宴と各々と
慣れない電車にガタゴトと揺られながら、昨日と行きのたった2回しか見ていない景色に目を向ける。隣には、立っているだけで絵になる美少女。周りの乗客たちもちらちらとこちらを見ているのがわかる。
「やっぱり目立つよね、ここの制服は。この周辺の学校じゃぶっちぎりの偏差値だもん。皆のあこがれだからね。」
いや、多分そういうことじゃない。いやそれもあるかもしれないけど。
この天然さ。惚れた男は大変だろうな…なんて思いつつ、でもかわいいのを自覚されてても痛いか、これぐらいがちょうどいいのか、と思い直す。
なにが言いたいかというと、キツイ。自分がこの美少女の隣にいるのがすこぶる居心地が悪い。
日奈瀬先輩はいい人だ。今のところは。それはわかってる。だが、それとこれとは話は別だ。私は、このかわいいの権化のような存在の隣にいていい人間じゃない。
「美影ちゃん、どうだった?登校初日は。」
「ああ…大変でした。うちのクラス陽キャが多くて、友達できるかなって…」
そう、記念すべき初登校日は大波乱だった。まずは駅までの全力ダッシュ、次に初めて経験する満員電車、さらに学校に着いてからはなぜか日奈瀬先輩に教室まで送り届けてもらい、そのおかげでありとあらゆる男子から『あの美少女は誰か』と問い詰められた。
…ハッキリ言って疲れた。
はぁ…とため息をつく私を見て、日奈瀬先輩はちょっと首を傾げてからふふっと笑う。
「大丈夫。美影ちゃんいい子だし、すぐ友達出来るよ。」
「そうだといいんですけどね…」
実のところ私には、友達と呼べる存在がいたことがない。私の中での友達のハードルが高いだけかもしれないが、女子同士のベタベタした関係性は、どうも好きになれないのだ。
だからといって、友達という関係性に憧れを持ってないわけではない。憧れはするし、欲しいとは思うけど、それでもつくろうとしないのは、簡単につくれるものではないとわかっているから。
そして、また誰かに裏切られるのが怖いから。
ここに来てから二度目の帰宅。誰かと一緒に帰ってくるなんて初めてだった。
まだ慣れない鍵を開け、部屋に入ろうとしたとき、隣の部屋のドアから、先輩がひょこっと顔を出した。
「ね、美影ちゃん、今日のこの後何か予定ある?」
「え…いや、何もないですけど…」
「ならよかった。着替え終わったら、ちょっといい?」
?よくわからないままとりあえず頷く。
花の精は、にこっと微笑んで
「よかった、じゃあ着替え終わったらここ集合ね。」
「わかりました。」
もう一度微笑んだ美少女は、小さく手を振って家の中に入っていった。ドアが閉まると同時に彼女がまとっていた花のオーラがふっと消える。
あの人は神のご加護でも受けているのではないかと思いつつ、自分も部屋に入って行った。
着替え終わったところで外に出る。先輩はまだ来ていなかった。相手を待たせるようなことがなくてほっとしたような、自分を待っていてくれるような人なんて誰も存在しないと感じて残念なような、そんな気持ちに包まれる。
先輩を待ちつつ、スマホのインカメで自分の姿をチェックする。私の普段着などほとんどジャージや部屋着だが、外に出る時や人に会うときは流石にそれなりの格好はする。今日はそこそこオシャレに見える(はずの)トップスにジーンズ。ちなみに流行とかはまるでわからないタイプ。想像つくと思うけど。
柵に寄りかかりつつ、先輩を待つこと15分。
ドアが開き、ピンク色の花柄ワンピに身を包んだ先輩が現れた。
「美影ちゃん!ごめんね、待たせちゃった?」
「いえ、全然。さっき来たところです。」
「そっか、よかった。じゃあ行こっか。」
え?急に?
顔に明らかな「?」マークを浮かべた私に対し、先輩は笑顔で私の手を取る。
「もうみんな来てると思うから。」
みんな?今みんなって言いました?
「他にも誰かいるんですか?」
あ、と一瞬手を当てた先輩は、にこっと口を閉じて笑う。
『口に手を当てるのは嘘をつく仕草』『口を閉じて笑うのは何かを隠すため』
心理学に関する本で読んだことだ。
聞いちゃいけないことだったかなと思い、自分も口をつぐんだ。
先輩に手を引かれ向かった先は、幕露荘の前に広がる草原。
広げられたレジャーシートには美味しそうなサンドイッチやおにぎり、おかずが並べられ、ピクニックのような雰囲気だ。
そこにいたのは、夕映さん、帆高先輩、周さん。…と、見たことない女性が二人。
一人はいかにもお嬢様って雰囲気。真っ白のブラウスに水色のきれいなスカート。引かれたレジャーシートの上で優雅にお姉さん座りをしている。日奈瀬先輩が花の精なら、こちらは天使と言うべきだろうか。何が言いたいかというと、この方も超美少女だ。
もう一人は対照的で、シンプルな白のTシャツにチェック柄の上着を羽織り、下は私と同じようにジーンズを穿いている。先ほどの天使の隣にピタリとくっつき、世話をしていた。お嬢様のお世話係…メイドといったところだろうか。ちなみにこの方もとても顔が整っている。
「お、美影ちゃん来た!」
「登校初日お疲れー。」
「黒上さん、耀さんを連れてきてくださってありがとうございます。」
幕露荘の面々が口々に声を上げる。
その声で私の存在に気づいた天使とメイドがこちらへやってきた。
「はじめまして。あなたが耀さんね。私の名前は美闇雛子。幕露荘の隣にある賃貸住宅、『ひととせ』に住んでるの。大学一年生よ。よろしくね。こっちは私の幼馴染の…」
「鈴ノ瀬仄。現在大学三年生。雛子の隣に住んでる。…よろしく。」
ほわぁというエフェクトがかかってそうな天使と、ちょっとムスッとした表情のメイド。まさに対照的だった。
「耀美影です。よろしくお願いします。」
こちらに来てから何度目になるかも覚えていない挨拶を返す。
ちょっと苦手なタイプかも…と思ってしまったのは内緒だ。
「さ、全員揃ったことだし、始めるとしますか。」
「そうですね、冷める前に美味しくいただきましょう。」
「今日のごちそうは、鈴ノ瀬さんの手作りですからね。」
パンッと手を叩いて言った夕映さんに対して、日奈瀬先輩と周さんも続く。
「っと、その前に、みんな何か忘れてないか?」
そう言った帆高先輩に対し、一同が?マークを浮かべた…のもつかの間、全員があっ、という表情になった。
「そうだったそうだった。」
「すっかり目的を忘れてました。」
「はいはーい、美影ちゃんはこれ持ってー。」
「え?」
渡された紙コップの中身はオレンジジュースだった。
「それでは皆さん、準備はいいですね?」
周さんが立ち上がり、皆に呼びかける。一同が頷くのを確認したのち、彼は紙コップを掲げてこう言った。
「ではここに、耀御影さんの歓迎会を開催します!」
…?!
驚きすぎて声も出ない私に、一同が…正確には仄さんを除いたその他のメンバーが、こちらへ笑顔を向ける。
その代表として、周さんが優しく声をかける。
「耀さん、これから宜しくお願いしますね。」
皆さんから向けられた笑顔が眩しくて、下を向きつつ頷く。…こんな風にしかできない自分が情けない。
チラッと上を見ると、日奈瀬先輩と目が合った。それに気づくと彼女はにこっと微笑む。その微笑みに溶かされて、今度はちゃんと顔を上げた。
「はい。こちらこそ…よろしくお願いいたします。」
周囲に心地良い空気が漂い、的確な間の取り方をした周さんが再び紙コップを掲げる。
「それでは皆さん…乾杯!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
4人ほどの声が重なり、様々な場所で紙コップがぶつかり合う。
笑顔が溢れ、お互いに笑みを交わし合った。
こうして、まるで夢のような歓迎会が始まったのだった。
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現れた少女は非常に暗かった。生きた心地のしない、でも顔は整っている、人形のような少女。暗めの紫色がよく似合いそうで、背景にはいつも雲がかかっていそうな、そんな少女。
ただし、その目だけは非常に澄んでいた。見ていてぞっとするほど。
一度も見学に来ることなく入居を決めたというのだから、どんなのが来るのだろうと身構えていたのだが…
なんか想像と違う…と思いつつ、私は彼女の観察を始めた。隣に座る雛子の世話をしながら。
彼女は敵なのか、はたまた利用できるのか。そんなことを考えながら…
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目の前の本日の主役はサンドイッチに夢中で、口元に付いているソースの存在に気づいていない。隣にいた夕映さんが、ハンカチでそっと拭ってあげると、彼女は恥ずかしそうに下を向く。
そんな彼女を見ていたら、思わず笑みがこぼれた。変に思われては困ると思い、慌てて顔を背ける。だが、上がった口角はなかなか元に戻ってくれない。
昨日出会ったばかりの後輩…美影ちゃんは、とてもいい子だ。出会って間もない私とも普通に喋ってくれる。それは、周りから見たら普通なことなのかもしれないが、私にとっては非常に嬉しいことだった。
私には友人と呼べる存在があまり多くはない。幼稚園の頃の幼馴染と、この幕露荘の住人達ぐらいだ。幼稚園の頃はよかった。みんな友達、みんな仲良し。少しずつ狂い始めたのは小学校の頃。どこへ行っても男子にばかり囲まれるようになった。それにより、その他の女子から「男子に媚びている」とひがまれるようになった。中学の頃には、友人と呼べる同性は誰一人として存在しなかった。媚びてるつもりなんて一切なかったというのに。男女とか関係なしにみんなと仲良くしたかったというのに。周囲から「可愛い」と言われ続けたこの容姿も、私にとっては呪いのようだった。
改めて可愛い後輩の姿を眺め、一人で微笑む。
久々だ、心から友人でいたいと思える人と出会ったのは。
だからこそ、失うわけにはいけない。
これからよろしくね。ずっと傍にいてね。
私の大切な後輩ちゃん。
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恥ずかしそうな彼女の顔を眺め、その微笑ましさに心が浄化されるのを感じつつ、ハンカチをしまう。日奈瀬が笑みを隠すために背を向けたのもバッチリ見えた。隠したってバレバレだぞ。彼女もまた、新入りちゃんの虜になっている一人なのだろう。
まだ出会って2日目の彼女には、何とも言えない可愛さがある。不思議オーラをまとっていて一見近寄りにくそうなのに、ほっとけないような。日奈瀬や雛子、仄とは違う可愛さだ。これまで数々の可愛い女の子と出会ってきたが、彼女は別格だった。
2つ目のサンドイッチを食べ終わり、3つ目に手を出そうとしている美影ちゃん。1つ手に取る度「いただきます。」と言ってから食べる姿に合う表現は、尊い以外の何物でもない。この姿を見れただけで午後休を取ったことを賞賛できる。
…この子とは、いい関係を築きたいものだ。
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「よかったんですか?周さん。」
不意のことだったのか、目の前に座るイケメンは優雅に紅茶を飲む手を止めた。
かと思えば、何事もなかったのように再び紅茶を飲み始める。
「何がです、帆高さん。」
「だから、美影が入ってきたことですよ。」
俺は唇についたコーラをなめとりながら続けた。甘い。
「耀さんが入ってきたことで、何か問題でも起きましたか?」
「いや、そういう訳じゃなくて…俺らは別にいいんですよ?新たな仲間が増えて嬉しいですし。…でも、周さんは…あの202号室は」
カチャ。
カップの音に、突如言葉をさえぎられた。音の発信元に目を向けると、彼はうつむいた状態で、震える手元を必死にコントロールしていた。
少しの間があった後、周さんが頭を上げる。
「…帆高さん。」
やっと絞り出したかのようなその一言を告げ、彼は口を閉じて笑った。
その微笑みはとても苦しそうだった。何かを隠すような、封じ込めるような。長い付き合いの俺にはそんな風に見えた。
「…すみません、俺…」
「いえ、いいんです。僕の方こそ気を使わせてしまってすみません。ですがご心配なく。…私は、大丈夫ですから。」
その姿があまりに痛々しくて、俺には謝ることしか出来なかった。
逃げ場を創りたくて視線を逸らすと、オレンジジュースを飲む美影と目が合った。彼女は上目遣いで軽く頭を下げる。そしてまた、日奈瀬達とおしゃべりを始めた。
…いい子なんだよな。いい子なんだけど…
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ああ、なんてかわいらしいんでしょう。
それが、初対面の少女に対して私が抱いた感想。
あまりに純粋。無垢。そしてなぜだかわからないが、暇さえあればちょこんと座る彼女の姿を見つめてしまう。そんな彼女は今、他のメンバーと共に後片付けを始めたところだ。
隣に座る仄も、先ほどからじっと彼女のことを見つめている。時々目が合うと、ごまかすような笑顔を浮かべた。当然、私にはバレバレなのだけど。
頭の整頓が上手くいかない中、1つだけハッキリと言えることがある、彼女の持つ、あどけなさの残る顔が私の中の何かを刺激した、と。久々に湧いてきたこの感情。毎度の如く言葉では上手く言い表せない。
ワイワイと片付けをする一同を眺めながら、こんなことを考える。
さて、何から始めましょうか。
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歓迎会がお開きになったのは2時間も前のこと。
ベッドの上の私は、まだ夢見心地の状態だった。
あんなに楽しいと、嬉しいと思えたのはいつぶりだろうか。みんなが自分のことを歓迎してくれて、あんな会まで開いてくれて。嬉しさ以外の何物でもない、温かさでいっぱいの感情が私の中を埋め尽くしていく。
ただ…自分の中に、妙な引っかかりが存在しているのも、また事実であった。
ここに住む人たちは例外なく皆いい人だ。…でも…
何か、別の物を抱いているような気もする。
ふとこの世の全ての人々が持つ、『スキル』の存在が頭を横切った。
もしかすると、それが関係しているのかもしれない、と。
生まれた瞬間に全員が授かる『スキル』。いわゆる特殊能力だ。それぞれが固有のものであり、同じものは何一つとして存在しない。そして…それは、20歳になると同時に消滅する。なお、消滅したスキルを新たに生まれてくる人間が受け継ぐことはあるらしい。
ちなみに私が持っているのは『隠匿』。様々な物事をほぼ100%隠し通せる、というものだ。と言っても、活用機会は非常に少ないが。
しかし、この考えには確信が持てない。なぜなら、夕映さん、仄さん、周さんの3人は既に『スキル』を失っているからだ。その上、この世界で各々の『スキル』を話すことはタブーとされてるため、直接確認することも出来ない。となると、あくまでも私の妄想の範囲内に留まってしまう。
うーん…と頭を悩ませながら、ベッドの上でゴロゴロと転がる。
…もうひとつ、何か関連しているといえば。
「…『司るもの』の可能性も考えられるな。」
この世界にはもうひとつ、人々が個別に持つものがある。それが『司るもの』。
人々のほとんどが『司りし者』であり、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲のいずれか一つを生まれたその瞬間から司る。
どこかの世界では「七つの大罪」…と呼ばれてるとかなんとか。
実際、この『司るもの』に支配され、欲望のまま行動したことにより逮捕された人間も数多く存在するから、あながち間違ってはないと思う。
また、こちらは『スキル』と異なり、生涯消えることは無い。つまり、夕映さん、仄さん、周さんを含む全ての住人がその対象となる。…私を除いて。
一通り状況を整理し終わったところで、枕に顔をうずめた。いくら考えたところで、出会ったばかりの人たちの深層心理は見えてこない。
興奮が冷めない喜びと、何か嫌な予感がするモヤモヤ。
2つの感情が私の中で格闘している。
ああ、今日は、眠れそうにないや。
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目を覚ますと真っ白な空間の真ん中にいた。
なぜ自分がこんなところにいるのか。思い出そうとしても全く思い出せない。いや、頭が思うように動いてくれない、といった方が正しそうだ。
突然コツコツと足音が聞こえてきた。誰か来る…
前方から聞こえると思えば後方から聞こえ、後方から聞こえると思えば左側から聞こえた。
姿も見えないまま、その人物は話しかけてくる。
「私にはわかるわ。あなた、どうしても達成したい野望があるんでしょう?」
…何を言い出すのだろう。野望なんてあるわけがない。自分が持っているのは願望だ。別に世界を滅ぼしたいとか、制圧したいとか、そんな魔王みたいな望みはあいにく持ち合わせていない。
だが…何としてでも『アレ』を手に入れたい、という目的があるのもまた事実だった。
そんな考えを頭の中でめぐらせている間、姿も見えない話し相手はひたすら黙っていた。当然ながら表情は見えない。だが、そこには全身鳥肌が立つような恐ろしさがあった。こちらの考え、行動パターン、全てを掌握されているかのように思わせるような。
「それなら、私と手を組まない?大丈夫、決してお互いの悪いようにはしないわ。」
確実に勝算があるような言い方。
だが、こちらとしても悪い話じゃなかった。
決意をして顔を上げると、その人物はすぐ目の前にいた。
突如姿を現したことよりも先に、もっと驚くべきことがあった。
「?!な…なんで…っ」
「しっ。」
口元に人差し指を立て、こちらの言葉をさえぎる。
その人物は、よく知っているあの人だった。
「これは秘密事項。やめようとしたり、誰かに言ったりした時点で即終了よ。わかったわね?」
有無を言わさない顔。頷くしかなかった。
こうして、あの人との秘密のミッションが始まった。