名前はエピソード重視で。
「サンタ、今日も皆はお利口さんだった?ソックス、また池野と喧嘩したの?レイン、爪とぎ用の板をもらってきたからね。ダン、―――――――――』」
〜名前はエピソード重視で。〜
彼女は『家族』の名前を一匹づつ呼びながら、声をかけ、愛おしそうに撫でていった。
犬も猫もねずみもハムスターもイグアナも彼女によくなついていた。
いずれも彼女が拾った生き物たちだ。
飼い主を1列に並んで出迎えるようにしつけた記憶はない。
しかし、我が家のしつけ番長・犬のサンタが種族を超えて彼らに様々なルールを教えていた。
普段、彼らは屋内で自由に過ごしているが、そのせいで家が荒れたことは1度もない。
トイレの位置はもちろん、食事や遊びについてもサンタが新入り達を優しく指導しているようだ。
サンタは1番古参の『家族』だ。
このゴールデンレトリバーに似た白い大型犬とは、三年前のクリスマスに出会った。
事情はわからないが、全身にひどい怪我を負い、ひどく人間を警戒していた。
あの当時は、今以上に生きるのに精一杯で、何かを飼う余裕はなかった。
しかし、気付いた時には動物病院で彼の治療が終わるのを祈りながら待つ自分がいた。
あちこち噛まれたのも忘れていた。
後で人間の病院で狂犬病予防と治療を受けながら、こっぴどく怒られたのは今では笑い話だ。
「…自分の姿と重ねたのかもね?」
サンタを撫でつつ、自嘲する。
あの日以来、自分でもよくわからない衝動につきうごかされ、捨てられた、もしくは捨てられそうな動物に会う度家に連れ帰っていた。
これで最後にしよう。毎回そう思いながら。
「また家族増やしちゃったけど…皆よろしくね?」
腕の中のドラゴンを撫でる。
タオルごと優しく床に置き、台所へと足を向けた。
ドラゴンの爪でラップが裂かれた鶏肉のパック。
400グラムのそれをまな板に出し、一部は小さく切り分け、一部は大きな塊のまま残す。
それらを皿に並べてみた。
どういった状態のものを彼が好むか分からないからだ。
足元に猫のガコとダンが擦り寄ってくる。もう一匹のレインは気まぐれタイプだ。
「お水も飲むかな?」
やや深みのある皿に水を入れ、二つの皿を持って居間に戻る。
ドラゴンは首をもたげ、こちらをじっと見ていた。
「お待たせ。はい、どうぞ。」
目の前に置くと、ドラゴンは上半身を起こし、肉のにおいをかいだ。
口先で肉をつつき、舐め、小さな塊を口にする。
その様子を、彼女だけでなくサンタや他の生き物達も静かに見守っていた。
やがてドラゴンは、大きな塊にかぶりつく。
器用に前脚も使いつつ、勢いよく肉を消していった。
気持ちの良い食べっぷりに頬が緩む。
水も肉も平らげた後、ドラゴンは再び丸くなって眠りについた。
とりあえずは回復の見込みがありそうだ。
ホッと胸を撫で下ろし、空の皿を持って台所に戻った。
家族も彼女自身も空腹だ。急いで家族それぞれの食事の準備をしなくては。
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半時間後。
皆が満腹の幸福を味わいながら、怠惰な時間を思い思いに過ごしていた。
鶏肉のいなくなった晩御飯は、酢豚にモヤシを投入し、白米にぶっかけるという荒業で片付けた。
貴重なタンパク源を奪った主は、今もよく寝ている。
彼女は微笑みつつ、ドラゴン用に大きめのタオルで寝床を作ってやった。
その上にドラゴンを移動させ、寝床のタオルで包みこむ。
温かいその身体はいのちの力強さを主張しているが、その瞼が上がる様子はない。
安心なのか疲労なのか。よく寝ている。
人工の明かりの元でも黒く輝くその身体をそっと撫でた。
「お気に入りのタオル、提供するから。だから早く元気になってね…」
しばらくそうしていたが、安眠を提供するためにそばを離れる。
机に向かって座ると、甘えん坊のチワワのソックスが膝に乗ってくる。彼はフサフサしたしっぽを振り、撫でてと小さな前脚で主張していた。
「あの子の名前。考えなきゃね…」
ソックスを撫でつつ、今までのネーミングに思いを馳せる。
クリスマスに出会ったサンタ。雨の日に拾ったレイン。学校のそばで拾ったガコ。池のほとりに捨てられそうだった池野…。
「よし、決めた!名前は加藤で。」
初対面のときめきは、初恋のときめきを思いださせた。
不幸なことに、誰も彼女のネーミングセンスを問うものはいない。
この動物王国は閉鎖された彼女だけの空間だった。
矛盾を修正。ソックスが犬になったり猫になったり忙しかった…