i.『二つ目の新生』SEQUENCE
神話の探求は、原初の存在へと。
私にはもう、誰も救えない。救う資格もない。もし全てを完璧に戻せるのならば、私は迷いなくそれを選ぶだろう。
全員、死んでしまった。
………。
「私の声が、聞こえるか?」
気付けば、私は世界にいた。目が覚めた時、記憶が消えているようだった。目の前にいる女性の名前も、私の存在も、何もかも分からない。
「お前は…?」
「初対面なのに、『お前』なんて言葉使うんだな。まあいい。落ち着いて聞いてくれ。言いたいことは後から言わせてやる。一つ目、君は秡 世紀。言わずもがな、君の名前だ。二つ目、ここは火山で、今は噴火が起きてちょうど一時間後だ。君はその時山小屋にいて、崩れてきた破片が頭に直撃した。それが、君の記憶消失の原因だろう…質問は?」
岩に仰向けになりながら、虚ろな目を精一杯運ばせ、周囲の状況を把握する。
「今は…危険はないんだな…?」
「ああ、ここは安全だ。でも、君の身体は極限状態に陥っている。もうあと二時間もすれば、君は死んでしまうだろう」
「そうか…なら、殺せ。どうせすぐ死ぬなら、より早く死にたい」
「早まるな。思いついたものだと、助かる方法が一つある。山の麓にある都の中心、『研究所X』で、己の身体を犠牲にして魂のみを媒体とリンクさせる。そうすれば、君は体を変えて生き続けることができるだろう」
「…好きにしろ」
私はもう一度眠りについた。もう二度と目覚めないかと思っていたが、目を開いた時、私は蛍光灯の白い光で照らされていた。
「おめでとう。君は乗り越えた。【夢の末路】としてね」
目の前にはさっきの女性がいた。同時に、クリップボードを持った男性が部屋に入ってきた。ここは研究所のようだ。
「スペッタトーレの監視記録によると、彼女は四年前に事故で家族を亡くし、その間ずっと絶望に明け暮れていたそうです」
「世界が、終焉を…」
無機質な声が私の口から勝手に発せられる。抗うこともできず、私は自分の意思で動くことができなかった。じゃあこの音声は何だ?
………。
私…?
「まだヒトの意思のインストールが終わっていません。早まらないでください」
私は、再び眠らされた。また覚めた時、次は私の意思で動けるようになっていた。
「おめでとう。君は乗り越えた。【夢の末路】としてね」
「お前は、私を救ってくれたのか?」
「少し違う気もするが…大体そんな感じだ」
私は、さっきまで有耶無耶だったことを聞いてみる。
「お前の名前はなんだ?」
「名乗るほどの者でもないよ」
「じゃあ、『恩人』と呼ばせてもらおう。恩人、私の元の体はどうなっている?」
すると恩人は部下に指示を出し、一つの棺のようなものを持ってきた。
「棺? 私の元の体は死んだのか?」
「いいや、まだ死んだわけじゃない。魂が取り除かれた今、器は魂が耐えられないほどの温度で冷凍保存している。その間、私のスキルで体を徐々に治していく。もちろん、元に戻れば、この体は返すつもりだ」
「いや、もうその体は必要ない。この新しい体があれば十分だ。わざわざまた魂を移動させるのもめんどくさいだろう」
「君がそう言うなら、そうしよう」
それから私は、研究所内で様々なことを学んだ。私は学業を諦めた身だからだ。数年間同じ場所にいた。研究所からの脱出は許されなかった。最初は嫌だったが、私の今の機械的な体だと世間の人間に拒絶されるという理由を聞いてからは嫌だと思うことも無くなった。途中からは、1:6F«kūṭastha»《エットペール・クータスタ》というややこしい名前の少年も共に過ごすことがあったが、すぐにどこかに消えていった。そしてある時、私は一つの知らせを聞いた。
「世紀君、君の元の体が完全に修復できたよ」
「私には必要ないと言っただろう、恩人」
「ただ、君の元の体には捨て難い性質があってね…私達は、それを『霊化の目』と呼んでいる。ただ、まだ覚醒できていないようだったんだ」
「そうか。なら勝手に使え」
そう言うと、恩人は持ってきた棺を開けた。
「と言うと思って、霊化の目のお試しを兼ねて、私達が討伐した『天竜』の魂をこの体に入れてみたんだ。ついでにこの子に合うように髪色や服の色も変えてね。ただ、君が分かるように、髪形と服とその模様は変えていない…満足かい?」
「私には、『生きている』ということ以外で満足したことはない。ただ…天竜の魂とやらは唆る」
「それは良かった。この子はまだ名前が決まっていないんだが…名付け親になってみるかい?」
「これはセンスが問われるな。たしか、天竜は凍った心臓なるものを持っていて、自分が墜ちた火山を雪山に変貌させたそうだな。じゃあ、ユキ…いや、体が小さいから『コユキ』と名付けよう…今振り返ってみれば、私の元の見た目って、口調に反して可愛らしいんだな」
すると、コユキは雪の結晶の模様が刻まれた水色の瞳を露わにした。
「ボク…コユキって言うの?…何、この体…動きづらいよ…」
「(天竜と呼ばれ恐れられる存在の口調がこんなのでいいのか…?)」
恩人はしゃがみ込み、コユキの背丈に目を合わせる。
「おめでとう。君は乗り越えた。【竜が落とした影】としてね」
「眠いよ…ふぁ〜」
「あ、寝ちゃった」
その後、恩人はコユキを元の天竜の護衛二人に引き渡し、雪山に住まわすよう仕向け、経過を観察すると言った。護衛のうち、女性の方は私に対して嫌悪の表情を浮かべていた。そういえば、私が『輝光の星』にいた頃に彼女が『影喰い』の被害に遭ったのは私のせいだったな。兎も角、私はまた、平和な日々が続くと思っていた。
12月25日、午後。私の定期メンテナンスの途中。終末論を唱えたことで有名なカロイル・パロリウスという学者が霊化の目を利用し、天外の『神』を観測し、その存在を証明してしまった。
「私が見るに、『神』は現在総員五名。超音回析を行ったところ、『剣神』ツルギ、『月神』ツクヨミ、『愚神』ロキ、『死神』アンデッド、『神王』ゼロと言う名前が明らかになりました」
その『大発見』と飾った余計な証明により、この世界は禁忌となってしまった。
───世界の外、とある『部屋』にて。
「…ゼロ様。またこちらに気付いた方がいらっしゃるようです」
「なら、まずは試さないと」
「んじゃ、ボクが代わりにやっとくよ〜。処刑方法は…うん、隕石でいっか!」
そう言って、ロキはこの星々全てに隕石を落とした。愚かな人々は無抵抗のまま滅びを受け入れ…
世界は滅んだ。
創世者達と私、そして永遠に続くと思われる伽藍だけを遺して。唐突な滅びの直前、私は恩人にもらった絶対防御スキル【虚空転移】で生き延びたのだ。
「恩人…コユキ…みんな消えたのか?」
「誰かいるなら応えてくれ!」
私はただそこに在っただけだった。空間も、虚無も、伽藍も、そこには何もなかった。私は、強烈な罪悪感と未練で満たされた。
私がカロイルを止めていれば。
私が研究所Xにもっと協力的であれば。
私が霊化の目の能力を持ったままでいれば。
そうだ。霊化の目がある。私の魂にはまだその霊力が残っている。それを最大限引き出すんだ。
ある日、恩人は私に言った。
「君の魂には、霊力を大幅に増幅させる機能があるようだ。その機能を最大限生かせば、永久機関さえ作れるかもしれない」
永久を超えて、無から有を創造する。x桁のバイナリでひもを構築、空間性の限界をも物質で埋め尽くす。私の後ろには霊力によって生まれた光輪が無数に重なり、黄金色に輝く光が最初で最後の『二つ目の新生』を歴史に刻んだ。二つの世界、十六の星、研究所X、全てがほぼ完全に戻った。
「外界の神よ。もし私の偉業を見たのなら、応えてくれ。私には、救う資格があると…」
しかし、そこには元通りになった世界の喧騒のみがこだましていた。神の声は聞こえず、私は独り、双界の狭間に取り残された。
私にはもう、誰も救えない。救う資格もない。もし全てを完璧に戻せるのならば、私は迷いなくそれを選ぶだろう。
全員、死んでしまった。
私は『終焉』を齎したも同然だ。
私自身が、『終焉』なのだ。
私は霊力で神話を書き換え、万物の頂点として創世者全員の力と永遠であるべき孤独を手に入れた。世界に知られないよう、私はその偽りの神話を創世神話とし、世界の中心だった終世遺跡と共に眠らせた。そうして世界の全ての運命を知った時、その残酷さに失望した。故に、定めを変える英雄を導くべく、私のシステムの一部を『星間案内図』とし、私と密接な関係にあった『天流万奏楽団』の者に英雄への譲渡を頼んだ。恩人には個別で、全ての真実を含むメッセージを残し、私は再び孤独に浸った。
では、本物の神話とは何か?
それは、まだ語られるには早い。だが、これだけは言っておこう。
私は、『神』の霊知に触れてしまった。
秡 世紀について
名もなき火山を登り、噴火の事故によって記憶喪失した少女。後に研究所Xによって体を改造され、二つ目の新生を起こした。生命で最初に霊化の目を発現させた天才児でもあり、創世神話に語られる『終焉』となった。
恩人について
世紀を火山から救い出し、体を改造した者。名は名乗らなかったが、最初に霊化の目を発見した偉大な女性。当時…いや、未来永劫の研究所Xの所長でもある。
コユキについて
世紀の元の体に、天竜の魂が移されて完成した生命体。世紀が名付け、カヴァリエーレとアステオーリアに引き取られた。
霊化の目…世紀の元の体から発見され、霊力を秘めていることが分かった特殊な能力を持つ目。世紀が最大限の能力を引き出せば、世界を模倣することもできる。
神について
『剣神』ツルギ、『月神』ツクヨミ、『愚神』ロキ、『死神』アンデッド、『神王』ゼロからなる天外の組織。ロキがゼロの指示によって世紀達の世界に隕石を落とした。
二つ目の新生…世界が滅んだ後、世紀が行ったこと。二つ目の新生が本当に二つ目かどうかを知る者は、もうほとんどいない。
創世神話…本当の神話が『終焉』によって書き換えられたもの。
世界はもう、完全ではなくなった。




