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Sleeping Beauty Doll  作者:
第二章
5/14

 いつもと同じ闇に溶け込むような黒いツナギは仕事着のつもりらしい。染めた茶髪と相まって不良にしか見えない。

 まるで人気のないところで待ち伏せしてたみたいだ。暇なんじゃないか。

 大体、ストーカーじゃないかってくらい俺のことを追いかけ回してるから暇なのかもしれないけど。

 でも、あっちだって、仕事っていうか、信念があるわけだし。

「今日はあの化け物女はいないんだな」

 現れるなり言いやがった。相変わらず礼儀のなってない男だ。

「化け物って言うな」

 清花のことをそいつはいつも化け物扱いする。

「あーあー、お前の恋人だったな。失礼失礼」

 今後も訂正する気はゼロだろう。これっぽっちも失礼なんて心を込めず、面倒臭げに言って、俺のことを馬鹿にしてる。

 認める気なんてないんだ。認められるはずもない。

「あの、シナーですか?」

 おずおずと陽大が問いかけてきた。

 ぶはっ、と相手が下品に吹き出した。

 陽大が何かを察したのか、さっと俺の後ろに隠れた。とっても賢明な判断だと思う。頭を撫でて褒めてやりたいくらいに。じゃなきゃ、俺が背中に庇ってた。

「おいおい、俺がシナーだって? 冗談はよしてくれよ」

 大げさな身振りでそいつは言った。将来、芸人か何かにでもなればいいんじゃないかと俺は思うわけだ。俺のストーカーして、コミカルなライバルを目指すよりはずっと健全だ。

「友達かって聞かなかっただけましだろ」

「ましか? どっちだって、最悪だろうが。てめぇのお友達でもお仲間でも反吐が出る」

 吐き捨てるようにそいつは言う。俺だってごめんだ。

「確かにお前が改心しない限りありえないな」

「改心だぁ? 相変わらずふざけたこと言う野郎だな」

「お前よりましだな。大体、いきなり『敵さんですか?』なんて聞かれてもお前はごちゃごちゃうるさく言うだろ」

 俺は別にふざけてない。そんなつもりはない。

 愛紗先輩と同じくらい絡んでくるから、相手してやってるだけだ。

「くそっ……! 俺は今日はてめぇに用はねぇんだ。そっちの坊やにご挨拶に来てやっただけだ」

 ビシッと陽大を指さして、そいつは言う。まったく、恩着せがましいことだ。

 また俺のペースにのまれたとか思ってるんだろうな。

 俺が察して二人の挨拶を成立させてやるわけがないだろ。

「お前、暇だろ。こっちの情報握って、俺のケツ追っかけ回して、今度はこいつを標的にするって? お前の面食いぶりには恐れ入るよ。趣味がいいのやら悪いのやら」

 皮肉には徹底的に皮肉で返す。俺だって言われっぱなしじゃない。

 そいつはまるでギリッと歯を食いしばったのが聞こえるかのようだった。

 俺との言い合いに付き合えば不毛なことになる。さすがに学習して、今度は我慢したらしい。

「俺は叶谷悠翔(かなやゆうと)――リーパーだ」

 格好付けたつもりか。

 そいつ――悠翔はかなりちびだ。俺と同じ高二だけど、ちびだ。そういうところでやたら絡んできたこともあったか。

 他校の生徒だ。こんなガラの悪い敵がミッションスクールにいるなんてありえない。

 ワルを次々と世に放っていると市内でも有名な不良校に通ってるっていう、その辺はイメージ通りのやつ。

「リーパー?」

 陽大は後ろから問いかけてくる。

 挨拶だからって前に出て握手を交わす必要なんてない。だって、敵なんだから。

「死神だよ。穢れた魂を滅殺する」

「滅殺……」

 その響きに不穏なものを感じたのか、陽大の声は低くなってる。

 シナーでもパニッシャーでもなく、悠翔はリーパーだ。黒いツナギを着た死神。いや、ツナギはあくまで悠翔の趣味であって、リーパーが全員そうだってわけじゃない。

「まあ、俺のストーカーってところだ」

 詳しいことはまた後で、俺は悠翔をどうにかする必要があった。これから陽大に仕事を教えるっていうのに、邪魔すぎる。

「おいおい、自意識過剰の天羽さんよぉ、寝言は寝て言えや」

 自意識過剰なんて愛紗先輩でも言わないのに、いや、愛紗先輩にこそ言いたい時があるっていうか……あの人はそれでいいっていうか、許される人だけど。

「お前、俺以外のシナーの前にはほとんど現れないだろ? あんまりにしつこいから、とある先輩に相談したら、それは間違いなく俺のことが好きなんだって、実にとんちんかんな返答をしてくれたぞ」

「かーっ! マジで嫌んなるぜ。シナーの野郎はどいつもこいつもイカレ頭でよ!」

 そのイカレシナー野郎こそ悠翔が密かに惚れてるらしい愛紗先輩だってことは黙っておこう。俺だってあまりにも話が脱線するとそれなりに困るわけだ。

 前に俺と愛紗先輩がいるところ(多分、無理矢理買い物に付き合わされた時だ)を見かけたらしく、やたら聞いてきた。あの人、生まれつきのシナーだけど。

「俺がてめぇの前に現れるのは、てめぇが大罪を犯した悪魔だからに決まってるだろうが! 俺はてめぇの死神だ!!」

 ビシッと指さしてきやがる。おいおい、人を指さすなって教わらなかったのか。格好付けるのもほどほどにしろよ。

「でも、お前達リーパーの目的はシナーを倒すことじゃない。倒せないからな」

 リーパーだからって、シナーに対抗する力を持ってるわけじゃない。

 わかりやすく言うなら霊感持ち、霊能力者の類だ。シナーでもパニッシャーでもなく、汚穢に対抗する力を持つ。

 生まれつき聖人なわけでもなく、神の声を聞いたわけでもない。普通の人間が視えないものを視てしまった。それ故に引き起こされた悲劇が彼らをリーパーとして駆り立てる。

 俺達シナーと違って生まれつき持ち合わせた力が引き金になる。

「なぁ、悠翔。もう挨拶は済んだだろ?」

「まだだ! てめぇのせいで用が済んでねぇんだよ! つーか、馴れ馴れしく呼ぶな! どうしても呼びたきゃ様つけろっていつも言ってんだろうが!」

 全くうるさいことだ。なんで、俺が悠翔を悠翔様と崇めてやらなきゃいけないんだ。

「そりゃあ、俺は邪魔するに決まってるだろ。散々お前に罪滅ぼしを邪魔されてきたんだから」

 陽大に悪影響を与えられるほどだとは思わない。悠翔が何を言ったって、陽大の根本的な部分は揺らがないような気がする。俺にとっても陽大は未知数だけど。

 まあ、俺がおもしろいからっていうのもある。たまには敵をいじって息抜きしたって罰は当たらないと思いたい。そうすると、愛紗先輩のことだって多少理解できるわけだ。

「罪滅ぼしか、笑いすぎて泣けてくる話だ」

 リーパーは俺達の言う神を信じない。俺達が神と言うしかないものを神とはしない。神も仏もいないと笑い飛ばす。リーパーはこの世の全てを憎んでる。

 だから、罪滅ぼしなんて思想はありえないって言うんだ。

「新入りシナー君よぉ、今ならまだ遅くねぇ。俺と来い。リーパーになれ」

 悠翔が近付いてきた。陽大は俺の後ろに隠れたままコートを掴んでくる。だから、俺は陽大を庇うようにする。

 互いに傷付け合う力は持ち合わせていない。傷付けられるとしたら拳だ。

「猶予はやる。考えておけや。次に会う時、答えを聞く」

 それはこれから教えることを邪魔しない宣言だと考えていいんだろうか。

 まずはシナーのやり方を知って、リーパーの手口を見なければ判断できることじゃない。

 陽大は不安げに俺を見上げてくる。

「心配ない。すぐに答えは出る」

 陽大はわかってる。だから、すぐに戸惑いなんて消えるはずだ。リーパーのやり方を知ってしまったら。

 大体、俺に言わせればシナーはリーパーになれない。悠翔はそもそもシナーってものの本質をよくわかってない。

「おい、お祈りが届いてるとでも本気で思ってるのか? お前が救われると? それで、少しでも何かが変わったか?」

 悠翔が投げかけてくる問いは俺達シナーが一度でも疑問に思ったことだ。

 でも、俺達はそれを黙殺してきた。答えは出ない、どうしようもない。

「生きてる。それが答えだ」

 許してもらえるように祈らなければ俺達は死ぬ。シナーの不信心を神は許さない。放っておけば死に至る病に似ている。

 祈ることで絡み付く黒いトゲが消えたことはない。でも、祈らなければ良からぬことが起こると感じたことはある。

 実際、首吊り部屋で死ぬっていうのはそういうことだろう。神を裏切るが故に首を吊って殺される。

 祈りを疎かにしたり、それこそリーパーに魂を売り渡そうとしたりすると神が怒るらしい。

 その時にまた神の声を聞くのかは知らない。どうなるかは定かではない。生き延びた人間がいないからだ。

 首吊り部屋に入った時のことを語る人間はいない。入ったら生きて出ることはない。自らの罪に殺される。

 裏切りによってシナーを消すことはリーパーの目的の一つなのかもしれないと思ったことはある。でも、悠翔に関してはそこまで考えられるようには感じられない。

「悠翔、俺のこと気にしてくれてるのか?」

 そうやって、悠翔をからかうことばっかり言うから俺は可愛げがないって愛紗先輩に言われるのかもしれないけど。

「んなわけねぇだろ! 馬鹿か、お前は!?」

 正直な話、悠翔に馬鹿って言われるとカチンと来る。でも、俺は悠翔みたいに感情豊かにはなれない。羨ましいところでもある。

「考えろ、新入り! 悪い先輩をよく見て考えるんだ。どうして、神様とやらが愛に生きようとする奴に天罰を下す? 祈って祈ってどうして誰も救われてないんだ?」

 シナーなら誰だって疑問として抱いてることだ。でも、俺達は祈る。

「神様が何をしてくれるって言うんだ! くそっ、くそっ、くそっ! 考えておけよ!!」

 勝手に感情的になって、安い悪役みたいな捨て台詞を残して悠翔は走り去ってく。ちなみに愛紗先輩に分析させると、この行動は照れ隠しってことになる。



「な、何だったんですかね……?」

 陽大は首を傾げてる。妙な嵐が過ぎ去った気分かもしれない。

「あいつ、いつもあんなんだから気にしなくていいよ」

 悠翔のことを真面目に考えたらダメだ。負けだ。あいつにそういう意味で負けるのはなんか悔しい。別に俺が悠翔を軽んじてるわけでもないけど。

 だって、あいつにだって俺に負けないくらいの理由はあるんだ。ただ互いに向いた方向が違うだけ。

「さて、余計な時間を使ったけど、行こうか」

 いきなり妨害してくることもできただろうに、変なところで悠翔は律儀だ。

「正直言うと、リーパーの仕事は見せたくない」

 俺達はできるだけリーパーの仕事を阻止したい。でも、しきれない。きっと、俺がどんなに足掻いても悠翔は見せ付けてくるんだろう。悠翔以外のリーパーの可能性もある。

「シナーと何が違うんですか?」

「まあ、簡単に言うと魂が一つ消えるってことだ。救われない魂が増える」

 彼らがリーパーと言われる所以はその仕事ぶりを見て初めてわかるんだと思う。あっちこそ、悪魔じゃないかって思う。

 俺達に聞こえる魂の悲鳴は彼らの耳には届いても、その胸に突き刺さりはしない。苦悶の表情を浮かべて消えていくのも彼らは然るべき罰だと思ってる。

「だから、俺はシナーのやり方を示そうと思うわけだ」

 そうすれば陽大はもうわかるはずだ。

 俺達のしてることは悪魔の所行じゃない。悠翔のやり方を見てしまえば、もっと明らかになるはず。すぐに答えは出る。心配ない。

「シンが活発になるのは夕方、人が多いところの方がいっぱいいる。理由はわかる?」

「何となく……」

 魔に逢う、大きな禍が起こる時刻。人に憑こうとするモノは人が多いところにこそ集まる。人が多いからこそ生まれる。貪欲に多くを食らおうとして。

 シンによって死した魂は更なるシンとなり、それを宿したものはキャリアになり人を襲い、キャリアを増やし、やがては死してシンとなる。魔のサイクルは終わらない。そして、そこに悪意があればビーストが生まれる。

「でも、こういう人気のないところにだっていないわけじゃない。ほら、あそこに」

 俺は指さす。黒い茨を巻き付けた人影。女性だ。

「まずはこういうところで慣れたら、繁華街の方に行こうか」

 それは遠くない話のような気もする。陽大なら。

 本当はこういうところより、繁華街の方が優先度が高い。でも、罪滅ぼしは速やかに行われる必要がある。だから、そっちは他のシナーに任せればいいわけだ。シナーは俺だけじゃない。

「まずはドールを得ること。経験を積んだシナーはシンの存在を鋭敏にキャッチできる。その見分けがつくくらいに」

「見分け、ですか」

「第六感って言うのかな、多分、今までになかった感覚があると思うけど」

「何かモヤモヤします」

「シナーはシンに反応する。ビースト、獲物を求めて漂うシン、シンを宿して運ぶキャリア。それぞれ気配が違う」

 いずれ、そのモヤモヤがはっきりするようになる。全てが同一ではないとわかるようになる。これにはまず知ることだ。

「シン、キャリア、ビースト、優先すべきは何だと思う?」

「ビーストですか?」

 不正解ではない。けど、正解とも言えない。

「そりゃあ、ビーストは危険だ。でも。優先すべきはシンだ。ビーストは現れてくれるならパニッシャーに任せた方がいいかもしれないし、そう簡単に太刀打ちできる相手じゃない場合がある。基本は回避」

「でも、昨日は……」

 そう昨日、俺はビーストを陽大の目の前で相手にした。

「まだ弱い方だったし、清花がいたからだ。俺達だって、ビーストに喰われるかもしれない。清花がいなければ俺も逃げる。ビーストをやるのは俺達よりずっとベテランの仕事。任せておけばちゃんとやってくれる」

 心配することはない。何もかも自分で背負う必要はない。

「話を戻すと、シンは死んでて、キャリアは生きてるとも言えるかもしれない。だけど、キャリアはよほど緊急性がない限りいくらシンを取り除いても無駄だ」

 人という生き物はいくらでもシンの温床になる。

「つまり、手順としてはこう。シンを見つける。契約してドールにする。あとは、ドールが天国行きのチケットを手にするまで点数稼ぎをするわけだ。キャリアからシンを引き剥がす」

「そして、また繰り返し、ですか」

「その通り。わかってきた?」

 陽大は恐るべきスピードで成長する気がする。そもそもシナーの仕事はそう難しいっことじゃない。魔のサイクルをどこかで寸断しなきゃいけないということだ。そこら中で繰り返されてるサイクルを。

「さあ、罪滅ぼしを始めよう」

 宣言して俺はロザリオを取り出して、シンへと近付く。

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