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翌日の朝は賑やかに。


着なれない制服に身を包み、昨日開封したばかりの新品の通学鞄を持って家を出る。

しっかりと鍵を閉めたのを確認してから、まだ一度しか使ったことのない階段を降りる。


「えっと、定期は持った、課題も持った、水筒も良し、あとは…」


1人でブツブツ言っていると、後ろに気配を感じた。


「おはようございます、耀さん。」


振り返った先には、制服に身を包んだ美少女が立っていた。

名前は確か…と思ったところで、自分が他人の顔と名前を覚えるのが壊滅的に向いていなかったことに気が付いた。


「お、おはようございます、え、っと…」


「203号室の黒上日奈瀬です。日奈瀬でいいですよ。」


自分のことを指さしながら微笑む美少女…日奈瀬さんは、セミロングの髪を二つ結びにし、ブレザーに青いリボン、紺色のスカートという制服スタイルだった。

同年代だと思ってはいたが、かなり前からここにいるようだし、やはり年上だろうか?


「あ、ありがとうございます、…日奈瀬さん。」


「って、それより!」


ぴょんっとまるでウサギが跳ねるように動く日奈瀬さん。


「その制服…もしかして、耀さんも黒江大付属高校ですか?」


黒江大付属高校。今日私が入学する学校だ。この近辺では屈指の進学校。様々な部活の強豪校でもある。その上交通の便もいいため、倍率は非常に高かった。私には到底超えられる壁ではなかったはずなのだが、一刻も早く実家を飛び出したいと毎日必死に勉強していたおかげか、運よく合格できたのである。

…ん?ちょっと待てよ…?


「『も』ってことは…」


改めて日奈瀬さんを見ると、ぱあ〜っと周りに花が咲き、彼女はその場でくるりと回って見せた。


「見ての通り、私もです!」


花の精かな?学校でもさぞかしおモテになるに違いない。

にしても、まさか同じ学校の人がいるとは…

と思ったところで気づく。なぜ一目見て同じ学校だとわからなかったのだろうか。

その疑問はすぐに解消されることとなる。明らかに見た目が違う。


「…見ての通り?」


「ああっ、そっか。実は、今年から制服のデザインが変わったんです。私のが古いやつで、耀さんのが新しいの!」


先ほども述べた通り、彼女の服装はブレザーに青いリボンと紺色のスカート。

それに対して私は、少しデザインの違うブレザーに青色のチェックのネクタイ、紺色で形状の違うスカートだ。


「あ、だからわからなかったんだ…」


「説明不足でごめんなさい。それにしても、引っ越した翌日から学校なんて大変ですね。」


…親とギリギリまで揉めたからです、…とは言えない。

というか、なんとなく居心地が悪いのはなぜだろう…


「…そうですね。実家が遠いので、来るのに時間がかかってしまって…」


「そうだったんですね。あ、あと耀さんは…」


「あっ」


今気づいた。これだ。


「…あ、あの!…わ、私のことも、美影…で、いいです。それに、私の方が年下ですから、敬語は外してください。…日奈瀬…先輩。」


段々顔が下を向いていく。

年上の人に敬語を使われていたこと。これが原因だった。

そもそも人と話すことが少なかったせいか、正しい言い方が見つからない。これがコミュ障の精一杯だ。


チラッと日奈瀬さんの顔を伺うと、また背景に花が咲いていた。

失礼だったかな…と思いつつ、


「今から慣れておかないと、うっかり校内でもさん付けで呼んじゃいそうですから…」


と言い訳を添えておく。

花の精はぶんぶんと顔を左右に振って、


「ううん、ありがと、美影ちゃん!」


と、満面の笑みを咲かせた。

…なんだろう。なんというか…くすぐったい。今まで感じたことのない気持ちである。同年代女子と話すことがほとんどないからか、それとも…?


「おっはよー!」


唐突に美声が響いてきた。声の方向を向くと、階段にもたれかかってポーズを決めている美女がいた。スーツを着こなし、背景ともマッチしたポーズを撮る姿は、まるでスーツ店のイメージモデルである。

…名前…名前、なんだっけ…


「夕映さん、おはようございます。…201号室の碇夕映さん。社会人で、このアパートの中では最年長だよ。」


日奈瀬先輩、グッジョブ。


「お、おはようございます…」


夕映さんはニッと歯を見せて笑うと、モデル歩きのような足取りでこちらへ近づいてきた。


「美影ちゃん、昨日はよく眠れた?」


「は、はい、おかげさまで…」


「よかったよかった。新しい土地で不慣れなことばっかだろうけど、なんかあったらいつでも頼ってよね。」


そう言って私の頭をポンポンっと叩く夕映さん。最年長というだけあって本当に頼りがいがありそうだ。…最年長ってことは、管理人さん…周さんより年上なのかこの人…それにしてもみんな若いけど…


「ありがとうございます。」


「…っと、そういえば、帆高にはもう会った?」



「ほたか?」


「あ〜会ってないのね。あいつ新人ちゃんに挨拶もしないなんて。」


「帆高先輩のことですから、今日もどうせ寝坊ですよ。」


ほたか…聞いたことないな。いや、私の記憶違いかもしれないけど。このアパートの住人かな?日奈瀬先輩が『先輩』呼びってことは…もしかしてその人も同じ高校…とか?

大きなため息をひとつついて、夕映さんが顔を上げる。


「ったく…仕方ないな…おーい帆高!起きろー!朝だぞー!大学遅刻するぞー!」


声のこだまが完全に無くなってから数秒後、どんがらがっしゃんという…そう、本当にどんがらがっしゃんという音がして、103号室からパジャマ姿の青年が転がり出てきた。


「なんだよ夕映さん、まだ7時じゃん!」


「もう7時の間違いだろ!大学はどうすんだ?」


「講義は午後から!」


柵を挟んで言い合う美男美女。

ほたか、と呼ばれている人物は、寝起きなのを除けばこれまたイケメンだった。周さんとは逆のタイプの…いわゆるスポーツ万能系だ。程よく引き締まった体に高身長。高さは周さんより低く、夕映さんと同じくらいで、まだやや幼さの残っている顔つきをしている。


「それならそれでいい。けど、新人ちゃんに挨拶もしないってのはちょっとどうなの?」


「そうですよ、帆高先輩!挨拶ぐらいはきちんとしないと!」


軽く非難する夕映さん。日奈瀬先輩も加勢する。


「えっ?!うわ!そ、その子もしかして…」


という言葉を残して、彼は慌てて部屋に戻って行った。

そしてまた、どんがらがっしゃんという音が何度かした後、大慌てで部屋の外へ出てきたのだった。

そうして彼は今、私の目の前に立っている。


「あー…カッコ悪いとこ見せちゃったな。おれは宮暗帆高。大学一年生。日奈瀬と同じ学校出身で、あいつは俺の後輩。103号室に住んでる。よろしくな。」


そう言って人懐っこそうな笑みを見せる。ああ、これはまた、周さんとは別のタイプの女泣かせだ。


「よ、よろしくお願いします…耀美影です。今日から、黒江大付属高校に通います…」


「ってことは、俺の後輩でもあるわけだな!美影か…よろしく!」


「ちょ、帆高先輩!美影ちゃんは私の後輩ですから!」


日奈瀬先輩が私の腕を引っ張る。かわいい。


「日奈瀬ってば、すっかり先輩面だな。」


「うるさいです!」


「はいはーい、盛り上がってるとこ悪いけど、時間は大丈夫?」


そういわれて時計を見ると、もう出発すべき時間をとっくに過ぎていた。


「わわっ、大変、急がなきゃ!行こう、美影ちゃん!行ってきまーす!」


私の腕を持ったまま勢いよく走り出す。う、腕…腕が…!


「い、行って…き、ます!」


「いってらっしゃーい、気を付けてね。」


「日奈瀬ー!調子に乗って道間違えるなよー!」


「そんなことしませーーん!!」


こうして私は、登校日初日を全力ダッシュ(しているのは日奈瀬先輩のみであって私は引っ張られてるだけ)でスタートしたのであった。



*****************************************



勢いよく走っていった2人を見送り、ひとつ大きな伸びをする。余裕があるように見えるかもしれないが、私ももうすぐ出勤の時間である。

が、その前に、隣のねぼすけにひとつちょっかいをかけておくことにした。


「あんたさ、このままでいいの?」


「は?何がです?」


「日奈瀬。美影ちゃんに取られちゃうかもよ?」


「はっ?え、あ、ばっ、な…何言ってるんすか!ひ、日奈瀬とはそんな…」


「うんうんしょうがないかー。あんたの片思いだもんねー。」


「ちょ、1人で勝手なこと言わないでくれよー!」


あーあー顔真っ赤にしちゃって。ホント初心だな。こんな甘酸っぱい大学生、今時いないぞ。


なんてことを思ってると、今度はドタドタと足音が聞こえてきた。続いて、扉がバンッと開く音。

隣の賃貸住宅の左側からである。そして、中から出てきたのはエプロン姿のカワイ子ちゃんだ。


「あーもう、うるさい!誰よ、朝から騒ぎ倒してるのは!」


その後ろから、パジャマ姿でほわほわしてるぬいぐるみ…を抱えた少女が現れた。

あくびをしつつ目をこすっている。


「ふわぁ〜ぁ。おはようございます~。」


「雛子!パジャマのままで外に出てきちゃダメってあれほど言ったのに!」


「ふぇ?だってこっちからいい香りがしたから~。」


「いい香りって…あ!」


左手にある、目玉焼きが乗ったままのフライパンという存在に気づいたらしい。

それは君の失態だぞ、と心の中で呟きながら声をかける。


「おはよう、雛子ちゃん、仄ちゃん。今日もかわいいねー。」


「…おはようございます…」


「夕映さんおはようございま~す。あ、帆高さんもいらっしゃったんですね~。」


キッとこちらを睨むエプロン少女とまだぽやぽやしているぬいぐるみ少女。うーん、やっぱり対照的だ。


「お、おはようございます。あれ、仄さん、今雛子さんの部屋から出てきませんでした?」


「ん?何当たり前のこと言ってるのよ。」


「仄はいつも私の朝食を作りに来てくれてるんですよ~。」


これが日常らしい。


「…危ないことになってないといいけど。」


「なんか言いました?」


思わずこぼれた私の言葉を、エプロン少女はしっかりと拾い上げる。


「いや?何も?」


「あははっ、心配しなくても大丈夫ですよ夕映さん。なんせ、仄の料理の腕は折り紙つきですから~。」


口元に手を当てて、ふふふと笑う少女。

いや、そっちじゃないんだ、心配しているのは。とは言えない。

もう一度こちらに睨みを効かせてから、彼女は幼馴染に向き合った。


「それより雛子!いつまでパジャマでいるつもり?!とっとと着替えるわよ!」


「ええ~、もう少し寝てたいな~。」


「つべこべ言わない!」


そうして、ぬいぐるみはエプロンに引っ張って行かれるようにして部屋へ帰って行った。あれ、何だろう既視感が…


「幼馴染っていいですよね。」


隣にいた帆高がそうつぶやく。


「…そうね。ちょっと、うらやましいかな。」


ふと時計を見ると、そろそろ危ない時間だった。


「おっと、私も急がなきゃ。」


「え、朝食はいいんですか?」


「もう食べたに決まってんでしょ。んじゃ、行ってきます!」


「あ、はい、お気を付けてー。」


こうして私も、あのフレッシュなJK達同様、なだらかな丘を全力ダッシュでかけ降りていくこととなったのだ。



*****************************************



まだ寝ぼけている幼馴染を二階まで引っ張り上げ、クローゼットを開けて服を用意する。今日は2人とも講義がないため、一緒に出かけることになっていた。都会の方まで行く予定だったため、動きやすい服装のほうが良いと思い、短めのスカートを取り出す。がしかし、雛子のきれいな足をその辺の変態どもにさらしてたまるかと、ひざ丈までのスカートに取り替えた。


「雛子、今日の服これでいい?」


振り返ったそこには、雛子の姿はない。どこかと思ってきょろきょろすると、足に何かが当たった。その正体は、床ですやすやと眠ってる幼馴染だった。


「こーら。起きなさい。」


「んん~まだ眠い~…」


こうなるともうだめだ。揺すっても起きようとしない。

どうしようかと思っていると、雛子が私の手をギュッとつかんできた。


「雛子?」


「えへへ…ほのかぁ…今日のお出かけ、楽しみだね…」


ほわぁっと微笑んだ姿にドキッとして、声が出せなくなる。そうこうしているうちに、また寝息がきこえてきた。


負けた。


握られた手をそっと握り返す。起こさないように気を付けながら、心地よさそうに眠る頬に自分の顔を近づけた。

雛子のことは、私が守る。そう決めたあの日から、彼女のことを考えなかったときはない。

誰にも触れさせない。誰の手にも渡さない。


2人の命が尽きるその時まで、この手は絶対離さない。



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