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Sleeping Beauty Doll  作者:
第三章
10/14

 結局、陽大はあっという間に独り立ちした。

 凄い勢いで俺から盗める全ての技を盗んでいったんだと思う。しかも、悪いところは真似しない。

 そうして、他の、俺よりもっとベテランのシナーの監査下で見事認められた。俺の後輩指導は実に短い間で終わった。

 部屋では一緒だし、兄弟として仲良くしてるけど、少し寂しいものだ。

 そんな俺の心を察したのか、清花が俺の頭を撫でてくる。近頃、清花はこういう行動が増えた気がする。っだって、清花はドールだ。特別なドール。俺に付き従って、口づけを合図に戦う。

 戦いの本能だけ、そのはずなのに、まるで自我を持ち始めたみたいに……


 ほんの少し黄昏れてたら悠翔が現れた。陽大が巣立ったのに、乗り換えはなしなのか。やっぱり、俺のストーカーでいるつもりなのか。

「また一人ぼっちに戻ったのか?」

 俺を嘲笑うような声、感傷から引き戻された。

「二人だ、清花がいる」

 悠翔には見えてるだろうに、いつだって清花の存在を認めてくれない。認めれば、今度は化け物だって言う。

 何度も、訂正する俺は悠翔に清花のことを認めさせたいのか。

「後輩はどうした? お前にうんざりして離れていったか。それとも、俺様にでかい口叩いておいて大したことなかったか」

 ゲラゲラ悠翔は笑ってるけど、残念なことにどっちでもない。

「優秀すぎてもう独り立ちしたんだよ」

「優秀な罪人なんて笑えねぇよ」

「笑ってるじゃないか、矛盾してるぞ」

 言ってやったら、仏頂面になった。まったく、こいつは……

「お前こそなんだよ? あっちに乗り換えてくれないのか?」

 陽大こそ、悠翔にとって脅威になると思う。陽大は俺みたいに道を外さない。真っ直ぐにシナーとしての使命を全うする気がする。

 リーパーのやり口を許せないと言いながらも、怒りで我を見失うよりも、より多く魂を救うことを選んだ。そんな陽大のどこを罪人だと言えようか。

「俺はお前の死神だって言っただろ?」

 乗り換えはなしってことか。悠翔も悠翔なりに強い決意があるんだろう。

「なぁ、悠翔。それって、お前には俺がいるって言ってるみたいに聞こえるよ。一人じゃないって」

 悠翔はピタッと黙り込んだ。いや、フリーズ? 固まってる。

 まるっきり間違ったことは言ってないと思うけど、どうせニュアンスが違うって言うんだろう。

「もしかして……俺のこと慰めようとしてくれるのか?」

 俺は更に続けた。

 一気に悠翔が解凍されたらしい。一気に顔が真っ赤になる。

「んなんじゃねぇよ! 馬鹿か、てめぇは! バーカバーカ!」

 それはまるで照れ隠しに聞こえる。って言ったら、もっと怒るんだろう。それこそ、茹で蛸みたいに真っ赤になって。

 俺は愛紗先輩的な思考に少なからず毒されてるのかもしれない。

「バカって言った方がバカなんだよ」

「んな子供の理屈持ち出してんじゃねぇよ、このクソバカ野郎が! ったく、何なんだ、てめぇは」

「それ、俺が聞きたいよ」

 俺が何者なのか、その定義は俺自身もわかっていない。

 シナーだ。でも、シナーが何なのか未だにわかってない。悠翔の主張だって的外れってわけじゃない。一理あるんだ、確かに。

 俺達の孤独な心は救われない。悪魔の囁きを聞いたかもしれない。清花との今の関係だって終わりがある。いつまでもこうしていられるわけじゃない。最近、それをひしひしと感じてる。

「てめぇは大罪犯した悪魔だ!!」

 何なんだとか言いながら、悠翔の答えはやっぱりそう。

「俺が何かわかってるんじゃないか」

 笑ってやったら、悠翔は顔を顰めた。

 それで、ビシィッと指さしてくる。

「俺はてめぇが気に食わねぇ。そんだけだ。勘違いすんな、勘違いするんじゃねぇぞ! そんだけだからな!!」

 いや、それは勘違いしてくれって言ってるように聞こえる。聞こえるんだけどな。言う間もなく、悠翔はまたいつもみたいにダッシュでいなくなったけど。

 まったく、お前の得意技は言い逃げか? そうなのか?

「……罪滅ぼしを始めようか」

 悠翔がいようといなかろうと俺は今日の務めを果たすだけだ。


 その日、悠翔は俺の前に現れなかった。人の多いところにいたけど、悠翔の気配はなかった。

 いや、リーパーはいない方がシナーとしては助かるんだけど。

 教会に戻って俺は今日も清花を戻す。手を繋いで、元の器に戻す。物みたいに出し入れしてるつもりはない。俺だって思うところはある。

 眠り姫、そんな言葉が皮肉なほどによく似合う。清花を見てぼんやりと思う。その美しさは変わらない。

 むしろ、黒いバラのトゲが薄くなるほどに本来の美しさを取り戻しているようにさえ感じる。

 俺だけがこの罪を犯したわけじゃない。禁忌は禁忌、許されなくても、犯さずにはいられないタブー。かつても眠り姫がここにいたらしい。

 けど、俺は王子失格なんだと思う。俺のキスで清花が目覚めても清花は闇から救われない。呼び起こしても清花にあるのは俺への忠誠、血肉への渇望、自我はない。

「清花」

 呼びかければその目が開いて、そして、腕が伸びてくる。

 強い力で引き寄せられる。また血を求められることはわかっていた。

 なのに。今日はいつもと違った。気付けば俺は清花を見上げてた。窮屈な棺の中に押し込められるようにして。

「清花、ここは俺の棺じゃないよ」

 清花のためにあつらえられた棺は俺には合わない。

 のし掛かってくる清花の重みを振り払うことはできない。

「清花」

 呼びかけても応じることなく、口づけられる。

 いつもは俺から。けれど、それが必要な儀式だからだ。普通のドールなら必要ないんだけど。

「さや……」

 開いた唇の隙間から舌が入り込んできて、絡み付くそれに言葉は封じられる。

 こんなことは初めてで本当にどうしたらいいかわからない。

「っ……!」

 どうにか引き剥がそうとしたのに、舌を噛まれた。噛み切られるほどじゃない。でも、痛くて、口の中に鉄の味が広がっていく。清花はチロチロと舐めて、やっぱり足りないのか、いつもみたいに首に噛み付いてくる。

 終わりの時が近付いているのか。

 いっそ、このまま一緒にどこかに消えてしまいたいのに、って。

 あの世でさえ結ばれなくても構わない、どこかでこのままでいられればいいのにって。


 ようやく吸血が終わって、清花は俺の上で眠りに就いた。

 このまま眠ったら俺も幸せだろう。けど、できなくて、そっと棺を抜け出した。清花を寝かせ直してロザリオをきちんと握らせる。

 そして、祈る。

「我が心の汚れを許したまえ」

 何が本当の穢れなのか、わかりもしないのに。


 清花の部屋を出て、今日は真っ直ぐ部屋には戻らなかった。

 神父様が微笑んでいた。俺の迷いを察したみたいに。

 やっぱり、この人は神父様だなって思う。

「神父様、終わりの時が近付いているみたいです」

「終わりは何事にも必ず訪れるものですよ。遅かれ早かれ、ね」

 終わりのないものなんてない。わかってる。

「俺はいっそ、このまま消えてしまいたいなんて許されないことを考えるんです」

 ここから抜け出して、どこかへ行きたいと。

「……私もそうだった時期がありましたよ」

「神父様もですか?」

 俺は驚いて神父様を見た。神父様は微笑んでる。

「ええ、私も同じでしたから」

「同じ、って……」

「私の左目が義眼なのはご存じでしょう?」

「はい、事故で……」

 事故で失った。そう聞いている。それを疑ったことなんてなかった。

「君にならわかると思いますが」

「まさか……」

 愛によってシンに殺された人を冥界から連れ戻すには血肉が必要だ。体の一部を代償にすればいい。

 神父様も? 神父様が?

「その、神父様は、えっと……」

 まさかの秘密を明かされて聞きたいことはある。でも、聞いていいのかわからない。何を、どこまで。

「私は今でも彼女と生きていますよ」

 神父様がそっと自分の胸に手を当てる。そこが彼女の在処だと言うように。

 だって、神父様はもうシナーとして現場には出ない。罪滅ぼしはもう終わってるんだろう。俺だって、わかってる。清花の罪滅ぼしが終わったら、遺体を埋葬しなきゃいけないってことぐらい。

「毎日を彼女の分も生きています。彼女の分も祈るのですよ。迷えるシナーを救うことが彼女の願いでしたし」

 俺もそんな風になれるのか。いいや、なれないって思う。

 いつか神父様みたいに微笑む事ができるかなんて、想像できない。

「私は彼女からかけがえのないものをいただきましたから」

 俺だって、清花から大事なものをもらったと思う。でも、わからないんだ。



 清花とは一目惚れだったんだと思う。

 笑顔が可愛い子だなって思った。

 あれは春のことだった。桜舞い散る頃、天女が目の前に現れたと思った。

 神を信仰しているって言ったって、天使を見たことはない。でも、天使のイメージよりも天女だと思った。

 淡い色のストールが羽衣のようにはためいていたから。


 はらはらと薄紅の花弁が落ちる。

 それを綺麗だとか思うよりも、俺には悲しかった。

 雨のように降って、時に嵐のように足下で渦巻いて。

 涙に見えた。悲しい春の涙。

 俺は泣けない、涙も枯れ果てたのに落ちてくる花弁が鬱陶しくて仕方がなかった。


「大丈夫?」

 いつの間にか目の前に立っていた女の子が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 歳は同じくらいか。長い髪は一度も染めたことがないだろう。真っ黒で真っ直ぐで風にサラサラと浚われてる。日に焼けることを知らないような真っ白な手で押さえて。

 同じようにヒラヒラ揺れるストールは桜に合わせたのか淡いピンクだった。

「具合、悪いの?」

 心配そうにする彼女はかなりの美少女だ。国民的美少女、大和撫子、正統派、清純、清楚、そんな感じの女の子。どうして、俺に話しかけてるかわからないくらいに。

 身近に美少女がいるだけに免疫はあると思ってたけど、ちょっとドキドキしてる。あの人とはまるでタイプが違うけど。

「いや、別に」

 答えてしまってからやばいとは思った。普段、女子とはできるだけ関わらないようにしてるだけに優しい対応っていうのがまずできない。

 でも、彼女は頬を膨らませただけだった。

「全然、嬉しそうじゃない」

「嬉しいことなんてないよ。何で?」

 さっぱりわからなくて問いかけたら逆に首を傾げられてしまった。眉を八の字にしてるけど、それでも可愛いって思ってしまう。

「こんなに桜が綺麗なのに嬉しくないの? 春が来たって実感しないの?」

「いや、別に」

「勿体ない! ありえない!」

 今度はちょっと怒ってるみたいだ。

 なんかコロコロ表情が変わる子だ。そういう人が身近にいても、相手が一般人だとまた違う気がする。

「去年だって咲いたし、また来年だって咲くよ」

 俺にとっては桜なんてその程度だ。

「過去とか未来とかじゃなくて現在を見なよ」

 希望なんてどこにもないのに。

 結局、俺は一般人とは触れ合えないんだって思った。罪人だから。

 物の考え方が違う。彼女は俺の生き方なんて知らない。

「何でお花見してるの? さっき通った時もいたから、随分長くここにいたと思うけど」

 さっき通った時から俺は不審者だったのか。

「先輩に『お前は可愛げがないから桜見て心を洗ってこい!』って言われたから。すぐ帰ると怒られると思し、しばらく時間潰さなきゃいけない」

 横暴な先輩がいるんだ。俺に散々絡んできて、可愛くないとか言って、ビシッと指を突き付けてそう言い放った。俺はあんまり情緒とか理解できないらしい。

 子供の頃だって、そんなに桜で喜ばなかったし、花見なんかしたっけ?

 そうしたら急に彼女が吹き出した。

「何それ、おかしいっ。君は先輩に言われたら何でもするの?」

 ケラケラと笑って、困り顔よりも怒った顔よりも笑顔はずっと可愛いと思う。

「何でもじゃないけど、大体、逆らえないよ」

 渋々出てくる方が先輩に連れ回されるよりもましだった。

「ねぇ、君はいくつ?」

「十六」

「じゃあ、私と一緒だね」

 まあ、そんなところだろうと思った。

「学校は?」

「光樹学園」

「うーん……なんか光樹の人って十字架下げてるイメージあるんだけど、君は違うんだね。休みだから?」

 どういうイメージだ。いくら幼稚園から大学まであるミッション系の学校だからってみんながみんな信者なわけじゃない。本当に。

 まあ、うちの学園の生徒ではないってことだろう。

 彼女はうちの学校にいても不思議じゃない感じだけど、お嬢様学校だって言われたら納得できる感じだ。

 佇まいから今時の女の子とはちょっと違う感じだし、なんとなく世間知らずなところもある気がする。大人しそうな感じなのに、俺みたいなわけわかんない奴に声かけたり。いや、最初は単に具合が悪いと思ったからか。

「ロザリオのこと言ってるなら、あれは祈りの道具であって、アクセサリーじゃないから首からかけたりしないよ」

「そうなの?」

「持ってはいるけどね」

 俺にとっては祈りの道具っていうより仕事道具、お守りでもある。

「私は月村(つきむら)清花。君は?」

「天羽聖斗」

「聖斗……じゃあ、キヨ君ね」

 ニコッと彼女が笑った。なんで、そうなる。

「えーっと、月村さん?」

「清花」

「さ、清花さん」

「さ・や・か」

「清花?」

「うん、よろしい」

 満足げに清花は頷く。いや、本当に何?

「俺、何で君に絡まれてるの?」

 俺には遠回しに優しく聞くとか無理だった。直球を投げる。

「時間潰さなきゃいけないんでしょ? 一人じゃ寂しいじゃない」

 いや、寂しいってことはないけど……。

「俺、君と初対面だよね?」

「うん」

「君っていつもそうなの?」

「ん?」

「初対面の男にホイホイ話しかけたり」

「そ、そんなことしないよ!」

 清花はブンブンと首を横に振った。某先輩以上に忙しそうだ。

「ただ、キヨ君のことをなんかほっといちゃいけないような気がしただけ」

 俺が自殺しそうにでも見えただろうか。俺はただずっと罪滅ぼしをするだけだ。いつまでかかるかもわからない贖罪を続ける。いつか救われるために。

「迷惑だった?」

「老若男女問わず初対面の相手に飛びつく人間を知ってもいるしね」

 みんなと仲良くなりたいなどと言う人に清花はちょっと似てる気がする。

「誰かと比べられてる?」

 清花はちょっと気に入らないみたいだ。

「君は君で強烈だから」

「それ、誉めてるの? 貶してるの?」

「貶してはいないつもりだけど」

 誉めているかと言えばわからない。女の子を誉めるなんて行動パターンは俺の中に存在しない。

 だから、可愛くないって言われるのか。

「ケータイ出して」

 はい、と清花が手を出してくる。

「え?」

「まさか持ってないの?」

「一応、持ってるけど」

 持たされてると言った方が良いのかもしれない。少なくとも、女の子と連絡を取るためじゃない。

「だったら、早く出す!」

 妙に強引な清花に急かされて渋々差し出す。別に連絡しなきゃいいんだ。

 次、会うかさえもわかりもしないのに。

「いつでも相談してね。じゃあね」

 手を振って清花は去っていく。来た時はどこから来たかわからなかったけど。

 相談って、俺は迷える子羊か? 清花は俺を何だと思ってるんだ。


 俺は人を好きになっちゃいけないのにもやもやしていた。

 でも、大丈夫だって思っていた。次はないって。

『キヨ君と私は出会う運命だったんだよ』

 そう笑ったのは清花だ。結局、俺は清花を拒むことができなかった。絶対好きにならない、大丈夫だなんて思ってる内にどうしようもなくなってた。

 嫌いになろうとしてできなくて、好きでいることを選んで、悪足掻きもしたけど、清花を失った。

 俺の心を救ってくれた清花を闇に落としたのは俺だ。今、寄り添ってくれるのも契約だからだ。清花の心はそこにはない。


 シナーの務めは毎日ある。休日は少し早い時間から外に出たりもする。

 清花の姿は普通の人には見えない。いつだって一緒にいようと思えばできるけど、清花だって自由じゃない。

 だから、休日はまだ明るい時間から清花と過ごせる貴重な日だ。

 そうやって二人で夏の圧倒されるような青空を見た。色づく木々を見て落ち葉を踏みしめた。

 清花に意識がないとわかっていても、俺はそうしたかった。生きたまま季節を巡れなかったからせめて……

 でも、雪は共に見れそうもない。

 俺が羽衣を隠したって、もう清花とはいられない。天に帰ってしまう。


 終わりが近いなら、俺も行動を起こさなきゃいけないと思った。

 きっと、俺がどれだけ足掻いても時は来てしまうんだろうけど。

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