第9話 友達の為に
「独りでブツブツとなに言ってるのー? キモーい♪ てか、一人でドレミの相手するつもりー?」
「そうです。翼さんは追わせません」
ドレミさんは高いところがお好きなようです。屋根に乗っての登場です。
先の戦闘を見るに、オノマトペの再現はマイクを通してスピーカーから出力されることで発生すると見ていいでしょう。
ならば真っ先に破壊すべきはスピーカー……ですが、残念なことにわたくしは無機物は腐敗させられません。自立浮遊していても、おそらくスピーカーは無機物。
故にこの【気高き令嬢】で狙うのは……。
「えー、なに? そんな危ないの、ドレミこわーい♪」
胸元から取り出した【気高き令嬢】を見て、ドレミさんは白々しい反応を示します。
自身の能力によほど自信があるのか。それとも侮っているのか。
おそらく両方ですわね。
「翼さんに業は背負わせません。わたくしが全て背負います」
「あはは♪ 殺る気だね♪ やれるならやってみなよ♪」
悪意には呑まれません。自覚した上で使いこなす。わたくしは翼さんの隣に立つことを放棄したりはしません。
【気高き令嬢】で傷をつければ、それがどれだけ小さい傷であろうと、たちどころに腐敗が広がり死に至らしめる。
まさに必殺の能力。
つまりは【気高き令嬢】を振るうということは殺生を行うということ。
あのとき翼さんに向けた殺意が思い出されて、引きつった笑みが浮かびます。
「シェリフ、わたくしは悪意に呑まれないわ」
「ああそうだ。翼のところに帰るんだからね」
武器を構える手が震えます。ですがこれはわたくしの心が正常な証。
お一人でも多くの方と生存する為にも忘れてはいけない感覚です。
小さく深呼吸をして神経を研ぎ澄まします。
攻撃を仕掛けられる前に、こちらから仕掛けます!
地面を強く蹴り、一足飛びでドレミさんを狙います。
「残念♪」
顔面を狙った初撃は避けられました。
ですが、まだまだ!
「あはは♪ 当たんないよー♪」
連続して斬りかかりますが、ドレミさんも笑みを崩さず、弄ばれている感覚です。
ですがその余裕はわたくしの前では命取り!
「それじゃあこっちもいくよー♪」
ドレミさんが大きく後退すると、後に続くようにスピーカーも動いていきます。
追いかけますが、運動神経の差でしょうか。追いつけません。
「すぅ……」
息を吸い込む音が聞こえました。
攻撃が来ます! 回避を……!
「ダダダダダーン♪」
マイクに声が入力されると、スピーカーから五月雨のように銃弾が発射されました。
回避が間に合いません。咄嗟に身を丸めますが、銃弾が全身に降り注ぎます。
「うわあああああ!」
地面に転がってしまいますが、幸いにも威力はそこまで高くはありませんでした。
服が裂け、全身を殴打されたような痛みを味わうだけで済みました。
ただしダメージとしては申し分なし。奥歯を噛み締めていても涙が溢れてきます。
「ふー、ふー……」
「ごめんね? 痛かったよね? でも、ドレミを傷つけようとするからいけないんだよ?」
「……全っ然ですわ。ぬるくて欠伸が出てしまっただけです」
まだまだ動けます。
「へぇー♪ 強がりさんだね♪」
スピーカーがわたくしの攻撃範囲外から、挟み込むようにして飛び回り始めました。
「ズギャーン♪ ズギャーン♪ ズギャーン♪」
続けて当てられはしません!
これまでの攻撃を見るに、攻撃範囲は音の広がりに準じています。スピーカーの向きを確認出来れば、回避は容易い!
どのようなオノマトペかは分かりませんが、連続して地面が破裂しました。
当たれば、先程と同等程度のダメージを受けていたでしょう。
ですが見切りました。距離を詰めます。
オノマトペは三回。二機、計六回の攻撃の間隙を縫って、一気にドレミさんのもとまで――
「終わりですわ!」
「っ!」
【気高き令嬢】を突きつけました。ですが――
「くっ……!」
マイクで受け止められました。刃が通りません。悔しいですがわたくしの腕力では、マイクを破壊するには至りません。
そして能力に間違いがあってくださればよかったのですが、やはり無機物は腐敗させられません。
「すぅ……」
また攻撃が来ます! この距離ではまずい……!
防ぐ術も、避ける暇もありません。
「ズギャギャーン♪」
目に見えない衝撃が体を打ちました。
意識を根こそぎ刈り取るような、そんな重い衝撃が内臓を揺らして突き抜けていきます。
「がッ……あッ……」
立って……いられません。
血を吐き、その場に膝をついてしまいます。
「危ねぇなぁ! ドレミの顔に傷がついちゃったらどうするつもりだ!? ただのモブが責任取れんのか!?」
怒り任せの蹴りが腹部にめり込みました。
そのままわたくしは屋根から落とされてしまいます。
「……ってダメダメ♪ ドレミはアイドル♪ 笑顔笑顔♪ 痛かったよね♪ でも大丈夫♪ ドレミの歌を聴けば、痛いのなんてすーぐ忘れちゃうから♪ ドレミのことしか考えられなくなるから♪」
「まだ……倒れる……わけには……」
「あはっ♪ 頑丈♪」
かすりさえ、かすりさえすれば殺せるというのに……。身体が動きません。
ふと翼さんのことが思い浮かびました。
翼さんは遠くに逃げられたでしょうか。独りで大丈夫でしょうか。
そんな心配が一気に流れ込んできます。なのにどこか心は清々しい。
「なに笑ってるの?」
ドレミさんが飛び降りながら言ってきます。
わたくしは笑っているらしいですわ。
そうですわ、お母さま。わたくし、自分に胸を張って誇れる行動が出来ました。
褒めてくださいますか? ……いえ、もう褒めてくださらなくても大丈夫ですわ。
これはお母さまに認めてもらう為にやったわけではありませんから。
「翼さん……」
お友達の為にも、まだ倒れるわけにはいきません。
「酷い……言葉を言ってしまいました……。会って……謝りませんと……。ですわよね……シェリフ」
「ああ……そうだね」
「気持ち悪ーい♪ まぁいいや♪ 終わらせよっか♪」
諦めるわけにはいきません。ですが体も動かない。
万事休す。
そう思いかけたその時です――
「わぱっ――」
アスファルトから生えた手が、ドレミさんの両足を掴んで水のように溶けた地面に引きずり込んでいきました。




