第一話/Vivace
挨拶が遅れました、このたび連載を始めさせていただいた夕凪左京です。基本は夕凪で名乗ります。
今年は実生活的にも忙しい時期となり、更新がかなり遅れることもあるかもしれませんが、きちんと完結までは書き続けたいと思ってますので、どうか今後ともよろしくお願いします。
それでは、本編の開始です。
Vivace(生き生きと)!。
『ブレーメン』を一言で表せば、巨大な音楽都市である。
もともとは一世紀ほど昔、この街で後世まで名を残す音楽家が誕生したことで次第に人々が集まり、発展していったとされている。
そんな広大な街中で地図を片手にうんうんと唸っている少年がいた。
茶色い髪と瞳が特徴的な、旅人と言うにはまだ若すぎる背格好の少年、アルトである。
先刻この街へと到着した彼だが、門の付近で配られた『見取り図』を見てもいまだにどこに何があるのかがよく把握できていない。
右も左も出店や商人、さらにはキャラバンらしき人々で溢れている。
売られている物も、流石に楽器がやや目立つものの、食料、各地の特産品や土産品、果ては旅用の馬までとかなり幅広い。
そんなこんなで。
「ひ、広場ってどこなんだろう……」
生来の方向音痴・アルトは目的地とは明後日の方向に直進し続けているのであった。
小一時間ほど歩いただろうか。
アルトはようやく直進をやめて曲がってみようという案にたどり着いた。
「あ、足が棒みたいってこういうコトなんだね……?」
よたよたとした足取りで力なく呟く。
次の角で曲がろう、そして誰かに道を訊こう。
そう決心し、それでもなんとなく自力で辿り着けまいかと地図に目を落としたまま角を曲がった時だった。
――――――トン。
前をよく見ていなかったアルトは向こう側から駆けてきていた人影を避けきれず、一瞬浮いた後しりもちをついてしまった。
「……ててっ……」
アルトが顔を上げると、目の前にはぶつかったらしい男がアルトと同じくしりもちをついていた。
男は長身だが細身で、整えられた黒髪と実感ずれた眼鏡が印象的である。歳のほどは良くわからないが、20代かそこらといった感じだ。
男は申し訳なさそうな顔をしてアルトに謝った。
「すみません、急いでいて前を見ていませんでした……」
「ボクこそごめんよ」
アルトはそう謝りながら、足元に散らばってしまった男の物らしい荷物を拾い集め始めた。
「ああっ、すみませんっ」
男も慌てて散らばった物を手に取り始める。
「えっと、これは貴方の楽器ではないですか?」
男が拾い上げたのは、古びた革製のケースだった。
「あっ、それボクの」
「随分……古い物のようですね」
男はそのケースを拾い上げてアルトに手渡そうとした。
が、唐突に男の手が止まった。
「え……?」
まさか、と言う風に小さく呟いたのは男だった。
「どうかしたのかい?」
アルトが不思議そうに尋ねるまで、男の動きは完全に止まっていた。
「あ、いえ、すみません」
何でもありません、と男は苦笑しながらケースをアルトに手渡す。
アルトはそれを受け取ると、自分の足元にあった物を指差して尋ねる。
「じゃあ、これってお兄さんの楽器かなぁ?」
そこに倒れていたのは、真っ黒なケース。
一般的なヴァイオリンより一回り大きいそれは、少し弦楽器をかじった物ならばヴィオラと分かる。
アルトはそれを拾おうとした。
「触らないでください!!」
突然、男が大声を出した。
驚いたアルトの手が止まった瞬間に男はヴィオラを拾い上げ、その後、ハッとしたように顔を青くした。
「すっ、すみません!本当にごめんなさい!」
男は慌てて何度も頭を下げ、そのまま駈け出して去って行った。
「一体、どうしたんだろう」
アルトは小さく呟くしかなかった。
アルトが広場とはほぼ逆方向へ進み続けていたことを知るのは、そのすぐ後だった。
近くにいた自分とそう背格好の変わらない売り子に道を尋ね、ついでに木彫りの小さな珠のついた首飾りを売りつけられてからアルトが広場に辿り着いたときには、空はだんだんと紅に変わり始めていた。
「あーあ……」
商店街に比べると人数はかなり少なくなっており、ポツリポツリと立っている数名が音楽を奏でていて、時折傍らに置いた帽子にコインが投げ込まれる音が混ざるばかりである。
アルトは少し残念そうにため息をついた。
『ブレーメン』の広場では、昼間はは中央の噴水を取り囲むようにしてさまざまな音楽家が競って演奏を披露しているという。
そもそも音楽家たちが集まって発展した街なのだから、当然の光景といえば当然の光景である。
ちなみにアルトが遠路はるばる『ブレーメン』を訪れたのも、ここに理由があった。
「しょうがないよね。……また明日かなぁ」
取り敢えず目的を達成するのは明日に回すとして、今夜寝る場所を確保せねばならない。
馬車代こそ節約できたものの十分に金を持ち歩いているというわけでも無く(木彫りの首飾りを買ってしまったわけだし)、旅館に泊まると今後の旅費が心もとない。
収穫期とはいえ夜は冷え込むし、やはりどこか頼み込んででも泊めてもらうしかあるまい。
どちらにせよ、明日は自分もここで演奏してお金を集めないとなぁ、などと考えながらアルトが広場から歩き出そうとした、丁度そのとき。
ギギギギギィ、と奇妙な音がアルトの耳に入ってきた。
建てつけの悪い扉を無理やりに開けようとしているような、重たい『騒音』
だが、その騒音には確かに『旋律』が存在していたのである。
驚いてアルトは音の舌方へ向き直った。
「やっぱり、まだ上手く出せねーな……」
そこには、ギターを片手に残念そうに呟く一人の少年の姿があった。