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第9章 レモンの香りと、ゴチンのあとで



生徒会室のドアの前に立ち、数分…

外に漏れる声が薄くなってきた


「そろそろいいだろう」


あまり女の子の泣き声を聞くのは良い趣味ではない


俺は授業中の校舎を歩き出す、このまま教室に向かうのも気分的によくない




どうするか……こういう時、転校したてってのはやっぱり困る。


1人になりたいときとか考え事する時のための場所があると友達がいない俺には非常に助かるが


今はまったく思いつかない


そうこう考えているうちに前から人が歩いてくる

制服を着ているから教師では無さそうだ


同じ年頃の女子にしては高身長で長めの茶髪で

目を引く顔立ちの女の子…


「あれ?もう面談終わったの?」


浦河千楓(うらかわちあき)だった…自習になったとはいえ授業中に教室から出てるのか。


「あ、ああ、ちょっとな。千楓はどうしたんだ?」


「課題が早くに終わったからトイレに行ってたんだ。そのついでにお茶でも生徒会室で貰おうかなと思ってね」


「授業中なのに自由だな」


「だって、課題も終わったのに座ってジッとしてるなんて面白くないじゃん」


「まあわからんでは無いけどよ」


「面談が終わってるなら好都合だね。お茶しに行こうっと」


千楓が生徒会室に向かおうとする

それを慌てて止めにいく


「な、なあ!ちょっと学園のことについて教えてくれよ」


別に聞きたいわけではないが、今はまずいよな

彼女のことは知らないけどあまり泣いたあとの顔は人に見られたくはないはずだ


「その話を梓としたんじゃないの?」


めちゃくちゃキョトンしてる、そうだよなぁ

俺もそう思うもんなぁ


「まだ、校舎の中は知らないんだ。それに別当さんはなんか生徒会の仕事があるとか言って早めの解散になっちゃったんだよ」


「ふーん…それなら邪魔しちゃわるいね」


生徒会室の扉を見たあとに

唇に人差し指を持ってきて考える千楓


誤魔化せたかな


「ま、君とデートすんのも悪くないかな」 


「は?」


「いいよ、まずは自販機の場所を紹介してあげる」


千楓は不敵に笑った


ーーー


ガコン!


「ほい」


「ありがと、いいの?奢ってもらっちゃって」


自販機の隣にあるベンチに座りながらレモンティーを渡す。

俺はコーラだけど


「今回は俺が無理を言ったからな。生徒会室のお茶とは比べ物にならないけど」


「あそこのお茶飲んだ?美味しかったでしょ!梓のお母さんが茶道の先生でさ、その関係で特別に良いのを譲ってもらってるらしいよ」


千楓が何故か誇らしげだ


「だから、あんなに美味しかったのか」


「梓も習ってたから淹れるの上手だしね、あの味が分かるとはさすがは純喫茶の息子さんだね」


「あー、いやあれは姉貴の店なんだよ」


なんかデジャブだな


「そういえばお姉さんと2人暮らしなんだっけ、実家は遠いの?」


「まあ…県外だな」


「そうなんだ、お姉さんがいるとはいえよく許してくれたね」


「最初は猛反対だったけどな、姉貴が説得を手伝ってくれて…この学園を紹介してくれたのも姉貴だったし」


「家族思いの良いお姉さんだね、2人兄弟なの?」


「姉貴との間に兄が1人、そんで妹がいる」


「兄弟多いんだ、賑やかそう」


「それがあんまりしゃべらねぇんだよな。姉貴が出てから本当に少なくなったよ。」


「お姉さんて、結構喋るんだね。」


「母親のお喋り好きが遺伝したみたいだ。俺といる時はだいたい喋ってる」


「昨日はTHE・大和撫子ってくらい清楚で静かなな女性(ひと)だなって印象だったから意外だね」


「清楚かどうかは知らんが、普段の生活では喋るぞ。店では雰囲気優先であんまし喋らないみたいだ」


「お姉さんいくつなの?」


「たぶん、26歳くらいかな」


「夏海せんせーと同じくらいだね」


「そうなのか?あの先生も元気だよな」


「夏海せんせーはすごいよ!男子が2人がかりで運んでた棚を1人で運んじゃうし、野球未経験なのにノックはプロ顔負けだし、それに…」


「それに?」


「この前あたしのストレートをバックスクリーンに叩き込んだし…ベキ!」


夏海先生すげえな…ん?


今、バックスクリーンって言った?女性で?


千楓にもう一度確認したいが


とんでもなく怖い顔してる…よっぽど悔しかったんだな


「おいおい、ペットボトルを握りしめるな。こぼれたぞ」


夏海先生もだが、千楓も投手をやっているから握力が強いんだな


「へ?あ、やっちゃった!!」


ボトルを握りしめた左手にレモンティーが滴り落ちる


俺はやれやれとハンカチを差し出す


「ほれ、今日はまだ使ってないからこれで手を拭きなよ」


「あ、ありがと。雄平くんはハンカチ持ってるんだね」


ハンカチを俺から受け取り、濡れた左手を拭く


「姉貴がうるさいからな、意外か?」


「そうでもあるような、ないような?わかんない、ふふ」


千楓が少し笑う


「そうかい」


「あーあ、少しベタベタする。あとで手を洗わなきゃだな」


スンスンと自分の左手の匂いを嗅ぐ千楓


…なんか犬みたいだな


「ハンカチありがとね。また洗って返すよ」 


律儀なやつだな


この前の弁当箱も洗ってすぐ返してくれたし


「別に気にしなくていいぞ?」


俺が言うと千楓がブンブンと手をふる


「いやいやそれだとまた申し訳ないしさ。それに…」


「それに?」


「ちょっとあたしが拭いたあとだと、恥ずかしいというか申し訳ないというか」


あ、なるほど


「そうか。わかったよろしく」


「…うん。あ、ハンカチないと困るよね?購買行く?」


「カバンに予備がある、姉貴がうるさいからな」


「さっすが、お姉さん」


「だろ?」


ちょっとの沈黙…のあとに2人で少し笑った


その瞬間


キーンコーンカーンコーン


授業終了のチャイムが鳴る


「そろそろ戻らねえとかな?」


「結局ここでお喋りしちゃったね」


「悪かったな、付き合わせちゃって」


「ううん、あたしも楽しかったよ。お茶も奢ってもらったしね」


ニッと笑う彼女にドキッとする


「ならよかった…」


「それに梓となんかあったんでしょ?」


さっきとは別にドキッとした


「なんで?」


「…生徒会室の前で会ったときに変だったから」


「そうだったか?」


さっきとは違った怖い顔の千楓


空気がひんやりしてるような気がする


「それに生徒会室から梓の泣き声が聞こえた」


「うそ?!あれ聞こえるの……あ」


「ふーん、梓を泣かしたんだ?」


さらに千楓の顔が怖くなる


やっぱ大切なんだな


俺が冷や汗をかいていると


「何か理由があったんでしょ?」


急にすんと落ち着いて話す千楓


この温度差に風邪ひきそう


「キミが理由なく、女の子を泣かすよう人じゃないのは分かるし2人のことだからあたしは何も言わないよ」


俺は変わらず黙っている。


どうしようか、話すべきか


「理由は聞かないのか?」


「今言ったじゃん、キミたち2人のことだからあたしは何も言わない…言えないよ」


「そうか」


「たださ」


「ん?」


「……ねえ、梓が泣いたのってさ。もしかして……キミが全部悪いわけじゃないよね?」


「いや俺が悪いと思う…たぶん」


「ふーん」


千楓が近づいてくる


「……ね、一発いいかな?」


千明が、少しだけ歩を詰める。拳を作りながらも、その表情は笑っているようで、どこか冷めたようでもある。


俺は少し息を吐き


「良いけど、一つ条件がある」


「なに?」


「右はやめろ」


「安心して。右は、投げるためにあるから」


「じゃあ、左でオデコにゴチンな」


「わかってるって。軽めにしとくよ」


そう言って千楓は、そっと拳を引いた。


その仕草に、どこか風がそよぐような“間”があった。


──そして、ゴチン。


けっこういい音が鳴った。


俺は反射的に上を向く。視線を戻すと目の前で、千明が腕を組んでいた。


「……怒ってるよ、あたし。でもね、泣かせた理由までは聞かない。

キミが言わないなら、それはそれでいい」


「……」


「けどさ。人を泣かせて何も思わないような奴だったら、こんなふうに黙ってないでしょ?」


俺は何も言えず、黙ったままうなずいた。


「でも殴ってごめんね、先に戻ってる。

またね、雄平くん」


千楓は、軽く手を振って歩き出す。


その背中に風が抜けるような感覚が残った。


──自由で、気まぐれで、でもちゃんと見てる。


それが、浦河千楓という女の子だった。


俺は誰もいなくなったことを確かめて、缶コーヒーを買った。


オデコに当てる。ゴチンの痕がまだ少しだけ熱い。


「痛え……けど、まあ、そうだよな」


自己嫌悪と照れ笑いの中で、さっき千楓が座っていたベンチに腰を下ろす。


鼻先をかすめた香りに、ふと目を閉じた。


──さっきより、レモンの香りが強くなっていた。


キーンコーンカーンコーン


今度は始業のチャイムだ


……2時限目もサボるかな

ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。


あと千楓は暴力系ヒロインではありません(笑)

毎日17時更新です

引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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