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第16章 2人の思いと二つのグローブ



――必ず、もう一度あの人をマウンドへ。


あたしはそう決意したその日の夜、梓に体調の確認も兼ねて電話をしていた



あたしはベッドの上で体育座りになり、スマホを両手でぎゅっと握りしめていた

梓の声が受話口から聞こえるたび、昼間のざわついた気持ちが少しずつ落ち着いていく気がした。



「本当に大丈夫なの?」


「もうすっかり大丈夫だ。帰ってすぐ寝たらかなりスッキリしたよ」


「良かったよ〜倒れたって聞いて気が気でなかったたよ」


「心配かけてすまなかった、それで今日の練習はどうだったんだ?」


「それがさ、あたしもあのあと帰っちゃってさ」


「ん?千楓も体調が悪かったのか」


少し心配そうな声が向こうから電話の聞こえる


「いや、そうじゃないんだ。ちょっと野暮用があって」


「野暮用?」


「うん、梓さ、雄平くんどう思う?」


「へっ!?ど、どうって?」


なぜか声が裏返る梓


「彼さ、甲子園ですごい人だったんでしょ?」


「ああ、そっちか。知っていたのか?」


「実は…」


「ん?」


あたしは正直に話した、生徒会室に梓のカバンを取りに行った時のこと、保健室でのこと、そして純喫茶[陽だまり]での凛さんとのことを…


「そうだったのか…ディスクはどうしたんだ?まさか、今も持ってるのか?」


「ううん、珠子先生が返しておいてくれるって言ったんだけど、夏海先生が店まで来てさ、あたしの荷物を持ってきてくれたから、あたしに怒ったついでに返しておくって」


「わかった、でも、そういうのはやめてくれ。親友を処罰するのは忍びないからな」


「ごめん、もうしないよ」


そう口にしながら、胸の奥に罪悪感がチクリと走る。

ほんとは怒鳴られても仕方ないのに、梓は優しく受け止めてくれる。

その優しさが、かえって心に刺さった。



「千楓のことだ、どうせ彼の投げる姿に触発されて思わず衝動的になってしまったのだろう?」


「えへへ…その通りです。はい」


電話越しなのに呆れ顔が鮮明に浮かんでくる


「それで、彼をどうする気なんだ?あんなことがあった彼が素直に野球に戻るとは思えないが」


「全く思いついていない!」


「なんだそれは!」


電話の向こうで梓が盛大にコケたような気配がした


「だが、そんな暇があるかどうか、そもそも自分たちの野球部ですら存続が危ないのに彼のことを構ってられるのか?」


「そうなんだよねー」


「まず、そっちを考えよう。彼のことは試合が終わってからだ」


「わかった。そうしよう」


「とは言っても八方塞がりではあるがな」


「戦力的にもルール的にもかなり不利すぎるよ」


「いまさらそこを言ってもだがな、もう受けてしまったしな」


「茅夜は出すんでしょ?」


「もちろんだ、一年生で入ったばかりだが戦力になる。それに二年生だけでは人数が足りない」


「イニングが9回まででしょ?長いよね〜」


「だから投手がもう1人いてくれると良いんだがな」


「あたし投げ切れるかな」


「そこは頑張ってくれ」


「他に方法はないのね…助っ人は見つからない?」


「いろいろな人に声をかけたがなしのつぶてだな」



「男の人で…出来たら投手がいいよね」



「そんな人いるわけ……」


「――あ!」

二人同時に声を上げた。


「雄平くん!」


「いや、ダメだろう。それに今は自分たちのことに集中しようって決めたばかりだ」

梓の声は真剣だった。


「それでも……あたしは彼に投げてほしい」

千楓は迷いなく言った。


電話越しに沈黙が落ちる。

その沈黙が、やがて梓のため息に変わった。


「……お前ってやつは、本当に手がかかる」


「えへへ、ごめん」


「だけど――そんな無茶を言えるのも、お前らしい」


千楓は電話の向こうに、梓の笑みを感じた。

あたしの暴走を止めつつも、最後には並んでくれる。

それが、あたしたちの関係だ。


「ありがとう、梓」


「礼はいい。だが絶対に無理はしないでくれ」


「それ…今日倒れた梓が言う?」


「だからこそさ」


「わかったよ、絶対に無理はしない」


「うむ、じゃあまた明日学校で」


「学校で」


通話が切れると、部屋の静けさが一気に戻ってきた。

時計の秒針の音がやけに大きく響く。

けれど、不思議と孤独じゃない。


スマホを枕元に置き、天井を見上げる。

まぶたの裏に浮かぶのは、雄平くんの投球姿


胸の奥がじんわりと熱くなる。

梓がいるから、あたしは前に進める。

きっと、どんな無茶でも――梓と一緒なら、それは青春になる。


「フッ」

シュッ


思わず立ち上がり、タオルを握って振った。投げるフリではなく、心からの投球だった


「うん、良い感じ」


机の上に敷いた新聞紙の上にあるものが目に入った。それに対してあたしは慈しむように触れる


(また明日もよろしく!)


ツヤツヤに光って光沢を見せる茶色い革のグローブがそこにあった


ーーー


千楓たちが電話を終えたころ。

街の明かりが差し込むマンションの一室で、一人の高校生がタオルを振っていた。


「フンッ!」

シュッ。

「フンッ!」

シュッ。



タオルの風を切る音が壁に反響して、余計に虚しく聞こえる。


野球はやめたはずなのに、これだけはやめられない。

中学で肘を痛めて以来、ずっと続けてきた習慣だった。

“ピッチングはフォームから”――誰に言われた言葉だったろう。


気づけば何百回でも繰り返している。

棚の上に置かれた古いグローブが視界に入る。

触れることはないのに、捨てることもできなかった。


「……野球はやめたはずなのにな」


声に出してみても、胸の奥は軽くならない。

あの夏の記憶は、痛みと一緒に焼き付いている。


広い部屋のはずがやけに空っぽに感じる


捨てたはずのものだけが、心に大きく残っている。


――なのに、消えてくれない。


(……早く無くなんねぇかなぁ)


その時、廊下からノックの音が響いた。


「はい」


ガチャッ


ドアが開くと風呂上がりの姉が入ってきた


湯から上がったばかりの彼女の頬は、淡い桜色に染まっていた


「雄くん、お風呂空いたわよ。入ったら?」


「ああさんきゅ、入るわ」


雄平がタオルと部屋着を持って風呂場に向かう。


扉が開けっぱなしの雄平の自室の入り口に立つ凛の目にホコリがかぶっているグローブが目に入った


凛は部屋に入りグローブを撫でる


「あの子、右手にグローブをはめるのね」


ホコリの下はピカピカに磨かれている革、鼻をつんざくようなオイルの匂いが強く感じた


グローブを撫でながら、小さく息を呑んだ。


喫茶店での千楓とのやりとりを思い出す


「期待しちゃって…いいのかしら」


ぼそっと口に出すがその言葉は静寂に包まれた部屋に消えていく


「姉貴ー?」


「?!」


「おお、ここにいたんだ」


「ごめんなさい勝手に入ってしまって、雄くんの持ってる漫画で懐かしいのがあったから」


「いや別にいいけどさ」


「それでどうしたの?」


「そうそう、シャンプーの買い置きどこだっけ?」


「えっとたしか〜、あそこに仕舞ったはずよ」


「どこどこ?」


2人で雄平の部屋を出て扉を閉める


真っ暗な部屋で少しだけホコリの取れたグローブが残った


グローブは静かに佇み、再び光を浴びるその時を待っていた

ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。



引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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