加藤との甘い生活。
タァンッ!!
「英、20射皆中です!」
賞賛の声と割れんばかりの拍手が道場に満ちる。
28メートル先の的には、中心に4本の矢が刺さっている。
4本の矢を持ち、5回射位に入って計20本の矢を放つ。
全ての矢を中るのは、神業に近い。
風間山学院の弓道場。歴史ある部活の趣ある道場。
彼女はそこでも尊敬や畏怖、嫉妬など様々な眼差しを受けていた。
〜加藤との甘い生活〜
「お疲れ〜。明日も頑張ろうね〜」
「お疲れさんでーす。明日よろしく〜」
「お疲れさま。また明日ね。」
日もとっぷりと暮れ、身を切る寒さが骨身にしみる暗闇。
布が巻かれた長い棒を持った学生たちが、道場から四方に散っていく。
明日は同じ学院の大学部、風間山学院大学弓道部との対抗試合だ。
一年に一度の伝統あるこの試合は、他校から見学者も出るほどレベルの高いものだった。
「ね、礼威さん。帰りにご飯寄ってかない?」
手に持った長い棒―――弦の外された弓を、小さな身長で持て余しながら誘ってくる。
彼女の名前は菱木 早百合。
数少ない礼威の友人だ。
こげ茶のロングのくせっ毛をフワフワと跳ねさせ、屈託なく笑顔を振りまく癒しの塊だ。
「寄り道は校則違反っていつも言ってるじゃない。…ってのは建前で、ごめんね。ちょっと今日急いでて。」
「そっかぁ。ざんねーん。」
可愛らしい唇を尖らせ、心底残念そうな顔をする。
これは確実に男なら悩殺ものだろう。無意識でやっているから恐ろしい。
「ごめんね。また誘って?」
別れ際に明日の集合時間を確認し、手を振って別々の方向に歩き出す。
早百合は礼威と同様、成績で入学した通称『成績組』である。
そのため、何かと話題が合いやすい。どうにも家の力で入学した『血統組』とは相容れないものがあった。
貴重な友人の誘いを反故にするのは申し訳ないが、彼女には『家族』がお腹をすかせて待っている。
彼女の家のことや『家族』の存在は誰にも内緒である。
さぁ、はやく帰らなければ。
アレがコレでコレなもんで、だ。
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「ただいまー。」
玄関で声をかける。
手下げ袋の中は特売のキャベツと普通の値段の鶏肉(出費が痛い!!)である。
開けるのに熟練の技が必要な引き戸を開け、家族の出迎えに笑顔で応える。
今日も皆は元気である。
その後ろ、部屋の隅ではドラゴンが丸まっている。
ドアを開けたときに首をもたげたので、眠っているわけではなさそうだ。
「よし!ご飯にしようか!」
日課の声かけを1匹づつ行った後、彼女はいそいそと台所へ向かった。
「加藤っ、ご飯よ~。」
笑顔で鶏肉と水を持っていく。
キュイッ、キュイ~!
機嫌がよさそうに体を起こし、軽く尻尾を振った。
まるで犬のようだ。
可愛いやつめ…。
鶏肉の大きな塊にがっぷりと食らいつく様をしばし観察。
加藤が家族になって、今日で4日目である。
じわじわと元気になっている様子がよく分かった。
最初はほとんど反応を返さなかった加藤も、今では礼威が声をかけると尻尾を振ったり鳴いて返事をするようになった。
かわい過ぎて死にそう。
本などで見たドラゴン。それはもっと警戒心が強く、誇り高く、深い絆を結んだ相手以外は一切近付けない。そんなイメージだった。
…それがどうだろう。礼威がつまんでぶら下げた鶏肉に嬉しそうにかぶりつく姿。
犬でももっと警戒する奴はいるだろうに。
しかし礼威は、ご満悦の表情だった。
「はい、あーん。」
パクっ
キュイィ〜♪
「キミは成長したらもっと大きくなるのかな?」
キュイッキュイ!
「そしたら、いつか背中に乗せてね?」
人差し指で加藤の鼻先を撫でる。
加藤は尻尾を振りながら金色の目を細めた。
元気になったら、背中の立派な羽根で飛ぶようになるのだろうか?
真っ青な大空を黒いドラゴンがのびのびと飛ぶさまを思い描く。
この子ならきっと気持ちよさそうに飛ぶだろう。
微笑ましさに自然と口角が上がるが、同時に胸にツキリと痛みも走った。
自由に飛べるようになったとき。
この子は、元の飼い主の下へいってしまうのだろうか。
………私のことを忘れて。
薄暗い思いに無理矢理蓋をして、気持ちを切り替える。
明日は意地でも負けられない対抗試合だ。
この試合で好成績を残した高等部学生は、大学部への進学や高等部内での進級に奨学金が贈呈される。
貧乏学生としては、相当魅力的である。
高等部の2年生の秋も深まる現在。来年度の進級のお金は頭を悩ます種だった。
明日も早い。もう寝なくては。
久しぶり?の投稿です。
見ていただいている方、ありがとうございます!
1~3日に1回くらいのペースで投稿を目指します。
3月4日 矛盾を修正。