」


山田さんは不貞腐れた子供のように頬を膨らます。


頭を上げた蓮佛君は悪戯小僧の様に笑った。


「そういえば、山田さんが探していたレトロゲームを中古屋で見つけたんで買っといたんですよね。 余計なお世話でしたかね?」


足を下げる反動を利用し起き上がった山田さんは、キラキラした目で蓮佛君に近寄る。


「ホント?」


「はい。 ホントです。でも山田さんがコイツに」顎でチュウバチ君を指し、連佛君はもう一度山田さんに視線を戻す。


「攻撃の仕方を教えてくれないんじゃ、あげませんよ」


「分かったわよ。 教えるわよ」


軽く蓮佛君の肩を小突くと、山田さんは欠伸を噛み殺した。


「あの、どうして山田さんは女なのにそんなに強いんですか?」


恐る恐る連佛君と山田さんの会話に口を挟むチュウバチ君。


「女だからって弱くて良いって事はないのよ」


山田さんが連佛君に両手を差出すと、連佛君は山田さんのグローブの紐をとき始めた。

「どうしてですか? 女を守るのは男の役目ですよ」


熱い視線でチュウバチ君は山田さんの横顔を見つめている。


「そんな考えの男ばっかりじゃないのよ、世の中。 誰かに襲われて怪我を負い、障害が残ったらどうするの? 手術では元に戻らない障害が残ったらどうするの? 女だろうが子供だろうが弱くて良いって事はないのよ。 警察は何かが起きないと動いてくれないわけだし。 結局は自分の身は自分で守らないと」


「確かに……そうですよね……でもその割に、山田さんって手足とか首とか細いですよね」


「パンチや蹴りの威力を上げるために筋トレすると足や腕が太くゴツゴツしちゃうでしょ? それに打たれ強くなるために首を鍛えたら首が太くなっちゃうし。 それが嫌だからアタシは、カウンターを身に着けたわけ。 しかも足は腕よりも力あるわけだし、蹴りのカウンターだったら鍛えていなくてもそこそこの威力はあるのよ」


「二頭を追って、二頭ともゲットしちゃうなんて凄いですね」


感心したのか、山田さんの顔をまじまじと見つめるチュウバチ君の瞳は、キラキラと輝いていた。


「まぁ、アンタは多少体を絞って、筋肉をつけた方が良いわね。 アンタは、アタシみたいな闘い方をしなくて良いわけだし」


グローブを外し終えた山田さんは、ロープをくぐって、リングを下りた。


「あの、僕が山田さんを守ります。 だからもう無理しなくて良いですよ」


トレーニングルームを出て行く山田さんの背中にチュウバチ君が叫んだ。


「そういう事はアタシを倒してから言いなさい」


山田さんはスニーカーを脱ぎ、スリッパに履き替えると、部屋を出て行った。


残されたウチら三人も山田さんの後に続いてトレーニングルームを出る。


階段を登りきると、ちょうどインターフォンが鳴った。ウチは、駆け足で玄関に向かった。


玄関ドアのロックを外し、小さくドアを開ける。


「メグ、どうしたの?」


両手にスーパーの袋を持ったメグが立っていた。


片方の袋から韮がぴょんとはみ出している。


「連佛君がここで住みこみで働いているって聞いたから来てみたんだ。 一人で暮らしているからコンビニ弁当ばっかりみたいだし、ついでに夜ご飯作ってあげようと思ってぇ」


今まで見た事の無いメグの乙女な顔に戸惑う。


「夜ご飯?」


ウチの疑問に後ろから答えが飛んでくる。


「今日、アンタの友達に謝るのにアンタの友達の場所を、そこのホルスタインに教えてもらったんだよ。 そん時に少し話してさ」


ドアを大きく開き、連佛君はメグを中へ招き入れる。


「ホルスタインっていうのやめてよぉ」


頬を膨らませ、メグは上目使いで連佛君を睨み付ける。


その仕草もとても可愛かった。


「じゃー、何て呼べばいいんだよ?」


土間に上がるメグの前にスリッパを差出す連佛君。


「メグって呼んで。 皆そう呼んでるから」


「了解。 メグね。 それで、今日は何作ってくれるんだ?」


連佛君は、メグの持っていた袋を持つと、スタスタと廊下を進んで行く。


スリッパに足を通すとメグも彼の後を追った。


ウチは玄関の鍵を閉め、リビングキッチンに向かった。


「おじゃましますぅ」


ペコリと山田さんとチュウバチ君に頭を下げ、リビングキッチンを見渡すメグ。


ソファーに座る山田さんは予めこの事を聞いていたのか、小さくメグに頭を下げるとゲームの続きを始めた。


連佛君は、メグが持ってきた荷物をリビングの奥のキッチンへと運ぶ。


その後をテクテクと付いて行くメグ。


「道具は一通りそろっていると思うからさ、好きに使ってよ」


袋の中身を冷蔵庫に入れながら、キッチンに足を踏み入れたメグに連佛君が言う。


「うん。 わかったよぉ」


メグは、早速流しで手を洗いながらキッチンを見渡した。


「それじゃ、飯出来たら呼んで。 俺は、それまで仕事してるから」


「うん。 分かったよぉ。 お仕事頑張ってね」


メグは、鞄から取り出したエプロンをつけると、早速料理に取り掛かった。


メグの顔はキラキラとした笑顔に包まれていた。


その笑顔を観ていると胸がチクリと痛んだ。




塾の夏期講習から帰ると、玄関に見慣れない靴が二足あった。


一足はピンクのスニーカーで、もう一足は黒い小さなスニーカー。


「だだいま」


綺麗に揃えて並べられている二足のスニーカーの横に自分の靴を並べ、リビングに向かう。


リビングに近づくにつれ、食欲をそそる良い匂いが漂ってきた。


「ただいま」


リビングのドアを開け、キッチンで料理を作っている叔母さんに声を掛ける。


「お帰り、今お昼作ってるから、ちょっと待っててね」


小気味良く包丁の音を鳴らしながら、叔母さんが小さく微笑んだ。


「うん。 分かった」


リビングのソファーでは、オミが可愛い寝息を立て寝ていた。


ウチは、ソファーに塾道具が沢山つまった鞄を置き、キッチンに行く。


「ねぇ、お姉ちゃん、女の子が料理を作るってどういう時?」


「何よ? 急に」


沸騰した鍋に素麺を入れ、叔母さんは、タイマーをセットする。


「やっぱり何でもない」


「女が料理を作る理由なんて、一つしかないわよ。 男に食べさせるため」


流しにザルをセットし、叔母さんはエプロンで手を拭った。


「やっぱり……」


「どうしたの?」


腰に手を当て叔母さんはウチを見上げた。


全てを見透かすような深い叔母さんの目。


「何でも無い」


「あっそ」


叔母さんのこういうところが好きだ。


ウチが話したくない事は、深くは聞いてこない。


絶対に気になっているはずなのに、ウチから言い出すまで無理に訊き出そうとしない。


「最近、バイトは忙しい?」


「ぼちぼちかな? 相変わらず連佛君は、毎日忙しそうに出かけているけど、事務仕事の方はそうでもないよ」


「連佛君は頑張り屋さんだからね。 彼が体壊さないようにちゃんと目を光らせといてあげてね」


「大丈夫だよ。 ウチよりも適任者がいるし」


料理下手のウチなんかが連佛君の体を心配してもどうしようもない。


連佛君には、メグがいるもん。


料理が上手で可愛いメグが。


「そっか、彼にも彼女出来たか。 連佛君、綺麗な顔してるから当然と言えば当然ね」


「うん。 当然だよ」


やっぱりメグと連佛君って付き合っているのかな?


メグは何も言ってこないけど、ウチが知る限りほぼ毎日夕飯作りに来ているし。


「あのさ、連佛君の手が空いてる時で良いからさ」


叔母さんはウチに顔を近づけると声を潜め話始めた。


「調べてもらいたい事があるのよ」


「亜月さん、浮気でもした?」


「まさか。 亜月の事じゃなくて、オミの事よ」


大きなお腹を擦りながら、叔母さんはリビングのソファーで寝ているオミに視線を向ける。


「オミがどうしたの?」


「四月くらいから、ちょくちょく泥だらけで帰って来るのよ。 子供が服を汚すのは当たり前だから服が汚れているのは別に良いんだけどね。 それだけなら別に心配ないんだけれど、お小遣いもあげてないのにちょくちょくスポーツドリンクを持って帰って来るのよ。 もしかして悪い事でもしているんじゃないかと思って心配で」


「オミに限ってそれは無いと思うよ」


「私もそう思うけど、オミって私だけの子供じゃないでしょ? 亜月の子供でもあるからねぇ。 亜月ってしっかりしてそうで、意外と抜けているところあるから彼に似て、あの子も、どっか抜けてるのよね」


「心配なら、ウチが手の空いている時に調べといてあげるか?」


「詩音が調べたら、勘の良いあの子の事だから気づくと思うのよ。 だから連佛君に頼めないかしら?」


鍋の中で踊る素麺を菜箸で混ぜながら、叔母さんはタイマーを確認する。


「分かったよ。 連佛君に言っとくね」

「うん。 お願いね。 ご飯もう少しで出来るから、アンタは着替えてきなさい」


「うん。 分かった」


ウチはキッチンを出てソファーの上にある鞄を持つと、自室へ向かった。




今日もメグの作るご飯は最高だった。


今日のメニューは餃子と春巻きとサラダ。


メグは和洋中なんでも作れるみたい。


ウチは、食べ終えた食器を流しへ運ぶ。


満腹になって眠たくなったのか、連佛君と山田さんは、ソファーでうとうととしている。


「いつもありがとね」


スポンジを水で濡らし、洗剤をつけるとウチは食器を洗い始める。


「材料費は連佛君から貰っているから、メグは買い出しと作るだけしかしてないよぉ」


残った食器を流しに置くと、メグは布巾を濡らす。


「買い出しも作るのも大変でしょ? ホントにメグには感謝だよ」


「好きでやってる事だからねぇ。 連佛君に会う口実にもなるし」


メグは可愛い寝息を立てている連佛君の顔をちらりと見ながら、濡れた布巾を強く絞った。


「やっぱり、連佛君の事好きなの?」


「うん……そうみたい」


「そっかぁ。 応援してるよ」


ちくりと胸が痛んだ。


ウチは嘘つきだ。


応援したい気持ちなんてこれっぽちも無いのに。


ウチは嘘つきだ。


「ありがと。 メグ、初めて人を好きになったからどうしたら良いか分からないの。 だから色々と相談するかもしれないけど、その時はよろしくね」


可愛い笑顔を嘘つきのウチに向けてくれるメグ。


ウチは、真っ直ぐにメグの顔を見る事が出来なかった。


食器を洗い終え、メグと二人で並んで洗った食器を拭いていると、連佛君がのっそりと起き上がり、キッチンに来る。


「おはよぉ」


冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す連佛君にメグは可愛い笑顔を向けた。


ミネラルウォーターを一口含むと連佛君は「オウ」と言って閉じた冷蔵庫の扉に寄り掛かる。


「明日も来てくれるのか?」


「明日は、部活に出なきゃならなから無理かなぁ。 明後日は来れるよ。何食べたい?」


水気を拭きとった食器を冷蔵庫の横の食器棚に戻しながらメグが訊ねる。


やっぱり連佛君もメグに会いたいんだ……。


「今度はオムライスかな?」


「分かったよぉ。 オムライスね」


ウチが渡したお皿を受け取り、メグは食器棚の定位置にお皿をしまった。


「そう言えば、叔母さんがさ」


メグと連佛君の会話をこれ以上聞いているのが辛くなり、ウチは二人の会話に口を挟んだ。


「未央さんがどうした?」


ペットボトルの口を咥えながら連佛君は首を傾げ、ウチの顔を覗き込んでくる。


その瞳に心臓がドクンと高鳴った。


「頼みがあるんだって」


「頼み?」


「うん。 ウチの従弟のオミっているんだけどさ、最近泥だらけで帰って来る事多いんだって。 しかもお小遣いもらっていないはずなのにジュースを持って帰って来るんだってさ」


「オミって本名か?」


ペットボトルの中身を飲み干し、連佛君はゴミ箱へ空のボトルを放った。


ゴトンと音を立て、ペットボトルはゴミ箱へ吸い込まれた。


「違うよ。あだ名。本名は麻生実臣(あそうさねおみ)っていうの」


「そっかぁ……年は?」


「小三だから今年で九才かな」


フライパンを流しの下にしまいながらウチは連佛君の質問に答えた。


「それで、未央さんの頼みって?」


「オミが何をしているか調査して欲しいんだってさ」


「そっかぁ……分かったよ。 明後日ちょうど暇だから探しとくわ」


「うん。 分かった。 それで、依頼料はどれくらいになりそう?」


「んなのいらねーよ。 未央さんにはお世話になっているしな」


「ありがと」


ウチは掛けてあるタオルで手を拭くと、小さく連佛君に頭を下げた。




ウチが事務所に着くと、事務所の階段の下で蓮佛君がビッグスクーターに寄り掛かっていた。


「おはようございます」


小さくウチが頭を下げると、蓮佛君はヘルメットをウチに投げて寄越す。


「ちょっと出掛けるから被れ」


「う、うん」


戸惑いながら受け取ったヘルメットを被り、肩に掛けていた鞄を彼に手渡した。


蓮佛君はウチの鞄をシートの下にしまうと、シートの中から自分のヘルメットを取り出し被った。


バイクの後ろに乗るのはいつ以来だろうか?


しばらく乗っていなかったなぁ。


蓮佛君がビッグスクーターに股がると、ウチは恐る恐る後ろのシートに座った。


甘い蓮佛君の香水の匂いがウチの胸を締め付けた。


「じゃー、しっかり掴まって」


「うん」


ヘルメットに阻まれ、いつもよりも更にくぐもった彼の声に小さく頷いた。


バイクを運転する蓮佛君の後ろ姿を見つめ更に胸が苦しくなり、ウチは彼の背中から視線をそらした。


彼の背中は手を伸ばせば簡単に届く距離にいるのに、とても遠く感じる。


親友の好きな人だから、そう思うと勝手に彼から距離を置いてしまう自分がいた。


親友の好きな人だと知る前はどういう風に彼と接していただろう?


全く思い出せない。


距離感が分からない。


彼とウチの距離は近いのか遠いのか。


五分くらい連佛君の運転するバイクに身を任せていると、バイクが小さな公園の駐車場に入って行く。


見慣れた公園だった。


それもそのはずだ。


ここはウチの家から徒歩三分の位置にある公園。


中学の時に毎日の様にウチが遊びに来ていた公園だ。


駐車場にバイクを停め、蓮佛君はウチと自分のヘルメットをシートの下にしまうと何も言わずに歩き始めた。


ウチは黙って彼の後をついて行く。


小さな公園にはブランコがあり、その目の前の少し離れた場所にバスケットのゴールが対になって設置されている。


片方が中学生以上用のゴールで、もう片方が小学生以下用の少し低いゴールだ。


この公園は、ウチが小学校低学年の時に出来たからバスケットのゴールもかなりボロボロだ。


それでもまだまだ現役といった感じで佇んでいる。


小学生以下用のゴールの下で、小さな男の子が一心不乱にボールをついていた。


「オミ」


一心不乱にボールをつく男の子の背中に連佛君が声を掛けた。


声を掛けられた男の子は手を止め、嬉しそうに振り返ったが、ウチの顔を見て驚きの表情に変わる。


「どうして詩音がいるんだよ?」


両手でバスケットボールを持ち、ウチの従兄弟のオミが訝しげに首を傾げた。


「オミ、親にはちゃんと言って来いって言ったよな?」


蓮佛君はオミに近づくと、オミの目の高さと自分の目の高さが同じになるように腰を屈める。


「うん……ごめん」


「ごめんって事は悪い事をしたって分かってんだな」


「うん……」


俯きながらオミは小さく頷いた。


「なら、今から未央さんを呼ぶから自分で理由を説明しろよ」


「うん……」


蓮佛君はケータイを取り出し、画面を数回タップすると耳に押し当てた。


「もしもし未央さん、今から西公園に来てくれませんか? はい……はい……そうです……バスケットゴールがある公園です。 はい……はい……それでは、待ってます」


通話を切った蓮佛君は公園のベンチに腰を下ろし、オミを隣に座らせた。


ウチもオミの隣に並んで腰を下ろし、叔母さんを待つ事に。


叔母さんが来るまでの数分間、ウチら三人は、ぼんやりと雲一つ無い青い空を見つめていた。


しばらくすると公園のすぐ横に、白い小さな車が停車した。


停まった車の中から、大きなお腹を擦り叔母さんが出てくる。


「すみませんでした」


蓮佛君の近くに叔母さんが来ると、彼はベンチから立ち上がり深々と頭を下げた。


「蓮佛君は何も悪くないでしょ。だから頭をあげて」


叔母さんは柔和そうな笑顔を蓮仏君へ向ける。


「ホントにすみません」


頭を上げた蓮佛君はもう一度、小さく頭を下げた。


「私こそごめんね。忙しいのにこんな依頼して」


「俺の方は大丈夫です」


叔母さんはオミの頭に手を置くと、蓮佛君に頭を下げさせた。


「うちの息子がホントにすみません」


「だから俺は大丈夫ですって。 それより、オミ」


蓮佛君は体を屈め、オミの目を覗き込む。


「自分から未央さんにちゃんと説明しろ」


「うん」


オミは小さく頷くと叔母さんと向き合い、言葉を探すようにゆっくりと話し始めた。


「春休みに行ったアメリカで観たNBAの試合が忘れられなくて、どうしてもバスケがしたかったんだ」


そこで口をつぐみ、深く息を吐くとオミは続きを話し始める。


「でも、俺さ、もう少しで兄貴になるから。 我が儘言えないって思ったんだ。 俺は生まれてくる赤ちゃんを守らなきゃいけないから。 でも、どうしてもバスケがやりたくてゴミステーションに捨ててあったボールを拾って一人で、この公園で練習していたら蓮佛君に会ったんだ。 それから週に何回か蓮佛君にバスケを教えてもらっていたんだ」


叔母さんは優しい目でオミを見つめ、何度か相槌を打った。


「そっかぁ。 オミは色々考えてたんだね」


くしゃくしゃとオミの頭を撫でながら叔母さんは笑った。


ウチには涙を我慢する為に無理矢理笑っているように見えた。


「確かにね、オミはもう少しでお兄ちゃんになるけど、お兄ちゃんになってもオミは私と亜月の息子である事には変わり無いんだから、何も気にしないで私達を頼って良いのよ」


ポンポンと、俯くオミの頭を優しく叩き、叔母さんはオミを抱き締めた。


オミは叔母さんの胸の中で小さく頷く。


「バスケがやりたいならやりなさい。その代わり途中で投げ出したらダメよ」


俯くオミの顔を両手で掴み、叔母さんはオミの瞳を覗き込んだ。


「俺、バスケやって良い?」


「うん。 バスケの少年団を調べて明日にでも一緒に見学に行こう」


くしゃくしゃとオミの頭を少し乱暴に撫で、叔母さんは立ち上がった。


「蓮佛君、ありがとうね」


「俺もオミとバスケやれて楽しかったです」


蓮佛君はオミの前で体を屈めるとオミの頭を撫でた。


「オミ、お前は、絶対に上手くなるから誰よりも練習するんだぞ」


「うん。 分かった。 あのさ、俺が試合に出たら観に来てよ」


「分かったよ。 絶対に観に行くよ」


蓮佛君が差し出した拳にオミは小さな拳をコツンとぶつけた。


男の子は年齢を超越して友達になれる。


そう思うとちょっとだけ、男の子を羨ましく思った。




自分より優れた人間はいないと思っていた。


運動も勉強も、誰も自分に勝つことは出来ないと。


自分は選ばれた人間だと思っていた。


真人は、高校受験で当たり前のように、道内で一番の偏差値を誇る北海道札幌冬北南高等学校を受験した。


滑り止めは受験しなかった。


選ばれた人間である自分は、落ちる事はないと思っていたから。


北海道札幌冬北南高等学校に入学した彼は、初めての定期テストで自分よりもいい点数を叩きだした颯太に憎悪を抱く。


良い点数を取った事を誰に自慢するわけでもなく、颯太は返却された答案用紙の点数が書かれた部分を折り曲げ、テストの解説をする教師の話に耳を傾けていた。


そんな彼の行動も真人にとっては、腹立たしかった。


颯太のすぐ後ろの席に座る真人からは、颯太の答案用紙が丸見えだった。


だから、点数が記入されている部分を折り曲げていても答案用紙が赤い丸で埋め尽くされているのが彼には丸見えだった。


出来ている問題のはずなのに、真剣に教師の解説に耳を傾ける颯太の行動が真人には、自分を見下しているように感じた。


理由は何でも良かった。


ただ、颯太を傷つける理由になればそれだけで良かった。


五月に入ってすぐに体育祭が行われた。


その体育祭で一年C組は、クラス対抗リレーで最下位になった。


その全責任を真人は、クラスで一番足の遅い颯太に押し付けた。


それから颯太へのいじめは加速する。


颯太のクラスメイトは真人の颯太への執拗ないじめを黙認した。


黙認する事で彼らは自分自身を守った。


自分さえいじめの標的にならなければ良いと考えた。


六月に入った頃、真人が、馬鹿と見下していた担任の油谷誠(あぶらたにまこと)が、帰りのホームルームでいじめについて言及した。


颯太を直接いじめる数人以外は、何とも思わない様な些細な言い方だった。


しかし油谷を陰で小ばかにしていた真人は肝を冷やした。


油谷は「俺のクラスでいじめをする人間なんているはずがないよな。 すまん」と言って、それ以来いじめの話をしなくなった。


だが、それが真人の警戒心を強くさせ、真人の颯太に対するいじめが更に陰湿なものへと変わっていく。


三方を体育館、校舎、武道場で囲まれた学校という施設内の死角で、颯太に暴力を振るった。


その時も真人は見張りを立てる事を怠らなかったし、服で隠れない場所は決して攻撃しなかった。


颯太の持ち物検査も怠らなかった。


颯太を攻撃する前は、必ずICレコーダーやハンディーカムが無いかをチェックした。


中学時代は、常に学年トップだった自分の息子が、高校に進学した途端に学年十位まで成績が後退した事を危惧した真人の両親は、夏休み前に彼を無理矢理塾へと通わせた。


勝手に入塾の手続きを済ませていた両親に怒りを覚えたが、優等生を演じてきた真人は親に何もいう事が出来ず、黙って塾へと通い始めた。


そして両親への鬱憤を、たまたま同じ塾に通っていた颯太にぶつけた。


いつしか、真人は颯太をいじめる理由を思い出せなくなっていた。




三か月前とは、見違える動きを見せる。


赤いグローブを着けた左拳が空を切る。


リング上で、山田さんから少し距離を取ると、中鉢君はその場で小さく数回ジャンプした。


身軽な動きだった。


たった三か月でここまで上達するとは、山田さんの指導力と中鉢君の呑み込みの早さに驚嘆する。


ウチは、事務所の一階にあるリングの横のベンチに座り、山田さんと中鉢君のスパーリングを眺めていた。


ウチの隣には、連佛君が二人のスパーリングを真剣な表情で見つめている。


真っ赤なヘッドギアを着ける山田さんが動く。


左の拳を数回軽く前へ突き出し、拳を引くと、左拳を引く反動を利用し、右拳を中鉢君の脇腹へ放った。


中鉢君は、その攻撃を予想していたのか右の腕を下げ、山田さんの左の拳から自分の脇腹を守り、少し大振りになった山田さんの右拳をワンステップ後ろに下がってかわした。


リングの真ん中に取り残された山田さんは、深く息を吐くと右腕をグルグルと回し、グローブを着けている両手で自分の頬をパンパンと叩いた。


山田さんの表情が引き締まる。


目は、無感情に中鉢君の動きを追っている。


そう言えば、中鉢君とのスパーリングで、山田さんが自ら進んでヘッドギアを着ける事なんて今まで無かった。


今日に限ってヘッドギアを着けるという事は、山田さんの中で何か変化があったに違いない。


真っ白で綺麗な肌を伝って汗が流れる。


小さく尖った顎を汗が流れ、リングに落ちる。


山田さんは、深く息を吐くと中鉢君の懐に飛び込んだ。


どうやらさっきまでは、本気を出していなかったようだ。


踏み込むスピードが格段に上がっている。


中鉢君の懐に飛び込んだ山田さんは、数回、彼の右脇腹に拳を放つ。


右腕で何とか山田さんの拳をガードしている中鉢君だったが、後ろに後退しリングの角へと追い込まれていく。


中鉢君をリングの角へと追い込んだ山田さんは、両腕を大きく広げ中鉢君の顔を真っ直ぐに見つめた。


そして、不敵に笑うと攻撃を再開する。


中鉢君の顔を山田さんの拳が襲う。


左、左、左、左、右。


軽い音を鳴らす左の拳に混ざり、時々重たい音を鳴らす右の拳が中鉢君を襲う。


山田さんの攻撃を、中鉢君は亀の様に両腕を顔の前に構え、耐える。


山田さんの攻撃が止み、山田さんは数回深呼吸をするとトーンとワンステップ、後ろに下がった。


その山田さんの行動を不思議に思い、中鉢君はガード隙間から様子を覗った。


山田さんのラッシュが凄まじ過ぎて、連佛君が鳴らしたゴングに中鉢君は気付いていなかったようだ。


ウチは、リングのコーナーのロープに掴まる山田さんの近くに駆け寄り、キャップを外したペットボトルを差出す。


ペットボトルの飲み口に口を着けながら、山田さんは自分と逆のコーナーに行こうとしている中鉢君に声を掛けた。


「ディフェンスばっかりじゃ、勝てないわよ。 アタシを大泉だと思いなさい」


まだ少し丸い背中が動きを止め、振り返る。


「やっぱり、僕は無理ですよ。 人を殴るなんて」


「無理でもやるの!やらなきゃアンタが喰われるわよ」


俯き立ち止まる中鉢君に活を入れる山田さん。


中鉢君は、ゆっくりと顔を上げ小さく頷くと連佛君が待つコーナーへと足を進める。


ウチは丸いパイプ椅子を差し出すけど、山田さんは全く座ろうとせずに、真っ直ぐに逆のコーナーにいる中鉢君を見つめていた。


一分のインターバルが終わり、スパーリングが再開される。


ウチと連佛君は、またリング横のベンチへと戻る。

赤と青のグローブがパンとぶつかり、中鉢君と山田さんは一歩、お互いに距離を取った。


山田さんは、中鉢君を中心にグルグルと回り始める。


とても身軽な動きだった。


またしても、仕掛けたのは山田さんだった。


グルグルと中鉢君を中心に回りながら中鉢君、目掛けて左拳を突き出す。


中鉢君は、山田さんの動きを追う様にその場で回転する。


彼は顔の高さまで挙げた両腕の隙間から山田さんの様子を観察している。


強固な相手のガードに対して、山田さんは中鉢君のガードを下げさせようと、がら空きのボディーを攻め始めた。


両腕の隙間から覗く中鉢君の顔は苦しそうに歪んでいる。


それでも彼は全くガードを下げようとはしない。


「今日は、どうして山田さんはキックを使わないの?」


ウチの隣で腕を組み、中鉢君と山田さんのスパーリングを観ている蓮佛に訊ねた。


毎日行われていたスパーリングでは、山田さんはキックしか使わず、パンチを繰り出す事なんて無かった。


「今日は卒業試験みたいなもんだからな」


くぐもって聞き取りにくい蓮佛君の声にリズミカルなパンチの音が混じる。


「アイツが、山田さんを攻撃出来たら合格。 中鉢が明日、万全な状態で臨めるように山田さんは、本気で闘っていないんだよ」


ボディーを攻撃されながらも中鉢君はのそのそと歩を進め、山田さんをコーナーへと追い込んで行く。


「明日、何かあるの?」


「特に何があるってわけじゃないけれど、中鉢がうちに来て丁度明日で三ヶ月だからな。 もうそろそろ変わらないといけない時期ではある」


「そっかぁ……」


蓮佛君の瞳は、真っ直ぐにリングの上を見つめていた。


中鉢君に『頑張れよ』と無言で言っているような視線だった。


遂に中鉢君が山田さんをコーナーに追い込んだ。


追い込まれた山田さんは、執拗にボディーを攻め続けコーナーから脱出しようとするけれど、中鉢君はそれを許さない。


中鉢君が、パンと左拳を前へ突き出す。


それに合わせる様に山田さんは、右拳を中鉢君のこめかみへ放った。


パンチがヒットし、左へ少しよろめく中鉢君に、畳み掛ける様に山田さんが中鉢君の顔を目掛けてパンチを放つ。


数発、中鉢君の顔にパンチがヒットしたけれど、彼は、岩の様にその場に佇む。


中鉢君の背中からは、鬼気迫るものを感じた。


肩が上下へ動く。


深呼吸をしている様だ。


中鉢君は左拳を前へ突き出す。


そのパンチに被せる様に山田さんが右拳を突き出してきた。


しかし、中鉢君は、左の拳の動きを途中で止め、一歩後ろへ下がり、山田さんの拳を鼻先一センチのところでかわすと、山田さんが右拳を引く動きに合わせ、もう一度、トンッと前へ踏み込んだ。


懐に入られた山田さんは、コーナーから逃れようと逃げ道を探すが、中鉢君の体がそれを阻む。


中鉢君は、山田さんの顔目掛けて右ストレートを放った。


ドンと鈍い音の後、ゆっくりと中鉢君がリングに膝を着いて倒れた。


ウチと連佛君は、立ち上がり急いでリングへ駆けあがる。


中鉢君のそばに駆け寄ると、中鉢君は、ゆっくりと立ち上がった。


体を起こそうと、リングに着いた左腕には、くっきりと靴紐の痕が付いていた。


「ガードしたのか?」


中鉢君に肩を貸しながら、連佛君が訊ねる。


「う、うん。 ぎりぎりだったけど間に合った」


山田さんの蹴りをガードした左腕を空中でぶるぶると振りながら中鉢君は、連佛君の肩を借り立ち上がった。


「とりあえず、本気でパンチ出来たみたいだから、合格な。 明日頑張れよ」


「う、うん。分かった」


連佛君に支えられながら中鉢君は、不安そうに頷いた。




夏休みが終わり、一カ月がたとうとしていた九月。


残暑というにはあまりにも残り過ぎの暑さが、北海道を包み込む中でも、校舎と武道場、体育館に囲まれたこの場所は相変わらず肌寒かった。


鞄と服のポケットをチェックし、録音機器がない事を確認すると、真人は指の関節をポリポリと鳴らし、颯太を見下ろした。


目を逸らしたい衝動に駆られながらも、颯太は真っ直ぐに真人の目を見た。


改めて見ると、余り怖くは感じなかった。


擦り傷の様に細い目と横に大きな鼻。


口は前に突き出て唇が分厚い。


肌はニキビが至る所に点在し、所々にクレーターが出来ていた。


颯太は、真人を見上げながら拳を構えた。


そんな颯太を見下す様に鼻でフッと笑うと、真人は右腕を二回、回した。


「何? お前、やるつもり?」


「む、む、群れないと……お、お前は何も出来ない」


拳の間から真人を見上げながら、颯太は言葉を吐き出す。


その声は震えていた。


「タイマンなら俺に勝てると言いたいのか?」


真人のその問いに、颯太はコクリと頷く。


「勝てる」


「へぇ、面白い。 出来るならやってみろよ」


真人は、颯太を囲む男の子を一瞥すると「手出すな」と言って、拳を握った。


颯太の背中を冷たい汗が流れる。


先に仕掛けたのは真人だった。


右の拳を颯太のボディーへ目掛け放つ。


颯太は、一歩後ろへ下がりそれをかわした。


三か月間、山田の洗練された動きを見てきた颯太にとって、真人の拳はかなりお粗末なモノに見えた。


振りが大きく、狙いも悪い。


山田の攻撃は、的確に颯太の急所を狙って飛んできた。


しかし、真人のそれは、全く違った。


己の怒りをぶつけてくる、ただの稚拙な暴力でしかなかった。


颯太は、右の拳を戻す真人の動きに合わせ、相手の懐に飛び込む。


体が恐ろしい程軽く感じる。


三か月前の自分とは大違いだ。


相手の懐に飛び込んだ颯太は、真人の顔目掛け、左の拳を放つ。


真人は、拳が当たると思った瞬間、反射的に目を瞑ってしまった。


恐る恐る瞼を開くと、顔のすぐ目の前で颯太の拳は止まっていた。


怒りが沸々と湧き上がる。


真人は湧き上がる怒りに身を任せ、攻撃を開始する。


冷静な判断力を失った真人は、普段なら絶対に攻撃する事の無い颯太の顔面目掛けパンチを繰り出した。


颯太は、その拳を頭を横に倒しかわすと、真人の伸ばした右腕に被せる様に左腕を伸ばした。


迫ってくる颯太の拳にまたしても、真人の中で恐怖が沸き起こり、目を瞑ってしまった。


強く瞑った瞼をゆっくりと開くと、目の前に強く握られた颯太の拳があった。


真人は、拳を下ろし小さく笑うと額を流れる汗を拭い、もう一度、拳を顔の前に構えた。


初めて颯太に恐怖を感じた。


颯太が、拳を引くと同時に、真人が仕掛ける。


自分の中で湧き上がった颯太へ対する恐怖心を拭い去る様に、真人は、颯太へ右ストレートを放つ。


その右ストレートに合わせ颯太は左の拳を放った。


チョンッと顔に当てただけの颯太のパンチに、真人は怒りを更に募らせる。


右のローキック、左のボディーブロー、左のミドルキック、左フック、左ジャブ、左ストレート、右ストレート、右ハイキック。


立て続けに、真人は颯太に攻撃を仕掛けるが、真人の繰り出す攻撃全てを、颯太は紙一重でかわす。


全ての攻撃が空を切り、肩で呼吸をし始めた真人は、少し離れた場所で二人の闘いを見守っていた男の子達に命じる。


「コイツ、ちょこまかとうるせーから、抑えとけ」


「いや、でもタイマンじゃなかった?」


長髪を後ろで束ねた細身の男の子が言う。


「んなの、もう良いんだよ。 コイツはサンドバッグなんだから動かないように抑えつけるのは当たり前だろ」


颯太は自分の周りの男の子の動きを警戒しながら真人の動きにも目を光らせる。


「そうだけど、真人君がコイツに負けたみたいで俺は、嫌だ」


頭のサイドを刈り上げている男の子が口を尖らせる。


周りの男の子も刈り上げ頭の男の子に賛同する。


「うるせー、殺すぞ。 良いから黙って俺が殴りやすい様にコイツを抑えつけとけよ」


男の子達を睨み付け、真人は叫んだ。


その威圧感に圧倒されたのか、颯太の周りを囲む男の子達は渋々颯太を抑えつけに掛かる。


颯太は、彼らの手を逃れようと必死で抵抗したが、多勢に無勢、あっさりと両腕を捕まえられてしまった。


蛇の様な笑みを浮かべ、真人が、指の関節をポキポキと鳴らす。


「良くもちょこまかと動き回ってくれたな」


真人の拳が、颯太のみぞおちを直撃する。


くの字に折れ曲がる颯太の体を、羽交い絞めにしている二人の男の子が起き上がらせる。


「サンドバッグは大人しく殴られていれば良いんだよ」


力任せの無駄が多い蹴りが、颯太の脇腹を直撃する。


普段、野球部で鍛えられているせいか、無駄は多いものの、蹴りの威力は、常人のそれを優に越えていた。


膝を着きそうになる颯太を後ろから羽交い締めにしている二人の男の子が阻む。


続けて二発、颯太のミゾオチに真人の右拳がめり込む。


建物に鈍い音が反響した。


沸き上がる怒りを拳にのせ、颯太に何度も何度も拳をぶつける真人。


「真人君、今日はこの辺で止めた方が良いよ」


颯太を羽交い締めにしていた長髪の男の子が顔をひきつらせる。


「うるせぇー」


拳がまた颯太のミゾオチを貫く。


颯太は、痛みすら感じなくなっていた。


「俺もそう思う。 真人君、もうやめよう」


懇願するような顔をする頭を刈り上げた男の子。


「やめてぇーなら勝手にやめろ。 俺はやめねぇーからな」


真人の叫びに、颯太の膝が、地面に着く音が混じる。


「お、俺、もう知らねぇー」


颯太を羽交い締めにしていた二人と、真人と颯太を囲む数人は逃げるようにその場を去って行った。


校舎、体育館、武道場に囲まれた数十メートル四方の湿った空間に、真人と颯太は取り残された。


ゆっくりと立ち上がる颯太は、軋む体に鞭を打ち、拳を顔の前に構えた。


「僕に関わるな!」


「誰に命令してるんだ?」


肩を上下に動かし、真人はゆっくりと颯太に近づく。


「僕に関わるな!」


真人が颯太の顔面に目掛け拳を突き出す。


颯太は深く息を吐くと体を左に捻り右足の踵を加速させた。


数センチ手前で止められた颯太の踵に、目を見開き、真人は尻餅を着いた。


「分かった……分かったよ……もうお前に関わらない」


真人は立ち上がると、数歩、後ずさりし、颯太に背を向け、逃げる様にその場を去って行った。


一人残された颯太は、ゆっくりと座り込み体育館の壁に背中をあずけると雲一つ無い空を見上げた。


颯太の視界の中に人の姿が入り込む。


その人は、校舎の屋上のフェンスからジャンプすると、颯太の横に転がるように着地した。


「お疲れさん」


服に付いた泥を払うと、シュウは颯太の隣に腰を下ろした。


「怪我無い?」


心配そうにシュウの顔を覗き込む颯太。


「俺より満身創痍な人に心配されたくないから。 それに、これくらいの高さなら問題ない」


「そっかぁ。 良かった」


硬く笑い、颯太は俯くと「ごめんね」と呟いた。


「何が?」


立てた右膝に肘をのせ、シュウは、空を見上げた。


「あんなに手伝ってもらったのに、僕、大泉を殴る事も出来なかった……」


一滴の涙が颯太の頬を流れ、地面に落ちる。


「アレがアンタの闘い方だろ?」


「カッコ悪かったよね」


「俺は、カッコイイと思うけど」


「あんなに憎んでたはずなのに、いざ殴ろうと思うと、アイツの心配しちゃってさ……痛いだろうなぁって」


「もし、誰かがアンタの事をカッコ悪いって言ったら、俺がぶっ飛ばしてやるよ」


シュウは、啜り泣く颯太の震える肩を、強く抱き締めた。


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