十三夜の頼みごと
お久しぶりです。期間が空いてしまいましたが、ようやくep.5が完成しました。
お楽しみいただけたら嬉しいです。
幕露荘へ引っ越してきてから一か月。新たな環境や学校生活にも慣れてきた頃。
私は今…とんでもなくキラキラした日々を送っている。
「美影ちゃん、お疲れ様!」
「お待たせしてすみません、日奈瀬先輩。」
登下校を花の精こと日奈瀬先輩と共にし、
「お、美影ちゃんに日奈瀬、おかえりー。今日は早いねー。」
「夕映さん、ただいま。」
「ただいまです。」
バリキャリこと夕映さんに出迎えてもらい、
「皆さん今日も一日お疲れ様です。夕ご飯ができましたよ。」
「うおおお今日はビーフシチューっすか!豪華だなー。」
「ホント…おいしそう…」
スポーツイケメンこと帆高さんと共に、紳士こと周さんの料理に目を輝かせる。
なお、幕露荘の各号室にはもちろんキッチンが備わっている。しかし、周さんの料理が美味しすぎる故、夕飯はラウンジで皆で頂くことが日課となっていた。もちろん食費は家賃と共にお支払いしている。それと、手の空いている人はお手伝いをするのもルールだ。
「今日は夕映さんにも手伝って頂きました。」
「え?!夕映さん料理とかできるんすか?!」
「こらこらー、どういう意味よ?」
「い、いや…イメージが無さ過ぎて…すみません。」
詰め寄られる帆高さんは冷や汗をかいている。
かく言う私も、正直夕映さんに料理上手な印象はなかった。
一つ小さくため息をつき、皿を準備しながら日奈瀬先輩も続く。
「ちなみに私も同意です。」
「ちょっと日奈瀬?それに美影も、『夕映さんて料理できるの?』って思いっきり顔に書いてあるからね。」
「え…あ、いや、そんなつもりは…ごめんなさい。」
鋭い。図星だったので素直に謝る。…にしても珍しいな、私が表情に出るなんて。
ちなみに夕映さんは私のことをすっかり呼び捨てで呼ぶようになっていた。距離が近づいてる感じがして、正直ちょっと嬉しい。
「まぁいいけどさ。学生時代にある程度は練習してたから、これぐらいは余裕だっての。」
「え、花嫁修業っすか?」
「違うわ!」
夕映さんと帆高さんのコントは今日も絶好調だ。日奈瀬先輩は呆れ半分に、周さんは微笑みながら見守っている。
私もくすりと笑いながら、テーブルに皿を並べる。5枚並べたところで、周さんが声をかけてきた。
「耀さん、あと2枚セットして貰えますか?」
「え?」
「今日は、お二人もいらっしゃるんです。」
お二人?
首を傾げていると自動ドアが開いた。現れたのはふわふわしたワンピースに身を包んだ花の精と、編みかごを持った過保護メイド。
「こんばんは〜。おじゃましま〜す。」
「お疲れ様です、周さん。こちら、つまらない物ですがもしよろしければ。」
言わずもがな、『ひととせ』の住人・雛子さんと仄さんだ。
ここ最近は二人とも忙しかったらしく、めったに姿を見かけなかった。
目ざとい帆高さんと夕映さんが、さっそく編みかごの中身に興味を向ける。
「仄、それなにー?」
「…カップケーキ。私が作ったやつです。」
「すげえ、美味そう…!!」
「言っとくけど、雛子のために作ったやつの余りだから。」
そう言いながら差し出された編みかごを覗くと、とても手作りとは思えないクオリティだった。シンプルなチョコチップのものだが、美しい形に絶妙な焼き加減、そして鼻をくすぐる甘い香り。思わずつばを飲み込む。
それに気づいた雛子さんが、ふふっと笑った。
「すごくおいしかったから、みんなにも食べてほしいと思って~。」
「雛子、あんまりハードル上げないで。」
顔を背ける仄さん。周さんはにっこり笑って籠を受け取る。
「ありがとうございます。デザートにいただきますね。」
こくりと仄さんが頷いたところで、キッチンから日奈瀬先輩が出てきた。
「ちょっとみなさん、こっちも手伝ってくださいよ。あ、雛子さん仄さん、こんばんは。」
「こんばんは〜。ごめんなさい、立ち話しちゃって。」
「いえ。こちらこそ急かすようなこと言ってすみません。」
そう言って帆高さん達を一瞥する花の精。二人の背筋がビシッと伸びた。
「日奈瀬ごめん!」
「こっちもすぐやるから!」
慌ててキッチンへと舞い戻ったのを見てため息をついている。可愛い人は怒っても可愛いなぁなどと思っていると、こちらに笑顔を向けてきた。
「美影ちゃん、二人を席まで案内してくれる?」
「あ、はい。」
いけないいけない。私も働かなくては。
ちらりと日奈瀬先輩の表情を盗み見ながら、雛子さん達を席へと案内したのだった。
準備が整い全員席に着く。それを確認し、周さんが立ち上がった。
「それではみなさん、いただきましょう。」
その声を皮切りに、各々が手を合わせていただきますを述べる。
次の瞬間、勢いよく缶を開ける音が聞こえ…夕映さんが中身を飲み干した。
「ぷはーっ、さいっこうー!!」
「夕映さん、おっさん臭いっすよ。」
「うるさい帆高、この良さがまだわからないあんたは黙ってな。」
「わからないんじゃなくて、わかっちゃだめなんですってば。俺まだ18歳っすよ。」
「あれ?まだ高校生だっけ?」
「大学1年ですよ!」
ここ最近、夕映さんは仕事でストレスが溜まってるらしく、毎日晩酌をしている。…そして結構飲む。ものの数分で、夕映さんの周りにはビールの空き缶が転がり始めた。
「あーもうほんっとやってらんないわ…上司はセクハラ発言ばっかだし、同僚はそれに辟易してどんどん辞めてくし…」
「碇さんの職場環境は相変わらずのようですね。」
「いっそ独立するのはどうですか?夕映さんフリーランスでもやっていけそうだと思いますけど。」
「あそこ給料だけは良いのよねー…日奈瀬がお嫁さんに来てくれるんなら独立しようかなー。」
「お断りします。」
突然のプロポーズは呆気なく散り去った。
「ちぇー…美影〜!!日奈瀬が冷たい〜よしよしして〜!!」
「え、えーっと…?」
いきなり胸に飛び込んできた夕映さんの頭をそっと撫でる。社会人って大変なんだな…
そんなことを考えていると、視界の端で花の精が肩を震わせていることに気がついた。
「ゆ、夕映さん!みか…と、年下になんてことさせてるんですか!!」
「えー?なになに日奈瀬、羨ましいのー?」
「うら…っ?!ち、違います!!とにかく離れてください!!」
私にしがみつく夕映さんとそれを引っ張る日奈瀬先輩。カオスだ。というか痛い。腕が痛いです。そしてせっかくのビーフシチューが冷めていく…
そんな私たちを尻目に、他のみなさんは優雅に食事を続けている。…と思われた。
どこからか視線を感じて、4人の方へ目を向ける。すると、すぐにその視線は消えてしまった。
「仲良しだね〜。」
「そう?いい大人がドタバタしてるの、ちょっとどうかと思うけど。」
「もう〜、そんなこと言わないの。」
「…周さん、止めなくていいんすか?」
「お皿が割れない限りは問題ありませんよ。」
「マジですか…」
誰だったんだろうと首を傾げていると、パンを口に運ぶ雛子さんと目があった。こちらに気づくと、にこりと微笑んで手を振ってくる。力なく手を振り返すと、その隣からものすごい圧を感じた。恐る恐る目を向けると、仄さんが人とは思えぬ顔でこちらを見ていた。怖い。そんな牽制しなくても、雛子さんを取ったりしませんから…
そんな賑やかな夕食を終え、仄さんお手製のカップケーキをデザートとしていただき、その日は解散となった。
なお、少しでも周さんの負担を減らすため、片付けは当番制になっている。今日はちょうど私が担当の日だった。
テーブルを拭き、全員分の皿を洗う。
一枚一枚丁寧に拭きあげていると、誰かの足音が聞こえた。
「美影。今、ちょっといいか?」
声変わりの済んだ若々しい低音ボイスが静かなキッチンに響く。その声色にはやや緊張が含まれていた。
「帆高さん?どうしたんです?」
「あー…その、ちょっと頼み事があって…」
私と帆高さんの関係はそこまで深くない。隣人としてはとても良い距離感だ。
会えば普通に話すが、向こうからわざわざ声をかけてくることは基本ない。
そんな彼が、なんだかそわそわしながら話しかけてきている。
「頼み事?なんですか?」
「その…今度、ちょっと買い物につきあってもらいたいんだ。」
想定と違う内容が来た。買い物?私と一緒に?…なぜ?
「いいですけど…目的と理由だけ聞かせてもらっても?」
「あ、ああそうだよな、なんの理由もなく女子を誘うとかダメだよな。」
帆高さんはこほん、と咳払いをしたのち、視線を逸らしてこう言った。
「…もうすぐ、日奈瀬の誕生日があるだろ?それで、なにかプレゼントをしようかと…でも俺、女子の好みとか全然わかんないからさ、アドバイスとか貰えないかなと…」
…なるほど。ということは…
「帆高さんて、日奈瀬先輩のこと好きなんですね。」
「…うん。」
点と点が線で繋がったように感じた。日奈瀬先輩と話していた時に感じていた視線、あれは帆高さんだったんだ。
無論、日奈瀬先輩は非常にモテる。しかし、本人は恋愛には全くと言っていいほど興味がないらしい。前に恋バナをした時も、「今は美影ちゃんと居たいから興味ないな」なんて可愛いことを言われてしまった。脈があるのかは正直わからないが…
目の前のスポーツイケメンを見る。見上げないと目すら合わない高身長。普段は大きく見えるのに、今日はやけに小さく、弱々しく見えた。
ふと、日奈瀬先輩と帆高さんが並んだ姿を思い浮かべる。誰がどう見てもお似合いだ。私から見た帆高さんは親切で良い人だし、何より日奈瀬先輩に釣り合う容姿とスペック。優良物件だろう。
…なんて、偉そうなことを考えていると、こちらを窺うような声色が静かな室内に響いた。
「やっぱり、だめか?」
縋るようにこちらを見る目。
日奈瀬先輩に隠し事という点のみが引っかかったが、サプライズというのであれば仕方がない。
普段世話になっている身であることを加味して、私は承諾することにした。
「わかりました。私でよければご一緒します。」
「ホントか?!良かった…ありがとう、助かるよ。」
緊張が解けたのか、ふにゃりとした笑顔を見せる爽やかイケメン。まったく女泣かせなことである。私はそれになびかないのかって?残念ながら帆高さんは私のタイプでは無い。イケメンだし良い人だしモテるとは思うが、それだけだ。
なお、日程や行き先などの詳細はLIMEで決めることになった。相談も連絡で良かったのにと言うと、自分の用事に付き合わせることになるのだから直接頼むべきだと思ったとのこと。こういう姿勢は本当に好感の持てる人である。
一通り決まったところで、帆高さんは部屋に戻って行った。その背中を見送り、片付けの最終チェックを終えて自室に戻ろうとしたその時。
カタン
静かな室内に物音が響いた。
辺りを見回すが人気は無い。
気のせいだったか。
そこまで気にすることもなく、私はキッチンを後にした。
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ここまでは計画通り。なんとかこちらの思惑通りに上手く誘導することができた。
一息ついたところで、この先の流れの再確認を行う。
…ここからは慎重に動かなければ。決して悟られぬように。…そして、
目的を、達成できるように。
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ここからしばらく帆高編が続きます。もちろん他のみんなも登場するので、ぜひまた読みに来てくださるとうれしいです。




