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第15章 走り出す千楓


「これでDVDは終わりみたいね」


珠子先生はプレイヤーからディスクを取り出してケースにしまう


画面が暗転しても、瞼の裏に残像は焼きついたまま。

雄平くんの投球姿。

本当は、見ちゃいけなかったのに。

罪悪感が胸を押しつぶしそうになる


けど、それ以上にいてもたってもいられなくなる

彼のことを…もっと知らなければならない


それを知るには"あの人"に聞かないとかな


「その顔は…もうお茶してる場合じゃないわね」

珠子先生はくすりと笑った。


「千楓ちゃん、はい」


珠子先生が白衣のポケットから2枚のお札を出してきた


「えっ…?」


「部活の途中で財布なんて持ってないでしょ。あそこに行くなら必要よ、喫茶店で水だけじゃ格好つかないから。これは“応援料”。返したいときに返しなさい」


「で、でも…」 


「行きたいなら、行ってらっしゃい。行くべきよ」


「……っ!」


「夏海ちゃんにはあたしがお使いを頼んだことにするから」


力強い言葉に胸が弾ける。

あたしはお札をぎゅっと握りしめ、扉へ駆け出した


「珠子先生ありがとうございます!」


ガララ!


ダダダダ!


慌てて昇降口で靴を履いて校門に向かって走り出す。


「お、おい、千楓!?どこ行くんだー?」


夏海せんせーとすれ違ってもなりふり構わずに

走り続けた


(凛さんに話を聞かなきゃ!)


あたしたちのために…雄平くんのためにも


ーーー


千楓が出ていったあとの保健室で


「あらあら、開けっぱなしで…」


珠子先生が閉めようとすると人が入ってきた


葛城学園の理事長であり珠子先生に負けず劣らずの美女、天城レオーヌだった


「ありがとうございます。香田先生」


「これでいいのね?レオーヌ…」


「ええ、まさか彼女になるとは思いませんでしたけど…」


「手のひらで生徒たちを転がすなんて…やり方が悪役みたいよ」


「こうなればいいな、と思ってたら色々なピースが揃っただけですわ。」


「まあ、あたしは青春の後押しが出来ればいいけど、やりすぎたら許さないからね」


「分かっていますわ、珠子先輩」



ーーー


たったったったった!


「ハァハァ!」


あたしはある場所に向かって走り続けた


カランカラン――。


扉が勢いよく開けて息を切らして店に飛び込んだ


「ど、どうしたの、千楓ちゃん?」


「ハァ、ハァ! 凛さんっ!」


「は、はい?!」


膝に手をついて息を整えてから


「サ、サンドイッチセットください! 飲み物は……本日のおすすめコーヒー、アイスで!!」


「か、かしこまりました」


ぽかんとしながらも、凛は慣れた手つきで氷を落とし、グラスに水を注いでいく。


氷のカランという音が、千楓の荒い呼吸に混じって響いた。


お冷やをカウンター席に置いて


「さ、こちらに座って」


「ありがとうございます。凛さん」


座って水を飲んだら

息が整い、気持ちも落ち着き、

突撃した恥ずかしさが込み上がってきた


「すみません、突撃してしまって」


「いいのよ、ちょっと何事かなとは思ったけど」


「ううっ…」


凛さんはあたしのところにコースターを用意してその上に真っ黒い氷に真っ黒な液体の入った

大きいコリンズグラスを置いてくれた


「そのアイスコーヒー、ちょっと面白いと思うからじっくり味わえると思うわ」


「面白い?」


細長いけれど太めのグラスに、黒々としたアイスコーヒーが注がれていた。

すごく大きな氷がカラリと音を立て、表面には小さな水滴が浮かぶ。。


少し啜ると苦味の効いた香りが、冷たい空気と一緒に立ちのぼる。氷で冷やされているのに、鼻を抜ける香ばしさはしっかり感じられた


「どうかしら?」


凛さんが微笑みながら聞いてきた


「とっても美味しいです…けど」


美味しいけど、面白いというのがわからない

何か特別な豆を使っているのか…

コーヒー好きとしては気になってしまう


「それはもう少し経ってからわかるわよ、はい、サンドイッチね」


「ありがとうございます」


今度は目の前に置かれた香ばしく焼かれたパンの匂いが鼻をくすぐる


その匂いに釣られて我慢できず、思いっきり頬張る。ザクッと音を立てると口の中にハムやチーズの旨み、レタスのシャキシャキした感触が口いっぱいに広がる


「ん〜、やっぱり美味しいですね〜」


「ふふ、ありがと」


「これは前にいただいたサンドイッチとは違いますね」


「今日のはハムチーズのやつね、前のは照り焼きチキンだったでしょ」


「これも美味しいです!」


あたしはお腹がよっぽど空いてたのか、夢中で頬張る

口いっぱいに幸せが広がる、もう思い残すことはないような気がする


「それで、突撃してきたワケは?」


「あ!」


忘れてた……

でも、どう切り出せばいいのかな?

凛さんに、雄平くんのことを――。


ーーー


「千楓ちゃん、落ち着いたかしら?」


「……あ、はい。本当すみませんでした」


サンドイッチの皿が空になり、ようやく千楓の胸の鼓動も静まってきた。

店内にはジャズの柔らかな旋律が流れ、窓の外からは夕暮れの橙色が差し込んでいる。さっきまで胸を締めつけていた焦りが、少しずつほどけていった。


「気になってたんだけど、その格好は野球のユニフォームよね?」


「え?」


慌てて自分の姿を見下ろす。土埃のついた練習着。

梓が倒れたと聞き、いても立ってもいられずに駆け出したまま、保健室からここへ――純喫茶《陽だまり》まで来てしまったのだった。


「もしかして部活中に抜け出して来たのかしら? お姉さんそういうの、良くないと思うわ」


「い、いえ、あの……いや、違くはないんですけど……」


叱られて当然。千楓は思わず視線を落とし、両手を膝の上で握りしめる。後ろめたさが喉に絡まり、声が細くなる。


「ふふっ、ジョーダンよ、ジョーダン」


「へ?」


凛は肩をすくめて、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。

千楓の胸に張りつめていた緊張が、少しだけ解ける。


「何かあったからここまで来たんでしょう? いいわ、お姉さん、聞いてあげるから」


「……はい、ありがとうございます。実は……」


声を出そうとした瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

口を開くたび、言葉が喉の奥に貼りついて消えてしまう。

言えば楽になるはずなのに――怖い。後ろめたくて、踏み込む勇気が出ない。


そんな様子を見て、凛が先に口を開いた。


「雄平のことでしょ?」


「……っ! わかるんですね」


「わからいでか!ってね。あの子のこと以外で他にある?」


「……ないですね」



「だから、話してみて。ゆっくりでいいわ」


凛はカウンターを回り、千楓の正面に腰かけてにっこり微笑む。その瞳は、真剣さと優しさが同居していた。


「実は……見てしまったんです。雄平くんが、甲子園で投げる姿を」


「……そう」


「そして肩を痛めて、マウンドに倒れ込むところも」


「観ちゃったのね。……といっても、野球をしている子にはすぐバレると思ってたけど」


千楓は苦笑して、頭をぽりぽりとかいた。

「観るよりプレーするほうが好きで、本当に偶然だったんです」


凛はそんな彼女を静かに見つめ、柔らかく目を細める。


「それで、居ても立ってもいられなくて、ここまで来たのね」


「はい……。気づいたら、体が動いてました」


胸に渦巻く思いを必死に言葉に変えながら、千楓は吐き出す。

自分でもよくわからない衝動。けれど、それは確かに雄平の姿と重なっていた。


凛は少しだけ表情を曇らせ、グラスに冷えたコーヒーを注ぎ足した。

氷がカランと澄んだ音を立てる。


「雄平が転校してきたのは、その怪我のせい。野球ができなくなって、学校にも居づらくなって、家でも心が不安定になって……だから、無理やりでも連れてきたの」


「……そんなに大変だったんですね。それなのに、あたしは無神経に…」


「気にしないで。むしろ感謝してるの。あの子、転校してから笑うことが増えたのよ。前は学校なんて大嫌いで……母も苦心してたくらい」


「そうだったんですか」


凛の瞳がやわらかく揺れる。

「だから、あなたに出会えて良かった。本当に、ありがとう」


千楓は思わず俯いた。耳が赤くなり、心臓が跳ねる。

けれど同時に胸の奥で、どうしようもない衝動が湧きあがった。


「…でも、少し後悔もあるの」


「後悔?」


「勘違いしないでね、あなたに出会えたのは本当に良かったと思ってるの。ただ、雄平は本当に野球が好きだったのに、野球部のない学校に転校させてしまったこと。……これで良かったのか、ってね」


「雄平くんの肩は……もう?」


「無理をしなければ大丈夫って、医者は言ってた」


「……それなら」


千楓は思わずつぶやく。声はかすれ、凛には届かない。

だが、胸の内で燃える思いは止められなかった。


「それなら――あたしが!」


思わず立ち上がり、声を張る。椅子がきしむ音が喫茶店に響いた。

凛が目を見開く。


「千楓ちゃん?」


「そしたらあたしが、雄平くんをもう一度野球に連れ出します! あたしも……一緒に野球がしたいから!」


凛はしばらく黙り、やがて小さく笑った。

その笑顔は、どこか安心したようでもあり、何かを託すようでもあった。


「千楓ちゃん、そのアイスコーヒー…飲んでみて」


促されて、残りのグラスを手に取る。

もう氷はだいぶ溶けてしまったはずなのに、口に含んだ味は最初と変わらず、ひんやりと深みを保っていた。


「……凛さん、これ」


「面白いでしょ? 氷もコーヒーで作ってあるの」


「そんなことが……」


「前のマスターの知恵よ。ちょっと手間だけど、気に入ってるの」


凛は笑みを浮かべたあと、少しだけ真剣な顔になる。


「だからね、千楓ちゃん。雄平の心にもまだ固まった氷があると思うの。……一緒に、それを溶かしてあげてくれる?」


千楓は力強く頷いた。胸の奥で燃える決意が、今度こそ声になった。

――必ず、もう一度あの人をマウンドへ。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

初挑戦の作品で至らない点もあると思いますが、感想や☆評価をいただけると本当に励みになります。


毎日17時更新です

引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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