第33章 遠回り
7番打者である及川ユリが打席に入る
6番打者…泣いてたな。そりゃそうだよね、今日は千楓と梓以外は何にも出来てない。あたしはエラーで余計な失点を与えてる
あれがなければもしかしたらもっと楽に試合を進められてたかもしれない、勝ってたかもしれない
だからこそ、あたしが打たなきゃ。みんなのために
千楓や梓がいなければ、あの時…アタシは野球を辞めていた
ーーー約一年前、葛城学園野球部練習場にて
「そういうわけだから、同好会は作れるけど野球部は作れないんでよろしく。施設は自由に使っていいから」
そう言って野球部顧問だと名乗っていた教師は梓に施設の鍵を渡して去っていった
どういうこと?
来年から葛城学園女子野球部を作るから来ないかと…さっきのカギを渡してきた先生とは違う女子野球部顧問と監督に直接、誘いを受けた
正直、昔に男子部とはいえ不祥事のあった学校に新しい部活の創設とあって不安しかない誘いにアタシは最初は断ろうとしていた
「あたし?行くよ、葛城学園。近いし面白そうじゃん」
「私も葛城学園にするよ、また千楓と野球をしたいからな」
チームこそ違えど、同じシニアリーグの地区で鎬を削った千楓や梓も誘いを受けたと聞いてアタシも葛城学園に入ることに決めた
だが、入学式を終えて入部届けを持って練習場に向かったアタシたちを待っていたのは草がボーボーであちこちが古くなった昔の野球部の遺産だけだった
カギを渡してきた先生が学校へ戻ったあとにベンチに座ってみんなで話すが、
「どういうことよ!」
「話が違いすぎるわ!」
「みんなはどうするの?!あたしは転校する!」
「もう野球はやらないわ!」
女子野球部に入るために練習場に集まっていた女子生徒が1人、また1人と散り散りになっていく
希望を持って入学してきたのに理不尽な目に遭わされたのだ、アタシも納得はしていない
頭の中がイライラして怒りが溢れそうになる
すぐには立ち上がれなかった、ベンチに座りながらしばらく怒りを抑えているとみんながいないことに気づく
アタシ以外に唯一残っていた千楓も梓もどっかに行ってしまった
(これからどうしよう…)
そう思っていたらマウンドから声がする
「いっくよーあずさー!」
「お、おう」
いつのまにか練習着に着替えてマウンドと本塁に分かれてキャッチボールを千楓と梓はしていた
ざっ!しゅっ!パーン!
彼女たちは帰ったのではなく、着替えていたらしい
マウンド以外が草だらけの練習場で楽しそうにキャッチボールをし始めた彼女たちがすごく滑稽に見えてしまう
(こんなことしても意味ないじゃん…)
アタシはそこに加わらずにその日はそのまま帰った
次の日には、女子野球部に入部する予定だった生徒たちの親が駆けつけ、保護者説明会のような物が行われたが学校からは何も答えは得られず…
うちの親も行ったらしいが結局、活動は認められないまま
それから1ヶ月、部活のする者が所属している体育科なのに部活をせずに帰る…抜け殻のような日々をアタシは送る
学校側が世話をしてくれるということで何人かはもう転校や進学科への編入を決めたらしい
アタシも早く決めねばと思っていたある日、母親から練習場には行っていないのかと聞かれた
何故?と聞き返すと行けばわかると母は言った
練習場には初日以降、近づいてはいなかった
帰り道でもないのにわざわざあんな嫌な気分にさせられたところに行きたくはない
そう思っていた
千楓と梓が2人で練習場の草むしりをしている姿を見るまでは…
話を聞くと他の母親たちと一緒に何回か行われた保護者説明会のあとに練習場に寄って見ていたらしい
その度に少しずつではあるけれど、土の部分が増えていった
両親はそれを見て他校にでも進学科でも編入をしても良い、むしろ残らない方が親としては安心だけれど2人の姿を見てほしいと…
そこからだった、アタシは毎日の下校途中、わざわざ遠回りをして練習場を見に行った
いつも大変そうにしんどそうに草むしりをしても休憩中にキャッチボールを楽しそうに始める
毎日見ていると流石に気づく、アタシ以外にも千楓や梓の様子を見ている人たちがることに…
アタシはその子たちに声をかけて練習場に向かった
ジャージ姿のアタシたちを見て2人は笑って「遅いよ〜」って声をかけてきた
ーーーそしていま葛城市民球場にて
そんな昔のことを思い出していた及川ユリのバットを握る手に力が入る
レッドアイアンズの投手が振りかぶって投げてきた、前の打席は全く掠らずに空振り三振を喫してしまった直球を…
…前の打席は空振り三振。逃げるようにベンチへ戻った悔しさがまだ胸に残っている。
(もう、同じ失敗はしない。千楓と梓が諦めなかったから、アタシもここにいるんだ…!)
及川ユリはなりふり構わずにフルスイングをする
ガン!バットの根元に詰まった、不格好な当たり
高く舞い上がった打球に、誰もが「ああ、二塁フライだ」と息を呑む。
だが――風が、味方をした。
「落ちろーーー!!!」
千楓がベンチで前のめりになって大声を出す
白球はふらつきながらも二塁手の頭上をかすめ、背を伸ばしたグラブの先端を越えていく。
転がり落ちるように、ぽとりとライト前に落ちた
レッドアイアンズベンチから悲鳴が漏れる
三塁走者の梓がホームを踏む。ユリも一塁へ駆け込み、セーフ。
「「「やったー!!」」」
一塁側ベンチはお祭り騒ぎだ
スコアボードに「4-4」が灯る。葛城学園女子野球部、土壇場で同点!
あの日から続いた遠回り――あれも全部、この瞬間に繋がっていたんだ。
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