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Sleeping Beauty Doll  作者:
第二章
4/14

 翌朝、俺は陽大を連れて食堂にいた。

 寮は女子寮と男子寮は別になってるけど、食堂は一緒。だから、彼女は目ざとくやってくるんだ。

「やあ、少年達。おはよう」

 そう言って、当然のように俺の隣に座る。その人を一言で言うなら美少女だ。

 艶やかな黒髪は肩より下くらいで、背は高くて凄くスタイルがいい。モデルかってくらいに。

「おはようございます」

 俺は適当に挨拶するけど、陽大はビックリしたみたいだ。何も言わないでいるから、じっと見られるわけで。

「おはよう? 坊や」

「お、おはようございます」

 おどおどと陽大が返せば、彼女は満足げに笑う。彼女は挨拶を大切にする人だ。

「私は譲羽愛紗(ゆずりはあいしゃ)、十八歳、高等部三年だ。よろしく。迷える少年よ」

 愛紗先輩は陽大に向かって手を差し出す。

「日向陽大です」

 陽大は愛紗先輩と握手を交わす。ほら、早速お姉ちゃんができたじゃないか。美少女だろうと何だろうとこの人は家族でしかない。

「うむうむ。陽大君、ご一緒してもよろしいかな?」

「もうその気で座ってるじゃないですか」

 俺は呆れた。俺の隣に堂々と座っておいて。そういうの聞くなら、最初だろう。

 まあ、こういう人だけど。家族と食事するのにわざわざ訪ねたりしない。家族だから遠慮しない。そういうことだ。

「可愛げのない聖斗には聞いてないんだよ。可愛い新入りを独り占めして」

 可愛げがないってなんだ。確かに陽大は可愛い顔してるけど……ああ、俺が生意気だって言いたいのか。

「仕方ないじゃないですか、俺が任されたんですし」

 文句を言うなら、神父様に言ってほしい。

 大体、この人は特別人懐っこい。新入りが来ると真っ先に飛びついて仲良くなってしまう。他は遠巻きに見てるのに。

 ここに来る奴に心に傷のない奴なんていない。少なからず心を閉ざしてる。

 でも、愛紗先輩は特殊だ。

「どうして、いつもいつも私には回ってこないんだ。そういう役目が。私が何年ここにいると思ってるんだ」

 興奮した先輩がテーブルを叩き始めた。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ、愛紗先輩」

「むう……」

 先輩は美人だけど、女子寮一、高等部一、学園一とまで言われてるけど、ちょっと残念な人だ。見た目は大人っぽいのに、中身がまるで子供だ。

「先輩は他のお役目が大変じゃないですか。そっちは先輩にしかできないってことでしょう」

「本当にそう思ってるのか?」

 疑わしげに先輩が俺を見てくる。

「思ってますよ」

 常々、先輩は大変だな、って思ってるのに。

「聖斗、お前はいちいち言葉に心にこもってない。なんか枯れてるぞ」

「俺が枯れ木になったとしたら、愛紗先輩のせいかもしれないですよね」

 この人は昔からそうだ。やたらと絡んできた。俺を絶対放っておいてくれない。きっと先輩の接し方なんだろうけど。

 うざいと感じたことだって、なかったとは言わない。放っておいてくれないことが疎ましかった。でも、それを経て、みんな先輩が好きになるんだ。家族として。

 愛紗先輩を嫌いなやつはいないけど、俺を嫌いなやつは多い。

「私のせいとは何事だ! 私はいつだってお前を潤してやろうと思って……なんだ、その疑いの目は」

「やたらと絡んでくるの、そういうつもりだったんですか」

 俺の人生を潤してくれたのは清花だけだ。先輩や他の誰かが何年かかっても俺に与えられなかったものを清花はくれた。

 その清花を失った傷はもう誰にも癒せない。胸にぽっかり空いた風穴は埋められない。俺はこの穴に風を通して生き続ける。祈りは埋めるためのものじゃない。

「私はみんなと仲良くしたいんだ。潤滑油になりたいと思ってる」

 そんな発言も先輩だから許されるんだと思う。俺が言ったって、ひんしゅくを買うだけだ。周りを錆び付かせるくらいしかできない。

 先輩は生まれてすぐにこの学園の前に捨てられてたらしい。ずっと、ここで育ってる。仲間の中でも極めて特殊、不思議な人。

「あーっ、お前は本当に可愛くないなっ! ここにこれだけ素敵な先輩がいるのに、もうちょっとなんかないのか?」

 何も悪気がないんだ、この人には。

「たとえ、先輩が下着姿で部屋にいたって、即毛布にくるんで部屋まで丁重に送り届けるでしょうよ。ここにいるやつは誰だって」

「どうして、そこで、そういう卑猥な話をするんだ、お前は! 可愛くない可愛くない! ひねくれおって! 反抗期か、反抗期なのか!?」

 先輩が顔を真っ赤にして、憤慨した。

 そもそも、先輩は俺に何を求めてるんだ? 何を期待してるんだ?

「単なる極端なたとえ話ですし、別に卑猥じゃないだろ?」

 俺は、陽大を見た。

 陽大も顔を赤くしてた。それから吹き出した。笑うのを我慢してたみたいだ。

「あー笑え笑え。笑える時は好きなだけ笑うんだ」

「わかるよ、この先輩変だもんな」

 笑われるのは、先輩のせい。先輩は周りを明るくしてくれる人。

 睨まれたけど。でも、怖くない。迫力がないんだよ、迫力が。

「って言うか、早いな。ちゃんと噛んだか? よく噛んで食べないとダメなんだぞ」

 すっかり空になった陽大の皿を見て、先輩は驚いてる。

 そう言えば、俺も驚かれたし、ここの男どもは、みんな先輩に驚かれた経験がある気もするけど……学習しないのか?

 男なんてこんなもんだと思う。一口のサイズが違うって言うか……先輩が小動物すぎるんだ。一口は小さいし、その一口を租借するのにやたら時間がかかるから、いつまでも食事が終わらないときてる。

「先輩が、ただでさえ食べるの遅いのにベラベラ喋ってるからですよ」

「うーっ、聖斗のくせに、聖斗のくせにー!」

 可愛い新入りに興奮しすぎなんだ。やっぱり、この人は学習しない。そういうところが愛紗先輩のいいところなのかもしれないけど。

「じゃあ、先輩はごゆっくり」

 俺はトレーを持って立ち上がる。

 これ以上、先輩の食事の邪魔をするわけにもいかない。いくら先輩が勝手に寄ってきて、食べるのを忘れてただけでも。

 俺なりの気遣いだとわかってほしいものだ。

「お先に失礼しますね」

 陽大も同じように、トレーを手に立ち上がる。

「よく噛んで食べるんですよ」

 ささやかな仕返しのつもりだった。先輩はじと目で見てきたけど、指で腕時計を叩く仕草を見せたら黙って食べることに専念しだした。

 それはそれで微笑ましい光景で、陽大も同じみたいだった。

 陽大は大丈夫。多分、俺がいなくても。そう思う。



 緊張は俺に伝染しようとするかのようだ。空気を支配して、猛威を振るう。どうせ、すぐに適応するのに。

「準備はいいか?」

 放課後、俺は陽大に問いかける。

 教会の一室に俺達はいる。今日は本格的に陽大に仕事を教えるつもりだ。

 だけど、陽大の返事を聞く前に扉がノックされた。

「私だ。入るぞ」

 踏み込んできたのは愛紗先輩だった。

「私は陽大にプレゼントを渡すはずだったんだ」

 はずだった、ってまさか朝のことか?

 ありえる。絶対にありえる。何せ、この人は譲羽愛紗だ。美人なのに残念なくらいに天然の愛紗先輩だ。

 ちなみに先輩の犠牲者は多い。シナーに限らず、一般生徒まで毒牙に……って言うと違うか。

「プレゼント、ですか?」

 陽大は首を傾げる。俺はわかってるけど。

「ほら、手を出してごらん」

 とか言いながら自分で掴んで半ば強引に出させてるところにはもうツッコミを入れてやらないぞ。

 この人の行動に逐一ツッコんでたら枯れもすると思う。養分吸い取られる。ああ、それで先輩はいつも潤ってるのか。おそるべし、譲羽愛紗。

「これを君に」

 愛紗先輩はそっと陽大に手にしたものを握らせる。

 先輩の手が離れて、陽大はそっと手を開いた。水晶か、透明な石が煌めいてる。

「ロザリオ、ですか」

 愛紗先輩からのプレゼントはロザリオと決まっている。

 本当は朝渡そうとしてたのかもしれないけど、余計なことは言わないことにしよう。

「俺も愛紗先輩に作ってもらったんだ。大事な仕事道具」

 俺は自分のロザリオを見せる。オニキスとヘマタイトでできてるから黒い。俺に合わせて作った結果だそうだ。石言葉が重要なのであって、ネガティヴな意味じゃないと言われたけど。

 でも、陽大のイメージが透明だとしても間違いじゃないと思う。

 そもそもロザリオは祈りの道具だ。俺達は仕事の道具にもしてるけど、アクセサリーとして身につけるわけではない。

「こんな高価そうなものを?」

「私の手作りだ。そういう点では大変価値があるが、代金は請求しない。私からの贈り物だ。受け取ってくれ」

「こ、これ、手作りなんですか?」

 陽大が驚くのも無理はない。手作りとは言ってもかなり本格的だ。その辺で売ってる物と比べたら絶対に怒られるけど、遜色ない。いや、それ以上かもしれない。安っぽいアクセサリー用とは違う。

 この教会の正規品と言ってもいい。ここのシナーはみんな愛紗先輩のロザリオを愛用してる。

 清花のロザリオだってそうだ。事情を知って作ってくれた。

 死から守ってくれるような加護はなかったけど、愛紗先輩を恨む気持ちはない。どうしようもなかったんだ。あれは俺の、俺だけの罪だ。

 むしろ、そういう形で応援してくれたから先輩には感謝してる。俺を全力で止めなかったことを先輩が後悔しているとしても。

「愛紗先輩は道具屋ってところだ。おまじないグッズに効果があるって評判なんだよ。占いも当たる」

 そういうところで愛紗先輩は一般生徒からも大変な人気だ。まあ、彼らは俺達の真実なんて知らないけど。

「商売はしていないさ。材料費をもらうだけだよ」

 まあ、確かに神様の前でボロ儲けなんてできないだろうさ。

「じゃ、じゃあ、僕も材料費……」

「まあ、これは神父様からの贈り物でもある。大事に使ってくれれば、私は嬉しい」

 陽大は先輩のニッコリにすっかり押し切られたみたいだ。まあ、それでいいんだ。

「だが、愛紗先輩大好きと言ってくれるともっと嬉しい」

「あ、愛紗先輩だ」

「陽大、言わなくていいから」

 真面目に言おうとした陽大を俺は遮る。まったく、俺への当て付けか?

 まあ、大好きだって言っても、先輩の場合、シナーの禁忌に触れる愛とは違うからいいんだけど。

 愛紗先輩は本物の家族を知らない。だから、家族愛を求めるんだ。

 誰よりも仲間を家族だと思ってる人。家族に絶望させられた俺とは百八十度違う人。家族がほしくてほしくて仕方がなくて、血の繋がりのない偽物の家族さえ本物にしてしまうような人。

「うん、冗談だ。お前の道具として役立つだけで私は嬉しいのさ」

「あ、ありがとうございます!」

 陽大は嬉しそうで、でも、俺はほんの少し暗い気持ちになる。

 先輩はシナーでありながら聖女とか神の子とか言われていたりもする。生まれた時からシナーっていう特殊な人だし、俺達とは違うところがあるから、俺はいいと思うけど。

 この人は預言者と言ってもいいところがある。棺屋と似ている。

 新入りが来た時にはもう愛紗先輩特製のロザリオが用意されてるんだ。イメージ通りの、専用の品が。

 いつだって、愛紗先輩は新しいシナーの存在を知っている。それを明かすのは神父様にだけだけど。

 陽大のことも先輩は知っていたんだろう。だから、やっぱり陽大に似合うものが作られてた。

「私はいつでも無事を祈っているからな」

 求められてる言葉はわかる。

「いってきます」

「い、いってきます」

 陽大は俺に倣う。

「ああ、いってらっしゃい」

 手を振って、俺達は送り出される。本当に加護があるような気がしてくるから不思議だ。


「あ、あの、キヨ先輩」

 教会を出て、陽大が躊躇いがちに声をかけてくる。

「ん? 何?」

「あ、あの、今日は、清花さんは……?」

 それを聞かれるだろうことはわかってた。いつもなら教会を出る前にあの部屋に行って清花を連れて行く。でも、今日は行かない。

「今日はドールとの契約の仕方を教えるから」

 清花がいないと戦えない俺じゃない。今日は罪を滅ぼしてやれないことを少し申し訳なくも思うけど。でも、そういう日だってある。

「もう緊張はしてなさそうだな」

「は、はい……僕、変ですか?」

 陽大が不安げに俺を見る。自分に戸惑っているのか。家族を殺されたばかりだろうに、落ち着いている。

 でも、シナーになる奴なんてわけわかんないのばっかりだ。俺だってそう。だから、何があっても不思議じゃない。

「ここでうまくやっていく秘訣は自分が変だと思わないことだ」

 陽大は首を傾げた。でも、変だと思ったら自分に負ける。

「愛紗先輩を考えてみろ。あの人が自分を変人だとわかってると思うか?」

 愛紗先輩を引き合いに出すことに多少の後ろめたさはある。俺だって別に先輩が嫌いなわけじゃない。奇人変人だと思ってるけど、悪い意味じゃない。

 先輩には感謝してる。

「い、いえ……」

「無自覚って怖いよな」

 小さく陽大は頷いた。

「大丈夫、言いつけたりしないよ。言いつけたって、どうせ、悪いのは俺だって言われるんだろうし」

「いえ、その」

「先輩に可愛いって言われるのが嫌なら俺がどうにかするけど? まあ、その場合、俺みたいに可愛くないって散々言われると思うけど」

 可愛い可愛いと言われるのがいいか、可愛くない可愛くないと言われるのがいいか。俺は後者で満足してる。

 たとえ、見た目のことじゃなくて中身のことだとしても、可愛いと思われるのはちょっと嫌だ。

 陽大の場合、見た目と中身のダブルかもしれないけど。

「先輩が可愛くないって言われる理由がわかった気がします」

「まあ、可愛いって思われたかったら、もっと上手に媚を売るだろ。あの人は可愛いは正義だと思ってる。女でも男でも赤ん坊だろうと年寄りだろうと。まあ、本当に本気で可愛いと思ってるところには恐れ入るよ」

 美少女に可愛い可愛いと言われて喜んだ男がここにいたかと問いたいけど、愛紗先輩に怒られるのは本意じゃない。俺だって、怒らせたくて言ってるわけじゃない。勝手に怒るだけだ。

「愛紗先輩の人生のことを俺が言うべきじゃないと思うけど、あの人は自分は何も特別じゃないって、そうやって言わないからやっぱり俺が言うよ」

 いつも誰かが伝えてるんだろう。俺だって本人から聞いたわけじゃない。だから、ここで陽大にも言っておくべきなんだろう。

 別に知ったところで陽大は態度を変えないと思う。悪い方向には。

「愛紗先輩は生まれてすぐ学園の前に捨てられてたらしい。生粋の学園育ち、って本人は笑って言うけど。生まれつきのシナーなんだよ」

「生まれつきの……」

 サラサラと言ったけど、陽大はその意味がいかに重いかを理解してくれたらしい。

 生まれたての赤ちゃんが罪人になるなんてそうそうありえる話じゃない。それは決してミルクを欲しがって泣きまくったからとか、生まれてくるのに母親の命が犠牲になったからとかそういうことじゃない。

 そんなことでシナーになるのなら、この世はシナーだらけだ。たとえ、赤ちゃんがシンのキャリアになるとしても、屈服させるには至らない。物心も付かないで泣きまくってるような赤ちゃんが神の声を聞いて理解するなんてあるはずがない。

 愛紗先輩なら生まれた時の記憶があったって不思議でもないような気もするけど。いや、ほんとあの人は何言っても許される。

「俺達の見解はこう――譲羽愛紗はシナーとシナーの子供だ」

 先輩のことを勝手に議論した結果だ。正解なんてわからない。神父様は知ってるのかもしれないし、神父様だって知らないのかもしれない。知ってたって教えてくれるとも思えない。

 愛を禁じられてるシナー同士の愛がどうなるかもわからない。

「永遠の罪滅ぼしと祈りを捧げる人生だ。いずれ訪れる死だけが救いかもしれないけど、それでも、いつか救われるかもしれないと許しを請い続ける。それを悲しいと思ったってどうにもならない。請わなきゃ救われることなく死ぬ」

 神の声を聞いたなんていう自分を特別視することはない。悪魔の声かもしれないのに。

 多分、これからもっと陽大を揺るがすようなことが起きる。そういう人間が現れる。これは予言じゃない。勘でもない。

 事実だ。昨日の公園の方へと歩いてる途中、そいつは現れた。

 本当なら、もっとシンやらキャリアのいる方、繁華街の方へ行くけど、初めははぐれ者がいる方がいいと思ったわけだ。俺はいきなりに谷に突き落とすようなやり方は好きじゃない。

 けど、その前に全くお呼びでないはぐれ者がお出ましになった。

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