第7話 最良の選択
友好関係となったわたくしたちは、ショッピングモールを出ました。
目的地はありませんが、目的の人物を探す為です。
発見には時間がかかるでしょう。その間に、ある憶測を共有しておきます。
「わたくし、いえ、わたくしたちは殺し合いをしたくなるように仕向けられています。ですがわたくしは、翼さんと出会えたことで踏みとどまれましたわ」
「どういうことなのだ?」
手を繋いでいる翼さんが、小首を傾げて聞いてきます。
「これまでの人生でわたくしは、誰かを殺害したいだなんて考えたことはありません。ですが、この状況になってその選択肢が容易に出現するようになりました。まるで殺人を是とするかのように。わたくしはあの思考が極限下故だとは思いません。おそらくはマスターがおっしゃっていた【悪意】の影響ではないかと考えます」
植え付けられた悪意によって、生き返る為に他者を害する思考が躊躇いなく発生するようにされている。【マーダー・パレード】を円滑に進める為に。
「ほとほと嫌になりますわ。誰ともしれない方の掌で踊らされそうになるなんて」
「でもぼくはそんなこと思ってないのだ」
「それは翼さんがお優しいからですわ。もしもこれから戦うという選択をした場合、殺害という選択肢が出てくるでしょう」
「い……嫌なのだ。ぼく、誰も傷つけたくないのだ」
「そうですわね。でもきっと、わたくしは悪意からは逃れられない。だからこそ、強い精神で跳ね除ける必要があるのです。翼さんも協力してくれます?」
「うん! 協力するのだ!」
すっかり元気になったらしくて安心しました。
一緒にいるだけで元気をくれる天真爛漫さです。
「わたくしたちは全員で生き返る道を模索します。その為には早くあのお二人を見つけませんと。時叶さんと綿梨かりんさんを」
お二人はハートの国に来たときから、一緒にいました。おそらくはご友人関係にあると考えられますわ。
そうなると、一人しか生き返れない【マーダー・パレード】のルールには反対派のはず。
まだ生存しているのならば、協力を仰ぎたいところです。
「ところで、もしよろしければ翼さんの魔法少女としての能力をお聞きしてもよろしいでしょうか? わたくしの能力は【腐敗】。触れたものを朽ちさせますわ」
「すごいのだ! ぼくは空を飛べるのだ! あとはビームを出せるのだ!」
わたくしの嘘を交えた能力を聞いても疑いもしなければ、恐れもしない。そして自身の能力を赤裸々に語る。
この純粋さは危険ですわね。
純粋とはいわばまっさらな画用紙。そこに一滴でも他の色が落ちれば、たちまちその色に染まってしまう。
付け入られれば、どんな道にも転んでいってしまいます。
いっそわたくしの色に染めて……。それかその前に……。
ってなにを考えていますの! その思考はわたくしの思考ではありませんわ! それに翼さんは大切な協力者。手を放すなんてことありえませんわ!
「シェリフ、わたくしは悪意なんかに呑まれないわよね」
「きっと大丈夫さ。現にこうして押し込められている」
「そうね」
「おねえさん、どうしたのだ?」
なんでしょう。翼さんがくりくりとした大きな目で、不思議そうに見てきます。
なにかおかしなことでもしたでしょうか?
「あぁ! そうでしたわね。シェリフの自己紹介がまだでしたわね」
「ぼくはシェリフ。二人と一緒にここから帰還する方法を探させてもらうよ。よろしくね」
「よ、よろしくなのだ」
視線が泳いでいて、若干の困惑が見られます。
まるで見てはいけないものを見てしまったような反応ですわ。
「あの! おねえさんの好きな食べ物ってなんなのだ!?」
翼さんが急な話題を振ってきました。
シェリフに苦手意識でもあるのでしょうか。
可哀想なシェリフ。あとで慰めてあげないといけませんわね。
「んー、お母さまが作ってくださる、野菜のテリーヌですかね」
「てりーぬ?」
「フランス料理の一つですわ。お母さまのテリーヌはたくさんの野菜をゼラチンで固めているんです。とっても美味しいですのよ」
「へー! そうなのだ!? ぼくも食べてみたいのだ!」
「では、ここから帰れたら、お母さまに作ってもらいますわ」
「やったのだー!」
それからもわたくしたちは他愛のない話をしながら散策しました。
古びた商店街から、どこかの小学校、住宅街と探しましたが、お二人を見つけるには至りません。
「見つかりませんわね」
こんなにも静まり返っているのですから、人の気配があれば気が付きそうなものですが、そもそも土地が広すぎますわ。
あの宮殿から見えた景色は果てしなく続いていましたから、遠くに避難していたとしたら発見出来ないかもしれません。
「おねえさん、ぼく喉乾いたのだー」
「お、おねえさん!?」
思い返してみれば何度か呼ばれていたような。あまりに自然過ぎて気付きませんでしたわ。
「そうなのだ。雫おねえさんなのだ。駄目……だったのだ?」
翼さんの目が潤んでいきます。
失言でした。翼さんは感情の機微に敏感でしたのに。
「そんなことありませんわ!」
わたくしは抱きついて、目いっぱい否定しました。
こんなにもいたいけな子を悲しませるなんて、なんと罪深いことでしょうか。
「わたくしがお姉さんとして守ってさしあげますわ!」
「くる……苦しいのだ……」
「ああ! 申し訳ありません! 大丈夫ですか!?」
「えへへ。ぼく、おねえさんのこと大好きになったのだ」
これが噂に聞く魔性の女なのでしょうか。
虜になってしまいそうです。いえ、もう虜になってしまっています!
「シェリフ。落ち着かないと駄目よね。これはそういう意味じゃないわよね」
「そうだ。深呼吸をするんだ。冷静さを見失っちゃ駄目だ」
ラマーズ法でもなんでもいいので、空気を循環させないといけませんわ。
「喉が乾いたとおっしゃってましたよね。す……少し休憩にしましょうか」
「やったのだー!」
わたくしの中の野獣の目覚めを抑え、幸いにも近くにコンビニがありましたので、そこのイートインスペースで休憩をとることにしました。
本来であれば窃盗ですが、この世界には誰もいません。お母さまはきっとお怒りになるでしょう。負い目を感じますが、紅茶とココアを頂いていきます。
「あったかくて美味しいのだー!」
「ふふ、そうですわね」
殺伐とした空間の中でも、誰かと一緒にいると心が穏やかになります。
ですがここまで穏やかな気分になれたのは翼さんと一緒だからでしょう。
もっと一緒に、ずっと一緒にいたい。胸の中に温かな感情が広がっていきます。
「翼さん。わたくし、お母さまの為に生きることの多い人生を送っていました。あらゆることはお母さまの為。お母さま以外はいらないと思っていました。ですが翼さんと出会って、わたくし、お母さま以外と一緒にいたいと考えるようになりました。ですから……その……」
図々しいかしら。でも、ここで出会えたのはきっと運命。一期一会の人生、伝えなければ後悔の棘が残り続けるでしょう。
品行方正を求められ、自由な時間もなく、気心の知れた相手なんていなかった人生で見つけた可憐な花。その隣にいたい。
「わたくしと、お……お友達……になってくださいませんか?」
恥ずかしい! 伝えてしまいましたわ!
きっとわたくしの顔は熟れた桃のように赤くなっているでしょう。とっても熱くなっているのが分かりますもの!
返事はありません。
どう思っているのでしょうか。確認したいですが、怖くて翼さんの顔を見られません。
ですが沈黙も気まずいですわ。
勇気を振り絞って顔を向けます。
「あの……、翼……さん?」
なんてことでしょう! 翼さんの目から、滝のように涙が溢れていますわ!
「どどどどうしたのですか!? 申し訳ありません! 迷惑でしたわね! 忘れてください!」
独りよがりでしたわ。相手の気持ちも考えずに一方的に自分の気持ちを押し付けるなんて……。
「ち……違うのだ。嬉しくて……」
「え?」
「ぼく、これまで友達なんて出来たことなかったから、嬉しくて……」
涙を拭い発された言葉からは、それが真実であるかのように嬉々とした感情が伝わってきます。
「そうなんですの? こんなにも明るくて元気ですのに。不思議ですわ」
「うん。ぼく……」
その時です――
「危ない!」
翼さんに抱えられたかと思うと、わたくしはコンビニの上を飛んでいました。
詳細に語るならば、翼さんから機械の羽が生え、コンビニの天井を突き破って、上空に滞空していました。
「なにごとですの!?」
状況が全くもって把握出来ません。
「誰か……いるのだ」
翼さんはつい先程までわたくしたちがいたコンビニを見下ろしています。
落ちないようにしっかりとしがみつき、わたくしも視線を落とすと、そこには――
「バレないと思ったんだけどなー。すごいね、キミ」
「あの方は……」
液体状に溶けた床から這い上がる、およそ学校生活では許されないと思われる、装飾だらけの学生服に身を纏った女性。
「柔南雲さん」
「二人してなにしてんの? 女子会ならあーしも混ぜてよ」
「あいにくと女子会ではありません」
奇襲を仕掛けておいて、よくも素知らぬ顔で接することが出来ますわね、という考えはわたくしを刺す行為ですわね。
ですが、わたくしのときとは異なると、はっきりと分かります。
あの黒く濁った目からは、底知れぬ害意を感じます。
「ぼくはおねえさんのこと信用出来ないのだ」
「えー? あーし傷ついちゃうなー。下りてきて慰めてよー」
翼さんも同じ考えのようですわ。
「翼さん、このまま遠くに逃げられますか? 南雲さんは危険ですわ。明らかな敵対意思を持っています」
「分かったのだ」
この状況下で攻撃を仕掛けてこず悠長に話しかけてくるのは、遠距離攻撃手段を所持していないから。おそらく南雲さんの能力は、溶かす能力か泳ぐ能力。でしたら、距離を保って逃げたほうが先決。
翼さんが動こうとした次の瞬間――
「ゴロゴロビッシャーン!」
「きゃぁぁぁぁ!」
「わあぁぁぁぁ!」
機械越しの声が聞こえたかと思うと、意識が飛びそうになるほどの電流が体を駆け巡り、一瞬、目の前がブラックアウトします。
南雲さんではない、別の方の声。
南雲さんの奇襲に意識を取られて、周囲への警戒が疎かになってしまっていました。
そんな反省は後です。
一刻も早く体勢を整えなければ、墜落して南雲さんに襲われてしまいます。
「翼さん! 飛んでください!」
翼さんの意識はあります。ですが、突然の事態に、というよりも痛みで心が抜けてしまったようで、笑みを浮かべて固まってしまっています。
四の五の言っていられる状況ではありません。
「このままでは死にますわよ! 翼さん! 飛びなさい!」
「う、わああああああ!」
耳元で怒鳴ると、翼さんは顔面蒼白で恐怖に突き動かされるようにして雲の上まで急上昇――からのコントロールを失ったように急降下の墜落をし始めます。
「翼さん! 落ち着いてください!」
なんてスピード。全力で掴んでいるのに手が引き放されそうですわ。
声もおそらくは風に遮られて届いていません。
このままでは地面に激突してしまいます。
魔法少女として体が強化されているのは分かります。ですが、この速度で落ちれば、少し先の未来は――死。
翼さんを見捨てるべきか否か。今、手を放せば、ダメージはありますが、わたくしだけでも助かるかもしれません。
所詮はこの場で出会っただけの他人ですわ。自分の命と天秤にかけて見捨てることは罪ではありません。
いえ、駄目ですわ! なんてことを考えているのですか、わたくしは! 一緒にいると誓ったでしょう! ここで見捨てることは、あの男と同じ地位にまで堕ちるということですわ!
邪な心に呑まれてしまうところでした。
苦しいときに、辛いときに、誰からも手を差し伸べてもらえない悲しみを知っているはずなのに、見捨てるという選択肢を選ぼうとした不甲斐ない自分に腹が立ちますわ。
大丈夫、大丈夫ですわ。わたくしは見捨てません。最後まで一緒にいますわ。
その想いを声に出したとて聞こえることはないでしょう。
だからわたくしは力を振り絞り、抱擁をもって伝えます。
今、わたくしが選べる最良の選択だと信じて。
なんて細く小さな体。まるで枝葉。少し力を入れれば折れてしまいそうですわ。
この体にどれだけの苦難を抱えているのでしょうか。もしも少しだけも分かち合えるのならば、引き受けてあげたい。
「大丈夫。大丈夫ですわ」
この先の結末がなんであれ受け入れます。
その決意に嘘はないという証明として、わたくしは静かに目を閉じました。




