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第八話

涙の跡が残る目元を、近くにあった紙切れに書いた魔術式を用いて冷やす。友人が風邪を引いた時にでも使えば良いと教えてくれた魔術式だけれど、こんなところで役に立つとは思わなかった。

先ほどまで号泣していたのが嘘のように寝入ってしまった兄をソファに寝かせ、レイ自身も1人がけのソファにゆっくりと腰を下ろす。

ふつりふつりと煮えたぎる怒りをどうしてくれようか。

考えたところで答えは一つしか浮かばない。


「明日迎えをよこしてください」


目を伏せ呟けば、窓の外からこちらを見つめる視線が揺らぐ。


「会いに行くので」


動揺は伝わってこない。明確に警戒の色が強くなった気配に、なんともまあ教育された部下だと感心した。

気配が一瞬にして消え去るのを確認し、レイも兄の執務室を後にした。


───













翌日、レイの寝室に1匹の黒猫が訪れた。足音もなく近寄ってくる姿がこの猫の主人を思わせる。


「君がお迎え?」


昨日の部下の1人でもよこせば良かったのに、わざわざ猫を迎えの使者にするなんてあからさまなご機嫌取りだ。可愛いから良いけれど。

出かけてくると書き置きはしたのだから、ちょっと遅くなっても騒ぎになる事はないだろう。

徐に立ち上がり、レイは猫を抱き上げる。

次いで猫の体に付着した魔力を確認して、トンッと床を蹴り上げた。


一瞬の浮遊感ののち、目の前の景色がガラリと変わる。


「ここもまた豪華な屋敷なことで…」


レイが住む事になった屋敷と同等かそれ以上に広い玄関、それだけでこの屋敷の全体像が見えた気さえする。

周りを見渡せばいきなり現れたレイに驚愕の目を向ける者が何名かいたが、その中の1人だけはニコニコとレイを見つめていた。


「いらっしゃい。相変わらず地味な割に突然だよね、登場の仕方が。幽霊みたい」

「まだ死んでませんけど」

「わー、機嫌がわるーい…」


満面の笑みで笑いかけてきた黒髪の男の名はクラウス。ギルの唯一無二の親友である。

それが何故こんな大勢の部下を引き連れ、剰えギルと同じほどの大きさの屋敷を与えられているかはわからないけれど。

いや、果たしてこの屋敷はクラウスのものなのだろうか。それさえ定かではない。


「……怒ってる?」

「ものすごく」

「俺もだよ」


周りの驚愕なんてどこ吹く風かトントン拍子で進められる会話に、やっと割って入ったのはクラウスの隣に立っていた青年だった。


「ちょ、ちょっと待ってください団長!この人誰ですか!」

「え、さっき説明したじゃん」

「そういう問題じゃないっすよ!!いきなり真ん中に現れっ、現れたよな!?俺の見間違い!?」

「まぁまぁ落ち着いて」

「落ち着けないですってこんなの!!!!」


青年に指を差されながらもレイは、元気な人だな、と他人事のような感想を抱いた。まだ騒いでいる。


「ギルの妹が来るって説明しただろ?」

「だからそう言う事じゃなくてぇええええええええ!!!」


……若干、いやとんでもなくうるさい。

レイは腕に抱いていた黒猫を下ろし、パンっと両手を叩くと同時に現れた自分と同じほどの長さの杖を振り落とした。

振り下ろされた先は青年の頭。ゴンッ!と鈍い音が鳴り、青年が勢いよく倒れこむ。


「で、デレクううううううううう!!!!!?????」

「うわ、予想以上に怒ってるね」


クラウスが冷静な一方、周囲にいた誰かが叫び声を上げる。

青年の名はデレクと言うのか。

そんな大騒ぎするほどの威力でもないし、意識を失ったのは失神するよう魔術をかけたからなのだけれど、そこまで慌てられると多少の罪悪感が生まれる。隙があれば謝ろう。

レイはクラウスを一瞥する。それだけでレイの意思を汲み取ったクラウスは、騒ぐ周りの部下に一応の指示を出したのち、レイを執務室へと案内した。


───













ギルの執務室とは打って変わって書類が散乱する執務室の中心で、レイは紅茶をいれているクラウスの手元をじっと見つめていた。

ふかふかのソファはいかにもクラウスが好みそうな柔らかさだ。


「ローズティ好きだったよな?」

「色味は赤い方が好きです」

「なら良かった」


はいっとテーブルに置かれた紅茶は真っ赤な色をしている。ふわりと鼻をくすぐる匂いに、張り詰めていた怒りがほんの微かに緩んだ気がした。


「どこから話そうか」


レイの向かいのソファに座り、笑みを絶やさず告げたその言葉が合図となる。


「兄が騎士団長になった経緯と精神的に疲弊しているのは知ってるので、その他の全てを」


優しげな微笑を持って答えたレイを何も知らぬ人間が見たならば、まるで御伽噺に出てくるお姫様のようだと謳うのだろう。

けれどその真意を知る数少ない人間であるクラウスは、表情を歪める事こそしなかったが、内心で冷や汗をかいていた。

正反対のようでありながら兄と全く同じ根っこを持つこの少女には、湾曲的な言い方などしない方がいい。怒っている時なら尚更だ。


始まった物語の観客は、恐ろしい少女、ただ1人である。

お読みくださりありがとうございました。

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