00-04:安達 紗香
遠い昔。戦乱の世だった頃。
この国には、妖と呼ばれる存在がいました。
志半ばに命を落とした武士の魂がそうさせるのか。
はたまた、神に近しい存在が姿を現していたのか。
どちらにせよ、人智を超えた存在であることは確かでした。
私のご先祖様は人に仇なす妖を討伐する、霊媒師の一族。
時代は過ぎ、太平の世となった今でも。
時折起きる怪奇現象を解決する、この国に居なくてはならない存在だったのです。
私やお父様も例に漏れず、いつ妖が現れても対応出来るよう、日々研鑽を積み重ねていました。
ただ、私達が過ごした時間が長すぎたのか。はたまた、ご先祖様が頑張りすぎたのか。
妖による怪奇事件は、年々減っていく一方。私に至っては、遭遇したことがありません。
誰も知らない世界で刃を振るってきた一族です。
政府としても、公にされると困る情報もあるのでしょう。
いつしか私達の存在は、秘密という一点で維持されるようになっていました。
ただ、それも永遠を約束されたものではありません。
一族がその価値を失うことは時間の問題だと思われた時。
奴らが、この世界へやってきたのです。
突如、裂ける空。
私たちのような一部の者は、直感的に妖の仕業だと断定しました。
ですが発達した現代社会において、これ程までに目立つ現象を隠すことは出来ません。
否が応でも表舞台に立たせなくてはならない。政府にとっては苦渋の決断だったでしょう。
それでも、解決ができるとすれば我々しかいない。そう判断された結果、私のお父様が未知なる存在と対峙することとなります。
ですが、違ったのです。
現れた存在は、妖などではない。
異次元からの侵略者だったのですから。
結論から言うと、お父様は手も足も出ませんでした。
打ちのめされただけなら、まだ納得出来たかもしれません。
先程も申し上げたように、現代社会に於いて隠し事は非常に難しくなっています。
お父様がO-disに敗れる様は、世界中に公開されてしまいました。
研鑽の日々を否定されただけではなく、笑い者にされてしまうという屈辱。
嘲笑に耐えかねた母は、お父様の下を去ってしまいます。
尤も、現れた侵略者。O-disには、霊媒師のみならず凡ゆる兵器が通用しません。
初根市を皮切りに、裂空現象は世界中で発生していきました。
誰もが笑い事ではないと、混乱が加速していく中。
時を同じくして発見された、もうひとつの存在。
高位次元力精製炉がO-disを倒してしまいます。
適合者となる条件は誰にも分かりません。
潜在的に因子を持つ者が、裂けた次元の影響で覚醒したのだろう。そんな推測が最右翼なのですから、解明出来ていません。
人一倍正義感の強いお父様には因子が存在しなかったのか、高位次元力精製炉を手に取ることはありませんでした。
一方の私はというと、手には一本の棒が握られています。
刀の柄を模したこの棒は、私の高位次元力精製炉。
私は適合者。あの侵略者と、刃を交えることが出来る存在。
古来よりこの国を守ってきた一族。
その誇りに賭けて、私――。
安達紗香はO-disを討伐しなくてはならないのです。
……*
「あの……。ありがとう、ございました」
集合住宅の入り口で、私より年上の女性が深々と頭を下げてくれました。
彼女は今日、O-disと遭遇をしてしまった方。
音無さんと天間さんが討伐をして事なきを得たものの、O-disにはまだまだ未知の部分が多く残っています。
少しでも情報を得るため、お話を伺わせて頂きました。
……本来なら、音無さんと天間さんにこそ訊きたいことな多かったのですが。
「こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました。
それと、お見苦しいところをお見せして申しわけありません……」
「そんな……」
恥ずかしさから少し顔を紅潮させながら、お辞儀を返す私。
顔を上げると、彼女は苦笑いをしていました。
「あの二人にも、お礼を伝えておいてくださいね」
「はい、それは勿論」
自由気儘に動いている二人ではありますが、功績は彼女たちのものです。
音無さんと天間さんとは会う機会も少なくありません。
次に会った時に、伝えておきましょう。
……*
『ねえねえ、紗香』
「なんですか、《像断》」
帰路についていると、頭に声が響きます。
声の主は《像断》。私に発言した、高位次元力精製炉。
『本当にお礼伝えられるの?』
「……どういう意味ですか?」
言葉の真意を捉えきれず、私はそのまま聞き返します。
《像断》はというと、少し沈黙した後にこう言いました。
『いや……。だって、会う度に喧嘩してるから……。
毎回特等席で、怒鳴り声聴かされる方の身になってよ』
「なっ……!」
先刻頭を下げた時よりも、顔が遥かに熱を帯びているのを感じました。
図星を突かれて独りでわなわなと震えている自分は、側から見れば相当な光景でしょうね。
「それはあの二人が自由人だからであって……!
伝言のひとつぐらい、伝えようと思えばいくらでも伝えられますよ!」
「――あーっはっはっ!!」
《像断》に反論をしていると、今度は左耳のインカムから笑い声が飛んできました。
……そうでした、私の声はこの女性が聴いていましたね。
「また《像断》に痛いトコ突かれちゃったの?」
声の主は、うちの組織で通信士を務めている佐和 まどかさん。
高位次元力精製炉こそ適合していませんが、高い情報処理能力を持つ自慢の仲間です。
そう、佐和さんは高位次元力精製炉を持っていません。
故に《像断》の声は聴こえないはずです。そもそも、通信に乗ること自体がありえません。
「佐和さん。何が『痛いトコ』なんでしょうか。
私はただ、事実を述べているだけです」
それなのに、私の発する言葉だけで会話の内容を予測してきます。
遺憾であると伝えるも、聴こえて来たのはまた甲高い笑い声。
「あれ? 《像断》に凛ちゃんたちと喧嘩してることを突かれてるのかなぁって」
『バレてるね』
エスパーですか、この人は。
「私はただ、気分のまま戦う姿が許せないだけです。
人々の安全を護るのであれば、相応の責任感を持って然るべきでしょう」
そう、O-disの目的も規模も解らないのです。
こちらも組織的に動かなくては、耐え切れるはずがありせん。
そもそも、自由気儘に人救けをするというのが間違っています。
責任感を伴わない行動に人々の期待が上乗せされて、影響力を持つ。
それがどんなに危険なことか、理解しているのでしょうか。
私は何も間違っていません。ええ、この怒りは正しい感情です。
「ふぅん」
「……なんでしょうか」
しかし、佐和さんは納得してくれないようでして。
何やら含みを持った笑みを、浮かべている様子でした。
「いやあ。私はてっきり、凛ちゃんとあかりちゃんが心配なんだと思ってたからさあ。
ウチに勧誘してたのも、自分がサポートできるからでしょ?」
私は下唇を噛み締めました。
正直、音無さんと天間さんが心配ではないといえば嘘になります。
あの二人は偶発的に適合者となったから、O-disと戦っています。
つまり、戦闘訓練を受けてはいない。
もしもの時に対応する能力が欠けていても、おかしくはないのです。
やり方は兎も角、あの二人が多くの人を救っているのは事実です。
だからこそ自身に不幸な出来事が起きる前に、なんとかしなくてはならない。
そんな想いを持って、勧誘したつもりでした。
「図星だった?」
「……そうですね。いつか、不幸が起きないようにとは願っています」
「そっかあ」
素直に認めたからか、佐和さんの反応は軽いものでした。
納得をしてくれたのでしょう。
……と、考えていたのですが。
「私はてっきり、友達が欲しい方が本題だと思ってた。
ほら、紗香ちゃんって同年代の友達いないでしょ?」
『えっ? 紗香ってば、友達が欲しくて二人を勧誘してたの?』
それはもう佐和さんの揶揄うような明るい声が、インカム越しに鼓膜を揺らします。
間に受けた《像断》が追い打ちを掛けてくるものですから、私の苛立ちは最高潮になりました。
「ち・が・い・ま・すっ! 断じて違います!!」
相手がインカムをつけていようがお構いなしに、私はお腹から大声を出しました。
もしかすると音が割れているかもしれませんが、これぐらいの反撃は許されるはずです。
「ムキになって否定するとこが、益々怪しいなあ」
ですが、佐和さんは変わらず楽しそうにしています。
いえ、声が少しだけ遠くなっていますね。さては、直前でインカムを離しましたか。
『そうだそうだ! 紗香、友達がいないのは事実じゃん!』
そして、この攻めは佐和さんだけに留まりません。
自分は手放せないと知っていて、《像断》が更なる追撃を頭に響かせてきます。
「《像断》も、黙っていてください!
そんなことは、断じてありませんから!!」
私はもう一度、怒鳴り声と共にはっきりと否定をします。
O-disが現れる前から修行の日々だったのです。友達を作る余裕がないのは、当然じゃないですか。
今までから何ひとつ、変わっていないんですよ。
羨ましいなんて、感じるはずがありません。
そう言い聞かせていた心の内に浮かぶのは、いつも笑顔で会話をしている音無さんと天間さんの姿。
私はあの二人が能天気なのだと、自分の中に眠る感情へ蓋をしました。
だって、あんな笑顔を誰かに向けられたことはないから。
想像出来ないものは、考えても仕方ないでしょう。