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Sleeping Beauty Doll  作者:
第二章
8/14

 今日で三日目、いよいよドールとの契約の仕方を陽大に教えることになる。

 陽大は本当に飲み込みが早いと思う。だから、俺に任されたのか。俺でも大丈夫だって。

 俺は清花を連れて教会を出る。

「緊張してる?」

 今日の現場に向かいながら、俺は問いかける。

 見ればわかることだけど、でも、それが必要だと思ってた。多分、俺と陽大の間には会話が必要だ。

「はい、でも、自分でも落ち着いてる気がします」

 変にガチガチになるわけでもなく、程良い緊張感だと思う。

「契約のコツは、まあ、しっかり手綱を握ることかな?」

 やる前からごちゃごちゃ言っても混乱しそうだから、簡単に言っておく。

「手綱、ですか」

「わかると思う。精神的な繋がり。ドールは自由にさせるようでそうじゃない。こちらもある程度力を供給するし、意に添わない動きをする時には強制もしなきゃいけない」

 単に契約して、好きに動かすわけじゃない。うまく誘導してやったりする必要がある。

「先輩はスムーズに見えました」

「まあ、俺も十年近くシナーやってるからな」

 自分がベテランだとは言わないけど、それなりに成長はしたんだ。

 陽大は何か聞きたそうにしてたけど、でも、もう時間切れだった。話せば長くなる。今言うことじゃない。


 人気のない場所、丁度良さそうなシンを見つけて、陽大に全てを任せたわけだけど……。

 俺は陽大こそ天然たらしなんじゃないかって思った。そのベビーフェイスはシンにも通用するらしい。

「いい調子だ」

 陽大と契約したドールは調子よく、シンを滅ぼしていく。ドールによって剥がされ引き裂かれたシンは煌めいて消えて行く。

 でも、俺は不意に不穏なものを感じて、咄嗟に清花を引き寄せた。

 口付けが合図、戦うための清花が目を覚ます。

「なっ……」

 陽大が声を上げる。俺は、清花は間に合わなかった。

 まるで抉り取られたように、シンが消える。光はない。それは浄化されたってことじゃない。

 清花が陽大のドールを庇うように立つ。俺も陽大の前に出て警戒する。

「これがリーパーのやり方だ。魂を救わず、シンごと消し去る」

 すぐに答えは出るって言ったのはこういうこと。見ればわかる。迷うまでもない。

 ドールのやり方は少し乱暴に見える。でも、あの光を見れば救われたのがわかる。けれど、リーパーは光ごと消し去っていく。

「よお、今日は化け物の彼女も一緒かよ」

 今日も黒いツナギ姿で悠翔は現れた。魂一つ消し去っておきながら平然と俺達の前に姿を現した。

「これがリーパーの……」

 呆然と呟く陽大の声は震えてる。それは怒りだろうか。

「化け物じゃないし、大体、お前はいつまでこんなことを続けるつもりだ?」

「いつまででも?」

 挑発的に笑う悠翔はまるで悪びれない。シナー二人とドールが二体、単純に考えれば一対四。圧倒的に悠翔が不利なのに、堂々たる様だ。

 悠翔は俺達が悠翔を傷付けられないことを知っている。

「いつか魂のバランスが崩れるって警告は続けてきたはずだ」

 消し去られた魂に来世はない。リーパーがおいそれと容易く裁くことはできない。でも、俺達にリーパーを止めることはできない。

 リーパーよりも早く多く、浄化することだけだ。

 多分、パニッシャーでさえもリーパーを裁くことはできない。神の意にそぐわない行為だと思う。俺達は許されるために罪滅ぼしを続けてるけど、リーパーに天罰が下ったなどという話はまるで耳にしない。

「どうして……どうして、救われたがってるのに……!」

 陽大が声を荒らげた。制する俺の手を押しのけて、今にも悠翔に掴みかからんばかりだ。

「罪悪だからだ」

 平然と悠翔は言い放つ。それがリーパーの思想だ。

 一方、罪悪とは魂に憑くものであるというのがシナーの思想。だから、魂から引き剥がして消し去る。悪意から解放された魂は天に昇って行く。俺達シナーはそれを正しいと思っている。否定しようがない。

「人の魂を何だと思ってるんですか!?」

 尚も陽大が悠翔に食ってかかる。

「いずれ化け物になる種を消し去って何が悪ぃんだよ?」

「そんな……!!」

 これは正義と悪のぶつかり合いじゃない。俺達にとって悪しきやり方でも悠翔達リーパーにとっては正義だ。正義と正義がぶつかる。

「答えは出たみてぇだな」

 悠翔が笑う。その答えを聞くために来て、わざわざあんなパフォーマンスまでしてみせたんだろう。

 できれば見せたくなかった。防げるなら防ぎたかった。でも、見れば一目瞭然。

「僕はリーパーにはなりません!」

 はっきりと陽大が宣言した。陽大はリーパーにはならない。俺は最初からわかってた。自分達がしてることこそ正しいと信じたかったからそう思うのかもしれない。

「そうか……愚かな選択をしたな。一生後悔しろ!」

「後悔なんてしない! 邪魔はさせません!」

 実に力強い言葉だった。頼もしくも思う。誇らしく思うには俺は何もしてないけど。

 多分、決意を秘めた目が悠翔を射抜くように見てた。

 悠翔は苦手なんだと思う。さっと目を逸らした。

「まあ、そういうことだ。俺達は俺達のやり方を貫くよ、悠翔。たとえ、お前が何を言おうと俺達にはこれしかないから」

 陽大を見れば、強い意志を宿した目で俺を見詰めて、頷く。リーパーが何を言おうと俺達は変わらない。変われない。自分達の信仰を続けるだけだ。

「せいぜい、あるはずのない救いのためにお祈りしてろ!」

 吐き捨てて、悠翔が走り去っていく。


「僕、許せません……!」

 ぐっと陽大が拳を握り締める。ぶるぶると震える体を俺が何も言わずとも清花が抱き締める。

 陽大は驚くけど、清花はぎゅっと力を込める。生きてないけど生きていて、ここにいないけどここにいる。

 落ち着かせようとしているんだ。そうしないと陽大が危ないのがわかるから。

「陽大、怒りを感じるのはわかる。でも、身を任せるな。俺達は一度シンを屈服させた。でも、いつだって暴れようとしてる。心を許すな」

 俺はできるだけ陽大を刺激しないように落ち着いた声で言う。

「僕、僕……!」

「俺達は天使じゃない。でも、悪魔でもない。できることをしよう。俺達がやるべきことを信じて」

 清花が離れて、陽大が顔を上げる。

「はい……!」

 涙声で返事をして、くしゃっと顔を歪めた陽大の頭を俺は撫でる。

 陽大は大丈夫だ。消え去った魂のために泣けるんだから。

 俺だって悲しんでないわけじゃない。だけど、俺はもう泣けないと思うから、清花以上のものなんてないから、ただロザリオを握って祈るだけだ。



 泣きながらも陽大は今日の勤めを立派に果たした。

 本当によくやったと思う。陽大は神父様のところへ、俺は今日も清花を戻しに行く。

 小さな手を掴んで引き寄せて、肉体へ。今日は陽大がメインだったけど、それでも罪は少し晴れてるんだと思う。

「清花、ありがとうな」

 清花は陽大を落ち着かせてくれた。内なるシンの暴走を止めてくれた。

 それは不思議な事じゃない。ドールだからこそ、シンの動きには敏感で、シンに対する力を持ってる。シナーの暴走はドールにとっても好ましくない。

 でも、俺はやっぱり清花だって思った。

「優しいな、清花は」

 俺のキスによって戦いの本能に忠実になっていても、元の優しさは失われない。

 そっと髪を撫でれば、目を開けた清花が微笑んだ気がした。

 多分、気のせい。俺が勝手に幻を見たんだ。清花はただじっと俺を見ているだけ。大好きだった笑顔は失われて、もう取り戻すことなんてできないのに。

 ピクリと動く手を握って、俺は祈る。

「我が心の汚れを許したまえ」

 暗く深い心の闇をどうかその光で照らして、許しを請い、祈り続ける。

 清花だけは救ってほしいと、何度も何度も。俺はもう他に欲しいものなんてないから。

 清花がここから解き放たれて、来世は幸せに生きてくれればいい。そこに俺がいなくても。この変わらない愛が報われなくても。


 俺が清花の部屋から出た時にはもう陽大は部屋に戻ったらしかった。

 そっと部屋に戻って見ても陽大は泣いてるわけでもなく、日記を書いてるらしかった。

「飯、食べに行くか?」

「はい!」

 笑って元気よく少し赤い眼で陽大は言う。空元気じゃないか、そう思ってもどうしようもできない。


 食堂に着いた瞬間、その人が後ろから走ってくるのがわかった。

 陽大と同時に振り返ればじっと陽大の方を見て、いきなりガバッと抱き付いた。

「母の胸でお泣き!」

 陽大が愛紗先輩の胸に埋もれてた。ぎゅーっと抱き締められて、陽大は窒息しそうだ。

 羨ましそうに見てる男もいるけど、陽大はタップして俺に助けを求めてる。俺はあんなの嫌だぞ。やられたことあるから余計に。

「愛紗先輩、何やってるんですか……勘弁して下さいよ」

 陽大から何とか先輩を引き剥がす。

 陽大がさっと俺の後ろに隠れた。厄介な人達のせいで陽大に隠れ癖がつきつつある気がする。俺は別に構わないけど。

「いや、可愛い後輩が私を必要としている気がして……」

「陽大が女性恐怖症になったら先輩のせいですからね」

「うー……」

「あーもう、しっしっ! 邪魔ですよ、邪魔邪魔。 今日は男だけで食べますからお気遣いなく」

 俺は愛紗先輩を追い払う。なんで、この人は今回こんなにも暴走してるんだろうか。

「おーい、仲間に入れてくれー」

 俺は陽大が来るまでは一緒に食べていた連中に声をかける。互いに様子を窺ってたわけだ。陽大は人見知りするみたいだったし。でも、もういいだろう。

 愛紗先輩が恨めしげにこっちを見てたけど、知らない。知るものか。

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