第29章 相棒
浮かれていたつもりはなかった。
あたしはセットポジションから投球動作に入って投げたボールは要求通りだった。
捕手のミットにボールが吸い込まれるように入ると思った瞬間、カーン!!
乾いた音がしてボールが消えた
あたしが振り返ると同時に白球はバックスクリーンに突き刺さっていた
打った4番打者はそれを確認するとゆっくりと一塁に歩き出す
一瞬、あたしは立ってられなくなり膝に手をついた
相手のレッドアイアンズのベンチがお祭り騒ぎになっているのに遠くに聞こえるようだった
少し頭がクラクラするような…
昨夜の寝不足が今になって効いてきたかな
梓がマウンドまで来て何かを言っていたような気がするけど…まあいいか
5番打者が打席に入ってきた
さっきも打たれてる…このバッターを打ち取れれば、また流れは行かない
セットポジションに入り、ボールを投げる
ざっ!しゅっ!カーン!
遊撃手の少し左寄りに打球が強く転がっていく、遊撃手の茅夜が早い対応で追いつくが一塁には投げられず…内野安打
「くっ!」
そんなに上手くはいかないか…
ランナーをまた出しちゃった、けど次、次を打ち取れれば関係ない…そう思って本塁のほうを見ると…パァン!!
左頬に衝撃が走る、何が起こったのかがわからない…だんだんと熱くなるように頬がヒリヒリする
「え?」
手で頬を押さえてもう一度、本塁のほうを見ると目の前に涙目で梓が立っていた
「エースはキミしかいない!しっかりしてくれ!」
少し、泣きそうになりながらあたしに檄を飛ばす梓…相棒にこんな顔させてたんだね
「すまない…キミ、1人にこんな重圧を与えて申し訳ないとは思ってる」
申し訳なさそうに俯く彼女を見ていると、かーっと気持ちが上がってきて気づけば今まで狭かった視野が広がっていく…
「ふふ、キミは意外と熱くて泣き虫だよね」
「なっ!」
笑いながら茶化してみると少し顔を赤くして照れる梓…
バシン!痛っ!今度はミットで頭を叩かれた!
「ごめんごめん!」
「まったく!こういうときに茶化すんじゃない」
「ありがと、気合いが入ったよ」
「そ、そうか?」
「じゃあ確認をしたいから質問ちょーだい」
「わ、わかった。千楓、今の状況は?」
「ワンアウト、ランナーは一塁。バッターは6番、これからあたしは連続三振を取ります」
「おっけー!有言実行しよう!」
バシン!
お互いのグラブとミットを合わせて梓はキャッチャーボックスに戻っていく
サイン交換をして、セットポジションに入る
今度はしっかり捕手を見てボールを投げる!
ざっ!しゅっ!カン!
二塁手の正面にゴロが行く、しっかりそれを抑えて二塁ベースに投げカバーに入った遊撃手が捕りながら二塁ベースを踏んで一塁に送球する
一塁手が捕って4-6-3のダブルプレーになった
「ナイスセカン!」
「2度目のゲッツー!」
ゆっくりと走り出してマウンドからベンチに向かってると梓が近づいてきた
「今度はしっかり投げたでしょ?梓」
「さあな?連続三振ではなかったから」
「ちょっ!それはゲッツーだから許してよ!」
「ナイスピッチ!」
「うん!」
あたしたちはまた拳を重ねた
その様子を反対側から見ている三塁側ベンチにて
「くぅ〜しぶといなぁ〜!なぁ菊池?」
隣でキャッチャーの防具を着ける菊池に話しかける芦屋監督
「あの平手打ちが効きましたね、きっちり立て直しましたよ。あのまま崩れると思ったのに、俺も真似しようかなぁ」
「お前がやったら投げられなくなるよ」
防具を着け終わり、一口スポドリを飲んでから菊池が向かおうとすると
「菊池!わかってるな?」
「はい、この回を抑えれば…」
監督と菊池は顔を見合わせて頷き合う
6回裏、4対3
レッドアイアンズリード
球場内に放送が流れる
「葛城学園女子野球部の攻撃は1番遊撃手桜田さん」
「茅夜ぉーー!」
「先頭出ようぜー!」
右打席入り、地面を整えてから一息吐いて構える
レッドアイアンズの投手が投球動作に入る
ざっ!しゅっ!ドン!
「ボール!」
菊池 (よく見たな…やっぱりこの子は他の選手とひと味違うよな。じゃあ…)
菊池は要求をマウンドにいるエースに送る
ざっ!しゅっ!ぱすっ!
「ストライ〜ク!」
エースから投げられたボールはカーブだった
菊池 (今のは見たね…んー次はストレートかな)
ざっ!しゅっ!カッ!ガシャン!
打球がバックネットに突き刺さる
「ファール!」
「くそッ!」
菊池 (小動物な見た目に反して悪態吐くのね)
そのあと、何球か粘る1番打者の茅夜
ざっ!しゅっ!キーン!ダン!
「ファール!」
1塁側のファールゾーンに飛ぶ
菊池 (結構、粘るなぁ。投手もちょっとイラついているし、抜いてみるか)
さっきより少し雑な様子で投球モーションに入って投げる
ざっ!しゅっ!ブルン!
茅夜 (カーブ!)
菊池 (よし、打撃動作が崩れた!)
カキン!
菊池 「え?」
体勢を崩しながらもカーブを捉え、打球は一.二塁間をキレイに抜けていく!
打った茅夜は一塁ベースを踏んで少し二塁方向に走ってから一塁に戻る
ベンチ入り全員で両手を上げて茅夜を指差しながら
「せーの!」
「「「ナイバッチー」」」
キャッチャー用のマスクを取りながら頭を掻いて呆れる菊池
「くっそ!ほんとナイバッチだな」
2番バッターが左打席に入るとバント構えをする
菊池 (そうだよな、一点差だもんね。でも、簡単にはさせないよ)
ざっ!しゅっ!ぱすっ!
「ボール!」
カーブを内角に入ってきてバットを引いて見逃す
菊池 (そんでお次は…)
ざっ!しゅっ!ゴォ!
2番打者「!?」
カッ!ガシャン!
「ファール!」
内角高めのストライクゾーンに来たボールをバントしようとするも直球がバットの上っ面に当たりバックネット方向に飛ぶ
菊池 (よしよし!次は…)
2番打者 (ストレートだったのに!次は決める!)
サインを送り、投手がセットポジションから投球モーションに入る
ざっ!しゅっ!ゴォ!
2番打者 (内角のストレート!当てる!…えっ?)
キュキュ!
ストレートと思ったボールは突如、小さくそして鋭く曲がる…それに過剰に反応してしまう
カットボールだった
カン!
当たったボールはバッターの足元でバウンドすると一塁線ギリギリに転がる
それを見た一塁走者の茅夜はまだフェアかファールかはわからないが2塁に向かって走る
茅夜 (フェアゾーンに入れ!)
ころころと線の上を転がっていると風が急に吹きファールゾーンに無情にも押し戻されてしまう
「ファール!」
「まだアウトにはなってないよー!」
ネクストバッターズサークルから千楓が声をかける
「そうだ、そうだ!」
「まだノーアウトだよ」
またベンチが活気づき始める…が
ざっ!しゅっ!ブルン!ぱすっ!
「ストライ〜クスリー!バッターアウト」
葛城学園の2番打者はカーブを思いっきり空振り三振になってしまった
菊池 「…ワンナウトか。よかった、次のバッターはチャンスに回したくなかったからな」
打席に近づきながらバットを振る警戒すべきバッター
「3番投手浦河さん!」
ビュッ!ビュッ!
「うーん、やっぱ違うなぁ」
「別に嬢ちゃんのは良いスイングだと思うぞ?」
「え?あ、ありがとうございます」
良いスイングなのに首を傾げる彼女に思わず声をかけてしまうベテラン捕手だった
菊池 (簡単にはストライクをくれなさそうなのが厄介なんだよね。まずは…)
一球目、ストレートを低めに
「ボール!」
菊池 (まあそうだよね)
二球目、カーブが外角のストライクゾーンにはいってくるが
カキン!
レフトのファールゾーンでバウンドする
「ファール!」
三球目、内角にストレート
カキン!ドッ!
「ファール!」
一塁線ギリギリにファール
「うわ、惜しい〜」
一塁側から落胆の声が上がる
菊池 (あっぶねぇ!フェアだったら二塁打以上は確実だったな)
四球目、カーブが低めに決まるが
「ボール!」
菊池 (くぅ〜!よく見やがって!選球眼もいいのかよ!ストライクは打つし、基本が出来杉だろ!そしたら次は…)
五球目、内角にストレートが入ってきた
千楓 (甘い!チャンス…あ!)
キュキュ!
ストレートだと思ったボールは途中で鋭く変化する
千楓 (カットボール!?)
身体に向かってきたボール、避けるには遅く打撃動作に入ってしまっていた
そのまま千楓はスイングを躊躇なく続けてバットに無理矢理ボールを当てる
ガン!
千楓 「ぐっ…痛っ!」
バットの根本に当たり高く上に上がってフェンスで囲まれた一塁側のブルペンの中に入っていく
「うお、あぶね!」
どこかで聞いたような声がブルペンから聞こえてきたが千楓にはそれどころじゃなかった…
千楓は軽くその場にうずくまる
バットの根元に当たった衝撃が右手を痺れさせ、指先の感覚がじんじんと残っていた。
菊池 (ちっ!今のも当てるか、上手いなー)
千楓 「くそっ!」
慌ててスイングを数回繰り返す
ブン!ブン!
菊池 (?……!)
六球目、速いストレートが高めにきた
カッ!ガシャン!
千楓はフルスイングをするものの、ボールはバックネットに突き刺さる
七球目、今度はカーブが内角低めに入ってきた
千楓は膝を曲げてしっかりと捉えた
カキーン!
打球は一塁線、ギリギリだが確実にフェアゾーンに飛ぶ
一塁手は一度ワンバウンドさせてからしゃがみ込んでミットで吸い込むように打球を捕る
一塁走者の茅夜はそれを見て慌てて一塁ベースに手を伸ばしてしまう
ボールを持ったファーストはそれを見てベースと茅夜の間にミットを挟むように入れる
一塁ベースにミットでタッチしてそのミットに茅夜の伸ばした手が触れる
「アウト!アウト!」
一塁塁審は千楓に左手で指を差してから右手を上げてアウト宣告、茅夜にも同様にアウト宣告して珍しいダブルプレーとなった
「「「ああ〜」」」
落胆の声が一塁側のベンチと観客席から大きく上がっていく…
「くっそ!!」
千楓が大きな声を出して悔しがる、それを見て恐る恐る茅夜が謝罪をする
「あ、あの千楓先輩…ご、ごめんなさい」
「ん?ああ、違うよ。今のは気にしないで、ほら!最終回だよ、しっかり守ろう!」
「は、はい!」
しっかり茅夜を励ます千楓
2人にグラブと飲み物の紙コップを持ってくる部員がいた
「千楓先輩!茅夜!スポドリとグローブです」
「ありがとう…」
紙コップを右手で受け取った瞬間――力が入らず、すり抜けるように落ちた。
バシャッ、と冷たい水が土に染みる。
(…まだ痺れが残ってる?)
「ごめん!せっかく持ってきてくれたのに」
「いえ!そしたら新しいのを…」
「いいよ、ありがとう。ほんとごめんね」
「そしたら千楓先輩、アタシの分を飲んでください!まだ口付けてないので!」
「いいの?」
「はい!」
「ありがと、ほんとは喉…渇いてたんだ」
ごくごくと飲んでグローブを受け取りマウンドに上がる
投球練習を行い、右手にロジンバッグを念入りに塗っていると梓が駆け寄ってきた
「千楓…大丈夫か?」
「なに?最後になりそうだから来た?」
「茶化すな、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって、何か不安でもあるのかな」
少し千楓の右手が震える…これは痺れのせいではない
「別に不安はないさ、逆に言うが安心しろ。今の投球は悪くなかったしボールは来ている。最終回とは思えない直球だった」
梓の視線は、あたしの右手に一瞬だけ落ちた。
……やっぱり、気づいてるんだ。
それでも何も言わず、ただ信じてくれる。
「…!さっすが相棒!最後まで助かるよ」
「だから茶化す…」
「茶化してないよ、本当にそう思ってんだから。ありがとう梓」
千楓はそう言うとグラブをはめた左手を梓に向かって出す
けれど――右手の指先には、まだじんじんとした痺れが残っている。
そんな不安を包み隠すように、梓のミットと力強く合わせた。
相棒が横にいる限り、投げ抜ける――そう信じて
今回は試合中の臨場感を重視したため、視点があちこち移動する形になってしまいました。多少読みにくさがあったかもしれませんが、ライブ感として楽しんでいただければ幸いです。
また、この回では千楓と梓――“相棒”としての二人の関係性を描きたかったので、そのやり取りも感じてもらえたら嬉しいです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。
毎日17更新です
引き続き読んでいただけると嬉しいです!




