第26章 本気になった大人たち
4回の裏の攻撃、梓の二点本塁打で3-0とレッドアイアンズを突き放した葛城学園女子野球部
千楓たちが歓喜の輪に包まれていると球場内の放送が聞こえてきた
「レッドアイアンズ、守備の交代をお知らせ致します」
「投手を変えるのかな?」
「みたいだな」
「ということは、こっからが本番ってワケだね」
「ああ、そうだ。喜ぶのはここまでだ、気合いを入れ直して行こう」
「「「おおー」」」
ドン‼︎
気合いを入れた千楓たちに水を差すように大きな音が球場内に響く
代わったレッドアイアンズの投手に圧倒され、さっきまで盛り上がっていた葛城学園ベンチが静かになる
「梓…あれは140kmは越えてるよね」
「うむ、間違いなく主力投手の人だ」
「燃えるね…こんなの普通じゃ味わえないよ」
「ああ、ありがたいな」
ガッ!拳を強く合わせる2人だった
その反対側のベンチ、三塁側レッドアイアンズ
「まさか、本当に主力投手を出すことになるとは…」
「仕方ありませんよ監督、負けるワケにはいかないんでしょう?」
不服そうな監督を嗜める秘書兼マネージャー
「…そうなんだけどさ、まだ負けてるし」
「打線もそろそろ彼女の投球に慣れて来る頃だと思いますし、大丈夫ですよ」
マウンド上では18番を付けた投手が投球練習を終えてチームのキャプテンでもあるベテラン捕手の菊池と話している
「本当に登板するとは思わなかったですよ」
「彼女たちが意外にやるもんでな」
「女の子が左翼席まで飛ばすとこなんて初めて見ましたよ」
「お前なら抑えられるだろ?」
「もちろんです」
冷静に返す投手に頼もしさを感じるベテラン捕手、投手の胸をミットで叩きキャッチャーボックスに走って戻る
「プレイ!」
ドン‼︎
ドン‼︎
ドン‼︎
「ストライクスリー!バッターアウト!」
あっという間に2者連続3球三振、この圧倒的なピッチングに葛城学園ベンチは沈黙してまう…
「おいおーい、守備につけ!ダッシュ、ダッシュ!攻守交代は迅速に!だろ?梓」
「は、はい」
部員たちが沈黙しているのを見て勇気づけようと声を出した夏海に言われ守備につく梓たち
「ふぅ」
マウンドに立ってため息を吐く千楓
背中にちょっとした重たいものを感じながら右手でロジンバッグをお手玉をするようにポンポンと跳ねさせて塗っていく
千楓(嫌だね、この空気。投手のあたしがなんとかしないとかな)
重たいものを振り払うように投球練習を始める
その千楓の様子を見て何かを感じとった後方席の煌星はぼそっと呟く
「呑まれちまったかなぁ…」
言葉は誰にも聞かれずに球場の歓声に消えていく
「五回の表、レッドアイアンズの攻撃は…」
球場内に放送が流れていくと同時にレッドアイアンズの打者が打席に立つ
ざっ!しゅっ!パーン!
「ボール!」
煌星 (ぴくりとも動かねえじゃん、どうするんだ梓、千楓)
心配をする煌星の視線には梓がいた、ホームベースを眺めながらキャッチャーミットに手を入れながら思考する
梓 (こちらとしてはあまり良い気持ちのしない見送り方だったな、さてどうしたものか)
威圧感とも違う嫌な雰囲気を纏うレッドアイアンズの打者に判断がしきれない
千楓 (あんまし考えてもしょうがないよ。まだ取られてないんだからさ)
悩む梓に千楓は視線で伝える
梓 (…わかった)
悩みながらもサインを出す梓、それに頷き構える千楓
ざっ!しゅっ!ばすっ!
「ストライク」
梓 (ホッ)
「今、ホッとしたね」
突然、レッドアイアンズの打者が話しかける。
今日は5番捕手で出場しているベテランの菊池だ
「捕手であるキミが決めたサインに従って投手は投げたんだ、自信持って受けなきゃ」
「…っ!」
ざっ!しゅっ!カーン!
菊池が打った打球が三塁手と遊撃手の間を鋭く抜け、菊池は軽くオーバーランをしながら一塁を回る
「そうだった…そういえばさっきもあの人にやられたのだった」
奥歯を噛み締めながら梓はマスクを被り直してキャッチャーボックスに座る
梓 (さて…またどうしたものか…)
悩みながらも梓はサインを出す
ざっ!しゅっ!「走ったー!」
千楓がセットポジションに入り足を上げた瞬間、一塁走者の菊池が盗塁を仕掛ける
梓 (1球目から!?)
千楓に送ったサインは緩い変化球だったため一瞬、遅れてしまう
「くっ!」
パン!ビュッ!
慌てて二塁ベースに向かって投げるがもう一つ油断があったために二塁ベースより少しずれて送球がいってしまった
ザザッ!
一塁走者の菊池が二塁ベースに滑り込み、余裕のノータッチセーフ
審判にタイムを要求して千楓のいるマウンドに梓が駆け寄って声をかける
「すまない千楓」
「何が?」
後ろ向きでロジンバッグを手に塗りながら千楓は返す
「何がって…油断して牽制球のサインを忘れたことと変化球のサインを要求したこと…イタッ」
梓が話しているとグローブで頭をポカリとされる
「ちーがーうーでーしょー!」
顔を近づけながら話す千楓に押される
「え?」
「走者がいるのにヒザを地面に着けて構えてたでしょうが!!」
「あ…!」
「牽制球も変化球もあたしも油断して気づかなかったからあまり責めれられないけどさ…そこまでミスするのは珍しくない?」
「いやそっか、すまない」
「相手にすごいピッチングをする投手が出てきてビビるのはわかるけど、あたしたちはもっと"すごい"のをテレビ越しだけど観てるんだから!」
「そう…そうだったな、すまな…」
「すまないは…ナシね」
「わ、わかった」
梓は凄んでくる千楓に気圧されながら返事をしてキャッチャーボックスに戻る
「少し戻ったか?」
その様子を見て後方席の煌星はまた呟く
腰を落として思考する梓
「さて…6番か」
レッドアイアンズの6番打者は右打席に入るとバットを寝かせバントの構えをする
梓 (送り…もう5回なのに?)
5回の表、ノーアウトで走者2塁、3点差…普通の9イニング制ならば1点ずつ返していくのはおかしくはない
今回のルールは試合直前、7イニング制に変更されている…5回は終盤の始まるとなる回だ、最悪の場合は最後の攻撃となる可能性が高い
梓はサインを送り千楓も頷いてセットポジションに入る
ランナーを一瞥してボールを投げる
ざっ!しゅっ!パーン!
「ボール!」
外角に少し外れたコースで様子を見るが、レッドアイアンズに動きはなかったみたいだ
バッターはまたバントの構えをする
梓 (ならば!)
ざっ!しゅっ!バス!
「ストライ〜ク!」
今度は外角に構えた梓のキャッチャーミットに緩い変化球が入る
6番打者はバットを引いて見逃す…
梓 (これも見逃しか…では、次は)
内角の方に梓は少し移動して千楓に直球のサインを送る
千楓はセットポジションに入り左足を上げて投げる
ざっ!しゅっ!コン!
ボールが放たれても6番打者は引かずにバットに投球当てて三塁線と投手の間に転がす
「千楓!」
「任せて!」
梓は本塁を動かずに千楓に任せる
転がったボールを千楓は手早く処理して三塁を一瞥するがもう二塁走者の菊池が滑り込んでいて間に合わない
「くっ!」
二塁手がカバーに入った1塁に投げて打者走者をアウトにする
三塁にいたランナーの菊池が少しオーバーランをするが二塁手が手早く三塁に投げたため慌てて戻る
そのまま梓はタイムをかけて近くにいた千楓に声をかける
「次だな…」
「うん、スクイズか、ヒッティングか」
「どっちだったとしても取られるのは一点だ、気楽に行こう」
「さっきまで考えすぎてた捕手とは思えないねー」
「それは言わないでくれ」
「ごめんごめん、アウト優先ね」
千楓と確認し合い、他の守備にも指示を出して定位置より少し前につかせる
その様子を見る三塁側レッドアイアンズのベンチ
「ほう、一点を捨ててアウトを優先するか…どう思う姫子」
監督に質問され書いてる手を止めて喋る秘書兼マネージャー
「もう五回ですからね、打者に集中させてもおかしくはないかと…取られても一点ですから」
「じゃあちょっと悩ませちゃおうかな」
レッドアイアンズ監督の芦屋は7番打者にサインを出す
指示を出された7番打者は左打席に立ってバントの構えを見せ、三塁走者はいつでも行くぞという姿勢を見せる
千楓は少し落ち着いた後に三塁走者を一瞥して左足を上げて投げる
7番打者はバットを引いて三塁走者は進むフリを見せるが打者の足元に斬り込むようにスライダーが入ってきた
「ストライ〜ク!」
「おお〜、ストライク取ってきたね〜」
「ここでストライク先行は大きいですからね」
「惑わせても意味ないかな。普通に打たせよう」
芦屋監督は指示を出してバントの構えを解かせる
葛城学園バッテリーのサイン交換が終わり投球動作に入る、投げたボールは外角の際どいところにスライダーが入ってくる
芦屋監督 (見逃せばボールかな)
カン!
7番打者が思いっきり手を出して三塁手前に強めに転がる
「あんのアホ!際どいコースに手を出しやがって」
思わず声に出す芦屋監督
三塁走者の菊池は三塁ベースに着いたまま動けず…
三塁手がゴロを処理しようと腰を落とした彼女の後ろに打球が転がる
「「「えっ?」」」
転々と打球が左翼線に転がる
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