おうじさま登場?そんなわけない。
その日は彼女にとって、忘れたくても忘れられない日になった。
………いろんな意味で。
~おうじさま登場?そんなわけない。~
タァン!!
的が整然と5つ並べて立てられた弓道場。
緊迫した空気があたりを包む中、小気味よい音が静寂を切り裂く。
「英、皆中です!」
風間山学院大学部の弓道場で、賞賛の声と拍手がおこる。
一番左端、5番目の的には、見事に中心に集まった4本の矢。
それは高等部の部員にとっては見慣れた光景で、大学部の部員には憎憎しい…もしくは戦意を失わせる光景だった。
私立の名門、風間山学院の高等部と大学部弓道部の交流試合。
5人の男女混合チーム戦で行われる行われるそれは、去年は高等部が圧倒的な勝利をおさめていた。
それは礼威が高等部に入学し、弓道部に入部してからのことである。
彼女の安定した成績が強烈な推進力となり、チーム全体の成績を引き上げていた。
今回も、高等部が勝利するだろう。
高等部の部員も、他校の見学者たちも皆が同様に予想していた。
しかし、予想外の出来事が今年は起こっていた。
「茶畑、皆中です!!」
盛大な拍手。大学部の部員が沸く。
賞賛された本人は、涼しい顔で的だけを見つめていた。
礼威はその様子を道場の外、広く設けられた窓から苦々しく見つめる。
5人が1人4本づつ、合計20本を先攻後攻に分かれて、交互に打ち合う団体戦。
それを両者5回くり返して、チームの合計の的に中った矢の本数で競い合う。
今回は先攻が高等部、後攻が大学部の順番となった。
現在は4回目の後攻の順番である。
先攻の高等部チームは、大学部チームの順番が終わるまで、道場の外で各々自主練をしている。
しかし、気になるのは試合状況。
高等部で試合に選ばれたメンバーたちは、大学部メンバーの様子を固唾を呑んで見守る。
両者は今回、非常に競った状態であった。
1本のミスが、チーム全体の負けにつながる。
心が折れたメンバーが1人でも出たチームが、負ける。
礼威はこの状態を、舌打ちしたいほどの気持ちで見守っていた。
なんとしても負けたくない。
特にあの男。茶畑 汰助には。
飄々とした背中をじっと見つめる。
眼力だけで射殺せそうな殺気だった。――――――後に彼女の同級生は振り返って語る。
普段なら、こんなに競った試合は面白いと感じる彼女だ。
表情には出ないが、嬉々として相手のチームの動静を見守っただろう。
これほど彼女が殺気立つ理由、それは少し時間をさかのぼった時におこった。
****************
試合開始前の練習。
そこでも彼女は目立つ存在だった。
腕に学校名の入った白い胴着と黒い袴。
凛とした立ち姿は男女問わず人の目を集め、美しい動作から放たれる矢は容赦ないほど正確に的を射る。
涼やかな顔立ちは、目だけは真摯に熱い思いを内包して的を狙う。
視線が集まるのにはもう慣れた。
羨望と嫉妬の念を向けられることにも―――――。
試合前の短い休憩時間。
選手たちがそれぞれ休憩する中、礼威は一人道場の外で的を模した巻き藁の前で練習していた。
コンディションのいい状態を、休憩で忘れたくないからだ。
―――――すげぇな。化け物じみてるぜ。
あいつ、あれだろ?大財閥の一人娘で…
あぁ、あいつが…
…いいよな。なんでも恵まれてるヤツはよ。
彼女の耳に、無遠慮な声が届く。
大学部と他校の生徒が話しているようだ。
心を凍らせ、無心に弓を引く。
それでも声はなくならない。
あいつ、『血統組』で入学するの蹴って、『成績組』で入学したんだろ?
あ、それ聞いたことある。入試の主席で入学だろ?
……なんだよ、庶民への嫌味かよ。
しかも、弓道は入部1年目で全国大会出場ときた。嫌になるな。
――――――聴覚なんか無くなってしまえばいい。
悪意や下世話な興味本位の発言、噂話。いつか耐性はつくものなのだろうか?
何度聞いても慣れない言葉、いつも心をささくれ立たせる刃物。
血を吐くような努力もしてないくせに、比較して嫉むな。
何も知ろうとしないのに、自分の尺度で恵まれてるかどうか決め付けるな。
血を流し続ける心が声にはならない叫び声をあげる。
爪が食い込むほど拳を握り締める。
はやく試合が始まればいい。
それを祈って巻き藁に矢を放つ。
パチパチパチ
「いっや~。すごいね。どんだけ練習したら、そこまで神懸かるの?」
拍子抜けする拍手と、脳天気な声が背後からかかる。
振り返ると、こちらを嫌な顔で見つめる男たちの間を無造作に突っ切って、フワフワ歩いて来る男。
へらりと締まりのない顔で笑い、くせのある長い前髪の間から意外に澄んだ目で見つめてくる。
――――王子…。
道を半ば強制的に譲らされた男たちが彼をそう呼んだ。
親しみだけではない感情が、その呼び名からは感じられた気がした。
黒髪くせっ毛。袴を腰履きで着崩した、ひょろりと背の高い男。
どなたさま?王子さま?ふざけたあだ名である。
言ったそばから更新停滞…。
すみません。
ついにもう1人が登場です。