表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/37

第28章 歓声と沈黙


「これでワンアウト一、三塁!」


「チャンスや、チャンスー!」


三塁側レッドアイアンズベンチから歓声が聞こえる中、マウンドで千楓(ちあき)(あずさ)が話し合う


「やってくれたね、おじさんたち」


「ああ、さすがトップクラスのクラブチームだ」


9番打者(ばんバッター)を討ち取った後に1番、2番と連打を喰らっていた


「で、どうしようか、スクイズ警戒?」


「いや…次からは主軸打者達(クリーンアップ)が続くからバッターに集中しよう。どっちにしろ一点が入りやすいシチュエーションだ」


「ということはエースに一点を覚悟しろって?」


「別に、全部三振にしてくれたって良いんだぞ」


「それは面白いね、やっちゃおうか」


不敵に笑った梓に対抗するように笑う千楓


バン!


グラブとミットを強く合わせて梓はキャッチャーボックスに戻り腰を落とす


3番打者(ばんバッター)が右打席に入って構える


千楓もサイン交換をしてセットポジションに入る


三塁に偽投を一つ入れて様子を見る


千楓 (やっぱり盗塁もスクイズも無いみたいだね)


「ふぅ!」


一息入れてから3番打者(ばんバッター)に投げる


ざっ!しゅっ!カン!


「ファール!」


外角に入れにいったスライダーを三塁側ファールゾーンに引っ張られる


千楓 (一球目から打ってきたね、スクイズは無さそうだけど)


ざっ!しゅっ!パーン!


一球目と同じ外角(アウトコース)直球(ストレート)を投げ込む


「ボール!」


千楓 (今…手を出そうとしたね、結構打ち気じゃん。そういえば1打席目も…)


捕手(あずさ)からサインが来て頷いてセットポジションに入って力を入れて思いっきり投げる


ざっ!しゅっ!カッ!ガシャン!


3番打者(ばんバッター)がフルスイングするが打球は後ろのバックネットに強くぶつかる


「ファール!」


続いて4球目を投げる千楓


ざっ!しゅっ!パーン!


千楓の投げた直球(ストレート)は浮き上がる様な錯覚をするほどに勢いよく内角高めに構えた梓のミットに突き刺さる


「ボール!」


千楓 (初回の決め球にはまたやられないか…じゃあ次は…)


ぱぱっと、梓とのサイン交換が済んでセットポジションに入る


「ふぅ!」


息を吐き…少し間を置いてから左足を上げて思いっきり5球目を投げる!


ざっ!ガバァ!しゅっ!


ふわっ


「?!」


いきなり投げられたチェンジアップに3番打者(ばんバッター)は腰砕けになる


ぶるん!


バットは思いっきり空を切り、嘲笑うかのようにボールはミットに吸い込まれる


「ストライクスリー!バッターアウト!」


「「「おおー!」」」


球場内にまた歓声が上がる!


「ナイスピッチングだ!千楓」


「ナイスピーです。先輩!」


「ツーアウト!ツーアウト!」


葛城学園側は割れんばかりの大歓声にスタンドが揺れる中、守備陣もグラブを掲げて雄叫びを上げた


「ふぅふぅ…どんなもんだい」


汗だくになった千楓は空を見上げながら1人呟いてから観客からの歓声や守備陣の声掛けに応える


レッドアイアンズの4番打者(ばんバッター)がその間にまだ歓声が湧き立つ中、打席に向かう



その様子を見ていた芦屋監督と秘書兼マネージャー


「今の投球は素晴らしいですね」


「うん、見事だ…やっぱ、欲しいなー!ああいう選手は」


身体を捻るよう唸る芦屋監督


「でもね、うちもこのままじゃないよ?」


カーン!!


打球は高く、高く――夜空を裂いて一直線に伸びていった。

センターが振り返ったまま、一歩も動けない。


球場全体が、息を止めた。


……ダァン!

バックスクリーンに突き刺さった瞬間、重たい音が響き渡る。


「……っ」


二塁塁審が拳を回した。

逆転、三点本塁打(スリーランホームラン)


たった一振りで、スタンドを揺らしていた大歓声は跡形もなく消え去った。

嘲笑うかのように三塁側の狂乱だけが響き渡る


千楓は膝に手をついたまま、呼吸の仕方すら忘れていた。

声援も、仲間の姿も、すべて遠い世界の出来事のように思えた。

胸の奥を氷に掴まれたようで、声も出ない。

――あの大歓声は、幻だったのか。



反対側の葛城学園女子野球部のベンチは完全なお通夜状態になっていた


「クソ…!」


監督である柊夏海は何も言えず、落ち込んでいる教え子達に何も出来ないことを強く痛感していた


一度、目を瞑り息を吐いてから1人の女子野球部員に声をかける


「リオン!」


「は、はい!なんでございましょうか」


「ブルペンへ向かってくれるか」


「承知しました」


リオンも千楓が打たれ信じられないという顔で呆けていたが夏海の言葉に力強く返事をしてグローブを持ってブルペンに向かう


「あ、リオン。あたしアップ付き合うよ!キャッチボールの相手必要でしょ!」


勝ちきそうな一年生部員がリオンに声をかける


「ありがとうございます。ですが、今回は大丈夫です。」


「そう、わかった!……え?大丈夫なの?」


リオンは答えたきり、それ以上は何も言わなかった。

代わりに、胸の奥で別の“誰か”の姿を思い浮かべていた。




後方席(バックスタンド)で見ていた煌星たち


「…」


煌星は打球の飛んだ方向を見ながら黙っていた


「流石に何も言えませんか、お嬢様」


「うるせえよ、じい」


マウンド上で膝に手を付き顔を上げられない千楓を見つめ、凛は瞳を潤ませ、唇を噛みしめていた


「そんな…こんなことになるなんて」


千楓から目を背けそうになるのを必死に耐えていると凛のスマホが鳴っていることに気づく


「…!」


その内容を確認すると凛はしっかりと目を開けてどこかへと連絡を繋げる



その後方席(バックスタンド)の上、来賓席は意外にも静まり返っていた


「……まあ、これで終わりが近づいた、ということか」


「逆転された以上、女子の部など望みは薄いでしょうな」


その場の空気を断ち切るように、別の理事がぽつりと漏らした。

「しかし……惜しい投球ではありましたな」


その言葉に、誰も反論しなかった。

表情には冷徹さを装いながらも、視線の奥に微かな名残惜しさが滲む。


球場全体が、重たい沈黙に押し潰されていた。

先ほどまで揺れていた大歓声は跡形もなく消え、三塁側の狂乱だけが不気味にこだましている。

息苦しいほどの静けさが、観客も選手も覆い尽くしていた。


レオーヌは黙したまま、彼らの反応をじっと観察していた。


その瞳の奥に、微かに炎を宿して


女子野球対レッドアイアンズ

6回表ツーアウト、3-4



レッドアイアンズが逆転。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ