第32章 ギリギリの攻防
ーーー三塁側レッドアイアンズベンチにて
「監督、指示は出されないんですか?」
秘書兼マネージャーが話しかける
「ここはちょっと見させてもらおうかなと思ってね」
「ここはって…最終回ですよ」
「だからこそだよ、ここで彼女たちの力量ってもんが推し量れる」
「そうですか…はあ」
ため息を吐く秘書兼マネージャーを後ろにどっしりと構えながら何かを見極めようとする、野球人としての芦屋宗治の姿があった
ーーー
ノーアウト二塁、葛城学園女子野球部の最後のチャンスに5番打者が右打席に入りバントの構えをする
一点差で負けていての最終回、ノーアウト二塁となれば一死の代わりに三塁に進めるのは定石だ
5番打者に一球目、レッドアイアンズの投手は外角低めにストレートを投げる
審判のコールはボール、5番打者は見たというより手が出なかったらしい
次、二球目、打者の胸元を抉るようにカットボールが入ってきた
慌てて避けるが、回避した姿勢がまるで仰け反ったかのように見えた
「ストライ〜ク!」
当然、レッドアイアンズのバッテリーはバントをするのが難しいコースを攻める
内角高めと外角低め
打者それぞれの技量や感覚によって変わるが、バントが難しいコースというものは基本的にヒッティングと変わらない
それがバントが苦手な人なら尚更だ
今の二球は全く見えていない
(どうしよう…わたしバント苦手なのに)
彼女はバットを抱くように握ったまま背筋が凍るように固まってしまう、そんな時一塁側ベンチから一つの声がした
「ターイム!」
千楓の声だった、主審も同様にタイムをかけたのでベンチから出てきて手招きをする
5番打者は一塁側よりの少し打席から離れたとこらで千楓と合流する
ガシッ!強く肩を組んでくる千楓
「な、なに?」
「バントが苦手ならしなくていいよ」
「そんな!今日はわたし…なにも出来てない!」
「苦手なことじゃなくてさ、得意なことをやりなよ。もしかしたら最後になるかもしれない」
「そんなこと千楓が言わないでよ!!わたしは最後になりたくない!もっと…もっと千楓や梓、みんなと野球をやりたい」
「あたしも言いたくないよ。でもキミが後悔しない方法を選んでよ…」
「わたしが後悔しない?」
「うん!じゃ、頑張って」
状況がギリギリなのに千楓はあっけらかんと人ごとみたいな物言いをしながらベンチに戻る
「ほんと、敵わないなー」
5番打者の彼女は少し薄ら笑いをすると身体の中の何かが震えを止める
「そろそろいいかな?」
主審に促され、打席に戻るとまたバントの構えをする
「あれ?またバントの構え…千楓先輩はバントをやめさせるためにタイムをかけたんじゃ…」
5番打者の行動に茅夜が千楓に疑問をぶつける
「うん、そのつもりだったんだけどね。あの子はもっといい物を思いついたみたいだ」
苦手なバントの構えをしつつもその鋭い眼光を見て千楓は何か確信めいたものを感じていた
三球目、レッドアイアンズの投手はセットポジションに入り左足を上げて投げる!
二球目と同じコース、内角高めにストレートが来る
5番打者はバットを引いて叩きつけるようにその球を捉える
キーン!ガッ!!
打球は土を強く叩いて大きく弾む。前進守備の三塁手のグラブが虚しく宙を切り、その頭上を白球が抜けた
その打球を三塁手の後ろに遊撃手がカバーに入り処理するが、その間に二塁走者の梓が三塁を陥れる
そして5番打者も一塁を駆け抜けセーフとなる
「「「おお〜!」」」
「ナイスバッティング!」
一塁側のベンチから観客席から歓声が上がる
ノーアウト一三塁、最後のチャンスどころかサヨナラのチャンスが葛城学園女子野球部に舞い降りてきた
「いけいけ〜!」
「一気に決めちゃえ〜」
一塁側はベンチ、観客席問わず盛り上がりを見せる
「さぁ、続こう!」
手を叩いてベンチをさらに盛り上げる千楓
6番打者が左打席に入る。
6番打者 (あたしも今日は何も出来てない!スクイズでもなんでもやりますよ……え?)
監督の夏海が送った指示を確認して構える
一球目、大きく外れる外角のボール球、レッドアイアンズのバッテリーはスクイズを警戒だ
二球目もキャッチャーが立ち上がって外へ外す。
カウントは2-0でボール先行となり、打者有利だ
三球目、外角にきたストレートを振り遅れの空振り
だが、そのまま6番打者はバントの構えを見せる
レッドアイアンズのベテラン正捕手菊池は守備に対してブロックサインを出して陣形を変える
四球目、カーブが投げられ、同時に三塁手と一塁手が一気に本塁側へ飛び出すバントシフトだった
6番打者はバントの構えを解いてヒッティングに切り替えておもいっきり引っ叩く!
カキーン!ドッ!
一塁側へ5番と同じように地面に叩きつけるが…
パン!!
ファーストが思わず出したミットにバウンドした打球が吸い込まれる
ファーストは反射的に梓を見てから二塁へ送りそのまま一塁へ
「アウト!アウト!」
三塁ランナーの梓は三塁に釘付けのまま
逆転のチャンスから一転、次のアウトで試合終了になる大ピンチとなった
「またゲッツー…」
「運がない…」
落胆の色を隠せない一塁側ベンチ
一塁ベース付近で呆然と立ち尽くしていた6番打者はベンチに戻った瞬間に大粒の涙を流して泣き始める
「せっかくチャンスだったのに!本当にごめんなさい!」
ベンチが静まり返った。
誰も責められない。ただ、俯くしかなかった。
重たい沈黙の中で、彼女の嗚咽だけが響く。
彼女は運が悪かっただけに誰も何も言えなかった
そのとき。
タオルがそっと頭にかけられた
「悔しいのはわかるけど、まだ…泣いちゃダメだよ」
「千楓…」
「試合は終わってない、顔を上げてさ。最後まで一緒に応援しよ」
ゴシゴシ
彼女はタオルで顔を拭いてベンチの最前列に立って声を出す
「打てえええええ!」
続くようにベンチ全員で声援を送る
最終回ツーアウト、三塁
次が運命の打席になる
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