第18章 もう一度、青春を
「藤堂!ちょっといいか?」
「?…はい」
ある日俺は柊先生に廊下で声をかけられた
「悪いんだが…今日の放課後空いてるか?」
「空いてますよ、何か手伝いですか?」
「話が早くて助かる。実は女子野球部の方で注文した物を近所のスポーツ用品店に受け取りに行きたいんだ」
「はあ」
「部員たちにお願いしようと思ったんだが物が多いし…」
「わかりました、俺が一緒に行けばいいんすよね。」
「悪いな、今日の放課後、野球部の練習場に来てくれ!」
「了解です」
柊先生は「悪いな」といいながら振り返って職員室の方に向かっていった
昔からたまにの手伝いを頼まれると何故か少しワクワクするんだよなぁ。
それが当たり前になったり毎日のようにやらされるとダルくなるが…
それに美人の先生に頼み事をされると断れないのが男子高校生という生き物だ
……他に何も無えしな
ーーー
「じゃあ気をつけて部活行けよー」
ホームルームが終わりみんなそれぞれの部活に向かっていく
「じゃあなー!藤堂ー」
「今度はブロックされないようにな」
「うっせ!あれはファウルだからな!」
「はいはい、いってらっしゃい」
クラスの奴らを見送りゆったりと教室を出て昇降口へ向かう
なんだかんだと1ヶ月は経った…クラスメイトとも仲良く出来てるし、姉との生活も良好だ。
地元にいた時の俺とはえらい違いだ
というかこれがいわゆる普通の男子高校生なんだろうな
(お前のせいで野球が出来なくなったんだ!)
(お前が甘いからそうなったんだよ!)
(あなたの為を思って…)
「くっ…!」
嫌な記憶が頭をめぐってきやがった、頭の中が暗い感情で押しつぶされそうになる
目頭を押さえて目を強く瞑る
すぅーはー、すぅーはー
深呼吸をして頭の中のモヤが晴れるのを待つ
「今日のは少し手強いな」
いつもは数秒…かかっても数十秒なのが、まだ治らない、どうしたものか…
「雄平くん?」
誰かに呼ばれた気がした
その声を聞いた瞬間、頭のモヤが一気に晴れてスッキリして落ち着いていく
「ふぅ…」
「大丈夫?」
「うおっ!!」
目を開けるとそこには千楓がいた
ドスン!
思わずびっくりして尻餅をついた
「本当に大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫だ」
「ごめんね、また驚かせちゃったみたいで」
彼女はそう言いながら手を出してきたので
俺はその手を掴んで起き上がる
「俺こそ悪かったな、こんな廊下のど真ん中で」
「ちょっと心配はしちゃったけどね、よくこうなるの?」
「たまにな…ちょっと嫌なことを思い出すとな。今のは長かったけど」
「そうだったんだ、おさまってよかったね」
「助かったよ、ありがとう」
「…どういたしまして?」
思わぬお礼に不思議な顔をする千楓
「さてと、急がねえとな。柊先生が待ってるから」
「それなんだけどさ、夏海せんせーが用事入っちゃったんだって」
「マジかよ」
「うん、マジマジ。それで伝言をしに、あたしが来た!ってわけ」
腰に手を当てて胸を張って仁王立ちする千楓
平和の象徴か
「じゃあ今日のお使いはナシか、残念だな」
「美人の先生とお買い物できなくて?」
「……ちげーし」
それはまあ、完全に嘘とは言い切れないけどな。
「でも、用事はすぐ終わるからあたしと雄平くんの2人でお店に向かってくれだってさ」
「そうなのか、じゃあいくか」
「今度はあたしのような美少女と2人きりだから張り切ってるね〜」
「自分で言うなよ……」
視線を逸らして言ったのは、顔が熱くなるのを誤魔化したかっただけかもしれない。
ーーー
あたしと雄平くんはそのまま2人で駅前のスポーツ用品店に向かった
「ていうか、練習はいいのか」
「今日は休みだよ、この前梓が倒れたし最近みんな張り切り過ぎてたからね」
「そういや、そうだったな」
「自主練はOKにしてるよ、あんまりやりすぎても逆効果だしね。」
「ふーん、まあ確かにな」
俺が今まで経験したどの野球チームとも違うな
「それに、あたしは投げたい時に投げるしね」
「さすが、大エース様だな」
「あ!またバカにしてる!」
「だからバカにしてねえって、前のは」
「今はバカにしてるじゃん!」
「はは!ワリィワリィ!」
「ふん!もう知らないよ」
「でも、前よりフォームは安定してきたじゃん」
「え、そう?」
「球速も少し早くなってるし、別当さんもちょっと捕り辛そうだしな」
「スライダーのコントロールがまだ甘い印象かな、もう少し低めに決まるとバッターも当てにくくなると思うぞ」
「う、うん」
「別当さんも肩が強いよなー、あれはなかなか走りにくいよ」
「そ、そうだね」
「遊撃手の子は一年生か?小柄だけど、良い動きしてるし、打撃もパンチ力がありそうだ」
「よくみてるんだね、もしかしていつも練習見てるの?」
「あっ!たまたまな、たまたまだよ」
「たまたまにしては詳しすぎるよね」
「そ、そうか〜?」
キミは隠したいのか、隠したくないのか、よくわからない人だね
ただの野球バカなんだろうなぁ
2人で話しているとあっという間にお店に到着した
「ここか…」
「うん、学園御用達なんだ」
店に入って夏海せんせーから渡された注文書をお店のおじさんに渡す、量が多いので少し待つように言われたので2人で店内を見る
「あんまし野球用品はないんだな」
「昔はあったみたいなんどね、ほとんど学園の野球部員しか来なかったから扱わなくなったみたい」
「あんときの不祥事の影響が学園の外にまで来たのか…」
「前にお店のおじさんが悲しい顔しながら教えてくれたんだ」
「か…可哀想」
「ね、そうだよね」
「千楓たちは自分の道具とか、どうしてんだ?」
「あたしたちは隣町のショッピングモールに行ってるよ、品揃えがいいお店が入っててね。あのバスに乗っていくからちょっと面倒だけど」
といいながらあたしは外の赤いバスの方を見る
「ふーん、そうか」
「千楓ちゃん、お待たせー」
話しているとお店のおじさんが声を掛けてくれた
「おじさん、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそだよ。まさかまた葛城学園さんに野球用品を卸すことになるなんて思わなかったからさ」
おじさんがちょっと嬉しそうに笑う
それを見て少し胸が痛む、もしかしたらその機会をまた失うかもしれないと思うと…やるせない気持ちになる
ブーブー
と話していたらスマホが鳴った
「あ、夏海せんせーが来たみたい。ナイスタイミングだね、おじさんありがとうございました」
「おう、またなー」
雄平くんと2人で駐車場へ向かう
「良い店長さんだな」
「うん、たまーに野球道具の修理もしてくれるんだ」
「本当に良い人だな」
夏海せんせーの車に荷物を載せて練習場に向かい、用具室に注文した備品を置くと
「2人ともありがとな!これはお礼だ!食べて飲んでくれ!」
いつの間に買ったのか、プラカップに入ったアイスコーヒーと何かの包みを渡してきた
「じゃあ、先生は戻るから気をつけて帰れよー」
ダッシュで車のほうに向かって行った
「これ…姉貴の店じゃん」
よく見たらカップと包みに[陽だまり]と書かれていた
「雄平くんにはお礼になるのかな」
「まあ、たぶんな」
夏海せんせーがおかしくて2人で笑う
「これは何が入ってるのかな、ベンチに座って食べようよ」
「いいのか?」
「今日は手伝ってもらったし、いいでしょ」
ベンチに座って包みを剥がすと美味しそうなアップルパイが出てきた
「こんなのあったか?」
「美味しそう、雄平くんも食べたことないの?」
「ああ、初めてだ」
「新商品かな?」
紙を敷いてそこに載せてアップルパイを口に運ぶ。
口に入れた瞬間にシナモンの香りとみずみずしいりんご甘味がダイレクトに来る、熱々ではないけど、どこか落ち着く味だった
「これ美味しいね!」
「そうだな」
まだアップルパイの味が残っているうちにアイスコーヒーを流し込むとコーヒーの苦味とアップルパイの甘味が絶妙にマッチしてまた幸せな気分になる
「ご馳走様でした」
「美味かったな」
「今度食べに行こうっと」
いつのまにか陽が落ち始めていた
カラスの鳴き声が練習場に響き渡っている
あたしは気づく、全く例の話が出来ていないことに
どう話を切り出そうか迷っていたらこんな時間になっちゃった
(どうしようか…)
カランとアイスコーヒーの氷が音を立てる
この前の凛さんとの会話を思いだす
(一緒に溶かしてくれる?)
「雄平くん!!」
「は、はい!?」
大きな声になってしまった
「あのさ…謝らないといけないことがあってね」
「え、何が?」
「実はさ、たまたま観ちゃったんだよね。キミが甲子園で投げてるとこ」
「ああ、ついにか」
「…わかってたんだね」
「まあな、どこまで観たんだ?」
「キミが…マウンドでうずくまっている姿」
「…」
「誰も駆け寄ろうとしないで優勝を喜ぶ監督、チームメイト。」
「…」
「観ててすごく許せなかったよ」
「俺は昔から嫌われてたからな。」
「昔からなの?1年生だよね」
「たまたま地元で有名なお嬢様学校でな、男子の野球部を強くしようとして選手を集めようとしたら地元で野球やってるやつらしか来なかったらしい」
「そうだったんだ」
「地元じゃ、出る杭はすぐ打たれる。すごく居心地が悪かったよ、家でも外でもな」
「だからここまで来たんだ」
「ああ、"逃げて"きたんだよ。あの気持ち悪い町からな」
「もう野球はしないの?」
「たぶんな」
…言い切らないんだね
「キミは…キミの気持ちは?」
「俺の気持ち?わからねえよ、とにかく逃げるだけだったから」
彼は立ち上がると置きっぱになっていたバットを持ってベンチ前に構える
ビュッ!ビュッ!
彼がバットを振るとすごい風切り音がした
「すごっ!」
「すげえだろ、これで2本は甲子園のライトスタンドに放り込んだからな」
「バッティングも得意なんだね」
「得意も得意よ、人生で初めて得意だと思ったことだったよ。ガキの頃は勉強出来ねえし足は遅いし絵は下手だし…でバカにされてきたから」
「そうなんだ」
「だから、今はその得意が無くなっちまったからな」
振っていたバットを置いて寂しそうな顔が見える
たぶん…まだ捨てきれないんだろうな
あたしが同じ立場だったらと考えるとゾッとしてしまう、あたしは今までチームメイトに恵まれてきた。
みんなが女のあたしを受け入れてくれて同じ女子選手の梓がいて煌星がいて…今もたくさんいる
「あのさ、軽くキャッチボールしない?」
「え?いやいや道具がねえだろ、俺は左だし」
「ふっふっふ!あるんだよね!それが」
あたしは雄平くんにそういうと用具室からグローブを持ってきた。
「なんで?」
「昔の遺産でね、用具室に入ってるんだ。前にさっきのお店のおじさんに綺麗にしてもらってるから安心して使って!」
「いや、でもよ…」
「キャッチボールくらいならいいでしょ?」
「……」
グローブを持ったまま棒立ちになっている
「あたしに付き合ってよ。もう一度、青春てやつをさ。」
「わかったよ」
しぶしぶグローブをはめる雄平くん
「いっくよー!」
あたしの声に、彼は軽く手を挙げて応える。
ボールは、ふわりと空を舞い、彼のグローブにすっぽり収まった。
……たったそれだけのことなのに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
暗くなってきたグラウンドに、乾いた音が何度も何度も響く。
あたしたちは、ただ黙って、キャッチボールを続けていた。
言葉なんて、いらなかった。
――あたしはきっと、この瞬間のことを、ずっと忘れない。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。
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