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第13話 傷つけられるくらいなら

 住宅街の一角。

 たどり着いたその場所に雫おねえさんはいなかった。

 あるのは大きなクレーターと嵐に巻き込まれたかのように砕け散った家屋の数々――争いの痕跡だけだった。


「雫おねえさん……いないのだ……?」


 姿が見えない。それだけでいろいろな憶測が頭の中を駆け巡って、心がどうにかなりそうだ。

 周囲を散策してみても、人影は見つからない。

 虚しく響く足音だけが居場所を示している。


「いいや、いるよ。翼、僕が合図したら僕とかりんを連れて、能力で上に飛んでくれ」

「え?」


 なんの確信があってそんなことを?

 突然の指示に困惑してしまうが、叶おねえさんは待ってはくれない。

 ぼくの体にしがみついてくる。かりんおねえさんもどう思ってるか分からないけど、しがみついてくる。


「いくよ、三、二、一――今だ!」


 言われるがまま、ぼくは機械の羽で急上昇した。

 すると――

 地面が水のように柔らかくなって、その中から出てきた南雲(なぐも)おねえさんの手が、ぼくたちがいた場所を払った。


「あー、外したか」

「……」

「……」


 苛立った様子で舌打ちをして、南雲おねえさんは道路に這い上がる。

 嫌なことをしようって考える人からは黒い雰囲気が――害意って言い表すような気配が漏れ出ている。それをぼくは多分、他の人より敏感に察知出来る。だから前は避けられた。けど、今回の南雲おねえさんにはなにもなかった。気づけなかった。

 それはつまり、人に危害を加えることを悪いこととは思っていないってこと。

 割り切ったのか、振り切ったのか。

 とにかく、叶おねえさんの指示がなかったら、今頃ぼくは……。

 ありえた未来を想像して身震いした。そんな想像を消すためにブンブンと頭を振る。

 過ぎたことを考えても意味はない。助かったんだからそれでいい。

 今重要なのは――


「雫おねえさんはどこなのだ!?」


 雫おねえさんの安否だ。

 敵対している南雲おねえさんがここにいるということは、考えたくはないけど、雫おねえさんになにかあったということ。

 大規模な戦闘跡もある。

 気が気ではいられない。


「答えて!」

「いや、あーしが答える義理とかないし。けどまあ、あーしは心の広い大聖母さまだから? 教えてあげようかな」


 南雲おえねさんは胸元に両手をやって、存在感をアピールしながら続ける。


「腐破は……」

「翼! もっと上に飛べ!」


 怒号にも似た、叶おねえさんの指示が耳に刺さった。

 思わず恐怖で固まりそうだった。けど、ぼくは意味も分からず大急ぎで上昇する。

 すると、ぼくたちのいた場所に誰かが飛び出して来て、その手に持ったナイフで薙いだ。

 その人の恰好は白と金のお嬢様みたいなドレスで、うねうねとした髪が風に揺れている。

 そんな姿をしている人を、ぼくはよく知っている。

 だってそれは、ぼくの為に憎まれ役を買って出て、ぼくを守ってくれた人物だから。


「……雫おねえさん、どうして……?」


 道路に着地した雫おねえさんは不敵に笑みを浮かべ、こっちを向く。


「わたくし、心を入れ替えましたの。わたくしはドレミちゃんの為にこの命を捧げると。ファンとして、全身全霊を以て邪魔者を排除すると」

「嘘……なのだ……。どうしちゃったのだ……?」


 聞いたところで返ってくる言葉はない。

 雫おねえさんは、静かにナイフを構えている。

 そこに敵であったはずの南雲おねえさんが近付いていって肩を組む。


「あーしらはドレミちゃんのファン。アンタらもファンになるんだっていうんだったら殺さないであげる。けど、拒否するなら殺す。【マーダー・パレード】に勝ち残るのはドレミちゃんだ」


 頭が混乱して状況をうまく理解出来ない。

 どうして雫おねえさんが襲ってきたのか。

 どうして南雲おねえさんと仲良くしているのか。

 みんなで生きて帰るって約束はどうなったのか。

 ファンになったってどういう意味なのか。

 全部、全部意味が分からない。


「なにがどうなってるのだ!?」


 仲良くしてくれてたのは嘘だった?

 友達になろうって言葉は嘘だった?

 息が苦しい。目の前がぼやけていく。

 胸が……痛い。

 こんな地獄で出来た友達……。信じてたのに……。


「……さ! 翼! なにボーっとしてるんだ! 僕たちを下ろして!」

「……もういやなのだ」


 動く気力がなかった。

 死んで、生き返って、地獄で出会えた新しい友達。ずっと裏切られ続ける。騙され続ける。

 なんでこんな辛い気持ちにばっかりならないといけないのか。

 一緒にやり直したいと思ってたのに。一緒なら怖くないと思ってたのに。

 もう……どうでも……。

 全部、投げ出そうとした。けど――


「雫を助けるんだろ!? あれがキミの知っている雫か!? 違うだろ! 雫はドレミに操られてる! キミが助けるんだ! キミじゃなきゃ駄目なんだ!」


 叶おねえさんの心からの叫びと思える訴えが、ぼくの泥の中に沈んでいく心を掴んで引っ張り出した。


「雫のことはキミがよく分かってるはずだからまかせる。僕たちは南雲の相手をする。分かった!?」


 ぼくは唇を噛んで、溢れ出しそうな感情を堪えながら返事をする。


「ぼくが……助けるのだ」


 二人から離れた位置に移動して手を放すと、叶おねえさんとかりんおねえさんは屋根に着地する。


「死なないでほしいのだ」

「僕は死なないよ」


 それを見届けてから雫おねえさんたちのところに戻った。


「翼さん、下りてきてください」

「下りるのだ。けど、それは南雲おねえさんがいなくなってからなのだ。着いてきてほしいのだ」

「……承知しましたわ。では南雲さんはここに」

「りょーかい。あーしの相手はガンマンとぬいぐるみね」


 ぼくが移動すると、その後を雫おねえさんが屋根をぴょんぴょんと飛んで着いてくる。

 南雲おねえさんは会話通り、叶おねえさんとかりんおねえさんと戦うみたいで、その場に残ってる。

 移動中、辺りを見回してみる。

 周囲にドレミおねえさんの姿は見えない。

 叶おねえさんの言う通り、ドレミおねえさんに操られているんだったら、お願いして元に戻してほしいけど……。


「駄目なのだ!」


 未だに現状を把握しようとしない自分の頬を叩いた。

 鋭い痛みの後にじんわりと熱い痛みが広がる。

 雫おねえさんも南雲おねえさんも、別人みたいになってる。

 そんなことをする人相手に、お願いだなんてあまりにも馬鹿げた考えだ。

 甘い考えは捨てるのだ! ぼくが雫おねえさんを助けるのだ!


「ぼくがおねえさんを助けるのだ! 誰も傷つけさせたりしないのだ!」

「助ける?」


 独り言が聞こえたのか、後ろにいる雫おねえさんが語りかけてくる。


「わたくしは正気ですわ。心からドレミちゃんをお慕いしておりますの。残念ですが、貴方との約束はドレミちゃんへの愛には遠く及びません。だからどうか、死んでください」


 戦えば悪意に呑まれて絶対に殺意が出てくるって雫おねえさんは言ってた。

 最後の言葉は悪意のせいなのか、それともドレミおねえさんのせいなのか。

 大丈夫。きっと操られているせいだ。

 元に戻せば、きっとまた手を繋げる。

 そう信じて、ぼくは少し離れた位置に下り立つ。


「真正面から対話ですか?」

「ぼくは戦いたくないのだ。どうしてそうなったのかちゃんと聞いて、間違ってるって教えたいのだ」

「他人の思考を矯正しようだなんて傲慢ですわね」

「いくらでも言ってもらって構わないのだ。おねえさんが戻るなら、ぼくはなんだってするのだ」


 とは言っても、なにをどうすればいいか分からない。

 とりあえず、羽を消しちゃ駄目だってことくらいは分かる。

 万が一の逃げる手段は残しておかないといけないから。

 口の中が渇く。正体の分からない恐怖で、体が震える。


「大丈夫なのだ。ぼくはやれる。やらないといけないのだ……」


 自分に言い聞かせる。

 この震えはきっと、助けられなかったらって考えと、殺されることになったらっていう二つだ。

 そんな恐怖をぼくはゴクリと飲み込む。

 かもしれないは考えないのだ! 絶対に助けるのだ!


「対話は無意味。ドレミちゃんのファンにならないのなら死んでもらいますわ!」


 雫おねえさんが地面を蹴ると、一気に距離を詰めてきた。

 速い!

 死ぬ前だったら、動きを見ることも出来なかったと思う。

 けど魔法少女になった今ならはっきりと見える。簡単に躱すことが出来る。

 ぼくは羽を使って、大きく後ろに移動した。

 顔があった位置をナイフが斬り裂いていく。


「どうかしましたか? そんなにも苦しそうな顔をして」


 空振った雫おねえさんが、ナイフをこっちに向けながら聞いてくる。

 さっきの攻撃には、南雲おねえさんと同じで黒い雰囲気はなかった。

 なのにあの攻撃には殺意を感じた。本当にぼくを殺す気だった。

 雫おねえさんも、人を傷付けることをなんとも思っていない。

 その事実がたまらなく胸を抉って、涙が溢れてくる。


「どうしてドレミおねえさんの味方をするのだ?」

「どうして? ドレミちゃんよりも優先することなんてないからですわ。あの歌で、わたくし気付きました。わたくしはドレミちゃんのファンとして、人生を捧げる為にハートの国(ここ)に来たのだと」


 雫おねえさんは両手を広げて熱弁した。

 本当に頭がおかしくなってしまってる。ドレミおねえさんになにかされている。

 歌を聴いたくらいで気持ちが変わるなんてありえない。

 あの時の想いが簡単に消えるわけがない。


「違うのだ! 本当のおねえさんなら、そんなことは言わないのだ! ぼくを……殺そうとしたりしないのだ! おねえさんは操られているのだ! 元に戻ってほしいのだ!」

「しつこいですわ。人は変わります。それくらい常識ですわよ」

「だからって、こんなのどう考えてもおかしいのだ!」


 ぼくの訴えに、雫おねえさんは呆れた様子で大きくため息をつく。


「平行線ですわね。残念ですが、貴方とは分かりあえません。もしもわたくしの話に耳を傾けるのであれば、ドレミちゃんのファンとして共に活動する未来もあったでしょうが、それは潰えました」


 目が据わった。雫おえねさんはナイフを持つ手を引く。そして――


「殺します」


 淡々と告げ、地面を割れる勢いで蹴って斬り掛かってくる。

 さっきよりも格段に速い。

 手を抜いていたんだ。だけど避けられないことはない。

 機械の羽は初速からマックススピードで動ける。それに、その運動エネルギーの影響をぼくは受けない。

 後ろに下がると、ナイフがさっきと同じように空を斬る。

 だけど今回はそこでは終わらなかった。

 ぼくが避けることを見越していたみたいに、更に踏み込んでくる。

 斬って斬って、斬りつけてくる。

 体中の産毛が逆立った。

 これは、危機感知だ。

 そんな本能からの指示に従い、ぼくは空へと逃げる。


「お願いなのだ! 目を覚ましてほしいのだ! こんなこと、おねえさんのやりたいことじゃないはずなのだ! きっと、シェリフさんもそう言うのだ!」


 ぼくの言葉は聞こえなくても。

 シェリフって人なら……。そんな期待を込めた。


「残念ですが、シェリフもわたくしの考えに賛同してくれていますわ。ねぇシェリフ?」

「そうだね。雫がドレミちゃんの為に働くことが僕の願いだ」


 雫お姉さんの一人芝居での答えに、たまらず唇を千切れるんじゃないかってくらい強く噛んだ。

 ぼくの言葉も届かない。シェリフって人もおかしくなってる。

 もう……どうしようもない。

 そんな諦めが頭に出てきたけど、そんな考えを押しのけて、ある解決策が浮かんだ。

 その時だった――


「あれは……!?」

「なんなのだ!?」


 少し離れた場所から、空まで伸びてるんじゃないかってくらい長い白い光の柱? が眩しいくらいに光って聳え立った。

 その光をぼくは知っている。

 最初に目が覚めた場所から見た、初めての超常現象。

 勇花おねえさんとフィロおねえさんが戦ってたときの光だ。


「フィロさんですわね。あの方向は……まさか!」


 雫おえねさんの意識がぼくから逸れた。

 その隙を突いて、ぼくは雫おねえさん周りの地面を狙って、たくさんのビームを放った。


「なッ――!」


 賭けだった。だけど上手くいった。

 雫おねえさん目掛けてヒビが広がっていくと地面が崩れた。


「翼さん!」


 逃げる暇もなく、雫おねえさんはぼくが生み出した巨大な穴へと落ちていく。

 崩れた地面がその上に降り注いでいく。


「おねえさんは触れた物を腐らせるって言ったのだ。でも、さすがに地面は腐らせられないと思うのだ」


 魔法少女なら少し怪我をするだけで済むと思う。もしかしたら南雲おねえさんが助けに来るかもしれないけど、時間を稼げればそれでいい。

 今からしようとしていることに雫おねえさんがついてきたら、きっと巻き込んでしまう。

 それにぼくのやろうとしていることを見られたくない。


「ごめんなさいなのだ。少しだけ、そこで辛抱しててほしいのだ」


 誰も傷つけたくない。

 でも、一番大切な人を傷つけられるくらいなら、ぼくは武器を振るう。


「きっとあそこにいるのはドレミおねえさんなのだ」


 距離と雫おねえさんの反応を見るに、あそこでドレミおねえさんが誰かと戦っている。


「おねえさんを助ける為に、ぼくは……ドレミおねえさんを倒すのだ」


 口に出して決意を固めて、ぼくは大きく羽を広げて、光のもとへと向かった。

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