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第4章 あわてんぼうのエース



学校に着いて車から降りると、

夏海先生が「千楓(ちあき)はまた教室でなっ!」と言いながら、雄平くんを連れて職員室へ向かった。


雄平くんも


「じゃあ…また」


「うん!教室で」


あたしは少しだけ手を振って、その背中を見送る。


……結局、車の中ではほとんど話せなかったな。

何を話せばいいのか分からなくて、無言の時間ばかりが流れてた。


だけど、どうしてだろう。

彼のことが、妙に気になる。


どこかで見た気がするんだけど……思い出せない。


彼と握手した手を見る。

少し、ニヤけてしまった。


見た目は――普通の体育会系の男子高校生。

別に、特別変わったところなんてないのに……。


男の子と話すの、苦手じゃないはずなのに。

雄平くんと話すと、胸がドキドキして、どこかワクワクする。


――たぶん。恋とか、そういうのじゃない。……と思う。


でも――

彼の“何か”に期待している自分がいる。


初対面でいろいろ聞きすぎたのも、そのせいかもしれない。

話を引き出そうとして、彼を困らせたのを思い出すと……自分の図々しさが、ちょっと恥ずかしくなる。


「はあ……」


深呼吸して気持ちを切り替える。

そして、校舎に向かって歩き出したところで――大事なことを思い出した。


「……朝ごはん、食べてないや」



教室では、先生と転校生の到着を待っていた。

みんながザワザワしてる中、私は机に突っ伏して、自分の間抜けさに落ち込んでいた。


大きな音を立てそうなお腹を押さえながら、ただただ、静かに耐える。


やがて、夏海先生がやってきて――

軽く挨拶をして、転校生の紹介が始まった。


雄平くんは、緊張した面持ちで教室の前に立つ。

その様子を見て、「やっぱり普通の男の子なんだな」って、ちょっと安心した。


「転校生の藤堂雄平くんだ!みんな仲良くするように。席は……千楓の隣の空いてる所な!」


――あたしの隣なんだ。


雄平くんはそれを聞いて、少しホッとしたような顔をして、あたしの隣に座った。


「よろしく」


「こちらこそよろしくね」


顔を赤らめながら小さく呟いた彼を見て、なんだか微笑ましくなった。



授業が終わると、雄平くんは男子たちと一部の女子に囲まれていた。

転校生が珍しいこのクラスでは、彼は完全に注目の的だった。


特に男子たちは、新しい仲間が増えたのが嬉しいのか――やたら盛り上がっている。


「藤堂くん、すごい人気だね」


「この学科じゃ転校生って珍しいからね。でも男子たちはそれだけじゃないでしょ?」


みんなが口々に話しかける中、彼が少し困ったような顔をしているのが分かった。

助け舟を出そうか――そう迷っていた、ちょうどそのとき。


「あ、藤堂! まだいるか? ちょっと来てくれ!」


夏海先生の声が、教室に響いた。


「帰る前に伝えることがあったからきてくれ!」


その一言で、彼はほっとしたように周囲に軽く頭を下げ、教室を出ていった。


……あたしも、話したかったな。


みんなが散り散りに帰りはじめる中、

小さく呟いた自分の声が、やけに教室に響いた気がした。



その後、朝ごはんを食べ損ねてお腹が限界を迎えた私は、急いで食堂に向かった。


だけど、入り口に貼られた張り紙を見て、絶望に襲われる。


【本日短縮授業のため休止】


そうだ……

今日は短縮授業。購買も休みだ。


梓が言ってたような気がする




何やってるんだろう、あたし……。


ため息をつきながら、次の練習に備えて練習場へ向かおうと、靴を履き替えて校門へ歩き出した――そのとき。


背後から、声が聞こえた。


振り向くと、そこに雄平くんが立っていた。


ーーー



「というわけで、明日からよろしくな! 気をつけて帰れよー」


俺は先生の言葉で職員室を出て、廊下を歩きながらひとつため息をつく。


──はあ……。


教室では男たちに質問攻め。女子かよって感じだ。

女子のほうがそういうのって得意じゃん?


自分がイケメンだとは思わないけど、

もう少し空気読め男子たち…

…正直、めちゃくちゃ疲れた。


昇降口で靴を履いていると、前から見覚えのある女の子がうつむいて歩いてきた。


「おーい、そんなに下向いてどしたよ?」


朝、一緒に登校した

浦河千楓(うらかわちあき)だった。


「……雄平くん?」


顔を上げた千明の表情は、少し泣きそうだった。まずいタイミングで声をかけたか、と思ったその瞬間。


ぱっと笑顔に変わる。


その表情に、ちょっとだけドキッとした。


「何か、あったのか?」


「い、いや、なんでもないよ」


──ぐうぅ~~!


突然の大音量。千楓が、真っ赤になった。


「き、今日はちょっといろいろあって朝ごはん食べてなくて……って、ちょっと笑わないでよ!」


「いやだって、すごい音だったから……」


笑いをこらえる俺に、千楓はさらに赤くなりながら俯いた。


「もしかして、お腹空いてて俯いてた?」


「……うん」


耳まで真っ赤だ。あんなマンガみたいな音、リアルで初めて聞いた。

そういえば――俺のカバンに、アレがあったな。



「ん~! おいしいね! 雄平くんのサンドイッチ!」


練習場のベンチで、サンドイッチをほおばる千明は、とても幸せそうだ。


「お口に合ったようでよかった」


あまりにも美味しそうに食べるので、

つい、こっちまで笑顔になってしまう。


「なんでこんなに美味しく作れるの?」


「それは……姉貴に聞かないとな」


「お姉さんがいるんだ。一緒に住んでるの?」


「ああ、駅前で喫茶店やってる。今朝はそこで朝食を食べてから来たんだ」


「へぇ、いいなあ。……って、あたしがこんなに食べちゃってよかったの? 遠慮なくもらっちゃったけど」


「弁当は明日からってのを姉貴が勘違いして作ったやつだから。気にしないでくれ」


千楓の話やこの練習場を見る限り、ラクな部活じゃなさそうだ。朝食抜きで練習とか、倒れてもおかしくない。


そう思うと、俺のサンドイッチでも役に立てたなら、渡してよかった。


「いつもは忘れないんだけどね」


サンドイッチを持つ手を止めて、千楓がぽつりとつぶやく。


「でも今日は、なんだか朝から落ち着かなくってさ。ブルペンでボール投げたくなっちゃって、慌てて家出たら、いろいろ忘れちゃった」



千楓は照れくさそうに笑った。


──そんなに、投げたかったんだ。


もしかして、投球中毒?


「雄平くんも、そういう時……ない?」


千明の言葉に、俺は一瞬、言葉を失った。


……ある。たしかに、あった。


あのときの熱が、脳裏によみがえる。

俺は無意識に、拳を握っていた。


俺は、これから――どうすればいいんだろう。



「ごちそうさまでした! これで練習、頑張れそうだよ!」


千楓は自販機で買ったお茶を飲み干し、ベンチから立ち上がった。


「お弁当箱、洗って返すね」


「いいよ、大して汚れてないし」


「いやいや、洗わせてください! あなたは命の恩人なのですから!」


ぺこりと頭を下げて、両手を合わせる千楓。


「……なんだそりゃ」


俺はくすっと笑って、弁当箱を渡した。


「はいっ、お願いされました!」


千楓は満面の笑みでそれを受け取る。

その笑顔に、少しだけ照れながら口を開いた。


「そろそろ練習の時間だよな? 俺、帰るよ」


「うん! 今日はほんとにありがとう。また明日!」


「おー、頑張れよー」


手をひらひら振って、俺はそそくさとその場を離れた。

……他の部員に見られたら、面倒だしな。



練習場を出てしばらく歩いてから立ち止まる


――あそこにいると、思い出してしまう。


胸の奥が熱くなる。

俺は左腕を強く掴み、奥歯を噛み締めた。


……人生を懸けてたものを、俺は失った。


これからどうやって生きていく?

何を目指していけばいい?

正直、わからない。


まだ若い?人生はこれから?野球以外もある?

周りは無責任にほざきやがる


それが今の俺にはただ傷をつけるだけなのに

受け止めない俺がまるで聞かん坊みたいな言い方をしてくる


……鬱陶しい


そんなどん底にいる俺には


千楓があまりにも眩しい。


あまりにも真っ直ぐで、自由で――狂おしいほど、羨ましかった。


彼女のことは、嫌いじゃない。

むしろ、話していてすごく楽しかった。


だから、さっきも、自然に声をかけたんだ。

……それでも、この胸の奥にある悔しさは、どうしても抑えられなかった。


俺は、その悔しさを吐き出すように――走り出した。


やっと主人公たちが登校できました(笑)


ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。



引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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