表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディメンション・ドライブ!  作者: 晴海翼
第一章:四月に君と再会する
8/17

01-01:音無凛、16歳

 鳴り響くのは、硝子が罅割れるような不快な音。

 皆がこの音を知っている。どれだけ危険であるかも。

 ここ、初根市に於いては特に。


「ウソ……」


 少女は銜えていたアイスを、ぽとりと落とす。

 陽光に当てられたアスファルトによって、みるみると溶けていくが気にも留めていない。


 当然だ。そんなモノに気を取られている暇など無い。

 裂けた空の向こう側から、()()が現れたのだから。


 透明な肉体は、向こう側の景色を歪ませる。

 境界線を目を滑らせていくと、怪物はまるで翼を広げた鳥のような形をしていた。

 どことなく後光が射しているような佇まいは、不覚にも美しいと感じてしまった。


「お、O-dis(オーディス)だああああああ!」


 誰かが叫ぶと同時に、少女は我に返る。

 どこぞの誰かが言った通りだ。見惚れている場合じゃない。

 一刻も早く逃げなくてはと、O-dis(オーディス)に背を向けた。


 彼女の行動は間違っていない。

 事実、その場にいた人間達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始めている。


 それでも。

 O-dis(オーディス)が彼女に狙いを定めたのは、単に運が悪かったからだろう。

 

 透明な翼を広げ、身体の中で浮かんでいる『核』が少女の姿を認識をする。

 次の瞬間。鳥型のO-dis(オーディス)は空気を切り裂く様に落下していく。

 

「えっ? えっ!?」


 少女は己へ振りかかる脅威を前に、思考が停止した。

 「どうして自分が?」と恨み節を心の中で呟いても、状況は変わらない。


 ただ、運が悪かった。

 その言葉で片付けられかねないこの状況を、ただた恨んだ。

 

「や、やだ……」

 

 死の淵に瀕しているからだろか。

 心臓の跳ねる音が聴こえる。全てがスローモーションに見える。

 

 いくら透明な身体といえど、輪郭はよく解る。

 O-dis(オーディス)の尖った嘴が、一直線に迫りくる。

 まるで矢が放たれたかのような軌跡。さしずめ、自分は的と言ったところだろうか。


 逃げられない。自然と涙が溢れ出る。

 少女は己の頭を抱え込み、その場にしゃがみ込んだ。


 全く意味がないと知りつつも、防衛本能が身体を動かした。

 恐怖から目を背ける為に、瞼を強く閉じた。

 ほんの数秒だろうが、これでもう怖いモノを見なくても済む。


 自らへ降り注ぐ不幸を受け入れようとした瞬間だった。

 鈴の音が、少女の鼓膜を揺らした。


「え――」

 

 思わず、瞼を持ち上げてしまった。

 聞くのは初めてだ。けれど、()()()()()

 それが()()であると確かめたくて、少女は顔を上げた。


 次の瞬間。少女は地面が僅かに揺れるのを感じた。

 透明な鳥が地面へと叩きつけられる証だった。


「――大丈夫!?」


 景色を屈折させる透明の鳥を足蹴に、焦燥感を滲ませた声が響き渡る。

 浅い呼吸は、急いで来た証左だろう。現に見上げた先で、声の主は余裕のない顔を見せていた。


 少女は声の主を見て、「やっぱりだ」と安堵する。

 O-dis(オーディス)に立ち向かう少女の名は、音無凛。

 初根市を守る、高位次元力精製炉ディメンション・ドライブ適合者(ドライバー)だ。

 

 16歳になった彼女は今も、O-dis(オーディス)と戦っている。


 ……*


「キイエエエェェェェェェッ!」

 

 足蹴にされたO-dis(オーディス)は、不気味に『核』を動かす。

 自分を地面に叩きつけた存在を視界に捉えると、奇声を上げた。


「大人しくしてよ!」


 凛の頼みとは裏腹に、O-dis(オーディス)は勢いよく翼を広げる。

 バランスを崩され、足が離れた一瞬の内にO-dis(オーディス)は体勢を立て直していた。

 

 戦う術を持たない人間を狩っている場合ではない。

 自分達に触れられる存在。この適合者(ドライバー)を先に仕留めなくてはならないと、標的を変える。


 凛からすれば願ったり叶ったりだが、物事はそう単純には進まない。

 逃げ惑う人で入り乱れている今、《忘音(わすれね)》を使った高速移動は一般人を巻き込んでしまう危険を孕んでいる。

 

『凛、たくさん人が居るよ。巻き込まないようにしないと』

「分かってるってば!」


 注意を促す《忘音(わすれね)》だったが、凛は反発するように強く当たってしまう。

 聊か余裕が無さ過ぎるのではないかと感じるものの、《忘音(わすれね)》は決して追及をしない。


 彼女が焦る理由は知っている。これまで共に見て、共に戦ってきたから。

 凛の事は、なんでも知っている。敢えて今更、かけてあげる言葉も見当たらない。


(鳥の形。空を飛ばれると面倒だ……)


 対する凛は、完全にO-dis(オーディス)との戦いに集中している。

 急いで移動した影響で乱れていた呼吸も、徐々に正常なリズムを取り戻していた。


 この状況で彼女が気を付けなくてはならないものは、ふたつ。

 ひとつは《忘音(わすれね)》の使用時に、避難する人を巻き込まない事。

 もうひとつは、O-dis(オーディス)の狙いを自分に集中させ続ける事。


 翼を広げた立体的な攻撃をされると、全てをカバーしきれない。

 O-dis(オーディス)の特性上考え辛いが、戦線を離脱される可能性だってある。


「あたしが、守らなきゃ」


 ぽつりと、凛が呟く。

 だって、自分は()()()()()()()()()()()から。

 

「行くよ! 《忘音(わすれね)》!!」


 強い決意と共に、鈴の音を鳴らす。

 《忘音(わすれね)》によって強化された渾身の蹴りが、O-dis(オーディス)へと放たれた。


 しかし、O-dis(オーディス)も馬鹿ではない。

 翼を広げたまま空へと浮かび上がり、凛の蹴りを躱す。

 見上げる凛の瞳と、見下ろすO-dis(オーディス)の『核』が交錯する。


 この一撃で仕留められれば、問題なかった。

 けれど、凛とて避けられる可能性は考慮している。

 大切なのはこの後。空へと舞うO-dis(オーディス)を、きちんと捉える事だ。

 

「まだまだ!」

 

 凛の手首から、三度が揺れる。

 加速した身体は一直線にO-dis(オーディス)を狙いはしない。


「!?」


 予想外の動きに、O-dis(オーディス)の『核』は凛の姿を追った。

 だが、《忘音(わすれね)》を使用した凛の加速に思考が追い付かない。

 次にO-dis(オーディス)が彼女を視界に捉えたのは、自分よりも高い位置に居る姿だった。


「はあああああっ!」

 

 街灯を足場に高く跳びあがった凛を、O-dis(オーディス)は追いきれていなかった。

 陽光を背に、蹴りを繰り出す。


「――!!」

 

 O-dis(オーディス)も負けじと、嘴を尖らせた。

 高位次元力精製炉ディメンション・ドライブの力と、O-dis(オーディス)の肉体。

 人智を増えた力がふたつ、衝突をする。


 結果は、凛の持つ《忘音(わすれね)》が勝る形となった。

 嘴が砕かれると共に、悲鳴を上げるO-dis(オーディス)

 しかし、凛の攻撃は止まらない。


「これで!」

 

 凛は砕けた嘴を足場に、体勢を立て直す。

 空中でくるりと一回転する様は、優雅だった。


「終わりだよ!」


 そのまま彼女は、《忘音(わすれね)》によって強化された踵をO-dis(オーディス)の頭へと叩きつける。

 強烈な一撃を受けたO-dis(オーディス)は、アスファルトへ吸い込まれるように落下をした。


「やった……」


 O-dis(オーディス)とは対照的に、凛は重力に導かれるまま落下をする。

 安堵の表情を見せるのも束の間。凛の表情が青ざめる。


『凛! あれ!』

「うそ、まだ動けるの!?」


 よろめきながらも起き上がるO-dis(オーディス)に、凛は焦りを露わにした。

 O-dis(オーディス)は奇声を上げ、出鱈目に翼を振り回している。

 力関係を悟ったのか、狙いが凛ではなくなっていた。自身より脆弱なモノを、本能のままに破壊しようとしている。

 

「降りて、早く降りて……!」


 落下する時間を永遠のように感じながら、凛は歯軋りをする。

 周囲に足場となるようなものはない。《忘音(わすれね)》で加速する事すら出来ない。

 O-dis(オーディス)が暴れる様を、指を咥えてみていなくてはならない。


「ダメ、絶対にダメ……」

『凛、落ち着いて』

 

 凛から血の気が引いていく。思い返されるのは一年前の記憶。

 自分の親友が消えてしまった一件が、昨日の出来事のようにフラッシュバックする。

 

 空中で震える凛を他所に、O-dis(オーディス)が起き上がる。

 目に映るものを破壊しようと、透明な脚が前へと進む。


「やめて!!」


 これから起こるであろう惨劇を拒絶するかのように、凛が叫ぶ。

 ただ、ひとつ挙げるとするならば。

 彼女の切なる願いは、天へと届いていた。


「――起きなさい、《像断(かただち)》」


 決して大きな声ではない。しかし、芯の通った声がこだまする。

 次の瞬間。鳥を模したO-dis(オーディス)が真っ二つに斬り裂かれる。

 長い黒髪を揺らし、一本の刀を握り締めた少女の手によって。

 

「紗香……ちゃん……」


 O-dis(オーディス)が息絶えると同時に地面へと辿り着いた凛は、彼女の名を呟いた。

 

 安達紗香。

 日本刀の高位次元力精製炉ディメンション・ドライブである《像断(かただち)》を手にする少女。

 そして、凛の現相棒。


 音無凛、16歳。

 親友である天間あかりを失ってから、約一年。

 彼女の運命は、ここから再加速をしていく事となる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ