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おじいちゃんはエジソン

掲載日:2026/06/09

私のおじいちゃんは「エジソン」だ。

といっても、あの米国の発明家「トーマス・エジソン」ではない。本当は「江尻藤一郎」という名前なんだけど知り合いの人たちから「江尻さん、江尻さん」と呼ばれ、それがなまって「えじそん」になったと本人は言っている。でも、少々無理があると思う。私だって名前は「江尻香穂」だけど、そんな風に呼ばれたことは生まれてから十六年間一度もない。

そんなおじいちゃんは器用な人で、ちょっとしたものなら自分で作り、それが高じて発明品を考案することが生きがいのようになっている。だから「エジソン」って呼んでほしかったのかもしれない。

私は時間があれば隣に住んでいるおじいちゃんの家によく遊びに行く。するとおじいちゃんは「最新の発明品を見せてあげよう」といって、いつも倉庫の奥からポンコツにしか見えないものをゴソゴソと引っ張り出してきては自慢気に紹介してくれる。見せてくれた「発明品」は「誰よりも速く走ることができるスニーカー」とか、「超高速洗濯機」とか、「スーパー電子レンジ」といった本当に役に立つのかなと首をひねってしまうようなモノばかり。

「発明した作品があまりにも先進的すぎて誰も理解してくれない」とおじいちゃんはその「発明品」をピカピカに磨きながらいつもぶつぶつ文句を言っている。

「近頃はみんな贅沢になってしまったな。太平洋戦争の頃は何もなかったんだが、誰もが工夫して必要なモノを作っていたんだぞ」

そんな寂しそうな姿を見ているとちょっぴり可哀想になってしまう。だから私は「これ、スゴい作品だよ」といつも褒めてあげることにしている。すると、おじいちゃんはニッコリ笑い、ひきだしの中から大きなカリントウの袋を出して食べさせてくれる。それぐらいのことしかおじいちゃん孝行ができないのも事実なんだけど。  

戦争といえば、夏休みに入る少し前、今年は戦後八十年ということもあって高校の授業で太平洋戦争のことを勉強した。ただ教科書を読むだけじゃなくて日本史の先生が映像や写真をたくさん見せてくれた。それまではなんとなく戦争について知っていたつもりだったけど、ここまで掘り下げて学んだのは初めてだった。零戦で出撃していった特攻隊の人たちが最後に書いた手紙、悲惨な沖縄での戦い、日本各地への空襲、広島・長崎への原爆投下といった生々しい戦争当時の資料や映像を見て、私はショックを受けてしまった。こんな悲惨なことが八十年前、実際にこの国であったなんて全然信じられなくて、目頭が熱くなってしまった。やっぱり戦争なんかしたらダメ。どんな時代であっても。私は強くそう思った。

その授業の最後に先生から「どんなことでもいいから『自分の身近な人』に戦争の思い出や感じていることを聞いてみよう」という夏休みの宿題が出された。私はすぐにおじいちゃんの顔を思い浮かべた。実はおじいちゃんは子どもの頃、長崎に住んでいて被爆していた。きっと、私がお願いすればあれこれと当時のことを話してくれるだろう。

  その日、家に帰ると、早速おじいちゃんの家にいった。すると入口の脇になぜかボロボロになったスケートボードが置いてあったんだけど、おじいちゃんがこんなものを発明に使うのだろうか。

「おじいちゃん、このスケートボードは誰の?」  

 「ああ、それはな、大事なものなんだ。キチンとしまっておかないと」

  おじいちゃんはかなり痛んでいたスケートボードをしっかり両手で抱えると白い布で覆い倉庫の奥へと片付けてしまった。そんなに大切なものならどうして入口にちょこんと置いてあったのか、何か不思議な感じがした。

そんなことよりも、おじいちゃんにあの宿題のことを話してみた。

「そうか」

おじいちゃんはポツリとつぶやくと目を閉じてしまい、しばらく考え込んでしまった。いつものように嬉しそうに話してくれるものとばかり思い込んでいたので、まさかの反応に驚いてしまった。よほど辛い思いをしたのだろう。その沈黙の長さがおじいちゃんの苦悩の深さに比例しているんだと察知し、私は安易に相談してしまった自分の浅はかさを後悔した。

「おじいちゃん、ゴメンね。さっき、お願いしたことは忘れて。また発明品ができたら見に来るからね」

私はそう告げて家に帰ろうとした。

すると、おじいちゃんがゆっくりと立ち上がった。

「香穂、ちょっと待ちなさい」

おじいちゃんの顔があまりにも真剣だったので、私は少し驚いてしまった。

「あの頃のことを私が話してもいいが、それでは香穂が他人の話を聞くだけになってしまう」

「もちろんそうだよ。まったく知らないよりも一歩踏み込んで戦争のことを深く学べると思ったんだけど」

「だったら、自分の目で見てくるのが一番いい」

「うん。当時の動画とか、戦争映画とかをさがしてみるね」

「いや、そうじゃない」

「じゃあ、どうすればいいの?」

私が聞き返すと、おじいちゃんは倉庫から、昭和の時代に流行した「デコチャリ」のように電子機器みたいなものがたくさん取り付けてある自転車を大事そうに運んできた。

「これで、その当時の日本へいって自分で体感してくるのが一番いいだろう」

「えっ。どういうこと?」

するとおじいちゃんはニヤリと笑い説明を始めた。

「これが私の開発した『時間移動装置』だ」  

「まさか」

私は目を大きく見開いてその自転車をまじまじと見つめた。

「これはタイムマシンってこと?」

「まあ、そうとも言うな」

「すごいね。大発明だよ。よく思いついたね」

おじいちゃんは今まで見たことのないような嬉しそうな顔をしていた。

「少し前に偶然なんだが、ちょっとだけいいことがあってな。それをヒントに自分なりにあれこれ思考錯誤してやっと完成したんだ。コイツは」

 自慢気におじいちゃんは「タイムマシン」をポンポンと叩く。

「だがな、これは私と香穂だけの秘密だぞ。まだ誰にも言ってないんだ」

 私は何度も頷いた。

「でも本当に時間移動できるの?」

 少しだけ考えてからおじいちゃんは口を開いた。

「できるよ。飼っていたイヌの吉右衛門きちえもんやネコのルルを乗せて実験したんだ」

それを聞いて私は驚いてしまった。(ちなみに吉右衛門は茶色の柴犬。歌舞伎好きのおじいちゃんが名前をつけた。黒ネコのルルは、私がアニメに出てくるネコみたいな名前にしたくてあれこれ考えたんだけど、なんか風邪薬みたいになっちゃった)

「えっ。ウソでしょ。それで吉右衛門とルルはどうなったの?」

 おじいちゃんは私に背を向けてゆっくり歩きながら話し始めた。

「実は時間移動してしまって、もう戻ってこないんだ。可愛いヤツらだったが戻ってこなくなったということは、あっちの世界で楽しく暮らしているんだろう」

おじいちゃんの説明を聞いて私はショックを受けてしまった。吉右衛門もルルも私によくなついていたし、おじいちゃんの家にいくのも本当は二匹と遊ぶためだった。いくらイヌやネコだからといってタイムマシンの実験台にするなんてひど過ぎる。

「どうして吉右衛門とルルをそんな実験のために」

 私は腹が立つやら悲しいやら、何もする気がなくなってしまった。

「香穂。確かに悪かったと思っている。だがな、科学技術の発展のためにはどうしても動物実験が必要な場合があるんだ。新薬のときにはモルモットやマウスで実験をする。宇宙飛行士の実験台にはイヌやサルもロケットに乗せられている。そのおかけで新しい薬が開発されたり、人類が宇宙に行けるようになったんだ。香穂、辛いことだが許してくれ」

おじいちゃんは身振り手振りを交えて懸命に理由を説明した。

「もうおじいちゃんなんか、嫌い」

 あれこれ理由を聞いてもやっぱりおじいちゃんがしたことを許せなかった。どうして実験台が吉右衛門とルルじゃないといけなかったのか。

「香穂。そう言わんでくれ。私も辛かったんだ。八十年前の日本で吉右衛門とルルはきっと元気に暮らしているはずだから」

それからしばらく私もおじいちゃんも言葉がなかった。

「今度は香穂が八十年前の日本に行って戦争当時の様子を見てくるといい。そして吉右衛門とルルに会ってきてくれないか。戦争当時の日本は食料事情が悪いからな。何かエサをあげてきて欲しいんだ」

「うん。わかった。八十年前の昭和二十年の日本に私が行って吉右衛門とルルを絶対にさがし出してくる。本当におじいちゃんの発明はいつも大事なところのツメが甘いんだから」

私が八十年前にいくしかない。もちろん日本史の先生のいう戦争のことも知りたいけど、そんなことより吉右衛門とルルをさがすことが大事だ。

その後、おじいちゃんはタイムマシンの理論を延々と解説するんだけど、あまりにも難しくて私の頭の中には少しも入ってこなかった。

「ゴチャゴチャした説明はもういいからさ、とにかく八十年前の日本に私、行ってくるよ」

「香穂、頼むぞ。操作方法自体はそんなに難しくない。自転車に取り付けたこの年数表示をセットしてこの自転車で高速走行すればその時代に行ける、はずだ」

自転車のハンドルのところにデジタル表示で年数を出せるようになっていた。

「ただし、自転車を走らせる場所も重要なんだ」

それから私はおじいちゃんと「タイムマシン」をいつ、どこで動かすのかを話し合い、翌日の朝、出発することになった。


翌朝、私はおじいちゃんと一緒にタイムマシンを押しながら家の近くにある東谷山の頂上にやってきた。

「おじいちゃん、この山の頂上は景色がいいね」

「ここは名古屋市内で一番高い山なんだ。標高は栄のテレビ塔よりも高いんだぞ」

おじいちゃんは気持ちよさそうに目の前に広がる風景を眺めていた。

「ここから『タイムマシン』に乗って山を下ればいいの?」

「そうだ。頂上から一気に坂を下るとかなりのスピードが出る。このスピードが時間移動装置にはどうしても必要なんだ」

私はおじいちゃんの話しを聞きながらヘルメットをしっかりと装着した。

「この山は古代から栄えていた場所で古墳もあるし、ヤマトタケル伝説もある。過去に向かっていくには最適の場所なんだ」

おじいちゃんの理論はイマイチよくわからないし、不安だけど、私は吉右衛門とルルをさがし出すという使命感だけでチャレンジしようとしていた。

「じゃ、香穂、しっかりと戦争当時の名古屋の街を見てくるんだぞ」

「うん。わかった」

私は「タイムマシン」だという自転車を漕ぎ始めた。電子機器がたくさん取り付けてあるにしては、案外漕ぎやすくてすぐにスピードが出てきた。最初は緑の木々の中を勢いよく下って気持ちよかった。そして大きな坂道を下りはじめるとスピードは徐々に増していき、これまで自転車では出したことがないような速度に。そのまま長い下り坂を進むとどんどん加速し、まるでジェットコースターに乗っているかのようなスピードになっていく。猛烈な風を全身に受け目を開けているのも大変で周囲の景色は後ろへビュンビュンと飛ぶように流れていった。いつもはこんなスピードで自転車に乗ることなんてないから怖かったけれど、八十年前に時間移動するためだと割り切って、私はハンドルをぐっと握りしめた。

そのまま高速でしばらく走り続けていると私の周囲が急に白い光に包まれた。そのまま数秒ほど経過するとそれが淡い金色に変化しピカピカとまぶしく点滅し始めた。その瞬間に真っ黒なネコちゃんが突然目の前に現れた。

「あっ。危ない」

私はとっさにブレーキをかけた。すると、今度は自転車の後輪がふわりと浮き、私の身体も自転車と一緒に浮び上がってしまった。上空で後輪からぐるりとでんぐり返しをするように回り始め、BMXの選手みたいにクルンと一回転した。とんでもないスピードだったけど、浮び上がっている時間だけはなぜかスローモーションのような感覚だった。そしてまぶしい光の中をなんとか着地をしようとハンドルを懸命に操作した。上手く着地できたと思ったんだけど、あまりにも衝撃が激しく一度地面でバウンドすると左足側を下にしたまま、地面を滑り草むらのところに激突してやっと止まることができた。

「いたーい」

私は思わず叫んでいた。

「タイムマシン」はなんとか止まったけど、左足が地面と自転車の間に挟まれてしまった。呼吸を整えながら自転車をゆっくりと立て直した。そもそも「タイムマシン」に乗るなんて経験したことがないから緊張したしちょっぴり怖かったけど、とりあえず着地することができてひとまず安心した。それでも、まだ心臓はバクバクしているし、両手の震えもなかなかおさまらなかった。しばらく肩で息をしながら周りの様子を見ていた。おじいちゃんの設計どおりに昭和二十年の日本にやってきたのだろうか。私は少しだけ冷静になってキョロキョロと周囲を見てみた。特に大きな変化はなさそうだが、よく耳を澄ますとブーンという物音が聞こえてきた。空を見上げると黒い小型の物体がいくつも飛び回っていた。それはスズメやカラスではなく、明らかに機械的なモノだった。

はて、これが昭和二十年の日本なんだろうかとあれこれ思いを巡らせていると、キラキラと光る素材の服を着た女の子が近寄ってきて私の顔をのぞきこんできた。年齢的には私と同じぐらいだろうか。

「ねえ、大丈夫だった?」

その子は心配して私のことをじっと見つめているんだけど、私はこの子にどこかで会ったことがあるような何か不思議な気分になった。

「すごいスピードで旧式の自転車で走ってるなと思ったら急ブレーキをかけて転んじゃったから、ケガしてないかと思って」

「ええ。なんとか大丈夫みたい」

 そう話しながら自転車から降りると左足がズキンとした。

「でも左足がちょっと。着地したときに左足首をひねったみたい」

「だったら、私の家においでよ。すぐ近くだし。何か薬があると思うからさ」

そういうと、その女の子は私の代わりに自転車を押してくれ、私に寄り添ってゆっくり歩いてくれた。なぜか一緒に歩いていると妙な安心感がある。この女の子は一体何者なんだろう。

「一つ訊いてもいいですか?」

私は女の子の横顔を見ながら質問した。

「ここって名古屋市内の東谷山ですよね。昭和二十年の」

足の痛みよりも、私はタイムマシンで時間移動ができたのかどうかを知りたかった。

「ええ、名古屋シティの東谷マウンテンよ。でも今は、昭和じゃないわ。二一〇五年よ。そもそも、そんな『昭和』なんて古い言い方はもう誰もしないよ。今は二十二世紀なんだから」

「ということは……」

私は困惑しながらも急いで計算した。

「二〇二五年から未来へ八十年タイムスリップしたんだ。ネコちゃんを避けようとして後輪から浮き上がって一回転したから、逆に未来に来ちゃったんだ」

それがわかったとき、嬉しいような、困ったようななんともいえない気持ちになった。せっかくタイムマシンで吉右衛門とルルをさがしに来たのに、これでは会うこともできない。これからどうしたらいいのだろう。

私は頭の整理がすぐにはつかなかった。

「予定とは違う未来に来てしまって。ちょっと混乱してて」

苦笑いするしかなかったんだけど、隣を歩いている女の子はなぜか嬉しそうな顔をしている。

「大丈夫だって。あんまり心配しなくてもいいと思うよ」

 女の子は私に向かってニッコリ笑ってくれた。

 その笑顔を見てちょっぴり安心したけど、空を飛んでいる黒いモノが気になっていた。

「いっぱい飛んでいるあの黒い物体って何ですか?」

「あれは宅配ドローン。ほとんどの小型荷物を配達してくれるの。紙の手紙は随分前に廃止されて、すべて電子メールになったの。荷物の配達はドローンがしてくれるから人間はその管理をするだけ。でも、あなたっていつの時代のこと言ってるの?」

女の子の話を聞いて愕然としてしまった。

「実は、令和七年からタイムマシンに乗ってきたんです。西暦でいうと二〇二五年」

私の言葉を聞いてもその女の子は特に驚くこともなく、逆に少しだけ嬉しそうな顔をすると何度も頷いていた。それになぜか小さくガッツポーズまでしている。何が起きているんだろう。

「そっか。じゃあ二十二世紀に来てビックリだね」

「はい。本当は昭和二十年、えっと西暦でいうと一九四五年の日本を見たくてタイムマシンに乗ったんですけど、なぜか坂で浮び上がって逆回転したから八十年先の未来にきちゃったみたいなんです」

私の説明を聞いて女の子はクスクス笑っている。

「ここが私の家だよ」 

なんとなく見覚えのある道を歩いて到着した家を見上げた。大きな窓ガラスが太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

「素敵なおうちね」

見たこともない斬新な家を見て私はうっとりしていた。

「みんな同じような家だけどね」

そういうと女の子が玄関の扉に右手をかざしただけでピッといって扉が横にスライドして開いた。

「すごいね」

未来の家はカギも要らなくて自動ドアみたいに開くんだと驚きつつ家の中に入っていった。

女の子の後ろをついてリビングルームに入っていくと見たこともないような電化製品がいくつも置いてあった。

「パパとママはいま東京まで買物に行っているからいないけど、何か足に貼るものをさがしてくるね。ソファーに座ってテレビでも見て待ってて」

「ありがとう」

 今度は女の子が指を二回鳴らすと目の前の壁一面が大きな画面に切り替わり、爽やかな高原の映像が映し出された。迫力ある画像と音声で圧倒され、まるで最新鋭の映画館にいるような感覚になってしまった。

ソファーに腰を下ろすと最初は少し柔らか過ぎるかなと思ったけれど、徐々に硬くなっていき、ちょうどいい硬さのところで変化しなくなった。その人にとっての最適の硬さをソファーが自動計算してくれるらしい。二十二世紀はソファーまでが進化していた。それにしても、このリビングにいると妙に落ち着くし何ともいえない懐かしさを感じた。いつも初めて入った家ってどこか落ち着かないイメージがあるんだけど、この不思議な安心感はどうしてなんだろう。

「これでいいかな」

その女の子は銀色のシートをヒラヒラさせながら戻ってきた。 

「これを貼れば、三十秒で治ると思うよ」

 その銀色のシートはどうやら未来の湿布らしい。女の子にそのシートを私の左足に貼ってもらうとすぐにジンワリと効いてきた。貼ってから数秒で痛みがなくなったみたい。未来の湿布の効果はバツグンだった。

足の痛みもなくなってきてぼんやり座っていると足元に何かがまとわりついてきた。あの途中で現れた黒いネコだった。

「おじいちゃんの飼っていたルルによく似ているわ」

そう思いながら黒ネコを見ているとルルとまったく同じ首輪をしているし、その首輪にはローマ字で「RURU」とネームプレートまで取り付けてあった。

「やっぱりルルだよね。ということは、キミも未来にきちゃったんだね」

ルルを抱き上げると嬉しそうに私を見つめてニャーと鳴いた。ルルの頭を撫でていたら、今度は茶色い柴犬がトコトコと足元に近づいてきて激しく尻尾を振っている。

「えっ。吉右衛門だよね」

茶色い柴犬は私を見上げて嬉しそうに吠えている。首輪には明らかにおじいちゃんの字で「きちえもん」と書かれてあった。(そもそも柴犬に吉右衛門って名前をつける人はまずいない)

「私も吉右衛門もルルもみんな未来に来ちゃったみたいだね」

まさに結果オーライとはこういうことをいうのだろう。

「このイヌもネコも、少し前に突然現れてうちに居ついちゃったんだよね」

女の子は腕組みをしながら不思議そうに二匹を見つめていた。

「そうなんだ。この二匹は私のおじいちゃんが飼っていたイヌとネコなの」

「へえ。でも吉右衛門って名前はなかなかつけないよね」

そんな話をしながら、私と女の子は見つめあって大笑いした。

その時、窓の外を陸上の短距離選手のようなスピードで人が走り去っていくのがちらりと見えた。

「二十二世紀の人は足が速いんですね」

「あれはスニーカーのおかげよ。『誰よりも早く走ることができるスニーカー』を履いているの。略して『ダレハヤ』。昔、名古屋に住む発明家の人が考えたんだって。二十二世紀では当たり前なんだけどね」

私は話を聞いていてビックリした。

「もしかして、洗濯も五分ですべてが終了する『超高速洗濯機』だったりするの?」

私は恐る恐る女の子に訊いてみた。

「そうよ。よく知ってるわね。『名古屋のエジソン』って呼ばれたおじいさんが考えたんだって。スゴい人だよね」

その女の子は笑っていたけれど、私は心の中で「おじいちゃん、やるじゃん」と叫んでいた。

私は左足の痛みもなくなり、吉右衛門とルルも見つかって安心したのか、お腹が鳴ってしまった。

「あなた。お腹すいたの?」

女の子が笑いながら訊いてくれた。

「ちょっとだけお腹すいちゃった。タイムマシンに乗るんだと思うと緊張して昨日の夜からあんまり食べてないの」

私は頭を掻きながら事情を説明した。

「だったら、ちょっと待ってて。何か食べるものをさがしてくるね」

女の子は台所から豪華なケーキとオレンジジュースを持ってきてくれた。お腹ぺこぺこだったからさっそく一口食べてみると、ふんわりとした生クリームがとても美味しくて以前一度だけ食べたことのある有名ホテルのケーキのような味だった。

 「このケーキすごく美味しいです」

「このケーキは冷凍のものを『スーパー電子レンジ』を使って五秒温めただけなんだよ」

「へえー、そうなんだ」

おじいちゃんの発明品は二十二世紀には一般家庭に普通に置いてあるんだ。そう考えると何か嬉しくなった。

「あっ」

 女の子は小さく叫ぶとケーキの皿を置いた。

「まだ、自己紹介もしてなかったね。私の名前はマリア。いま高校一年生」

マリアちゃんは笑顔で名乗ると小さく頭をさげた。

「私は香穂。私も高校一年生だから同級生だね」

  なぜか嬉しくなってきてケーキを食べながら話しが弾んだ。

「マリアちゃん、学校の授業はどう。私は数学が苦手で。だから数学の授業がある日はあんまり学校に行きたくないの」

「私も苦手だよ。でもね、今の時代は、ほとんど学校に行かなくてもいいんだよ」

「えっ。そうなんだ」

またまた驚きだった。

「高校は入学式と卒業式と年に何回かスクーリングに行くだけなの」

「授業はどうしてるの?」

「自宅のパソコンで先生が授業をしている動画を見ればいいの。それもライブ中継を見る必要はなくて一日で四時間から五時間を好きな時に見て、担任の先生に動画を見た報告をメールで送るだけ。だから、時間は自由に使えるんだよ」

「そうなんだね」

二十二世紀の生活が少しだけ羨ましかった。

「そういえば今日はマリアちゃんのご両親は東京に出掛けていて帰りは遅くなるんでしょ?」

そう私がいうとマリアちゃんはケラケラとお腹を抱えて笑いころげている。

「もう、香穂ちゃん。江戸時代じゃないんだよ。東京なんか名古屋からリニアに乗れば片道二十分で行けるの。往復でも一時間もかからないんだから。大阪なんか片道十分だよ」

いつまでも笑い転げるマリアちゃんを見ながら、私は愕然としていた。もう二十二世紀はそんな便利な世の中になっていたのだ。

「そうなんだね」

 マリアちゃんが教えてくれる未来の世界は驚くことばかりで、何から訊いていいのか戸惑ってしまった。

「このオレンジジュースもすごく美味しいよ」

「でしょ」

マリアちゃんは自慢気に説明を始めた。

「このジュースはね、米国・カリフォルニアで摘み取ったオレンジをすぐ飛行機で名古屋に運んで、数時間後には工場で絞るの。そして翌朝にはドローン便でウチの玄関に届けてもらう契約なの。だからものすごく新鮮なオレンジジュースなんだよ」

マリアちゃんは美味しそうにジュースを飲んでいた。

でもすごく不思議なんだけど二人で話しているとホッとする。高校で仲良しの友達は何人もいるんだけど、それとは全く違う感覚だった。

吉右衛門とルルも見つかったし、マリアちゃんとも仲良くなれて気持ちに余裕が出たのだろうか。私は日本史の宿題のことを思い出した。結果的には昭和二十年に来ることはできなかった。でも誰も知らない二十二世紀に来ているのだ。せっかくだからマリアちゃんに世界の状況を聞いておくのもアリだと考えた。

「あの、マリアちゃん。一つだけ難しいこと訊いてもいいかな」

「えっ。数学以外ならいいけど」

マリアちゃんも返事をしながら笑っている。

「夏休みの宿題で、戦争のことを『身近な人』に訊いてみようっていうのがあるんだけど。二十二世紀になっても世界で戦争は起きてるの?」

「うーん。詳しい理由はよくわからないけど、いまはもう戦争なんてしてないよ。でも、この状況になるまでにはかなり紆余曲折があったらしいの」

マリアちゃんは立ち上がると大きな窓のところまで歩いていった。

「実はね、二十一世紀の初めにアメリカとロシアがかなり険悪な雰囲気になって戦争に突入しそうになったことがあったんだって」

私はそれを訊いて驚いてしまった。それでは世界が終わってしまう。

「その時、アメリカのヘンテコな大統領が核のボタンを押しちゃったみたい。それにロシアの気難しそうな大統領も核のボタンを押しちゃったんだって。二人ともほぼ同時だったらしい。それで世界中が一時、騒然となったけど、どっちの国も核爆弾がかなり旧式になっていて、作動しなかったんだって。冷戦って呼ばれた時代に準備した核兵器が製造してから何十年も経過していて古すぎて使いものにならなかったらしいの」

「なんかドジな話ね」

「でしょ。そんなこと誰かが気がつけばいいのにね。それがキッカケで核戦争すること自体がバカバカしくなって両国とも武器を使用して戦争をすることは止めようということになったんだって」

「そうなんだ」

これまでなかなか各地の紛争が終結しなくて世界中が悩み続けていた問題がやっと解決する流れになっていることに私は正直驚いてしまった。実は世界の人々も心の底では平和になることを追い求めていたんだ。

「その流れで国連でも世界不戦条約が締結されたんだよ。だって殺し合いすることもおかしな話だし、せっかく建てた建物をミサイルで壊してしまうのも価値的じゃないしね」

「そうそう。でもやっと人類はそこまできたんだね」

  二十二世紀は平和な世の中になっているのかと思うと私は何かうまく言えないけど、とにかく嬉しかった。これで世界の人たちが安心して暮らせる世界になったんだ。

「でもね」

マリアちゃんは少し真剣な表情になって話を続けた。

「武器を使う戦争はもうしなくなったけど、その代わりに、経済戦争という形に変化してレベルの高い商品をどうやって相手国に大量に売り込むか、という争いに変わったの」

マリアちゃんはあきれた顔をすると少しうつむいてしまった。

「結局、人間は誰かと争うことが止められない生き物なんだね」

「だからいまでも、アメリカとロシアは貿易で、いつもやりあっているわ。まあ、武器を使って戦争しなくなったから、ひとまず安心というのが現在の世界の情勢かな」

「そうなんだね」

 昭和二十年のことは詳しくわからなかったけれど、二十二世紀には武器による争いをしない世界になっていたことが何より嬉しかった。

マリアちゃんとはその後も、美味しいスイーツの話や二十一世紀と二十二世紀のファッションの話でしばらく盛り上がったんだけど、あっという間に時間が過ぎてしまい、気がついたら太陽が西の空に傾き始める時間になっていた。そろそろ二〇二五年に戻らないとおじいちゃんも家族も心配するだろうし、タイムマシンの成果も早く伝えなければいけない。

だが、その時私は重大なことに気がついてしまった。

もとの時代に戻る方法をおじいちゃんにキチンと教えてもらっていなかったのである。一番大事なことを聞きそびれていた。吉右衛門とルルを連れて帰ることばかり考えていて、「二〇二五年に戻る方法」を聞いていなかった。

「どうしよう」

私は両手で頭を抱えてしまった

「香穂ちゃん。どうしたの?」

マリアちゃんが心配そうに私の顔をじっと見つめた。

事情をマリアちゃんに説明したけれど、マリアちゃんだってタイムマシンの操作方法はわからない。いくら考えても数学嫌いな二人に良い方法が思いつくはずもなかった。

「香穂ちゃんさえよければずっとここにいてもいいんだよ」

 マリアちゃんはいたずらっ子みたいな顔をして笑っている。

「でも、いろいろと事情があってそういう訳にはいかないんだよね」

 私は唇を噛みしめながら俯いてしまった。

「そうだ」

マリアちゃんが何かをひらめいたように大きな声を出した。

「二〇二五年、東谷マウンテンの頂上から香穂ちゃんは一気に坂を下りてきたんでしょ。それで急ブレーキをかけたら後輪から浮び上がってクルリと一回転して着地したから、この二一〇五年にやってきた」

「そうだけど」

「だったら、同じように東谷マウンテンの山の上から坂を下ればいいんじゃないかな。このタイムマシンはもともと過去に向かって移動するように設計されているはずなんだから、今回みたいに途中で一回転さえしなければ、八十年前の世界へ戻れるはず。ということは二一〇五年からあのタイムマシンで坂を猛スピードで下りれば八十年前に戻ることができるはずだよ」

「そうだよね。もともと八十年前の昭和二十年にいくはずだったしね」

理系的なことは苦手なんだけど、なんとなく理解できた。

日が暮れる前に急いで準備をして東谷山の頂上に二人でやってきた。今度は吉右衛門とルルも一緒だ。私はヘルメットを装着して出発の準備をした。吉右衛門とルルはカゴの中から不安そうに私を見つめていた。

「大丈夫、大丈夫。じっとしていてね」

  私は吉右衛門とルルに声をかけた。

本来の予定とは違う八十年先の未来に来てしまったけどマリアちゃんに出会って二十二世紀の世界のことをたくさん教えてもらった。でも、仲良くなったマリアちゃんともこれでお別れしないといけない。

「マリアちゃん、いろいろ教えてくれてありがとう。すごく楽しかったよ」

「気をつけてね。こちらこそたくさんお話しできて嬉しかった」

すると、マリアちゃんは下唇をぐっとかみしめて何かモジモジしていたかと思うと、身体を小刻みに震わせながら口を開いた。

「ありがとう。香穂おばあちゃん」

マリアちゃんは目にいっぱい涙をためながら私に抱きついてきた。

「私がおばあちゃん?」

予想外の言葉に愕然としてしまった。

「そうだよ。実はね」

マリアちゃんはじっと私の目を見つめた。

「本当のことをいうと、私が大好きだった香穂おばあちゃんは去年亡くなったの。それでね、おばあちゃんが亡くなる前の日に短い時間だったけど二人だけでお話ししたの」

マリアちゃんは涙を浮かべながら話し始めた。

「香穂おばあちゃんは『私のおじいちゃんはエジソンって呼ばれるほどの発明家だったの。そのおじいちゃんが作ったタイムマシンに乗って高校生の私がマリアに会いに来るからね』って話したの。『マリア、ありがとうね』それが香穂おばあちゃんと交わした最後の言葉だったの。その会話をしたすぐ後に香穂おばあちゃんは意識がなくなってそのまま天国に行っちゃった」

私はマリアちゃんの背中をゆっくりとさすっていた。

「おばあちゃんになった私がそんなことを話したんだね」

「でも二十二世紀になっても実際にタイムマシンは世の中に存在しなかったからどうしようもなくて。それでも私はもう一度香穂おばあちゃんに会いたくてタイムマシンについてあれこれ調べてみたけど、やっぱりわからなかった。それに香穂おばあちゃんは亡くなる少し前から記憶があやふやになっていたの。あの最後の言葉は本当だったのかなって思ったりもしたんだけど、それでも香穂おばあちゃんにもう一度だけでいいから会いたかった。すると、今年の二月にタイムマシンが完成したというニュースが報道されたの。発明したのは私の高校の大山先生が学生だったときの担任だった藤本教授という人。すぐ大山先生と一緒に藤本教授のところにお願いに行ったの。そしてタイムマシンの図面を写真撮影させてもらい、その実験機までもらったの。でも、それをどうしたらいいのかと考えて、香穂おばあちゃんのおじいちゃんが発明家だったなら、(二〇二五年にいる)その人のところにタイムマシンの実験機と図面の写真を送ってみようということにしたの。きっとそのエジソンと呼ばれたおじいさんなら図面と実験機を見れば、同様のタイムマシンを作ってくれるだろう。そうすれば、そのタイムマシンに乗った高校生の香穂おばあちゃんにきっと会えると思ったの」

私はマリアちゃんの並外れた行動力にただ驚いていた。

「でも、タイムマシンが作動するには高速走行する必要があるから、家にあった古いスケートボードに片手ほどの大きさのタイムマシン実験機と図面を搭載して東谷山の頂上から坂を走らせたの。それも、スケートボードが発明家のおじいさんのところに届くように走るコースもかなり考えたわ。スケートボードを坂の上から走らせてから三ヶ月間、本当に香穂おばあちゃんがタイムマシンで来るのかどうかが心配で毎日、近所をさがし回っていたの。そうしたら、知らないイヌとネコがタイムマシンに乗って次々と現れたから、もしかしてと思っていたら、本当にタイムマシンに乗って香穂おばあちゃんが二一〇五年にやってきたというわけ。だから香穂おばあちゃんに会えた時はとにかく嬉しかったの」

私は話しを聞いていて、前後関係がわからなくなりそうだった。でもマリアちゃんに会うことができて本当によかった。

「もうお別れになるけど、今度は私が孫として生まれてくるからね。香穂おばあちゃんはまだ高校生だからしばらく先のことになるけど。その時までバイバイ」

そういうと、マリアちゃんは私の目をじっと見つめた。

「マリアちゃん、ありがとう。元気でね」

私は彼女としっかりと握手をし、最後にウインクをした。

マリアちゃんは涙を流しつつニッコリ笑っていた。

「吉右衛門、ルル、お待たせ。じゃあ、おじいちゃんのところに帰るよ」

私が少し大きな声で二匹に声をかけると吉右衛門とルルも頷いていた(ように見えた)。

ただ、今朝と違って少しだけペダルが重い。当然、二匹分の重さもプラスされている。でも、ペダルを漕いでいると徐々にスピードが出てきた。二十二世紀の道路は綺麗に舗装をされていてとても走りやすかった。

スピードがどんどん上がっていき、周囲が急に白くなりキラキラと輝きはじめ、私の運転しているタイムマシンが宙に向ってふわりと浮び上がった。

                                        (了)

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