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Sleeping Beauty Doll  作者:
第二章
7/14

 部屋に戻って、それから夕食を食べに陽大と食堂へ、愛紗先輩は待ち構えてた。

「やあ、夕食もこの愛紗先輩がご一緒してやるぞ」

 頼んでないのに、実に恩着せがましい。自分が陽大に近付きたいだけだ。ちゃっかり今日は陽大の隣に座る。

 先輩に気に入られて、陽大にとって悪いことがあるわけでもないけど。多分。

 昼は俺が陽大をクラスまで迎えに行って、購買まで案内した。だから、会わなかった。

「先輩はちゃんと教えてくれるか?」

 はい、と陽大が頷く。俺だって、ちゃんと先輩らしいことをしてるさ。そんなに疑わなくても。

「もしかして、あいつが現れたか? 聖斗のストーカー」

 さすが愛紗先輩、察しがいい。本当にこの人は預言者か千里眼かって思う。

「ご丁寧にご挨拶に」

「そうかそうか、私は可愛いげのない後輩でも愛されてて嬉しいぞ」

 愛されてるのは多分あなたの方ですけどね。可愛げがないとか余計ですけどね。

「さあさあ、陽大。聞きたいことがあるだろ? 私に聞くがよい」

 ふふん、と愛紗先輩が胸を張った。胸を強調するな、胸を。何とも思わないから。

「聞きたいことですか?」

 陽大が首を傾げる。愛紗先輩の方は期待に満ちた目を向けてる。

「聞いてくれ、何でも」

「はぁ……」

 おいおい、陽大が困ってるじゃないか。

「リーパーはシナーと違うんですか? とか」

 自分で言った。

 何だ、俺の仕事を取りたいのか。そりゃあ、俺は詳しいことは後回しにしてるけど。

「リーパーとシナーって何が違うんですか?」

 律儀に聞いてやらなくたっていいのに……。

「シナーとリーパーは似て非なるもの」

 愛紗先輩はなんか偉そうだ。自慢げだ。やっぱり、自分が後輩指導したいからって、俺の方に口出ししてくるつもりなのか?

「あいつが聞いたら怒りますよ。『そもそも似てねぇよ!』って」

「だろうな」

 死神と罪人では似ても似つかない。悠翔は特にごちゃごちゃうるさい方だと思う。

「リーパーとシナーは互いの違いを明確にしたがる」

 リーパーがシナーと言われても、シナーがリーパーだと言われても、断固として否定する。一緒にされようものなら、小一時間説教するくらいに違う。根本的に。

 水と油、混ざり合うことはない。

「リーパー自体はシンに取り憑かれてないしな」

 それが一番の理由。だから、リーパー連中は自分のことを穢れを知らない聖人のように思ってる。その誰も救わない力を聖なる力だと思ってる。

「まあ、叶谷悠翔のことは聖斗が一番知ってるからな」

 そう言ってちらっと愛紗先輩が俺を見てくる。俺は肩を竦めて陽大を見る。

「わかるだろ? この人だ。悠翔が俺に惚れてるとかとんちんかんなこと言ったの」

 あぁ、と声を漏らした陽大は納得したらしい。そもそも、この人しかありえない。

「だって、そうじゃないか。他のリーパーはシナー全員目の敵にしてるのに、あいつはお前に一途だ。いつもお前のところにしかこない」

 悠翔が先輩に惚れてるらしいことは内緒だ。面倒なことは避けたい。先輩の耳に入ったら何が起こるかわからない。

 待てよ、まさか先輩に会いたくて俺を追いかけ回してるんじゃあ……。いや、さすがにそれはないだろう。あの悠翔でも。

「あいつは俺の死神らしいですよ。そう宣言されました」

「熱い告白じゃないか」

 先輩は俺と悠翔を何だと思ってるんだ。いや、聞きたくない。先輩ならリーパーとシナーの友情が成立するとか言い出しても不思議じゃない。ダメだ、この話はダメだ。

「部屋で話すよ。先輩の食事の邪魔になるから」

「ここで話せばいいだろ? 私は黙って食べる」

 それができないから、皿の上にほとんど減ってない食事が載っているんじゃないんですか。

「そうやって一人寂しく冷めたご飯を食べたいんですか?」

「可愛くない!」

 またこれだ。俺だけ、どうしてこんなにも先輩に可愛くない、可愛げがないと言われなきゃいけないんだろう。もう何年も言われ続けてる。

「一応、先輩のこと気遣ってるつもりだったんですけどね」

「一応? 可愛くない! 本当に可愛くない奴だな。もっともっとあからさまに私に優しくしろ!」

「ああ、先輩は俺に優しくされたかったんですか」

 そんなこと言われたこともない。いや、気遣いはしてたよな?

 優しくないわけじゃないよな?

「陽大、先輩は人に優しくされたいらしいぞ」

「違う、お前がいつまでも私に心を開かないからだ」

 頬を膨らませて愛紗先輩は言う。

 いや、俺、それなりに心は開いてるはず。でなきゃ、恋愛の相談なんてしなかったぞ。

 まあ、頬を膨らますなら、突っつきたくなるわけだけど。

「じゃあ、わかりました。俺が先輩に食べさせてあげますよ、あーんって」

 そうすれば、愛紗先輩は黙って食べるだろ。

 俺にとっては、まあ、介護みたいなものだろ。言ったら、先輩は怒りそうだけど。

「なんか嫌だっ! 凄く嫌だぞっ!」

「我が儘ですね、先輩は」

 クスクス笑ったら先輩が顔を顰めた。

「その笑い方、なんかやだ」

「そうですか? 愛紗先輩は可愛いなぁ、って思ってるだけですよ?」

 目を細めて愛紗先輩を見つめて、みるみる内に顔が赤くなっていくのがわかる。

「ホストかお前は! この天然たらし男が! 不浄だ不浄不浄! 私はそんな風に育てたつもりはないぞ!」

「先輩に育てられた覚えはないですからね」

 いつ、この人は俺の母親になったんだ。いや、ここでずっと育って、歳も一つ年上だから十分先輩だとは思う。俺だって小さい時からいるけど、でも、先輩を母親と思ったことはない。お姉さんというのも微妙だ。

「やっぱり可愛くない!」

「とまあ、先輩をからかうと楽しいけど、ほどほどにだ」

 俺だって全然本気じゃない。

「ではでは、食事の邪魔にならないように俺はこれで」

 今回も俺は先輩が話に夢中になっている隙に、話の合間に食べていたわけだ。

「お前は毎回毎回、どうして、そんなに早く食べられるんだ!」

 どうして、それをあなたはいつもいつも学習しないんですかと言いたい。

「ああ、陽大を毒牙にかけないでくださいよ」

 先輩を牽制して、俺は陽大を見る。

「陽大、先輩の食事見守るのも逃走するのもお前の判断に任せる。じゃあな」

 陽大は困ったような顔をしたけど、でも、何でもかんでも助けてやることは為にならないと思う。

「本当に可愛くないな! お前の可愛くないエピソード全部後輩に語るぞ」

「それで俺に何のダメージがあるんです?」

 思いつきで言ったんだろうけど、別に恥ずかしい秘密でもなんでもない。多分、愛紗先輩はそういうのをバラすとかできない人なんだと思う。

 いや、待て、それはそれでダメージがあるんじゃないか? 陽大に。

「では、僕もこれで……」

 陽大が立ち上がろうとした瞬間、愛紗先輩がガシッと掴んで阻止した。恐るべき愛紗先輩。

「私を一人にするのか?」

 陽大をじっと見て、それはウルウルしてるつもりなんですか?

「先輩、ゆっくりお食事してくださいね」

 陽大がにっこり笑って、愛紗先輩の手がゆるんだ。

 やるなぁ、陽大。

 そうして、その隙に二人で離れた。


「愛紗先輩って、いつも最後には一人になっちゃうんですか?」

 部屋に戻る途中、陽大が問いかけてきた。

「心配ないよ。俺と一緒の時だけ」

 俺に構い過ぎるんだよな、あの人は。

 女子同士で食べてる時なんかそんなことないのに……いや、あれはみんな遅いし、いつまでも食堂で喋ってるしな……。

「毎日構ってもらえるのも最初の内って言うと寂しいかもしれないけど、いつもは気まぐれに色んなやつのところ行ったり来たりしてる人だから」

 いつも俺と食べてるとも限らない。フラッと現れて食事を共にする。特定のグループには属してない。でも、どこに嫌われるわけでもなく、どこにでも入り込む。全てのグループに属しているのかもしれない。

「俺にはお前がもう慣れたように思えるよ。特に愛紗先輩の扱いとか」

「キヨ先輩にくっついてるだけです」

 まあ、判断にはまだ早い気もするけど、陽大は順応が早いと思うんだ。

「陽大、ここでの生活はどうだ? なんて、聞くのはまだ早いか」

「キヨ先輩がいてくれるから、うまくやっていけるような気がするんです」

「なんかくすぐったいな」

 愛紗先輩が言う可愛い後輩ってこういうのなんだろうな、本当に。悪い気はしないんだ。

 これが自分みたいなのだったらと思うと……もう一人、自分がいるなんて普通に考えて嫌だ。

 そりゃあ、愛紗先輩も可愛げがないって喚くだろうさ。それでも、変われないんだ。もう遅いんだ、何もかも。

「クラスは?」

 今日の昼こそ迎えに行って購買まで連れて行ったけど、必要なかったかもしれないと思ってる。

 見た目もいいし、素直だし、転校生っていう注目度もあって早速人気者だったみたいだ。

「みんな、親切にしてくれます」

 最初の内だけじゃない。きっと、ずっとそうなんだろう。俺だって陽大には何でもしてやりたくなったりするんだし、愛紗先輩だって同じだ。まあ、あの人は誰にでもそうだけど。

「いい子がいても」

「好きになりません」

 俺の言葉を遮って陽大ははっきりと言った。

 陽大なら言わなくても平気な気がする。でも、言い続けなきゃ俺が不安なんだろうな。


 部屋で俺は陽大を振り返る。

「さて、リーパーの話聞く?」

「先輩さえよければ」

「うん、じゃあ、座って」

 俺は座布団に座るように陽大を促す。陽大には知る必要がある。だから、俺は求められればいつでもいくらでも話す。それが先輩の務めだと信じるから。

「リーパーっていうのは条件的にはシナーと似てるように思える。でも、根本的に違うんだよ」

 お互いシンに対抗する手段を持ってる。けど、違う。

「俺もお前もビーストに家族を殺されてる。悠翔もどうやらビーストに妹を殺されたらしい。他のリーパーも多分ほとんどがシンによって何か大事なものを失ってるんだと思う」

 シナーもリーパーもシンによって人生を狂わされたのは同じだ。

「それで、どうして、シナーにならなかったんですか?」

 そうそれが問題だ。大切なものを失った激情で、俺達シナーは自分に取り憑いたシンを屈服させた。それによって罪人とされた。

「まあ、リーパーのことなんて推測だらけだけど、あいつはその時、キャリアじゃなかったんだろう」

 悠翔も含めて今まで見てきたリーパーの激しい復讐心を考えれば、俺達と同じくらい激しい感情を持っていたと思う。

 燃え盛る怒りの炎で今も心が燃えている。

「霊能者、とか超能力者っているだろ? 一言で言えばサイキック」

「はい、あんまり信じてなかったですけど……」

 ここにきたら信じざるを得ないだろう。そして、心霊現象と言われるものが何なのか理解する。シンが引き起こすものだ。

「霊感持ちには見えるんだよ、汚穢が。見えれば避けることだってできる」

 それは霊だ何だと言われるものだ。

「俺だって愛紗先輩が思ってるほど、あいつのことなんて知らないから、本当のことはわからない。あいつが言ったことが本当とも限らない。でも、それをきっかけにあいつはリーパーとなって復讐を決意したはずだ」

 言いながらも俺は悠翔が嘘を吐いてないと思ってる。あれで真っ直ぐな奴だから。

 愛紗先輩のことは、妹に似てるからとかかもしれないし、マジ惚れなのかもしれない。どっちだっていいけど。

「本能的にリーパーとしての力に目覚めるって話もあるし、助けたリーパーに弟子入りするとかいう話もある」

 ここでまたシナーお得意の『諸説ある』なわけだ。

「先輩はどう思うんですか?」

「お前はどっちだと思う?」

「両方じゃないかな、って……」

「俺もそう思ってる。少なくとも、悠翔には師匠か何かがいそうだ。あいつ一人でこっちの情報を得られるとも思えない」

 悠翔はまだ若い。年齢的にもリーパー歴でも。それでも、シナーにとって脅威であるのは間違いない。

 シナーがシナーによって助けられてここに来るように、リーパーがリーパーに助けられても不思議じゃない。リーパーは纏めて目撃されたことがないから家族という形態はとらないんだろうけど。

「リーパーは俺達の神を否定する。嘲笑うように魂を消し去る」

 神の声じゃなくて、悪魔の囁きを聞いたんだって言う。俺達がしてることこそ、悪いことだって言う。

 悪しきものを宿した魂を消し去ることと一時的にでも魂を使役すること、どっちが正義で悪か、その議論に終わりはない。どちらも自分のやってることを信じて譲らないから。

 だって、考えを曲げたら互いに終わりだ。シナーには大きなリスクがある。裏切ったら首を吊って死ぬしかなくなる。

「救われない魂が増える、って言ってましたよね」

「俺の言ったこと、覚えててくれて嬉しいよ」

 陽大は照れ臭そうにしてる。でも、陽大も必死に覚えようとしてるはず。

 先輩の言葉は一字一句聞き漏らすべきじゃない。俺がそう気付いたのは大分後のことだったけど。それを振り返るとどうしようもなくガキだった自分が嫌になる。それでも、俺だって成長してるんだ。

「あいつらを霊能者とも言うなら、強制除霊なのかな? シンごと、この世から消し飛ばす。穢れたものを全て害虫だと思ってて、根こそぎ駆除すればいいと思ってる」

「浄化できないんですかね? 俺、オカルト物とか、よく見てて……」

 陽大は口籠もったけど、言いたいことはわかる。魂を消し去れるだけの力を持っていながら、どうして穢れを取り除けないのかって。俺だって、初めてリーパーのやり方に直面した時、憤ったものだ。

「できても、やらないんだろう。消滅こそ正しいと思ってる」

 何が正義で悪なのか、その定義は難しい。結局、自分が信じるものこそが正義であって、それに反するものが悪だ。

「それに、パニッシャーっていう、これまた不可解な存在があるわけだし」

「いつかはわかりますかね?」

 陽大はまだ希望を持っているんだと思う。できることなら持ち続けてほしいと思う。それが何になるのかなんてわからない。

 それを打ち砕くとしたら俺なんだと思う。けれども、陽大には陽大でいてほしい。なぜなのかわからないけど。

 陽大は不思議な存在だ。

 だから、結局、俺は答えられなかった。俺にはもう希望なんてない。だから、心にもないことは言えない。全部陽大次第だと思う。俺はただ陽大に自分の知ってることを教えるだけ。


 その夜、俺は目を覚まさなかった。でも、陽大はもう泣いてなかったんだと思う。

 陽大は俺よりずっと強くなる。いつか俺の間違いを正すかもしれないくらいに。でも、それだけ成長してくれたら本望かもしれない。

 道を踏み外した俺は先輩の顔に泥を塗ったかもしれないけど。陽大が立派になってくれれば、少しは罪滅ぼしになるかもしれない。俺がそう思いたいだけかもしれないけど。

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