第10話 アイドルライブ
ブクブクと地面が泡立っています。
この光景はあのときと似ています。
わたくしの予想が正しければ……。
「ぷはぁ。まず一人。高尚ぶっちゃってさ。なにがアイドルだよ」
アスファルトの雫を体に垂らして陸に上がって来たのは、やはり南雲さんです。
冷え切った目がこちらに向きます。
わたくしは【気高き令嬢】を硬く握ります。
「えーっと、腐破さんだっけ? 全員生還とか言ってたくせに殺す気満々だったじゃん。信念ブレブレだね」
「……」
「ここにいる人たちはさ、みんな生き返りたいわけ。垂らされた蜘蛛の糸を必死に掴もうとしてるわけ。嘘かホントか分かんない糸をね。そこになんの算段もなく『みんなで生き返ろう』なんて聞いてもらえるわけないじゃん。もうちょい頭使って考えなよ。それかもっと粘り強く言い続けるかさ」
淡々と紡がれた事実に返す言葉もありません。
「結局のところ察してるんでしょ。仲良く全員生還なんて無理だって」
「……」
そう……なのかもしれません。
でなければ、対話を早々に諦めたりはしない。殺生という選択肢を選んだりはしません。
「そう……ですわね。わたくしは……理想を語りながら……、その理想が雲を掴むような絵空事だと……心の片隅で理解していました」
そこから目を背け、それでも辿り着きたいと願ったのです。
体が痛みます。今すぐにでもお布団で横になりたいですわ。
けれど、その願いを叶えるのはもう少し先。
鞭を打ち、歯を食いしばって立ち上がります。
「へぇ……。結構きつそうなのに立てるんだ。でもどうするの? あーしを殺すの? あーしらと同じ土俵に立つの?」
どんな理由であれ、一度牙を向ければそこに善悪はなくなります。
わたくしはドレミさんに牙を向けた。いいえ、もっと前に翼さんに牙を向けています。
悲しいことですが、初めから翼さんと同じ場所には立ててはいませんでした。
わたくしは咎人。翼さんの分まで業を背負う覚悟はあります。
故に返すべき答えは決まっています。
「翼さんが……、そして他の平和主義の……方々が……傷つかないように……、わたくしは……刃を振るいます」
わたくしは【気高き令嬢】を南雲さんに向けて宣言しました。
この言葉に嘘はありません。
自分の為ではない。他人の為に。悪意に呑まれずに戦い抜いてみせます。
「一人でも……多くの方を生き返らせる……。それが……わたくしの決意です……」
「なるほどね。あーしもユウトの為に負けられないんだ。だから殺――」
突然、いつの間にか固まっていた南雲さんの出てきた地面が、間欠泉が噴出するように爆発しました。
「マジか。深く沈めたんだけどな」
わたくしたちは爆発の衝撃で吹き飛ばされてしまいます。
南雲さんは上手く着地したようですが、体の自由が利きづらいわたくしは叩きつけられてしまいました。
「うっ……なにが……」
その疑問は、すぐに答えを持ってやってきます。
砂煙の晴れた、砕けた地面の中心に、溢れんばかりの怒気を纏ったアイドルが立っていました。
「そこのギャル、やってくれたな。ドレミ、とーっても苦しかったんだよね。死んじゃうとこだったんだけど」
「すごいじゃん。どうやって抜けたの?」
「埋められたからって声が出せないわけじゃない。お前に引きずり込まれたときに一緒にスピーカーも連れてった。それだけ」
「ははっ。ガチギレじゃん。あーあ、腐破さん殺すつもりだったのにな。また殺さないといけないんだ」
南雲さんにとっては、呼吸をするように、睡眠をとるように、殺生という選択肢が当たり前なのでしょう。
彼女は悪意に呑まれてしまっている。
ドレミさんは……。
「ほんっとう鬱陶しい。なんでドレミの邪魔ばっかりするんだよ。どいつもこいつも……。ドレミはさ、こんなところで終わっていい人間じゃないの。特別なの。たくさんのファンが待ってるの。なのにあのロリコン、有名になってくドレミに嫉妬して……。なにがぼくだけのドレミちゃんだよ、気持ち悪い。ロリコンのゴミが。なんでテメェと心中しなきゃいけないんだよ。他の奴らもそうだ。変なポーズとか、変な服ばっかり着せやがって。ファンなんかじゃねぇんだよ、クソロリコン共が。気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い」
なにやら様子がおかしいです。
頭を抱えて、まるでトラウマに苛まれているような……。
ですがそこにあるのは恐怖ではなく、視認出来るのでは思えるほどの憎悪。
「隙だらけ!」
容赦がありません。
南雲さんは鋭利なネイルで斬りかかります。
ですが――
「ドカン」
その爪が届く前に爆発が起きます。
南雲さんは吹き飛ばされてしまいますがすごいです。体操選手のようにくるくると回転して着地を決めます。
「イッタいな。おかしくなったんなら、そのまま殺られなよ」
「んー? なんのこと? ドレミ、難しいこと分かんなーい♪」
ドレミさんも平静を取り戻したようです。
そのまま背を向けて逃げ始めました。
「待て!」
「待たないよー♪ ドカン♪ ドカン ドッカーン♪」
追いかけてくる南雲さんを妨害する為、ドレミさんは直撃を狙ってではなく、足下を爆発させました。
爆発が視界を遮ります。破片が足を止めさせます。
こちらまで破片が飛んできます。ダメージはそれほどでも、歩みを止めるには充分な威力でしょう。
ドレミさんは近くにある鉄塔を弾むように軽やかに駆け上がっていきます。
ですが――
「あーしはそんなんじゃ止まんないよ!」
嘘……。
南雲さんは、なんでもないかのように土煙の中を突き抜けて現れました。
「うそ……♪」
ドレミさんも驚愕を隠せないようです。
ですが、さすがアイドルというのでしょうか。動揺の中でも瞬時に次の手を打ちにいきます。
「だったら痺れるのはどう? バリバリ……♪」
「これはヤバいかも」
突然、南雲さんが消えるように沈んでいきました。
地面に潜れば視認出来ません。攻撃が出来ないと考えたのでしょう。
ですがそれは悪手であったと、わたくしでも分かります。
なぜならドレミさんの能力は自由度が桁違いだからです。
「引っかかった♪ ズドドドドーン♪」
マイクに声が入力されると、プレス機にかけたかのように一瞬にして地面にクレータが現れます。
「まだまだいくよー♪ ドカンドカンドッカンドッカーン♪」
テレビ越しでしか見ない光景です。
まるで爆撃。こんなものを浴びれば、きっと魔法少女となった南雲さんでもただで済むはずがありません。
敵でありながら、安否を心配してしまいます。
「よかったー♪ 生きてたー♪」
煙の晴れた爆撃地は見るも無惨な光景です。人はいないとはいえ、営みのあった場所が形を失うのは心に来るものがあります。
そんな中で南雲さんは上半身だけ地面から姿を現しました。
「ぐっ……はぁ……はぁ……。うぐっ……」
相当なダメージを受けてしまったようです。
這い上がる体力もないのでしょう。
ドレミさんの完全勝利。動くことすらままならないわたくしたちでは、もう為す術はありません……。
申し訳ありません、翼さん……。貴方に謝罪することは出来そうにありません。
「二人とも痛いよね♪」
鉄塔に登ったドレミさんの声がスピーカーから響いてきます。
「でも大丈夫♪ ドレミの歌を聴けば、痛いのなんか忘れてファンになっちゃうから♪」
いったいなにを……。
スピーカーからポップな音楽が鳴り始めました。
「それじゃあドレミの十八番いっちゃうよー♪」
歌詞はいかにも子ども向け。ですが手を抜かないその歌声は、聞いている者の心を明るく照らしてきます。
さながら春の陽光に照らされているかのような朗らかさ。本当に体の痛みを忘れていけそうです。もっと聴いていたくなります。
どうしていきなりこんなことを始めたのでしょうか。
アイドルだから……なんて軽率な考えは捨てるべきでしょう。ここは非日常の世界。普段は意味のないことにも意味が付与されるはずです。
となれば、ライブの真似事をする理由は……一つしかありません!
「これも……なにかの……能力……?」
あり得ます。というよりもそれしか理由がありません。
これまでのドレミさんの言動を思い返してみると『ファン』『歌』といった単語が出てきていました。
アイドルだからで聞き流していましたが、そこに意味があったのだとしたら。
『ドレミの歌を聴けば、痛いのなんか忘れてファンになっちゃうから♪』
もしもこの言葉が本来以上の意味を持つとしたら……。
逃げませんと!
痛みが引いてきたことは錯覚ではありません! このままでは……! このままでは!
ですが気付くのが遅すぎました。
抗えません。ドレミさんの歌に心を鷲掴みにされています。
もっと聴きたい。ドレミさんのファンになりたい。ドレミさんに人生を捧げたい。
「ふったりともー♪ ドレミの歌、聴いてくれたよね? どうだった?」
「素晴らしかったです!」
「あーしももうメロメロだよ」
翼さん、申し訳ありません。わたくし、ドレミさんのファンとして生きることにします。
ですから、生還は諦めてください。




